第90話 銀竜の調査
俺達は村長の家にたどり着くと既に憲兵がおり、奴隷商人を連れていく所だった。
奴隷商人はこちらに一瞬視線を向けてくるが、相手が俺だとわかりすぐに恐怖の表情を浮かべ下を向く。
昨日目の前であいつの仲間の命を奪ったことがどうやら堪えているようだ。
「おお、ユクトさん。おはようございます」
「村長、おはようございます」
「先程街から憲兵が来たので奴隷商人を引き渡した所だ。それと拐われた娘達も話を聞いた後憲兵が家まで送り届けてくれると言っていた」
それは良かった。彼女達のご家族もきっと心配しているだろう。
「おっ? 彼女達がこっちに来るな」
村長の言うとおり拐われた三人の娘達がこちらに向かってくる。
「ユクトさん本当にありがとうございました」
「私達が無事に帰れるのはあなた方のおかげです」
「このご恩は一生忘れません」
そして俺に向かって頭を下げる。
「早く自宅に戻ってご家族を安心させてあげて下さい」
「「「はい」」」
1日休んだせいか彼女達の顔は昨日と比べて晴れやかになっていた。
こうして拐われた三人の女性と奴隷商人は憲兵達に連れられてブルーファウンテンを後にする。
奴隷商人から情報を得て何とか残りの三人も助かるといいが⋯⋯。
俺は帝都に送られた三人の無事を祈りながら憲兵達を見送るのであった。
「さて⋯⋯それでは約束通り銀色の生物を見た場所へと連れていきましょう」
「よろしくお願いします」
そして俺達は村長の案内で北の森へと向かうとシルルさんの自宅へと続く分かれ道にたどり着いた。
ここでシルルさんともお別れか⋯⋯少し変な人ではあったが何か惹き付けられるものがある不思議な子ではあった。
出来れば今回のように危険なことがあるので森の奥で1人で暮らすのはやめた方がいいと思うが⋯⋯。
「シルルさんはこれからもここで暮らしていくのですか?」
俺は余計なお節介だと思いつつシルルさんがこれからどうするのか聞いてみる。
「いいえ⋯⋯私はもうあの家では暮らしません」
さすがに拐われたことが堪えたようなのかシルルさんは森を出る決意をしてくれたようだ。
「畑が踏み荒らされてしまいましたから」
「そ、それが理由なのか?」
「まあ他にも理由がありますけど」
やはりこの娘はずれているな。拐われた時も恐怖を全く感じていなかったように見えたし。
「それは良かった⋯⋯私もシルルが森に1人で住むのは心配だったんだ」
村長は上機嫌でうんうんと頷いている。よほどシルルさんのことが心配だったのだろうか⋯⋯。
「ではシルル⋯⋯私達は青の泉の方へ向かうから」
村長はそう言って分かれ道を西側⋯⋯青の泉方面へと足を向けるが何故かシルルさんはそのまま俺達についてきた。
「どうしたシルル? お前の家は向こうじゃないのか?」
「私もユクト達についていく」
シルルさんが北の森までついてきたのは一度自宅へ戻るためだと思っていたがどうやら違ったようだ。
「パパ良かったですね⋯⋯シルルさんが一緒で」
何か含んだ言い方をするセレナが怖くて俺は視線を向けることができない。朝、シルルさんが俺の腕の中で寝ていたことは有耶無耶になったと思ったがどうやら考えが甘かったようだ。
「旅の目的地はすぐそこだ。時間も押している⋯⋯早く行くぞ」
俺はこの空気を何とかするためにそう口にするのが精一杯だった。
そして数分歩いた後、村長は獣道になっていた道を逸れ、草むらの茂みをかき分けながら進んで行くと百メートル四方の開けた場所に出た。
「ここに魔物の死骸が転がっており、この先の森を少し進んだ場所に銀色の生物がいたんだ」
俺は村長の言葉で辺りを見渡すがもちろん今は銀色の生物も魔物も見当たらない。
本当にここに銀の竜がいたのだろうか? それとも他の銀色の何かがいただけなのか?
「私は大量の魔物の死骸を見た時、青い竜⋯⋯青竜様がやったのではないかと思いました」
「青竜⋯⋯ですか?」
この世界の頂点に立つ生物である竜⋯⋯その中でも銀竜、赤竜、青竜、土竜、緑竜、白竜、黒竜が最強種であると
そう⋯⋯言われているだけで実際に最強種の竜を見たことがある人はいないのだ。
何百年、何千年前に見た人はいるかもしれないが、今この時代で目撃した者はいない。
「ああ⋯⋯病気を治すことができる青の泉は青竜様の恩恵を受けていると言われている。だから泉の側で魔物を倒している巨大な生物を見た時は青竜様だと期待したのだが⋯⋯伝承だと青竜様は青色の竜⋯⋯しかし私が目撃したのは銀色の生物だったから残念ながら青竜様ではない」
村長が言う青竜のことも気にはなるが、今は銀色の生物を見つける方が先決だ。
「では俺とセレナはこの辺りを調査しようと思っていますが村長とシルルさんはどうしますか?」
「私は村に戻ります」
「私も家に帰る⋯⋯やることがあるから」
村長もシルルさんも自宅へと戻るようだ。だがそうなるとシルルさんは何故ここまで来たんだろう?
何となく? 気まぐれで? 相変わらず無表情のためその心理を読むことができない。
「それで1つ聞きたいことがあるんだけど⋯⋯」
シルルさんが俺の方を向いて問いかけてきた。
ミステリアスなシルルさんがどんな質問をしてくるのか興味がある。
「何かな?」
「何で銀の竜を探しているの?」
シルルさんの問いかけは至極全うなことだった。確かにわざわざ森の奥に来て伝説上の生物を探しているなど理解できない話だ。
「銀の竜は私が産まれた村を滅ぼしたの⋯⋯だからパパは仇を取るために銀竜を探してくれているのです」
俺が答えるより先にセレナがシルルさんに説明する。
「そうなんだ⋯⋯頑張って探してね」
シルルさんはセレナの言葉に素っ気なく答えるとそのまま村長と共にこの場を離れていった。
そして俺とセレナは村長が銀色の生物を目撃した場所を中心に探索を始めたが、竜種はおろか魔物さえ見つけることが出来なかった。
そもそもこの辺りに大型の生物の気配が感じられない。村長が銀色の生物を見たのは5年前⋯⋯もうここには銀竜の手がかりはないのかもしれない。
俺達はここで1日野営をして明日また調査を開始することにした。
そして翌日昼前まで銀竜を探したが結局何も見つからず途方に暮れていた頃。
「どう? 銀の竜は見つかった?」
シルルさんが訪ねて来てくれて俺達の調査の状況を聞いてくる。
「いや、何も」
「そう」
シルルさんはいつもどうり無表情で返答するとその場に座り込んでしまう。
もしかして俺達に何か用があるのだろうか?
それならちょうどいい頃合いなのかもしれない⋯⋯銀竜の調査は打ち切るか。
「セレナ⋯⋯ここまでにしよう」
「わかりました」
俺達は何の情報を得ることが出来ないまま銀竜の調査を中止することになった。
残念だが仕方ない。セレナの学校のこともあるし今回はここまでだ。
後はズルドから頼まれた青の泉の水を汲んで帝都に戻ることにしよう。
「なに? もう終わるの?」
「ああ⋯⋯後は青の泉の水をもらって帝都に帰ることにするよ」
「そう⋯⋯案内しましょうか?」
「それは助かる。シルルさんお願いできますか」
「任せて」
そしてシルルさんはここまで来た道を戻るのではなく何故か森の奥へとさらに進んでしまうのであった。
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