第75話 パルズ怒る

「パルズ大丈夫か!」


盗賊が逃げ去った後、師匠は少し慌てた様子でこっちへと向かってきた。


「俺は大丈夫⋯⋯腹を蹴られただけだ」


本当は今も腹が滅茶苦茶痛いけど師匠に盗賊1人倒せない情けない弟子だと思われたくないから俺は強がることにする。


「念のため回復魔法をかけるぞ⋯⋯回復魔法ヒール


師匠が魔法をかけてくれたおかげ俺の腹の痛みは嘘のように消えた。


「師匠ありがとう」


また俺は助けられちまった⋯⋯昨日はセレナに⋯⋯今日は師匠に⋯⋯。

まだ帝都を出発してから2日しか経っていないが俺の誇りはもうズタズタだ。

何で今まで修練をちゃんとして来なかったんだ。こんな俺がラフィーニ様の親衛隊になれるわけがない。本当は自分の怒りを⋯⋯情けなさをこの場で叫びたかったが僅かに残ったプライドで何とか堪えることができた。


「そういえばセレナはどこにいるんだ?」


この場には師匠の姿しか見えなかったため、俺はふと声に出して聞いてみる。


「セレナは捕らえた盗賊の見張りをしているよ」


やはりセレナは盗賊を1人も倒せない俺と違ってしっかりと成果を上げていた⋯⋯師匠も俺の不甲斐なさに幻滅したよな。

しかしこの後師匠から思わぬ言葉が返ってくる。


「パルズ⋯⋯よく生き残ったな」

「えっ? だって俺⋯⋯盗賊相手に無様にやられたんだぜ」


俺が弱すぎて師匠から破門されるくらいの覚悟だったから予想外の言葉に驚きを隠せない。


「昨日言っただろ? 戦いの基本は生き残ることだと」

「だけどよ⋯⋯セレナは⋯⋯」

「パルズがセレナをライバル視するのは悪いことではないが⋯⋯ハッキリ言って今の実力差は歴然だぞ」


うっ! わかってはいたけどさすがにそうハッキリと言われるとショックだ。


「勘違いするな⋯⋯俺はと言ったんだ。これからどうなるかはパルズ次第だ。これまでと同様にただ無駄な日々を過ごすなら今ある差は益々開くことになるだろう」


師匠の言いたいことはわかる⋯⋯だが俺は自分の不甲斐なさにどうしてもわだかまりを感じて心から頷くことが出来ない。


「とりあえずここにいてもしょうがない⋯⋯セレナの所に行くぞ」


こうして俺は師匠に続いてセレナがいるという村の東側へと向かうのであった。



辺りが暗くなり、日の光が届かなくなった頃

俺は師匠の後に付いて村の中を歩いていると十数人の人垣が目に入ってきた。

その中で盗賊と思われる三人は猿ぐつわをされ、背後から手首をロープで縛られており、その状況を残りの村人らしき老人達が見守っている。


「パパ⋯⋯お帰りなさい」

「ただいまセレナ」


そして盗賊の側にいたセレナは師匠を見つけると安心したのか笑顔を見せている。

セレナは盗賊を三人も捕縛したのか⋯⋯俺とは大違いだな。

俺は目の前の現実を実際に見てさらにへこむ。


「皆様この度は盗賊を退治して頂きありがとうございました⋯⋯私がこの村の村長であるタヌサです」


何だ? こいつ⋯⋯礼を言っているのに全然感情が込もってねえ。せっかく師匠とセレナが盗賊から護ってやったのに!


だが師匠はそんな村長など気にせず話かける。


「いえいえ⋯⋯偶々通りかかっただけですから。皆さんが無事で良かったです⋯⋯それと私はユクトと申します」


この師匠の言い方だとどうやらさっきの盗賊の襲撃で犠牲者はいなかったようだ。それにしてもこの村の奴らはどいつもこいつも辛気臭い顔をしてやがる。皆無表情で俯いているから何を考えているかわからねえ。


「それで今日はこの村にご厄介になろうと思っているのですが⋯⋯どこか私達が泊まれるような施設はありますか?」


盗賊から助けてやったんだ⋯⋯これは豪華なもてなしがあってもおかしくないだろう。

だがこの後村長からは俺の考えとは真逆のことを言われる。


「この村には人が泊まれるような施設はありません。もし泊まるのであればそちらにある納屋をお使い下さい」


そう言って村長が指を差した先には木で出来たボロボロで小さい小屋が見えた。


「それとこの村には水も食料もありませんので御自分で調達してください」

「ふざけるな! それが助けて貰った奴の態度か!」


こっちはてめえらの命を助けてやったんだぞ! それなのにボロ小屋で泊まらせようとしたり食べ物も出さないなんてどういうつもりだ!

俺は村長のあまりの態度の酷さに思わず声を荒げてしまう。


「この村にはアマイモっていう特産品があるだろうが!」

「⋯⋯アマイモは⋯⋯数ヶ月前に大きな地震があり湧き水が出なくなったので今は作っておりません」


アマイモは作ってない⋯⋯だと⋯⋯。


「だ、だからといってお前らのその態度⋯⋯」

「パルズ! やめないか!」

「で、でもよお⋯⋯」


俺は師匠から一喝され、村長達へ文句を言いたい口を閉じる。


「わかりました⋯⋯私達はあちらの納屋を使わせて頂きます」

「ちょ、ちょっと師匠!」


いくら師匠の人が良いからと言っても限度があるだろ。助けてもらったのにこの村の奴らの態度は許せねえ。


「では、私達は失礼します⋯⋯それと盗賊達はしっかりと捕縛してあるので近くの街の兵士への引き渡しはお願いします」


そして俺は納得がいかないまま師匠とセレナに続いて納屋へと向かう。

くそっ! 何なんだこの村は! ここが公爵家の領地だと思うと恥ずかしいぜ。今回の出来事は必ず父に伝えてやるからな!

腸が煮えくり返る思いだが村長達への報復方法を頭に浮かべていると少し溜飲が下がってきた。

それにしても今日はあのボロ小屋で寝るのか⋯⋯テントよりはマシかもしれないが思っていた展開とあまりにも違ってテンションが下がる。


そして納屋へと辿り着こうとした時、突然師匠は歩みを止め俺達の方に向かって言葉を発する。


「セレナ、パルズ⋯⋯俺は村の様子を見てくるから2人は先に小屋へと行っててくれないか?」

「わかりました」


セレナは師匠のことを信じきっているのか特に何も言わず従っている。


「えっ? 辺りはもう真っ暗だぜ?」

「すぐに戻るから安心しろ」


師匠はこんな時間にどこ行くつもりなんだ? まさか村長に文句を言いに!? んなわけないか。昨日までの俺だったら一緒に連れていってくれと言ったかもしれないが、今の俺は盗賊に負けたこともありとてもじゃないがそんな気分にはなれなかったため暗闇の中へと消えて行くので師匠をただ見ているだけだった。



翌日早朝


俺は今、昨日泊まったボロ小屋を出て少しでも爽やかな気分になるため朝日の太陽を身体全体で浴びている。

このボロ小屋は見た目どおり狭く中からすっぱい匂いがして最悪の環境だった。寒さだけは凌ぐことができたがここは人が寝る場所じゃない。

正直な話一晩経っても村長達に対する怒りは収まらないけどもうこの村とはおさらばだ⋯⋯そう考えると何とか我慢することができたがこの後師匠が飛んでもないことを言い出した。


「セレナ、パルズ⋯⋯数日この村に留まるぞ」


俺はこの時師匠が何を言っているのか全く理解できず、ただ呆然と立ちつくすことしか出来なかった。

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