第76話 パルズ村の事情を知る

 えっ? 師匠今なんて言った? 村に留まる⋯⋯だと⋯⋯。

 しかもこの後師匠が語った言葉はさらに信じられない内容だった。


「この村は数ヶ月前に大きな地震があり村の生命線である湧き水使えなくなったらしい」


 そういえば昨日村のじじいがそんなことを言っていたな。だがそんなことは今の俺達には関係ねえ。


「今は遠くにある川から水を汲んできているが、村の特産品であるアマイモを栽培するには到底足りないため働ける者は帝都に出稼ぎに行ってると言っていた」

「そ、それで何で俺達がここに留まらなきゃいけないんだ?」

「湧き水に関しては俺が何とかする⋯⋯だが畑までの水路も地震で土砂が盛ってしまい使い物ならないから俺達で取り除こうと思う」


 そして師匠は異空間からスコップを出し、俺とセレナに手渡ししてくる。


「パパ⋯⋯わかりました」


 セレナはいつも通り師匠の言うことに従い、スコップを手に土砂を排除しに向かう⋯⋯だが俺は⋯⋯。

 師匠が渡してきたスコップを地面に投げつける。


「パルズ?」

「何で⋯⋯何で俺がそんなことしなきゃ何ねえんだ! ここは俺の父の領地だからか? いくら領主の息子だからといってあんな礼儀知らずの奴らのためにそんなことしてやる義理はねえ! それにどうしてもやりてえなら師匠が魔法で土砂をぶっ飛ばせばいいだろ?」

「パルズそれは無理だ⋯⋯都合よく土砂だけ取り除く魔法などない。もし魔法で吹き飛ばそうとすれば水路も損傷するだろう」

「そんなこと知ったこっちゃねえよ! とにかく俺はやらねえからな!」


 一瞬弟子の身で言いすぎたかと考えたがもう後には引けねえ。俺は逃げるようにこの場を離れるのであった。


「くそう!」


 俺は師匠のお人好しの言葉にイラつきながら当てもなく歩いていた。


「こんなチンケな村にいつまでいなきゃいけねえんだよ!」


 これは師匠に付いてきたのは失敗だったか⋯⋯だが俺の命が狙われているかもしれないと聞かされたせいで1人で帝都に帰ることもできない。


「後数日も何すればいいんだ」


 俺は何か暇潰しできるものがないか辺りを見渡すが、周囲には民家と何も植えられていない広大な畑しかなかった。


「何もねえな。こんな所で⋯⋯ん? あれは⋯⋯」


 前方に目を向けると昨日師匠と話していた村長の姿が見える。

 あのジジイ⋯⋯昨日は飯も出さずくせえ納屋に泊まらせやがって!

 俺は一言文句を言ってやろうとジジイを追いかけると民家の裏で他の村人達と何か話しているようだったため、俺は咄嗟に隠れる。


「村長⋯⋯アマイモの収穫は終わりました。あの者達には見つかっていないと思います」

「ご苦労⋯⋯このアマイモは誰にも渡すわけにはいかないからな」


 なん⋯⋯だと⋯⋯。


 あのジジイ共食べるものがあったにもかかわらず俺達に何も寄越さなかったのか!


「それにしてもあの者達は何をやっているのでしょうか?」

「昨日村のことを話したら水路の土砂を取り除くと言っておったぞ」

「土砂を取り除いてどうするつもりなんだ? 公爵家の使いの方が来ても湧き水は蘇らなかったんだぞ」


 ん? 父の手の者がこの村に来たのか。もしかしたらこの村の連中の態度が悪いから何もしなかったんじゃね? まあ自業自得だな。


 それより食料があるのに盗賊から護った俺達にお礼をしねえ態度が許せねえ。昔の俺だったらジジイどもの話を聞いた瞬間に殴りに行ったと思うが師匠のことが頭に思い浮かび何とか堪えることができた。

 それより今の話を師匠に聞かせればこの村の連中は助ける価値がないって気づいてくれるんじゃねえか。


「わしらはどうなってもいいがせめてノボチ村のアマイモだけはどこかで⋯⋯」


 この時村人達は何かを話していたが、俺は今聞いたことを師匠に伝えるため、ジジイどもに見つからないようこの場を立ち去るのであった。


 俺は土砂が盛られいる水路に辿り着くとそこには師匠とセレナが汗だくになりながら土を取り除く作業をしていた。

 そして少し離れた所から村の奴らがボーッと師匠達の仕事を見ている。


「あいつら自分達の村のことなのに手伝いもしねえのか!」


 村の奴らに腹が立つが俺が師匠にさっきの話をすればさすがに師匠もこんな馬鹿げたことをやめてくれるだろう。

 俺は師匠の元へと行き、先程村長達が話していた内容を伝える。


「師匠! あいつら食料を持ってたんだ。それなのにないとか嘘をついて⋯⋯こんな奴らのために水路を直す必要なんてねえよ!」


 これで俺達はこの辛気臭い村から出発できる⋯⋯そう思っていたがまたしても師匠は俺の考えとは逆のことを言い始めた。


「ああ⋯⋯そうだろうな。けど今は実際問題として水路が使えなくて畑が耕せないのも事実だ」

「そうだろうなって⋯⋯師匠は腹が立たねえのかよ!」

「人間誰しも常に心が豊かなわけじゃない⋯⋯辛い時は自分達のことし考えられなくて当然だ。困っている人がいたら助けられる人が助ければいいじゃないか⋯⋯俺達にはそれだけの力があるのだから」


 俺は師匠達みたいに心が豊かなわけじゃない!

 公爵家の一員としての重圧、師匠やセレナと比べて圧倒的な実力差。2人と違って俺は公爵家でなければ何にも誇れるものはない。


「納得いかねえ⋯⋯俺はぜってえやらねえからな!」


 そして俺は後ろを振り返らず、この場から離れるためがむしゃらに走るのであった。



「はあ⋯⋯はあ⋯⋯」


 俺は何も考えずに走っていると小高い丘のような場所にたどり着いた。

 ちくしょう! 俺は師匠が何を言っても絶対土砂作業なんてやらないからな。

 俺はそう誓って丘の上で寝っ転がっていると誰だか知らないがこちらへと近づいてきた。


「あ、あのう! 昨日は助けてくれてありがとうございました!」


 な、何だ! 俺は身体を起こし声がする方を見てみるとそこには昨日盗賊から鼻水を垂らしながら逃げていた男のガキがいた。


「あ~⋯⋯はいはい⋯⋯無事で良かったな」


 この村の連中がこんな礼知らずの奴だと知っていたら助けなかったけどな。

 俺はガキに対して適当に返事をしてあしらうことにした。


「僕は逃げることしか出来なかったけど兄ちゃんは立ち向かって⋯⋯すげえカッコ良かったです!」


 結局やられちまった俺なんかどこがカッコいいんだ。それにしてもこいつ⋯⋯痩せ細っていてガリガリだな⋯⋯ちゃんと飯を食ってるのか?


 しかしこの時の俺は久しぶりに人から褒められたことと師匠達の作業を待っているだけで暇なこともありガキの話を聞いてやろうと思い始めていた。


「兄ちゃん名前は? 僕はトムって言うんだ」

「俺は騎士養成学校に通っている⋯⋯パルズだ」

「き、騎士養成学校! 確か優秀な人しか通えねえ所だろ?」

「そうだな⋯⋯ただの凡人には入ることも出来ない。俺みたいなエリートは別だけどな」

「すげえ! もしかしてパルズ兄ちゃんはすげえ称号持ってるの?」

「ああ⋯⋯守護騎士っていうレアな称号を持ってるぞ」

「すげえすげえ! 僕、レアな称号を持っている人初めて見たよ!」


 ガキは目を輝かせながら俺のことを見ている。村のジジイどもはクソだけどこのトムっていうガキは見所があるな。

 この後もトムから帝都はどんなとこだとか騎士養成学校はどんなとこだとか質問が飛んできたので俺は答えてやった。どうやらトムはこの村の外の世界に興味があるようだ。

 

 この村の連中もトムみたいに素直な奴らだったら師匠の手伝いをしてやっても良かったのに。


「トム⋯⋯お前そんなに帝都が気になるなら将来この村を出たらどうだ?」


 このままここにいたらお前もこの村の奴らみたいな礼儀知らずになっちまうからな。


「ううん⋯⋯僕は将来アマイモを作りたいから帝都には行かないよ。だってアマイモって美味しいでしょ? 美味しい物を食べればみんな幸せになれるから僕はアマイモで世界中の人を幸せにしたいんだ」


 そしてこのタイミングでトムの腹の音がグーと鳴る。


「ははは⋯⋯カッコつかないね。こんな時にお腹が鳴るなんて⋯⋯もうずっとまとも食事を取ってなくて⋯⋯」

「どういうことだ? ジジイ達はアマイモを収穫したって言ってたからそれを食えばいいだろ? まさかお前らガキには渡さずジジイ達だけで食べるつもりなのか!」

「違うよ⋯⋯パルズ兄ちゃんが言ってるのはたぶん種芋のことだよ⋯⋯」

「種芋⋯⋯だと⋯⋯」

「うん⋯⋯種芋が失くなっちゃうとノボチ村のアマイモはもう一生作ることが出来なくなるから⋯⋯」


 それじゃあこの村のジジイ共はただの礼儀知らずでアマイモを渡さなかったわけじゃねえのか⋯⋯。


「今この村は湧き水が出なくなっちゃって少ししかアマイモが作れなくて⋯⋯だからお父さんやお母さんは帝都に出稼ぎに行って将来向こうで生活できるように頑張っているんだ」

「ちょ、ちょうどいいじゃねえか⋯⋯何もないこの村にいるより帝都の方が何倍も楽しいぞ? 村人全員で引っ越しちまえよ」

「僕もそれが出来ればまだいいと思ったけど⋯⋯僕お爺ちゃん達が話しているのを聞いちゃったんだ。帝都に行けばアマイモを作るための畑や土地がないこと⋯⋯それにお爺ちゃん達はお父さん達の負担になるからこのまま村に残って⋯⋯」


 そこまで言うとトムの目から涙が溢れる。

 まさかそれは金に余裕がないから口減らしをするってことか?


「りょ、領主にはこのことを伝えてないのか? ほら、村がこんな状態だから援助とか⋯⋯」

「領主様には村のことを言ってるみたいだけど補助金が出るのに時間がかかるって⋯⋯それにもし補助金が出ても村の全員が今までどうり暮らせる額じゃないってお父さんが⋯⋯」


 何だよそれ⋯⋯もしかして師匠はこのことを知っていたのか? だから湧き水を蘇らせようと⋯⋯くそっ! 俺は領主の息子なのに何も知らなかった⋯⋯。


「だったら湧き水が使えるようになればいいのか?」

「う、うん⋯⋯」

「アマイモを作ることが出来ればトムは幸せになれるか?」

「うん!」

「わかった⋯⋯それじゃあ俺はやることがあるからまたな」


 そして俺はこの場を立ち去り水路の所まで全力で駆け出す。


 くそっ! くそっ! 俺は相手のことをよく考えずにガキみたいに喚き散らして⋯⋯よくジジイどもの姿を思い浮かべてみればあいつらの身体もトムみたいに痩せ細っていたじゃねえか⋯⋯それなのに食料を寄越せなんて⋯⋯。

 これなら俺なんかより自分の夢を持って語っているトムの方がずっと大人だぜ。


 そして俺は水路に辿り着き師匠の前に立つ。


「パルズどうしたんだ?」

「スコップを⋯⋯スコップを貸してくれ! しょうがねえから俺も土砂を取り除く作業を手伝ってやる」


 正直な話さっき絶対やらねえと言った手前、師匠の顔を直視できねえが今ここで逃げたら俺は前と変わらず一生クソやろうのままだ。


「わかった⋯⋯これを使え」


 俺は師匠にスコップを渡されると勢いよく土砂を掻き分けていく。すると師匠とセレナが自分の動きを止め俺の方を見てきた。


「ほら、2人ともボーッと突っ立ってんじゃねえよ! さっさと終わらしてブルーファウンテンに行こうぜ!」

「ああ⋯⋯そうだな」

「わかりました」


 何だかこの時の2人はこっちに向かって温かい笑みを浮かべているようで俺は恥ずかしくて顔を上げることが出来なかった。


 こうして俺はトムからノボチ村の事情知り、この日は夕陽が出る前まで土砂を取り除く作業を行ったのであった。

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