第84話 森の奥へ

「も、申し訳ありません!」


 突然意味がわからないことを口にし気絶したセレナは1分ほどで目が覚め、現在俺とザジ村長の前で土下座している。


「だ、大丈夫ですよ⋯⋯私は気にしてませんから」


 村長は気にしていないと言っているが、顔が引きつっており気にしていることが明らかだった。


 それにしても何故セレナはそのようなことを口にしたのだろうか? よりによって「パパはエッチです!」はないだろう。これもセレナが情緒不安定なことが関係しているのだろうか。初めは俺が話を聞けば良いと考えていたがこれは専門の人に委ねるべきなのかもしれない。


「セレナ⋯⋯何か悩んでいることがあれば言ってくれ⋯⋯相談に乗るから」


 だが全く放置するのは父親として失格なので、セレナが俺に話が出来る環境だけは整えておこう。


「パ、パパァ⋯⋯違うんです。これは何というか⋯⋯」


 セレナは顔を赤くし、しどろもどろになりながら言葉を発しているが⋯⋯。


「わかってる⋯⋯パパにはわかってるから⋯⋯セレナは疲れているんだよな。旅から戻ったら少しゆっくりしよう」

「うぅ⋯⋯」


 そしてセレナは俺の言葉に対して何か言いたそうではあったが、村長もいることもありこの場では何も聞いてくることはなかった。



「え~と⋯⋯さっきの続きだが森は危険なので今は向かわない方がいい。北の森には風邪などの軽い症状の病気に効く青の泉があるのだが、今は村の者達も行かないようにしている」


 そういえばズルドからブルーファウンテンの泉の水を取ってくるように言われていたな。


「ザジ様⋯⋯パパは強いので大丈夫ですよ。この村に到着する前に盗賊12人を一瞬で倒してしまいましたから」


 先程まで落ち込んでいたセレナが得意気に話す。


「そ、そうなのか! だったら私の頼みを聞いてくれないか。聞いてくれたら銀色の何かがいた場所に案内してもいい」


 村長の頼みとは何だろうか? この村に滞在できる時間も少ないからここは銀の竜の情報を得るために村長の願いを聞くしかないか。


「わかりました⋯⋯内容にもよりますが⋯⋯」

「無理なら断ってくれても構わない。それで頼みたいことだが⋯⋯ある娘が無事かどうか確認してほしい」


 娘が無事かどうか? 裏を返せば有事である可能性もあるということか。


「その方はどこにいるのですか?」


 この子が近くにいるのならいいが、遠方にいた場合は難しいな。


「ここから30分ほど北に行き、森に入った所にある分かれ道を右に10分程進んでくれれば木でできた一軒家が見えてくる。その家に住んでいるシルルという若い娘がいるかどうか確認してもらいたい。こんな事件があったので1人で森の奥に住んでいるシルルが心配になってな」

「わかりました⋯⋯そういう事情ならお引き受けします」

「ありがとうございます」


 ここから40分なら十分に行ける距離だ。それに村長が言うように森の奥で若い娘が1人住んでいるなら、今この辺りで起きている事件で狙われてもおかしくないため少し心配だな。


「そのシルルさんとお会いしたら、村まで連れてくるということでよろしいでしょうか?」

「そうしてくれ⋯⋯私が一筆書くのでこれを見せればシルルはユクトさん達に付いてきてくれるはずだ」


 そして俺は村長から手紙を受け取り、セレナと共に北の森へと向かうのであった。



 俺とセレナは、村の人や村長から若い女性がいなくなる事件があると聞いていたので慎重に北へと向かっていたが何事もなく森までたどり着き、目の前には村長が話していた分かれ道があった。


「ここを右に⋯⋯看板があるな」

 

 道が分かれている所の中心に木でできた看板があったので俺は何が書いてあるか読んでみる。


 ここから西に1キロで青の泉


 なるほど⋯⋯この分かれ道を左に向かうと青の泉に到着するのか。

 シルルさんを村まで送った後にでも行ってみるかな。


「パパ行きましょう」

「ああ⋯⋯わかった」


 そして俺とセレナは分かれ道を東に進んでシルルさんの家へと向かう。

 道中熊の1.5倍の大きさはある魔物ビックベアに襲われたが、セレナは一瞬で剣の錆びにして難なく目的地であるシルルさんの家までたどり着いた。


 そして俺達の前には木でできたログハウスとその横にある小さな畑が目にはいる。


「本当にここで若い方が1人で暮らしているのですね」


 俺も村長の話を聞いたとき、わざわざ村から離れた場所で若い女性が1人で暮らしているということを信じられなかったがどうやら本当のようだ。

 もしかしたらそのシルルさんはここに住まなくてはならないやむを得ぬ事情があるのかもしれないな。


 だが今はそのようなこと考えるよりシルルさんの身の安全を確保するため、村へ連れて行くことが優先だ。

 しかし俺はログハウスにたどり着く前から周囲の気配を探っているが少なくとも今家の中には誰もいなかった。

 どこかに出掛けているのだろうか?


 トントン


「すみません⋯⋯シルルさんいらっしゃいますか?」


 俺は念のため家のドアを叩いてみるが返事はない。


「やはり留守か⋯⋯」


 もしかしたらシルルさんは既にいなくなった後なのか?

 俺の中で嫌な予感が過る。


「パ、パパ! これを見てください!」


 セレナが少し慌てた様子で畑を見ながら話しかけてきたので俺は急ぎ向かう。


「この畑⋯⋯踏み荒らされていますね」


 セレナの言うとおり畑には大根が植えられていたが踏まれていてぐちゃぐちゃになっていた。

 そして畑にいくつか足跡が残っていたが、足の大きさや形からして少なくとも三人以上はありそうだった。

 まさかシルルさんは拐われてしまったのか?


 俺は急ぎログハウスのドアを開けるがやはり中には誰もいない。そして俺は部屋の中を見渡すが⋯⋯物が少ないな。


 机にイス、釜戸、そして小さな棚と必要最低限のものしかなく、生活感があまり感じられなかった。


「机の上には食べかけのスープか⋯⋯」


 スープは既に冷たく、作られてから暫く時間が経っていたことが考えられる。食べ物をそのまま放置するということは⋯⋯。


「シルルさんは拐われてしまったのでしょうか⋯⋯」


 状況的にはその可能性が高い⋯⋯それならもうここにいてもしょうがない。


「そうだな⋯⋯とにかくこのことを村長さんに伝えるぞ」

「わかりました」


 こうして俺とセレナはシルルさんがいなくなってしまったことを村長に伝えるため急ぎブルーファウンテンの村に戻るのであった。



「そうですか⋯⋯シルルはすでに⋯⋯」


 俺達は村へと戻りシルルさんの家で起きていた踏み荒らされた畑のこと、残された冷めたスープのことを村長に伝えた。


「もしユクトさんの言うことが正しければシルルは拐われたということですか⋯⋯」

「ええ⋯⋯そしておそらくこの辺りで起こっている若い女性が消える事件と関係があるかもしれません」

「拐われたと言っても手がかりが全くない⋯⋯いったいどうすれば⋯⋯」


 本当に拐われたとしても相手が誰か、どこにいるかもわからないなら見つけようがない。


 俺と村長はシルルさんを⋯⋯拐われた子達を助けるためにはどうすればいいのか考えているとこれまで話に参加していなかったセレナがとんでもないことを口にするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る