第78話 パルズ村人達の心を動かす
俺は村長の家から納屋に戻ると何故か師匠とセレナがニヤニヤしながら出迎えてくれた。
何だ? 2人とも普段はクールでそんなに笑わねえから何か気持ち悪りいぞ。
とりあえず2人のことより飯にするか⋯⋯師匠は何か作ってねえかなあ。
そして俺は夕飯がないか探しているとセレナが俺の肘辺りに視線を向けてきた。
「あら? パルズさん⋯⋯袖の所が少し焦げてますよ」
「えっ? マジか?」
俺は左腕をくの字に曲げてセレナが指摘した所を確認してみると確かに少し焦げていた。
「ひょ、ひょっとしたら焚き火に当たっていた時近くに寄りすぎたのかもしれねえ」
「そうですか⋯⋯今日は比較的暖かいのにパルズさんは寒がりなんですね⋯⋯私はてっきり炎系の魔獣にやられたのかと思っていました」
こ、こいつ⋯⋯するどい。
まさか剣聖の称号を持っているとどの魔物にやられたのかもわかるのか?
「そんなことしてねえよ。俺が1人でファイヤーウルフを倒せるわけねえだろ?」
「ん? 私は一言もファイヤーウルフなんて言ってませんけど?」
「そ、そうだったか? 前に講義でファイヤーウルフの名前を聞いたからつい口に出ちまったのかもしれねえな」
「そうですか」
そしてセレナは俺の話に納得したのかこの場から離れていく。
ナイスだろ俺! 咄嗟に出た言葉だったがどうやらセレナは信じたようだ。
昨日村の奴らを敵視していたのに今になって1人でこそこそと食料を届けているなんて知られたら恥ずすぎるだろ!
けどこんなことなら村長に猪とファイヤーウルフを渡した時口止めをしておくべきだったな。あの時の俺はファイヤーウルフに勝ったことでテンションが少しおかしくなっていてそこまで気が回らなかった。
と、とにかく今ばれるのだけは勘弁だぜ。
「し、師匠、飯だ飯! 何か食べるものはないのか!」
俺は心の中を落ち着かせようと夜飯を要求するが、師匠からとんでもない言葉が返ってきた。
「今日の夜の食事は昨日狩って作っておいたホトロ
えっ? 今師匠は肉を強調しなかったか?
「パルズは今日
やはり師匠は肉を強調していやがる。
こ、こいつら⋯⋯俺が何をしたのか知っててからかっているんだな。
だから納屋に戻ってきた時2人はニヤニヤしていたし、セレナは俺が炎系の魔物と戦っていたことを知っていやがったんだ。
まさか師匠は俺のことをつけていた?
全然気づかなかったぜ⋯⋯これはもし師匠が暗殺者だったら俺は簡単に殺されるな。そう考えると震えが止まらないが今はそれ所じゃねえ。このまま2人に冷やかされてたまるか!
とりあえず俺は師匠が準備してくれたホトロ肉の燻製に手を伸ばし勢いよく食べる。
腹が減ってるからとっとと食おう。
そしてものの2分程で夜飯を食べ終わりもう寝るアピールをするため2人に声をかける。
「ごちそうさま! そしておやすみ!」
こうして俺は2人のニヤニヤから回避するため、納屋の中にある寝床で横になるのであった。
翌朝
俺は師匠とセレナに頭を悩ませていた。
あ~もうやだ⋯⋯朝起きてからまた2人が俺のことを弄ってきやがる。昨日みたいに言葉で言ってくることはないが何か温かい目で俺の方を見てくるんだよな。
とりあえずここは居心地が悪いからさっさと土砂を取り除く作業に向かおう。
「師匠、セレナ⋯⋯先に行ってるぜ」
こうして俺は2人に声をかけて逃げるように納屋を飛び出す。
外に出ると暑くもなく寒くもない気温だったが、土砂をでき撤去していれば汗だくになることを間違いないだろう。
そういえば昨日作業をしていて気づいたが湧き水は北の森から村に流れているようだ。師匠が言うには、幸いなことに森の方の水路は無事らしく作業する必要はないらしい。
そして森から流れてきた湧き水は小さなダムに貯められ村へと続いてく。湧き水が出なくなってからしばらくはこのダムに貯めた水でアマイモを作っていたが結局その水も失くなってしまったというわけだ。
そして俺は水路にたどり着いたので準備運動がてらストレッチをする。
「さあやりますかね。動かねえといつまで経っても終わらねえからな」
昨日一日土砂を撤去したがまだ全体の20%ほどしか終わってないため最低でも後4日はかかる。このままだと旅の予定である7日~10日を優に超える可能性が大だ。騎士養成学校の授業を更に休むことになるがこれは仕方ねえな⋯⋯今ならどっちが大事なのかわかっているつもりだ。
とにかく早く帝都に戻りたいならコツコツと土砂を片付けるしかねえ。
俺は師匠から貸してもらったスコップを手に土砂を持ち上げ水路の外に捨てていく⋯⋯そして作業を始めて10分程経った頃。
「パルズ兄ちゃ~ん!」
トムがこちらに向かって手を振り、同じ年齢くらいのガキ達十数人と共にこちらへと近づいてくる。
「お爺ちゃん達に聞いたよ⋯⋯パルズ兄ちゃん達が水路を使えるようにするために土砂を片付けていることを」
「ああ⋯⋯すぐに土砂を排除してやるからお前らは離れてな」
「だったらその⋯⋯僕達も手伝いってもいいか?」
「マジか!?」
正直な話今は猫の手でも借りたいくらいだ。子供とはいえこれだけの人数がいれば土砂を取り除く作業は捗るだろう。
「ちょっと待ってろ⋯⋯師匠に聞いてみるからよお」
「うん! 僕達もノボチ村のためにがんばるから」
俺はちょうどやって来た師匠に事の経緯を伝える。
「いいんじゃないか⋯⋯だが子供達が怪我をしないようにしっかりと見るんだぞ」
「おう、任せてくれ⋯⋯お前らオッケーだってよ」
俺はトム達に許可が下りたことを伝えると皆やる気に満ちた表情をしていた。
そして師匠は異空間からガキども用の小さなスコップと運搬作業一輪車を出してくれたので俺はトム達に渡す。
「ありがとうパルズ兄ちゃん」
「作業する時は俺か師匠達の近くでやれよ」
「うん!」
こうしてトム達も土砂を撤去する仲間に加わるのであった。
「それにしても何で師匠はスコップなんて持っているんだ? しかも今回は運搬作業用の一輪車まで出て来るし⋯⋯」
俺は師匠の異空間にどうしてこんなものがあるのか興味が沸いてきたので聞いてみる。
「それは⋯⋯」
「それは?」
まさか秘密とか言うんじゃないだろうな。
「こんなこともあろうかとってやつだ」
「何だよそれ! 答えになってねえよ」
だが師匠なら色々な事態を想定して必要な物を準備していそうな気がする⋯⋯たぶんこういう所も師匠の強さの一つなんだろうなと俺は改めて感銘を受ける。
村長side
水路から少し離れた所で、ユクト達と子供達が土砂を撤去する姿を見つめる老人の一団があった。
「子供達も一緒になって無駄なことを⋯⋯水路を直そうが湧き水が出なくては意味がないのがわからんのか」
「公爵家の使いのものでも湧き水を復活させることは無理じゃった⋯⋯あのような若造達に何ができる」
村の者達の気持ちはわかる⋯⋯これで湧き水が出なければ皆は今より絶望することになるじゃろう。
「だが昨日は久しぶりに旨い食事を取ることができた」
「まさか昨日わめき散らしていた少年が私達のために猪を狩ってくるとはな⋯⋯」
「もしかして何か裏があるかもしれんぞ。水路や湧き水の件もそうじゃが見返りもなくこんなことをしてくるなんておかし過ぎる」
皆がその意見に同意するがわしはそうは思わない。何故ならこの村にはもう何もないから。
金もない、食料もない、若い女性もいない、あるのは僅かな種芋だけ⋯⋯あの者達が欲しがるものがこの村にあるとは思えない。
じゃが皆からそのような負の意見が出るのも無理はない⋯⋯この村は色々な物を無くし過ぎた。
もしかしたらわしは⋯⋯ノボチ村は⋯⋯湧き水が無くなってしまい、人を信じるという心も無くしてしまったのだろうか。
しかしそんな中、あのパルズという少年がわしの渇いた心に一滴の雫を与えてくれた。
もう一度諦めずに足掻いてもいいかもしれん。
「皆⋯⋯わしの頼みを聞いてくれんか」
わしは少年からもらった信じる心をわかってもらうため皆に語りかけるのであった。
パルズside
トム達が土砂を取り除く作業を手伝い始めてから2時間程経った。もう何人かのガキどもは疲労がピークになり木陰で休んでいる。
昨日の疲れもあり俺も腕に力が入らなくなってきたが、朝から変わらず平然と作業する師匠とセレナを見て、負けてられるかと自分に奮起を促す。
くそっ! きっちいな! やはりこの人数で水路の土砂を撤去するなんて無理があるんじゃないか。もっと人がいれば⋯⋯。
そして俺は疲労で地面に座ろうとした時⋯⋯村長を先頭に老人の集団がこちらに向かってやってきた。
「お、お前ら何のようだ?」
ジジイ達は何でここに⋯⋯それに何て人数だ。こいつら少なくとも50人以上はいるぞ。
「まさかガキどもを連れ戻しに来たのか!」
俺の言葉にトム達が驚きの声を上げる。
「えっ? やだよ!」
「僕達も村のために働きたい!」
「お願いだよお爺ちゃん!」
ガキども悲痛な叫びが辺りに木霊する。
せっかくガキどもが自分達の意志で村のため、アマイモを作るために頑張ってるんだ⋯⋯邪魔されてたまるかよ。
「おいジジイ! ガキ達の言うことも聞いてやってくれよ」
俺は悲痛な思いで村長達に向かって頭を下げる。
「そんなことをされても困りますな⋯⋯顔を上げてくだされ」
くそっ! やっぱりこいつらはもう村の滅び行く運命を受け入れているのか。
しかしこの後、俺は村長達の予想外の行動に驚くことになる。
「頭を下げるのはわしらの方じゃ⋯⋯どうか水路を立て直す作業をわしらにもやらせてくれ」
そして村長は⋯⋯村人達は手に持ったスコップを俺達に見せてくる。
「お、お前ら⋯⋯」
まさかこのジジイどもが手伝うなんて言ってくるとは思わなかった⋯⋯だがこれは嬉しい誤算だ。これで水路の土砂を撤去する作業が大幅に捗る。
「さあパルズくん⋯⋯わしらはどこから手をつければいい」
こいつら⋯⋯良い目をしてやがる。始めて会った時は死んだ魚のような目をしていたのによお。
「ジジイども半分は森に近い方の水路を、残りの奴らはここで俺達と一緒に土砂を取り除いてくれ!」
「「「オー!」」」
そしてパルズの呼び掛けに村人達の生きた声が辺りに響き渡る。
こうしてノボチ村の水路復活の作業はパルズの活躍もあり、村人達全員で行うことになった。
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