第96話 断罪
「た、大変です!」
メイドが血相をかいてドアのノックもせず部屋に飛び込んでくる。
「どうしましたか?」
本来であるなら主の許可を得ず部屋の扉を開けるなど言語道断だがラニはメイドからただならぬ気配を感じたのかその行為を咎めることはせず冷静に対応する。
「い、今屋敷に⋯⋯」
しかしメイドが全てを言い終わる前に部屋の扉が荒々しく開く。
「久々に弟妹に会いに来たと思えばこれは何の騒ぎだ」
現れたのは金髪の髪を靡かせた長身の男性⋯⋯身体は細身に見えるが何か他の人間にはない独特の風格を持っているように見えた。
それに顔がどことなくクラウくんに似ている⋯⋯ということはこの男の正体は⋯⋯。
「ドミニクお兄様!」
「兄上!」
ラニとクラウくんが叫ぶような声で部屋に入ってきた者の名前を口にする。
俺は不敬にならないよう頭を下げ膝をつく。しかしシルルは状況がわかっていないのか突っ立ったままだったので俺は慌てて膝をつかせた。
やはりこの男がドミニク皇子か⋯⋯この自信に満ちた表情、ただのお飾り皇子ではなさそうだな。
それに手足や身体を見てみると特級の魔石が埋め込まれた魔道具が装備されているのがわかる。
おそらくこの大半は防御系の魔道具だ⋯⋯例えばもし俺が剣を抜きドミニク皇子に斬りかかっても魔道具の力で弾かれるし、魔法を放ってもダメージを与えることができないだろう。
魔道具に頼らなくてもドミニク皇子に戦う力はあるように見えるが、ここまで用意周到に準備されては暗殺することも難しそうだ。
「クラウがそのような大きな声を出すとは⋯⋯本当に病気が治ったようだな」
「お兄様⋯⋯何故その事を⋯⋯」
大方この屋敷にいる兵士かメイドがドミニク皇子の内通者で2人に知らせたのだろう。
トグラはドミニク皇子がこの場に現れることを知っていたからラニに毒のことを問い詰められた時に余裕の表情を浮かべていたんだ。
「私の耳にトグラがラフィーニの屋敷に急遽呼ばれたと聞いてな⋯⋯クラウに万が一のことが起きたのかと思いここに来たのだ」
「兄上⋯⋯わざわざ来て頂きありがとうございます」
「だが私の思い違いだったようだな」
「私の病気はそこにいるトグラ医師から処方された薬と偽った毒が原因だったようです」
「毒⋯⋯だと⋯⋯」
ドミニク皇子は驚いたように見せているがこれまでにラニやズルドから聞いた情報で演技であることはわかっている。
「はい⋯⋯然るべき所で薬の成分を調査して頂ければわかると思います」
この後薬の成分が判明しトグラ医師から黒幕にドミニク皇子がいるということを聞ければ一番いいがおそらくそうはならないだろう。
しかしここでドミニクがトグラを庇うようなことをすれば少なくとも民や臣下から不信感を持たれる状況になるはすだ。
いつかドミニク皇子を追い落とす時の足掛かりになることは間違いないだろう。
トグラを助けても助けなくてもドミニク皇子は不利になる⋯⋯さてどのような決断を下すのか。
だが俺はこの時失念していた⋯⋯ドミニクが非情な男だということを⋯⋯。
「この男の処遇は決まっているのか?」
「はい⋯⋯拘束し、薬の成分がわかり次第判断を下そうと考えています」
「いや、この男の身柄は私が預かる。私の裁量で裁かせてもらおう」
ドミニク皇子はやはりトグラを助ける行動に出たか⋯⋯拷問にでもかけられて自分の名前を吐かれでもしたら権力が失墜するのは間違いないからな。
「いくらお兄様でもそれは⋯⋯」
ラニがドミニクの言葉に苦言を呈す。弟を殺そうとした犯人、そして黒幕を自分の手で決着をつけたいと考えているのだろう。
「ラフィーニ⋯⋯私の命令が聞けないのか? ソルシュバイン帝国第一皇子の言葉だぞ?」
ドミニクはラニのことを鋭い眼光で睨みつける。
同じ皇族でも次代の皇帝候補と女のラニとでは言葉の重みが違う。
「しょ、承知しました⋯⋯」
ラニは表情は変えていないが言葉は震え、悔しがっている様が俺でもわかる。
そしてこの時、トグラがほくそ笑んだことを俺は見逃さなかった。
やはりドミニク皇子の手を借りて助かる算段だったのか。このまま逃げられるのは腸が煮えくり返る思いだが、民や臣下からの信を失うがいい。
もしかしたら皇帝陛下もこのドミニク皇子の行動に不信感を抱く可能性があるからな。
「ではこの卑劣な男は私が裁かせてもらう」
ドミニクはそう言うと腰に差した剣を抜き、トグラへと向ける。
「ド、ドミニク様⋯⋯こ、これはどういうことでしょうか」
トグラはドミニクが剣を向けてきたことで恐れをなしその場に座り込んでしまう。
「どういうことか⋯⋯だと⋯⋯。我が弟を手にかけようなどけして許せる行為ではない!」
「や、やめ⋯⋯」
ドミニクは手に持った剣をトグラの胸に一気に突き刺す。
「ぎゃぁぁぁっ!」
部屋の中にトグラの断末魔の叫びが響き渡る。
「わ、私は⋯⋯あなたの⋯⋯ため⋯⋯」
「それ以上喋るな! 下郎が!」
そしてドミニクがトグラの身体から剣を引き抜くと大量の血が噴き出し、トグラはその場にひれ伏し動かなくなる。
「お、お兄様何を⋯⋯」
「何を? この男は皇族を亡き者にしようとした大罪人⋯⋯私自ら手を下したまでだ」
しまった! ドミニク皇子が冷淡な男だということを忘れていた!
これでトグラから真実を語られることはなくなり、真相は闇の中へと消えた。そして今の行動によりドミニクは周囲から弟を殺そうとした奴を断罪した家族想いの男と表されるだろう。
そしてもしここで俺がトグラを生かすために回復魔法でもかけるようなことをすればクラウくん殺害の仲間とみなされ、トグラと同じ道をたどることになってしまう。
「クラウ⋯⋯お前の病気が良くなり何よりだ」
「あ、兄上」
ドミニク皇子は血がついた手でクラウくんの頬を撫でる。
その光景はドミニク皇子の真意を知っているクラウくんにとって恐怖でしかないだろう。
「邪魔したな」
ドミニク皇子はそう言葉を発すると部下達と共にこの屋敷を後にするのであった。
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