第79話 パルズ、セレナに嫌われる

 ユクトside


 俺とセレナはパルズと村長達達のやり取りを少し離れた場所で見ていた。


「パルズさんすごいですね⋯⋯村の人達の心を掴んでしまいました」

「まあ良くも悪くも素直な奴だからな」


 きっと湧き水がなくなり、アマイモが作れなくなったことで村の人達の心は弱っていた。そんな時に現れたパルズの忌憚きたんのない言葉や行動は心に直接響くものだったのだろう。


「パパはこういう結末になることを読んでいたのですか?」

「いや、ここまで村の人達の信頼を勝ち取れるとは思っていなかったよ」


 そう⋯⋯今回俺はパルズの行動には干渉するつもりはなかった。暗闇の中、山に獲物を取りに向かったときはさすがに見過ごすことはできなかったが⋯⋯。

 パルズは仮にも公爵家の息子⋯⋯自分の領地の村が困っているのに見捨てるような奴なら娘達に悪い影響を与えると考え、師弟関係も解消するつもりだった。しかし先程もセレナに言ったが、パルズは良くも悪くも素直な奴だから村人が困っていると知れば必ず手を差し伸べると思っていた。

 そのため昨日はパルズが村の人達のために奔走する姿が嬉しくて、ついニヤニヤしてしまった。


「何だかパパの機嫌が良いです⋯⋯私もパパに褒められたいので頑張ります」


 セレナはそう言うと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。


「まさかセレナ妬いてるのか?」

「はい⋯⋯私は料理一つ出来ないダメな長女ですから⋯⋯」


 何だか今日のセレナはいつもと違って子供っぽいな。もしかしたら今のセレナはミリアやトアがいないため長女としての自分ではなく1人の女の子としての自分が出ているのかもしれない。


「セレナはダメな子じゃないよ⋯⋯俺の自慢の娘だ」

「自慢の娘⋯⋯ですか。今はそれで我慢します」


 ん? 我慢するとはどういうことだ?

 だがその言葉の意味を考える前に突然セレナが俺の背中に抱きついてきた。


「セレナ?」

「ご、ごめんなさい」


 しかし謝ってきてもセレナの手が俺から離れることはない。


「急に何してるんだろう⋯⋯わたし」

「甘えたくなったのか?」

「そうかもしれません」


 セレナは自宅だと長女だからなのか色々なことを我慢していることが多いし、世間では剣聖と呼ばれているため見えない重圧がのし掛かっているのだろう。

 だからこそ父親の俺だけはいつでも甘えられる相手になりたいと思っているため、今のセレナの行動は素直に嬉しい。


「パパ⋯⋯もう少しだけこのままでもいいですか?」

「ああ⋯⋯セレナの頼みなら」

「うん⋯⋯ありがとうございます」


 そしてセレナが俺の背中に手を回し5秒、10秒と時が過ぎていく。しかしいつまでも続くと思われたこの時間は唐突に終わりを告げる。


「お~い! 師匠、セレナ! 何やってるんだよ。俺だけじゃこの人数を統制出来ねえから早く手伝ってくれ!」


 セレナはパルズの声が聞こえると一瞬で俺から離れていった。


「ああ、今行く」


 そして俺がパルズに返事をするとセレナの身体から怒気のオーラが立ち上がっているように見えた。


 これはさっき頬を膨らませた時より数倍機嫌が悪いぞ。


「パパ⋯⋯私がパルズさんを褒めたことは忘れてください。彼にはまだ教育が必要です⋯⋯空気を読む!」


 こうしてセレナは、俺との親子の時間を邪魔したパルズに対して辛辣な言葉を述べ村人達の元へ向かうのであった。


 パルズside


 翌日


 ジジイやガキどもが土砂を取り除く作業を始めてから水路はあっという間に元通りになった。

 昨日で全体の約70%の作業は終わり、今日の午前中で土砂は完全に無くなったので後は湧き水が出るのを待つだけだ。


「まさか2日で水路が元通りになるとは⋯⋯」

「後は湧き水が出ればまたアマイモを作ることができる」


 村のジジイ達は水路が復活したことで笑顔が溢れており、辛気臭い顔をしていた頃が嘘のようだった。


「師匠⋯⋯後は湧き水を頼むぜ」

「ああ⋯⋯任せておけ」


 だが師匠はどうやって湧き水を復活させるんだ? 探索魔法か何かで地面の何処に湧き水があるか調べるのか? 水が出る魔道具を持っているのか? 地面をぶち壊し、無理矢理湧き水を復活させるのか? 正直な話、師匠の規格外な所を見ていると全部正解じゃないかと疑っている俺がいる。


「もしかすると大量の湧き水が出るかもしれないのでダムが崩壊しないように適度に放水をお願いします」

「わ、わかりました」


 師匠の言葉に村長は返事をしているが滅茶苦茶動揺しているのがわかる。普通だったら湧き水は枯れてしまったので、もし復活しても少ししか出ないかもしれないと考えるが師匠は逆に大量に出る言っちゃってるからな。

 少し前の俺だったら何バカなことを言ってんだと一蹴する所だが今は普通に受け入れている。

 ヤバい⋯⋯俺の頭の中が師匠に毒されている。師匠はあくまで非常識な存在だと再度認識しなくては。


「湧き水の所へは俺1人で行きます。皆さんはここで待ってて下さい」


 そう言って師匠は1人北の森へと向かっていった。

 ぶっちゃけた話師匠がどうやって湧き水を出すのか興味があるが、ここで村の奴らとダムが水いっぱいになっていく様を見たいと言う気持ちの方が強い。


 そして俺達は全員でダムの方へと移動し、水が流れてくる瞬間を今か今かと待ち構えている。


 師匠がやり過ぎちまった時はこれで水を防げばいいんだな。

 ダムの側に目を向けると水が溢れてきた時や決壊した時の応急処置を行う土嚢や止水板があった。


「パルズ兄ちゃん楽しみだね」


 俺の隣にはワクワクした表情で湧き水を待つトムの姿があった。


「師匠はすげえ人だから必ず湧き水を復活させてくれるぜ」

「師匠さんって凄い人なんだ⋯⋯けど僕はパルズ兄ちゃんも凄い人だと思ってるよ」

「俺が? 悔しいが師匠と俺を比べたら天と地程の差があるぜ」

「そんなことないよ。パルズ兄ちゃんは僕を護ってくれたし、諦めていたお爺ちゃん達の目をもう一度輝かせてくれたんだもん」

「べ、別にお前らのためにやったんじゃないぞ。俺は早くこの村から出ていきたかったからやっただけだ」

「パルズ兄ちゃんは素直じゃないなあ。僕知ってるよ⋯⋯パルズ兄ちゃんみたいな人はツンデレって言うんでしょ?」

「誰がツンデレだあ!」


 そして周囲にいた村人達が俺とトムのやり取りを聞いていたのかこの場は笑いが起きるのであった。


 ユクトside


 俺はセレナや村人達と別れた後、水路に沿ってノボチ村の北にある森へと進んでいた。

 そして10分ほど歩いた所で水路が終わり地面が少し窪んだ場所へと辿り着く。


「ここから湧き水が出ていたのか⋯⋯」


 だが今はその見る影もなく周囲には水の一滴すらない状態になっていた。

 俺の中に2つ、水を復活させる方法がある。

 1つは魔力を込めれば水が出る魔道具を使う。その場合はここではなくダムの所に魔道具を設置する予定だが問題が1つだけある。

 この魔道具は一級の魔石を使っていることもあり、かなり高価な物であるため盗難される可能性があることだ。

 以前この魔道具と同じ物を商人から金貨300枚でほしいと言われ、売ったことがあるが、そのような物を憲兵のいないこの村に置けば盗賊などに奪われてしまうためこの案は却下だ。

 そうなるともう1つの方法を試すしかない。


 地震で地盤が変わってしまっただけで水源はここにあるはずだ。

 俺は湧き水が沸いていた地面に右手を置き魔力を込める。

 これから使う魔法は本来なら広範囲に影響を及ぼすものだが、今回は一点に集中する。


大地破壊魔法アースラベッジ


 俺が魔法を発動すると掌サイズの範囲で真下に地面が割れていくため、直ぐにこの場を離れる。湧き水が出てきた時に足場が崩れる可能性があるからだ。


 しかし大地からは何も反応がない。

 水は出ないか⋯⋯出ないならもう一度大地破壊魔法アースラベッジを使うしかない。

 俺は再度魔法を大地に撃ち込むためかつて湧き水が出ていた場所に向かって歩きだした時⋯⋯足元から微細な振動を感じた。

 その振動は徐々に強くなり、次第に大地が波のように揺れ始める。


「これは⋯⋯大地破壊魔法アースラベッジで地殻が変わっているのか? それとも⋯⋯」


 そして激しい揺れと共に音が聞こえてきたかと思うと何かが頭上高く飛び出してきた。


「よし! 水だ出た!」


 魔法を撃ち込んだ場所から噴水のように湧き水が噴き出してくる⋯⋯だがこれは⋯⋯。


「少し水が出過ぎかもしれないな」


 だが俺の心配は余所に10分ほど様子を見ていると噴水のように飛び出していた湧き水は少なくなり、一定の量に落ち着いた。


「ふう⋯⋯これなら大丈夫だな」


 俺は湧き水の量が適度の量に収まったことに一安心する。

 水が出過ぎると水源が枯渇する原因になるからな。


 とにかくこれでノボチ村は救われるはずだ。

 そして俺は湧き水復活のミッションを終え村へと歩きだしたその時⋯⋯突如爆発音が耳に聞こえてくるのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る