第95話 尋問
「失礼します⋯⋯突然のお呼びだし、クラウ皇子容態に何か変化がありましたか?」
老年の男性がクラウくんの部屋に入ってくる。
この男がトグラか⋯⋯見た目は優しいおじいさんと言った雰囲気だが実際は⋯⋯。
「いえ、その逆です。クラウの体調が良くなったので診て頂きたくて」
「ほ、ほう⋯⋯それは興味深い話ですね」
トグラは一瞬驚いた表情を浮かべる。どうやらトグラに取って予想外の出来事だったようだ。
「薬が効いてきたようですな」
「それはどうでしょう⋯⋯薬を服用するのを止めたらクラウの体調が良くなったのですが」
ラニが確信に迫ったことを口にした。
この言葉に対してトグラはどう反応するか。
「たまたま私がお渡しした薬の効果が現れた後に服用をやめただけでは? 何にせよクラウ皇子の体調が良くなって何よりです」
トグラはおそらくこの屋敷に呼ばれた時クラウが亡くなっていることを期待していたが、逆に症状が改善されていて表情は笑顔だが内心では焦っているだろう。
「そうですか⋯⋯ではこの薬は何の薬か教えて頂けませんか?」
「それは⋯⋯我が家に伝わる秘伝の薬なので教えられません。副作用はありますが病気の症状を遅らせることが出来ます」
やはり薬の成分を喋ることはないか。
本当のことを話さないトグラに対して痺れを切らしているのかラニの顔が段々と強張っていく。
「実はトグラ医師から渡された薬ではなく別の薬を服用したらクラウの体調が良くなりました」
「それは私の力不足でしたね⋯⋯申し訳ございません。ぜひラフィーニ皇女様が御用意したお薬を私にもお教え下さい」
何だ? トグラはラニの問いに対してのらりくらりとかわしている。今の所ラニはハッキリと述べてはいないが質問の内容や態度で、薬は毒だとバレていることにトグラは気づいているはず。
部屋に入ってきた時は焦っているようにも見えたが、今は余裕の表情を浮かべている。
もし皇子に毒を飲ませたことがわかれば本人どころか一族全員の死罪は免れないだろう。
俺はこのトグラの態度に何か不気味なものを感じられずにはいられなかった。
「こちらで用意したものは特別な製法で作られたアオヅミグサの薬です⋯⋯あなたが用意したのはキルカブト草ですよね?」
ラニはトグラが用意した薬を明確に毒だと口にした。
「これはこれは異なことを仰る。何か証拠でもあるのですかな?」
「こちらにいらっしゃるユクト様がこの薬を飲んで確認して下さいました」
トグラが俺に向かって視線を向けてくるがその目からは焦りが見られない。
「このような素性の知らぬ者の言うことを信じるとは⋯⋯親しみやすいという問題ですな」
「ユクト様は私の命の恩人です! そのような言い方は許せません!」
「命の恩人? ラフィーニ様が襲われたのか何なのか私にはわかりませんが皇族と近づくためにその男が仕組んだことかもしれませんよ」
「無礼ですよ! そのようなことは断じてありません!」
ダメだ⋯⋯ラニは弟が毒を飲まされたことと俺を乏しめた言葉を聞いて頭に血が昇り冷静な判断が出来ていない。
「姉さん落ち着いて」
「私は落ち着いています!」
いや、誰がどう見てもラニは怒り心頭で正常には思えない。
「毒ではないと言うならあなたは自分が処方したこの薬を飲むことが出来ますか?」
俺はラニに変わってトグラを問い詰めるため言葉を発する。
「この薬には副作用があるので飲めるはずがないでしょう」
「まあ、そうでしょうね。だが副作用で血を吐く薬など俺は聞いたことがないのですが⋯⋯しかし毒なら別だ。クラウ皇子の症状は俺が過去に飲んだことがあるキルカブト草にそっくりだ」
「ハッハッハ⋯⋯毒草を飲んだことがあるとは面白い方ですな。その身体を調べて診たいものです」
「その余裕いつまでもつかな⋯⋯しかるべき医者にこの薬の成分を確認させてもらうぞ」
「どうぞ⋯⋯その結果を私も楽しみにしています」
薬を調べられれば自分がどうなるかはわかっているだろう。まさか薬を調査する医者に手を回して結果を捏造するつもりなのか? だがその方法を潰すことはできる⋯⋯たとえばラニからではなくこの毒について全く関係のないトアから医者に提出すれば大丈夫だろう。それと提出先はルナファリア公国から来た医者に出せば問題ないはずだ。
「とにかく私の権限で貴方をクラウ殺害の容疑で拘束させて頂きます」
ラニがそう命じると外にいた兵士達が部屋の中に入ってきてトグラを拘束する。
「権限ですか⋯⋯皇女様の権力で拘束されてしまってはどうすることもできませんな⋯⋯」
トグラは兵士に手を縛られた状態でもまだ切羽詰まった様子はない、何かこの危機を脱出する手があるのだろうか?
薬に毒が入っているのは間違いない、兵士に拘束され逃げ場もない⋯⋯この状況を打破する手など⋯⋯1つだけある。
まさかトグラはそのためにラニからの質問に対して曖昧な答えを返し時間を稼いでいたのか!
俺は慌てて外の気配を探ると予想通り大勢の人間がこの屋敷に進入しようと試みていた。
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