第83話 セレナ暴走

「俺⋯⋯明日実家に帰るよ」


 俺は宿屋の一室でパルズが口にした言葉を予想していたため特別驚きはしなかった。


「えっ? なぜですか?」


 だが事情を知らないセレナは驚きの表情を浮かべていた。


「俺の家まで半日もあれば行けるし、たまには父と母に顔を見せてやろうかと思って」

「あなた1人でですか? 護衛は? 私達は目的地にやっと到着したのにそのような勝手が許されると思っているのですか?」


 確かにセレナの言うとおりだ。パルズはドミニク一派に狙われている可能性があるため1人で行動するのは危険だ。

 

「護衛の件は大丈夫だぜ。ノボチ村の村長に憲兵が来た時、俺の護衛をブルーファウンテンに寄越すよう頼んどいたから」

「そうですか。護衛の件はわかりました⋯⋯ですがパルズさんはパパのために銀の竜を探すお手伝いをしようとは思わないのですか?」

「それに関しては悪かったと思っている⋯⋯」

「でしたら⋯⋯」


 そしてパルズとセレナの言い争いが始まる。

 やれやれだな⋯⋯パルズも正直に話せばいいものを。14歳くらいの男は良いことすると素直に言うことが出来ないものなのか? 少なくとも俺の時はそんなことはなかったと思うけどな。


「2人ともストップだ」

「師匠⋯⋯」

「パパ⋯⋯」


 2人は俺が間に入るととりあえず言い争いをやめる。

 はあ⋯⋯こういうのって他の奴に指摘される方が恥ずかしいと思うけどな。このままだと埒が明かないので仕方なくパルズの事情を俺の口から説明する。


「セレナ⋯⋯パルズは公爵家に戻ってノボチ村の支援をしてもらうよう父親に頼みに行くんだ」

「「えっ!」」


 ここで2人から驚きの声が上がる。まあ驚いた内容は違うと思うけどな。


「ど、どうしてそれを⋯⋯」

「簡単なことだ⋯⋯現在ノボチ村には収入という物が全くないからだ。いや、帝都に出稼ぎに行っている者もいるようだから全くないわけではないな。村にアマイモの種芋はあったが育てるのに120日ほどかかるだろう? その間ノボチ村の人が生活していくだけの金はない可能性の方が高い。嘘かも知れないが盗賊が襲ってきた時に村長が金目の物はないと言っていたしな。公爵家も今の村の現状を見れば多少なりとも支援してくれる可能性はあるがそれを確実にするためにパルズは領主の所に行くつもりなんだろ?」

「し、師匠には隠し事はできねえな。そのとおりだよ」


 セレナも少し考えればわかることだと思うが、この旅を始める前から少し情緒不安定気味だったから気づかなかったのかもしれない。だが今回の件で悪いのは明らかにパルズだ。もし誰もパルズの意図に気づかなかったら、パルズは以前と同じ自分勝手な奴だと思われてしまうだろう。


「パルズ⋯⋯1つだけ言っておく」

「な、なんだよ」

「見ず知らずの人にまで正直に話せとは言わない⋯⋯だが仲間にまで紛らわしい言い方をするな。誰もがお前の考えを理解しているわけじゃないんだぞ。パルズが目標としている親衛隊に入ってもお前は1人で護衛対象を護るつもりか? そんなことは不可能だ。仲間との信頼関係があるからこそ連携して護衛対象を護ることができるということ忘れるな。だから今のお前の行為は褒められるものじゃない」


 少し厳しいようだが1人でできることなど限られている。もしパルズは俺の言葉を理解出来ないなら親衛隊に入ることは諦めた方がいいだろう。


「す、すまねえ師匠⋯⋯それとセレナ。俺、今までひねくれた生き方をしてきたから素直になれなくて⋯⋯でも師匠の言うとおりだ。こんなんでラフィーニ様の親衛隊に入ることなんてできねえよな」


 俺の言葉に珍しくパルズは落ち込んだ表情を見せる。


「わかってくれたのならそれでいい。間違えることなど誰にもある。だがその間違いを正すことを忘れる人間にだけはなるなよ」

「わかった」


 こうして事情がわかったことで2人は言い争いを止め、パルズは明日公爵家に行くこととなった⋯⋯そして夜が明けた。


 翌日早朝


 俺達は朝食を取り、宿屋を出発すると4人の男が待ち構えていた。


「パルズ様⋯⋯お待たせしました」


 そしてその男達はパルズを見つけると片膝をつき頭を下げてくる。


「アレル! よく来てくれたな」

「パルズ様、ここから領主様の所までは私達が護衛をさせて頂きます」

「頼む」


 どうやらこの男達がパルズの護衛の男達のようだ。

 パルズとはここでお別れだな。


「師匠⋯⋯この旅に同行させてくれてありがとうございます。色々勉強になりました」


 パルズは突然真面目な表情をして頭を下げてきた。


「パルズの成長を見れて楽しかったよ」

「自分でいうのもなんだけど俺も師匠のお陰で成長できたと思う。本当は最後まで師匠について行きたかったけど⋯⋯」

「今はお前の出来ることをやれ⋯⋯旅はまたすればいいさ」

「師匠⋯⋯」


 俺はパルズと右手の拳と拳を突き合わせる。


「セレナも迷惑かけて悪かったな」

「本当ですよ⋯⋯昨日私が言ったことを忘れないで下さいね。あなたはパパの弟子だということを」

「わかってる⋯⋯お前も師匠に迷惑かけんなよ」

「パルズさんに言われたくありません」


 そして2人はニヤリと笑いながら握手をかわす。

 セレナは嫌っていたパルズをまさかここまで認めるようになるとはな。

 きっとセレナに取ってもこの旅は良い経験になっただろう。

 俺は父親として師匠としてそんな2人の成長を見れて嬉しく思うのだった。


 こうしてパルズは護衛達と共にブルーファウンテンを離れ、この場には俺とセレナの2人となった。


「セレナ⋯⋯ここからは俺達2人だ。まずは村長の所に言って銀の竜の情報を聞きに行こう」

「はい」


 本当は酒場でもあると情報が集まるのだが、さすがにこの村には無さそうだ。

 まずは近くにいる人に村長の家がどこにあるか聞いてみよう。

 そして暫く歩いていると田畑を耕している中年の男性がいたので俺は声をかける。


「すみません、旅の者ですが村長さんにお聞きしたいことがありまして⋯⋯ご自宅を教えて頂けないでしょうか」

「村長の家さ? 村長の家はこの道を真っ直ぐに行って左に曲がった所にある大きな家がそうだべさ」


 なんだこの人は? 俺と話をしているのにセレナのことを目で追っている。若い娘がいるのがそんなに珍しいのか?


「わかりました⋯⋯ありがとうございます」


 そして俺達は村の人にお礼を言い、この場を立ち去ろうとした時。


「その女の子から目を離さねえ方がいいぞ」


 俺達は突然先程の男性に呼び止められる。


「それはどういうことですか?」

「最近この辺りで若い女の子がいなくなることがあってな」


 なるほど⋯⋯だからセレナのことをジロジロと見ていたのか。


「詳しいことが知りたかったら村長に聞いてくれ」

「わかりました⋯⋯ご忠告ありがとうございます」


 そして俺達は村の人と別れ、教えてもらった道を行き村長の元へと向かう。


「パパ⋯⋯先程村の方がおっしゃっていたのはどういうことでしょうか?」

「普通に考えると女の子は魔物にやられてしまったか、家出をしたか⋯⋯」

「拐われたか⋯⋯ですね」


 若い女性だけということでセレナが口にした拐われたということが一番可能性が高いだろうな。


「詳しいことは村長さんに聞いてみるか」


 そして数分歩いた所で村の人が言っていたように大きな家が見えてくる。


「パパ、ここですかね?」

「そうだな」


 俺達の目には茅葺きの家が目に入り、そしてその縁側には1人の男性の老人が座っていた。


「あの方が村長さんかもしれない。話しかけてみるか⋯⋯すみません」


 俺が縁側に座っている老人に声をかける。


「おお⋯⋯旅のお方か? 私に何か用があるのか?」


 俺とセレナは老人の元へ赴き、挨拶をする。


「私はユクト、隣にいるのはセレナです。失礼ですがあなたはこの村の村長でよろしいでしょうか?」

「はい。私はブルーファウンテンの村長であるザジと申します」

「少しお話をお伺いしたいのですが⋯⋯」

「こんな年寄りの話で良ければ何でも聞いてくだされ」

「ありがとうございます」


 そして俺達も縁側へと向かい、村長の隣に腰を下ろして銀の竜について問いかけてみる。


「以前こちらの村で銀の竜を見たという噂を聞いたのですが⋯⋯」

「なんだ⋯⋯お主ら銀の竜を探しているのか。何を隠そうその銀の竜を目撃したのは私だ」

「本当ですか!?」


 これは幸先がいい⋯⋯まさか銀の竜の情報提供者に会えるなんて。


「それで何が聞きたい?」

「では2つほど⋯⋯1つ目は村長が見たものは本当に銀の竜だったのか、そして2つ目はこのブルーファウンテンのどこで銀の竜を目撃したのか教えて頂きたいです」


 ズルドの話では竜ではなく魔物かもしれないとの話だった。村長の見解はどうなのか聞いてみたい。


「ではまず一つ目から⋯⋯私は2度、銀色の何かを目撃しているのだが正直な話、恐ろしくて離れた場所でしか見ていないので銀のものが竜かどうかはわからない」


 これはズルドからもらった情報と一致するな。やはり直接確認しに行くしかないのか。


「しかし2回とも共通点があり、その銀の何かがいた場所には大量の魔物死骸がありました。ただの魔物にあのようなことが出来ると思えません」

「なるほど⋯⋯銀色の強い何かがいた⋯⋯それで竜かもしれないと噂が広まったのですね」

「おそらくは⋯⋯そしてその銀色のものを目撃した場所ですが⋯⋯今は行かない方がよろしいでしょう」

「なぜですか?」

「実はここの所、この辺りの村で若い娘がいなくなる事件が起きていまして」


 村長の家を教えてくれた村人が言っていたことだな。


「銀の竜を見た場所は北の森の奥深くになります。そのような人気のない場所に行ってしまったらそちらの奥さんもいなくなってしまうかもしれません」


 奥さん? どうやら村長はセレナのことを俺の妻だと勘違いしているようだ。


「えっ? 奥さん? どなたのことを言っているのでしょう?」

「セレナさんのことです⋯⋯美男美女でお似合いの夫婦だと思っていましたが⋯⋯」

「エェェェェェェッ! わ、私ですか! しかもお似合い!」


 セレナは今までに聞いたことないほど大きな声で驚いている。

 俺もまだまだ若いつもりではいるけどまさかセレナと夫婦に思われるとはな。それにしてもセレナは驚き過ぎじゃないか。


「そ、そ、そんなことないですよ! 私はパパの娘です! けど⋯⋯」


 この時セレナはユクトと夫婦だと言われ頭の中では妄想が始まっていた。


(私がパパの奥さんに見える? すごく嬉しい! でも私はパパと釣り合っていませんよね。パパのちゃんとした奥さんになるには料理が出来ないと⋯⋯けど私は料理がすごく苦手⋯⋯どうすればいいの? とりあえず料理に使う道具は良いものを揃えないと⋯⋯料理の腕を道具でカバーできるとは思わないけど悪いものを使うよりはマシよね。包丁、ピーラー、まな板、それにエプロン⋯⋯エプロン! やっぱり新婚さんでしたらミリアが言っていたあれをやらないと行けないのかしら⋯⋯エプロンの下は⋯⋯は、はだ⋯⋯パパはエッチです!)


「パパはエッチです!」


 この時セレナは妄想の一部を言葉で発してしまい、ユクトと村長は目を丸くする。


「セレナ? 突然何を言っているんだ」


 しかしセレナはユクトの問いかけには答えることはできず、自分の中の妄想で頭がパンクしてしまい、顔を真っ赤にして縁側で倒れてしまうのだった。


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