第80話 パルズ吠える

 パルズside


 師匠が俺達と別れてから10分程時間が経った。

 何か落ち着かねえ⋯⋯湧き水を復活させるって師匠はどんなことするつもりなんだよ。

 その気持ちはジジイ達やガキどもも同じで何かソワソワしているように見える。

 ただそんな中で1人だけ⋯⋯セレナだけは平然と師匠がいる方に視線を向けていた。

 セレナのあの目は師匠を完全に信じきっている目だな。2人の間にどんな絆があるかわからないが、その関係を羨ましく思う。何故なら俺は父とは仲が良くないからだ。父は公爵のため常に仕事に追われ、たまに顔を見せれば勉学がどうだとか剣の訓練はどうだと言うだけで煩わしいことこの上ない。だが今ならそんな父の言葉も理解できる⋯⋯力が足りなくて何かを成し遂げられないというのは心の底から悔しいと学んだからだ。


 そして辺りがざわめき始め、水路に目を向けるとお待ちかねの水が流れてきた。


「おおっ!」

「ほ、本当に湧き水が流れてきた!」

「あの若者はどうやって水を復活させたのじゃ!」


 村の奴らは驚いた声を上げているが俺とセレナに言わせれば必然な結果だった。


「さっすが師匠だぜ!」

「パルズ兄ちゃんの師匠さんすげえ!」


 水路が復活するのを見てジジイ達は笑い、はしゃぎ、心から喜んでいるのが俺でもわかる。

 昨日、土砂を取り除く作業している時に村の奴らの笑顔を見ることは出来た。だが今目にしている笑顔と比べるとどこか影があったように感じる。村の奴らは湧き水が使えるようになって初めて心から笑うことができたのだろう。


 いいもんだな⋯⋯微力だが俺もこいつらの笑顔を生み出す力になれたかとおもうと何だか誇らしくなる。


 しかし⋯⋯ちょっと水の勢いが強すぎないか? このままだとダムがいっぱいになっちまうぞ。


「み、皆の者! このままだとダムの水が溢れてしまう! 放水するぞ」


 村長達はダムに貯まった水を何とかしようと奔走している。

 やっぱり師匠はやり過ぎたか。だけどジジイ達は楽しそうに作業しているから水が出なかった時に比べると全然マシだ。


 こうしてノボチ村の湧き水問題は解決し、ここにいる全員が安堵していたその時⋯⋯。


火炎弾魔法ファイヤーボール


 突然ダムの壁に魔法が撃ち込まれ、周囲にけたたましい爆発音が響く。


「だ、誰だ!」


 俺は辺りを見渡すと森の陰から十数人の人影が現れた。ジジイやガキどもは突然出来事に顔は青ざめ恐れをなしている。


「俺だよ俺⋯⋯一昨日殺されかけたことをもう忘れちまったのか?」

「て、てめえは!」


 こいつは前にトムと俺を殺そうとした盗賊だ!

 

 まさか仲間を取り戻しにきたのか?

 まずいな⋯⋯こっちにはセレナがいるとはいえ50人程の村人達を護りながら戦うとなると圧倒的不利だ。

 幸いなことに盗賊の魔法を受けてもダムの壁は壊れてない。

 それなら師匠が戻ってくるのを待つのが最良の手だろう。

 だがどうする? どうやって師匠が来るまでの時間を稼げばいい?


 そんな緊迫状態の中、村長が俺達の前に立ち、盗賊達に語りかける。


「お主達今さら何をしに来た⋯⋯この村には金目の物などないぞ」

「そんなことはわかってる。俺達は仲間を取り戻しにきただけだ」

「それならお前達の仲間は解放する。だから早くこの村から出ていけ!」


 村長、こいつらは仲間を解放して素直に帰るとは思えねえ⋯⋯そう言いたかったが、余計なことを口にすると盗賊達が逆上する可能性があるので俺は黙ることにする。


「それともう1つ⋯⋯おまえらは始末しようと思ってな」

「な、なんじゃと!」

「俺は元々騎士だったがつい訓練中にやり過ぎて人を殺しちまってよう⋯⋯だがあの時感じた高揚感、血の味、人を斬る手の感触⋯⋯それが忘れられなくて今盗賊をやってんだ」


 こいつは最悪だ。このままだとここにいる全員を殺しかねない。


「おい糞ガキ! この間は俺に楯突いてきたのに今日は大人しいじゃねえか」

「そんなことはねえよ⋯⋯お前をどうやって倒すか考えていただけだ」


 とりあえず盗賊達の意識を俺に集中させるぞ。そうすればジジイやガキどもに危険が及ばなくなるはずだ。

 そして俺は腰に差していた剣を抜き盗賊と向き合う。


「ほう⋯⋯そうでなくてはな。まさかお前もこいつらと一緒になって農民ごっこをしているのかと思ったが気のせいか⋯⋯ならばこんなものは必要ないだろう! 「火の力よ⋯⋯我が手に集束し燃やし尽くせ! 火炎弾魔法ファイヤーボール」」


 盗賊が魔法を放つとダムの土壁はピシピシと音がなり、湧き水が漏れ始める。


「ダ、ダムが! せっかく湧き水が出たのに!」


 トムは悲痛の思いで叫ぶが村人達は盗賊に恐怖し動くことが出来ない。


「て、てめえ! 何しやがる!」


 俺は盗賊の行動に対して怒りに我を忘れ全速力で駆け始める。


「この間の続きだ⋯⋯相手をしてやる」

「相手をしてやる⋯⋯だと⋯⋯てめえなんか眼中にねえよ!」


 そして俺は剣を投げ捨て、代わりに土嚢で水が漏れ始めた場所を押さえつける。

 す、すげえ水圧だ⋯⋯だがこのままダムが決壊しちまったら畑に水が溢れアマイモが作れなくなっちまう。ジジイ達やガキどもの希望を破壊されてたまるか!


「剣士が武器を捨てるとは何事だ! 貴様! 見損なったぞ!」

「何を見損なうっていうんだ? 俺は今、1番大切なことをしているつもりなんだが」

「まさか村の畑を護っているつもりなのか? その行動に何の意味がある!」

「意味なら⋯⋯ある。こいつらの生活を⋯⋯夢を護ってやることができる」

「夢だと? 農民などただ搾取されるだけの存在ではないか!」


 そして盗賊はこちらに向かって来て俺の顔面を踏みつけ、何度も足蹴にしてくる。


「パルズさん!」

「パルズ兄ちゃん!」


 この場にセレナとトムの悲痛の叫びが鳴り響き、セレナは剣を手にこちらに向かってくる。


「セレナ来るな! お前の役目は村の奴らを護ることだ」

「くっ! ですが!」

「トム、俺は大丈夫だ。セレナの言うことに従え」

「パ、パルズ兄ちゃん⋯⋯」


 残りの盗賊達はまだ動く気配がない。そして幸いなことに村人達はダムを背にしているため、盗賊達に背後から攻撃を受けることはないだろう。


「こんな時にも人の心配か? 俺に顔面を踏まれて悔しくないのか? お前には剣を使う者としてのプライドがないのか?」


 少し前の俺ならこいつの言うとおりダムの決壊より剣で戦うことを選んだだろうな。だが今は⋯⋯。


「てめえさっきから剣士剣士うるせえよ。剣士だからどこがえらいんだ!」

「何⋯⋯だと⋯⋯」

「確かに剣を手に人を護るやつは俺もすげえと思うよ。だがお前のように剣を使って理不尽に人を殺し、盗みを働いている奴のどこがえらいんだ! 俺には信念を持って物を作り、みんなを笑顔にするためにアマイモを作ってるこいつらの方が100倍すげえ奴に見えるぜ!」

「き、貴様!」


 盗賊は俺の言葉を聞いてこちらを睨みつけ顔を赤くし、怒りを顕にする。


「この糞ガキは俺が始末する。おまえらは残りの奴を殺せ」

「「「へいっ!」」」


 まずい⋯⋯残りの盗賊がジジイやガキどもの所へ行きやがった。

 だが俺も人の心配をしている暇はない。ダムが決壊しないように土嚢で押さえているがそろそろ限界だ⋯⋯師匠早く来てくれ!


「糞ガキがえらそうなこと言いやがって⋯⋯それならこいつらを護るというお前のプライドを見せてもらおうか」


 盗賊はそう言葉にすると腰に差した短剣を抜き、躊躇せず土嚢を押さえている俺の右手の甲に刺してきた。


「ぐあああっ!」


 俺は思わずその痛みに叫んでしまい、土嚢を押さえていた力が緩まる。


「どうした? 偉そうなことを言っていたがお前のプライドはその程度か?」


 くそっ! 右手がいてえ! 血も噴き出してきた。こいつぜってえ許さねえぞ。


 だが盗賊は俺の心を折るため、今度は短剣を左手の甲に刺してくる。


「ぎゃあぁぁっ!」


 俺はあまりの痛みに土嚢を離しそうになる。

 ちくしょう! こいつの方が強いのに両手も使えなくったらもう何もすることができねえ。

 もう土嚢から手を離して逃げた方がいいんじゃねえか? 俺がいなくても後は師匠が⋯⋯。


「パルズ兄ちゃん!」


 トム⋯⋯くそっ! 余計な声を聞いちまった。お前の夢のためにもこの糞やろうに屈することはぜってえにできねえ。

 しかし俺は土嚢を押す力を強めるが、突然頭がフラフラとしてきた。

 まさか血を流しすぎたのか? くそう! このままだと⋯⋯。

 そして盗賊はこの最悪な状況にさらに追い討ちをかけるため、今度は剣を俺に向けてきた。


「中々根性があるじゃねえか⋯⋯だが剣を腹にぶっ刺しても堪えることができるかな?」


 まずい⋯⋯さすがに剣を刺されたら堪えることはできねえ。それに意識が保てなくなってきた⋯⋯俺はこのまま死ぬのか⋯⋯。


「とどめだ!」


 そして盗賊の剣が俺の腹を目掛けて振り下ろされる⋯⋯しかしその刃が俺に届くことはなかった。


「させるか!」


 俺は意識が朦朧とする中、師匠の声を耳にするのであった。


―――――――――――――――


【読者の皆様へお願い】


 作品を読んで少しでも『面白い、面白くなりそう、パルズが気に入った』と思われた方は、目次の下にあるレビューから★を頂けると嬉しいです。作品フォロー、応援等もして頂けると更新の励みになります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る