第77話 パルズ死にそうになる

 俺達は昼休憩を挟んで黙々と土砂を取り除く作業をしていた。

 そして夕陽が現れる前になった頃、俺は師匠に話しかける。


「今日はもう終わりにしていいか?」

「どうした? 何かやりたいことでもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃねえけどよぉ⋯⋯ただちょっと疲れちまって」


 師匠は俺の目を真っ直ぐと見てくる⋯⋯何だか俺の考えを見透かされている感じがしたので俺は慌てて師匠から目を逸らす。


「パルズさんまだ疲れてないですよね?」

「そんなことねえよ。ほら、俺滅茶苦茶頑張ってただろ?」


 そしてこの同級生であるセレナは俺の状態を見抜いていやがる。

 確かに俺は土砂を除く作業を頑張ってやった⋯⋯たぶん今までの人生で始めて本気になったくらい⋯⋯だが体力がもうないかといえばそんなことはない。


「まあ⋯⋯日頃の授業もそれくらい頑張って頂ければ良いのですが⋯⋯」


 セレナが中々痛いところをついてくる。しかし今までの俺の態度を見ていれば当然といえば当然だ。


「学校に戻ったらそうしてやるよ。じゃあ先に上がらせてもらうわ」


 俺はそう言って師匠やセレナに背を向けてこの場を離れるのであった。


 ユクトside


「パパ、パルズさんは何か隠していると思います」

「俺もそう見てる」


 この時俺は平静を装っていたが、セレナがクラスメートの変化に気がついてとても嬉しく感じた。


「それと今日の朝は土砂を取り除く作業なんかやらないと言っていたのに急にやる気を出して⋯⋯」

「それはパルズの心境を変える何かが起こったんじゃないか?」

「パルズさんの身に何が起きたのか謎ですね」

「だがこれは良い変化だ」


 俺もパルズに何が起きたかわからないが、変えてくれた出来事には感謝だな。


「とにかく今日の作業は終わりにしようか」

「わかりました。パパはこの後⋯⋯言わなくてもわかります」

「日も暮れて来たしな⋯⋯念には念を入れてだ」


 そして俺も土砂を取り除く作業をやめ、この場離れるのであった。


 パルズside


「や、やべえ! なんでこんなことになっちまったんだ!」


 俺は今、ノボチ村の西にある山を全速力で走っている。なぜなら背後から炎を吐く赤い魔獣狼、ファイヤーウルフに追いかけられているからだ。


「ちくしょう! ⋯⋯」


 辺りは既に日が落ち闇に包まれているが、奇しくも俺を焼き殺そうとしているファイヤーウルフの吐く炎により思ったより視界は悪くなかった。

 俺は迫ってくる炎に大して何とかかわしながら逃げているが、このままだと攻撃を食らうのは時間の問題だ。


 足の速さは向こうの方が上⋯⋯逃げきれるとは思えねえ。

 だけど師匠やセレナの所まで行けば⋯⋯いや、何考えてるんだ俺は! いつからそんな逃げ腰な奴になったんだ。何から何まで師匠に頼ってられるか!


 そした俺は走るのをファイヤーウルフを迎え撃つことを決断する。


「そういえば師匠が狼系の動物や魔物は目を逸らすと襲ってくるって言ってたな」


 俺は背後から迫ってくるファイヤーウルフを睨み付け剣を構える。

 すると師匠の言うとおりファイヤーウルフは俺から5メートル程の所で動きを止め、唸りながらこちらの様子を伺っていた。


 昨日の狼と同じ様にジリジリと距離を詰めて倒すか⋯⋯だがファイヤーウルフは狼と違い炎を吐いてくる。もしこの距離で炎を放たれるとかわすことができねえかもしれねえ。

 せめて攻撃のタイミングがわかれば⋯⋯。


 俺とファイヤーウルフ⋯⋯どちらも相手の瞳を真っ直ぐと見つめ、隙ができる時を待っている。これは瞬きすらできねえな⋯⋯ファイヤーウルフはわからねえが俺の神経はどんどん磨り減っていく。

 もし一瞬でもファイヤーウルフから目を離したら⋯⋯俺は炎を食らい丸焦げになるだろう。


 ん? 目を離したら? もしかしたらファイヤーウルフが攻撃してくるタイミングがわかるかもしれねえ。賭けかもしれねえがやってみる価値はある。


 そして俺はこちらを注視しているファイヤーウルフから目を逸らす。するとファイヤーウルフはチャンスと見たのか俺に向かって炎を吐いてきた。


 やはりな⋯⋯わざと視線を外せば攻撃してくると思ったぜ!


 俺は炎をかわし、一直線にファイヤーウルフへと向かう。

 後は次の攻撃が来る前にファイヤーウルフの眉間に剣を突き刺すだけだ。

 だがこの時俺の考えが甘いことに気づかされる。


「2射目がはええ!」


 ファイヤーウルフは1射目の炎をかわされた後、すぐに次の攻撃に移っていた。

 まだファイヤーウルフに剣が届くまで2メートル程ある⋯⋯もう俺は攻撃のモーションに入っているためかわすことは出来ない。このままだと至近距離で炎を受けることになってしまう。

 こうなったら炎を食らおうがそのまま剣を頭部に突き刺してやる!

 俺は被弾覚悟でいたその時。


「ギャンッ!」


 ファイヤーウルフは突然声を上げると動きが止まる。


「何だ? いったい何が起きた? だが何だか知らねえけどこれはチャンスだ!」


 俺は動きが止まったファイヤーウルフの頭部に向かって剣を突き刺す。するとファイヤーウルフは頭部から血が吹き出しそのまま地面に崩れ去るのであった。


「よっしゃー! 勝ったぜ!」


 俺ってば強くなっているんじゃねえか? 師匠に会う前の俺だったらたぶん勝てなかったぞ。

 けど危なかったな⋯⋯もし2射目の炎を放たれたら地面に倒れているのは俺だったかもしれねえ。

 まあけど運も実力のうちって言うし、俺がここに立ちファイヤーウルフが倒れているのが現実だ。


「とりあえずこいつと⋯⋯追い回される前に狩った獲物を取りに行くか」


 そして俺はファイヤーウルフを背負ってこの場から離れるのであった。


 ユクトside


 俺は土砂を取り除く作業を終えた後、パルズの様子が気になり後をつけていた。

 そして山の中に入るとパルズは猪を倒した後、ファイヤーウルフに追われて窮地に立たされていた。手を出すつもりはなかったが、パルズが視線を外すことでわざと襲わせた時に炎を食らいそうだったため、俺は石をファイヤーウルフの腹部を目掛けて投擲し援護することにした。


「それにしてもあのパルズがな⋯⋯」


 俺はパルズが土砂を取り除く作業の後、わざわざ山へと向かった理由を知り、思わず笑みを浮かべてしまう。

 そして俺は弟子の成長を喜びながら闇に紛れて再びパルズの後を追うのであった。


 パルズside


 俺は夜の暗闇の中、山で狩った獲物を背に村長が民家の裏で村人と話をしていた場所へと向かう。


「こ、ここが村長の家か?」


 だがもし違ったとしても獲物が重くてこれ以上運ぶのは無理だ。

 俺はここに村長がいると信じ、他の家より少しだけ大きいかやぶきの家のドアを力強く叩く。


 ドンドンドン!


 しかし家の中で人の声や動く気配があるが中々出て来ない。

 そして俺はもう一度ドアを叩こうとしたその時⋯⋯恐る恐るドアが開く。


「ひぃっ! ば、化物!!」


 ドアを開けてきたジジイ⋯⋯いや村長が俺を見て尻餅をつく。


「化物⋯⋯だと⋯⋯ああそうか、これを見て化物だと勘違いしたのか」


 俺は背中に背負っていたファイヤーウルフと猪を地面に降ろす。

 そう⋯⋯俺は山で猪を狩ったその帰り道に、ファイヤーウルフと遭遇してしまったのだ。そしてファイヤーウルフを仕留めた後は2匹の戦利品を持ってこの場所に来た。


「こ、こんな遅くに何の用じゃ⋯⋯」

「よ、夜飯に肉が食いたくなったから山で狩りをしていたんだ⋯⋯そうしたら狩りすぎちまってよ。捨てるのももったいねえからお前らにやるよ」

「えっ? こ、これをわしらに⋯⋯」

「ああ⋯⋯ただし俺は村の全員に感謝されてえからこの猪は皆で食え。ガキどもだけで食べるなんてことはぜってえするなよ!」

「わ、わかった⋯⋯」

「それとこのファイヤーウルフもついでにやるよ。まだ何もしてねえから食うなり、魔石のコアを取るなり毛皮を売るなり好きにしろ。それじゃあ俺は腹が減ったからもう行くわ」


 俺は村長が何か言う前に矢継ぎ早にしゃべり、昨日泊まった納屋へと向かった。


 こうしてこの場には、何故猪やファイヤーウルフを置いていったのか理解できず、ただ呆然としている村長だけとなるのであった。


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