第89話 目が覚めたら⋯⋯

 俺達は拐われた女性達を助け出し、馬車でブルーファウンテンへと向かっている。


 そして日が暮れ始め夜の闇が広がった頃、村にたどり着くとザジ村長が出迎えてくれた。


「ユクトさん達が心配になりここまで来たのだがまさか本当に拐われた娘達を救出するとはな」

「村長、この娘達を休ませて上げたいのですが⋯⋯」

「それだったら私の家を使ってくれ⋯⋯話も聞きたいからな」

「ありがとうございます」


 こうして俺達はザジ村長の自宅へと向かった。

 そして夕食をごちそうになると拐われた三人の女性は疲れてしまったのかすぐに就寝してしまい、部屋の広間には俺とセレナ、シルルさん、村長⋯⋯そして柱に縄で縛りつけた奴隷商人だけとなった。ちなみに奴隷商人はまだ気絶したままである。


「この度はシルルや拐われた娘達を助けて頂きありがとうございました。お約束通り明日銀色の何かが現れた場所に御案内致しましょう」

「よろしくお願いします。それで今回の若い女性が消息不明になる事件についてですが――」


 俺は今回の事件の犯人は盗賊達と奴隷商人だったこと、拐われた三人が既に帝都に連れ去られてしまったこと、そして1人殺されてしまったことを村長に話した。


「そうですか⋯⋯わかりました。この奴隷商人を憲兵に引き渡すことと拐われた三人を家に返すことは私が責任を持って行いましょう」

「お願いします」

「それでは皆さんも今日は疲れたでしょう。妻が布団を用意していますので今日はゆっくり休んで下さい」

「ありがとうございます」


 村長の奥さんがこちらに向かって頭を下げてきたので、俺も会釈をする。


「シルルも今日はここに泊まりなさい」

「ん⋯⋯わかった」


 良かった⋯⋯とりあえずシルルさんも今日は村長の家に泊まるようだ。さすがに森にある自宅に1人帰すのはどうかと思っていたので俺は安堵する。


 そして俺とセレナ、シルルさんに離れの一室が与えられたので俺達は移動する。


「おやすみ⋯⋯」


 離れの部屋に到着するとシルルさんはすぐに布団に入り横になってしまったので、俺とセレナは声を出して起こしてしまったら申し訳ないと思い、そのまま就寝することにした。

 余談だが布団の並びは俺、セレナ、シルルだったはずなんだが⋯⋯。



 若い女性達を助けた翌日早朝


 俺は絶叫するようなけたたましい声で目が覚めることになる。


「な、な、なぁぁぁっ!」


 突然聞こえてきた叫び声でハッと目が覚め身体を起こそうとするが、何かが俺の右腕に乗っていた。

 俺は首を右にクルリと曲げるとそこには息が届く距離でスヤスヤと眠るシルルさんの顔があった。


「えっ!」


 事もあろうにシルルさんは俺の腕枕で寝ており、しかも服は脱ぎ捨てられ下着の状態だ。

 だが俺はそのような行為に及んだ覚えはない。

 まさか寝ている間、無意識にシルルさんの布団に侵入してしまったのか⋯⋯いや、この位置は俺が寝ていた場所で間違いない。

 それにしてもシルルさんのような綺麗な人が朝起きたら目の前にいてビックリしたがそれよりも寝ているとはいえ、まさかこんなに至近距離にいることに気づかなかった自分に驚きを隠せない。俺はおやっさんに寝込みを襲われないために訓練を⋯⋯いや地獄の訓練を受けてきた。娘達ならともかく昨日会ったばかりの人をパーソナルスペースに入れて感知できないなんて⋯⋯。

 だが今はそんなことを考えるよりこの状況を何とかしないと。

 セレナは口をパクパクさせ涙目になりながら俺を見ている。これは誰が見てもアウトの事案だがあえて言おう。それでも俺はやってない!


「セレナ⋯⋯違うぞ」


 普段のセレナなら俺の言うことを信じてくれると思うがこのような現場を見られて信じろという方が難しいだろう。


「も、もちろんパパのことを信じています」

「セレナ⋯⋯」


 この状況でも俺を信じてくれるとは⋯⋯こんなに嬉しいことはない。

 だがこの後、セレナの信じてるは俺の信じてるとは違う意味だったと思いしらされる。


「ほ、本気じゃないということですよね? ひと夏のア、アバンチュール的な。ミリアが言っていました⋯⋯男性にどうしても我慢できない時があると⋯⋯」


 セレナは明らかに間違った解釈をしていた。むしろ手を出して責任も取らず、欲望に走ったひどい奴扱いになっている。


「起きたらシルルさんが横に寝ていたんだ。俺から何かをしたわけじゃない」

「本当ですか⋯⋯」

「ああ⋯⋯女神アルテナ様に誓って」


 娘に誤解されたままはさすがに勘弁してほしい。

 しかしこの時、タイミング悪くシルルさんが目を覚まし、よりによって俺に抱きついてきた。


「ああっ!」


 セレナの叫び声が部屋に木霊する。

 まずい⋯⋯このままではさっきセレナに説明したことが嘘だと思われてしまう。

 俺は慌ててシルルさんを引き剥がし起き上がる。


「シ、シルルさん! あな、あなたは何故パパに抱きついているのですか!」

「えっ? こういう時に言う言葉は昨夜はお楽しみでしたねじゃないの?」


 シルルさんは本気でそう思っているのか無表情で首を捻っていた。

 この娘はそんな言葉をどこで習ってきたんだ?


「言うわけありません! それより昨日から思っていましたがシルルさんはパパにベタベタし過ぎです!」

「ベタベタって⋯⋯本当はセレナがやりたいことなんでしょ?」

「ちがっ! わ、私は別に⋯⋯」

「ほら、今ならユクトの左腕が空いてるよ?」


 これは然り気無く右腕は自分のものだと言っているのだろうか。


「そ、そんなことより早く服を来て下さい! 恥ずかしくないのですか!」

「なんで?」


 下着姿で恥ずかしくない⋯⋯だと⋯⋯。この娘は正気なのか? 森の奥で1人で暮らしているにしても少し常識というものが欠落している気がするぞ。


「なんでって⋯⋯そういう姿は大切な人にしか見せてはいけないというか⋯⋯」

「それならセレナにとってユクトは大切じゃないの?」

「パパは大切です!」

「それならセレナも脱がないと」


 何か話が彼方へと逸れていないか? 何となくだが今のセレナはミリアにやり込められている時と似ているような気がする。


「わ、わかりました! 脱ぎます⋯⋯脱いでパパへの想いを証明して見せます」


 そしてセレナはおかしなことを言い出し、本当に上着を脱ごうと服に手をかけていた。


「ストップだ」


 俺はとてもじゃないが見てられないため2人の間に入る。


「パパ⋯⋯はっ! これは⋯⋯その⋯⋯」


 するとセレナは正気に戻ったのか慌てて服を着始める。


「シルルさん⋯⋯娘に挑発するようなことを言わないでくれ」

「別に挑発したつもりはないですよ⋯⋯私はセレナが思っていることを口にしただけです」


 シルルさんは表情を変えずに話すため思惑が読みにくいが、何となくだがこれは本心を言っているように見えた。


「けど挑発しているように見えたなら謝る⋯⋯ごめんなさい」


 俺に注意されて自分に悪い所があったと思ったのかシルルさんは俺達に頭を下げてくる。

 この娘は素直に謝ってくれるし、悪い人には見えないんだよな。

 やはり人とのコミュニケーションが苦手と見るべきか。


「いえ、その⋯⋯私も騒いでしまって申し訳ありません」


 セレナはシルルさんに謝罪しお互いに頭を下げる状況になる。

 とりあえず2人の言い争い? が終わって良かった。


 そして俺達は布団をたたみ、外に出る準備をして離れの部屋を出る。


「今日は森を案内してもらう日だ。村長の所へ行こう」

「はい」


 こうして俺達は銀色の竜を目撃した場所を案内してもらうために村長の元へ向かう。

 そしてとりあえずシルルさんが俺の腕枕で寝ていた件について娘からの追及がなくなり安堵する俺がいるのであった。


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