第73話 自分の行動に気をつけろ
パルズは腰が引けながらも剣を片手に狼達を威嚇している。
「なんだ狼ですか⋯⋯驚かさないで下さい」
「いやだってよぉ! 滅茶苦茶たくさんいるじゃん」
パルズの言う通り狼は20匹ほどいるが魔物ではないので火を吐くこともないし魔法を使うこともないが、一斉に飛びかかってきたら厄介なのは確かだ。
「パルズ、狼から目を逸らすなよ。この手の動物や魔物は目を逸らすと襲いかかってくるから気をつけろ」
「わ、わかった」
狼はこちらに向かって唸りをあげている⋯⋯もう俺達を敵と見なしているようだ。倒さずにこのまま素通りで行くのは不可能だろう。
「パパ⋯⋯ここは私達に任せて下さい。パルズさん援護お願いします」
「お、おう」
セレナはパルズに指示を出すと同時に前方にダッシュをかけそのままの勢いで腰に差した剣を抜くと狼の首と胴体が2つに分かれる。
そして透かさず左から飛びかかってくる狼の胴体に剣を突き刺し、抜いた剣で背後から迫ってきた狼の頭を上段からの攻撃で真っ二つに斬り裂く。
「す、すげえ! 俺だって負けねえぞ」
パルズはセレナの戦いを見て緊張が解けたのか、目の前の狼を睨みながらジリジリと距離を詰めていく。そして自分の間合いに入った瞬間、瞬時に飛び込み剣を狼の頭部に突き刺すと狼はその場に崩れ落ちる。
「よっしゃー! 次だ!」
この間騎士養成学校でも見させてもらったが、パルズも落ち着いて戦えば狼程度簡単に倒すことができるだろう。ただ数の多さに恐れをなして普段の力が出せていなかっただけだ。
複数人との戦いに慣れていないのか? ならば俺が騎士養成学校の講師をする時は1対5の授業を取り入れるとしよう。
そしてセレナの活躍でものの二分程で狼達は全滅し、辺りに静けさが戻る。
「それでは参りましょう」
セレナは何事もなかったかのように振る舞いハーメルンの街へと足を向けるが、それとは対象にパルズは意気消沈していた。
「パルズどうしたんだ?」
「いや、改めてセレナとの差を痛感して⋯⋯」
俺が見たところセレナが狼を倒した数は18匹、パルズが倒したのは2匹だった。
「もちろん剣の腕の差もあるがセレナは乱戦の中、狼の位置を考えて、倒した後すぐ次の行動に移れるようにしていたからな。パルズは目の前の相手に集中していただろ?」
「ああ⋯⋯他に注意を払うと目の前の狼が襲ってきそうだったから」
「今回は別にそれが悪いわけじゃない。戦いの基本は生き残ることだから一匹一匹確実に倒していく方が正解だ。無理に攻撃に転じてダメージを負ったらそれこそ護りたい者を護れなくなる⋯⋯パルズはラニを護るために親衛隊になるんだろ?」
「お、おう」
パルズは恥ずかしそうに頷く。ラニの親衛隊になるということだけはパルズにとって変わらぬ信念のようだ。
そして狼を倒した後、俺達はブルーファウンテンへ足取りを進め、ハーメルンの街を通りすぎてしばらく歩いた所で夜営の準備を始める。
「テントを張る場所は水辺に近い所はNGだ⋯⋯パルズ、何でかわかるか?」
「えっ? 水が飲みたいときにすぐ飲めるから近い方がいいじゃん」
セレナに野営のことを教えようと思っていたが、どうやらパルズにも指南した方が良さそうだ。
「セレナ、パルズの代わりに答えてくれ」
「はい⋯⋯雨などで増水した時にテントが流されないようにするためです」
「正解だ。では風の通りやすい場所を避ける理由は?」
「はいは~い、それならわかるぜ。強風でテントが飛んじまうからだ!」
「正解」
「よっしゃー!」
パルズは自分の答えが合っていたことでガッツポーズをしている。パルズは素直な所もあるし悪い奴ではないと思うが、調子に乗ってしまうことがあるからそこは注意だ。
「テントを設置したら次は食糧を調達するぞ」
そして俺達はテントを1つ設置し近くにある森へと移動した。そこでは食べることができる山菜やキノコの判別方法や弓を使って獲物を狩る手段を2人に教え、日の光がなくなりかけた頃俺達はテントの場所まで戻って食事の準備を始めた。
「う、うめえ! 口に入れた瞬間に弾ける肉汁、塩しか振っていないのにこの深い味わい! これだけで師匠に付いてきて良かったと思えるぜ」
パルズは俺が作ったステーキを食べてまるで食通のように唸りを上げている。
先程狩りをした時にホトロを弓矢で仕留めたためステーキにして夕食に振る舞った。パルズはハーメルンでホトロ肉を食べたいと言っていたのでこれで少しは満足することができただろう。
「今までホトロ肉を食べた中で一番旨かった。師匠はどうな魔法をつかってこんなに旨いものを作ったんだ?」
「素材が良かっただけだよ。だから余計な手を加えない調理方法にしたんだ⋯⋯後は肉汁を逃がさないように強火で表面を焼き、じっくりと火を通し過ぎないよう調理したんだ」
まあこの火加減が少し難しくて⋯⋯火を通しすぎると肉汁がなくなってパサパサになってしまうからな。
「パパの料理はいつも美味しいです。毎日食べられる私は幸せ者です」
「マジか! それは羨ましいな⋯⋯ん? そうなるとこの食事を毎日食べているセレナも料理が上手いってことか?」
パルズは特に悪気もなく言ったのだろう。だがその一言でセレナの動きは氷ついた。
「い、いえ⋯⋯私は⋯⋯下手です」
「またまた~冗談だろ? 前から思っていたけどセレナは謙遜する所があるからな。たまには自己主張してもいいと思うぜ」
パルズもちゃんと人のこと見ているじゃないか⋯⋯俺もパルズの言葉には激しく同意する⋯⋯しかし料理だけは別だ。
「私⋯⋯本当に⋯⋯つい1ヶ月前にも妹のミリアが間違えて私の料理を食べてしまい⋯⋯」
「ど、どうなったんだ⋯⋯」
パルズは怖いもの見たさなのか前のめりでセレナの言葉を待っている。
「泡を吹いて倒れました⋯⋯」
「えっ? 何だそれ? 毒でも食べたのか!」
少しパルズの言い方は悪いが食べ物を食べて泡吹いて倒れたら誰もが毒を疑うだろう。
セレナは料理にアレンジを加える⋯⋯これを入れた方が健康に良いと言って。確かに美味しいからと身体に害を成す食べ物は良くないが、だからと言って健康に良い物をポンポンと入れていいものではない。食材の組み合わせだってあるのだから。
「もしトアちゃんがいなかったらミリアは⋯⋯」
死んでいたとでも言いたいのだろうか⋯⋯これは益々セレナを調理場に入れるわけにはいかなくなったな。
「それでも私の料理を食べたいですかあ?」
「ひ、ひぃ!」
パルズは恐れをなして尻餅をついている。自分が料理を食べて泡を吹く姿でも想像したのだろうか。
「パパごめんなさい。見張りは後でしますので今日は先に休ませて下さい⋯⋯」
「あ、ああ⋯⋯わかった」
その時の自分の料理を思い出したのか目が虚ろになっているセレナに対して俺は頷くことしか出来なかった。
そしてセレナはフラフラと歩きながら先程建てたテントへと入って行く。
最近のセレナは情緒不安定だな。これは思春期の娘だったら当たり前のことなのか? 今考えても答えは出ないので今度リリーにでも聞いてみよう。
「そ、それじゃあ食事も終わったことだし今日は早く休むか」
パルズはそう言ってスタスタと1つしかないテントの方へと歩き出したので俺はその肩を掴む。
「貴様どこへ行く!!」
「えっ? テントで休もうかなと⋯⋯」
パルズは俺の荒げた声に驚いたのか一歩も動けずにいる。
「はっ? 俺の娘が寝ているテントに侵入するつもりか? そんなことが許されるはずがないだろうが!」
「ヒィィィッ! し、師匠どうしたんですか? い、いつもと違って恐いぞ」
「俺はいつも通りでおかしな所などないぞ」
パルズが何を言っているのか意味がわからない⋯⋯どこがいつもの俺と違うのか教えてほしいくらいだ。
「べ、別にテントに行くからといってセレナに何かするつもりはないぜ⋯⋯まあ寝顔くらい見れたらラッキーとは思う⋯⋯」
俺はパルズが言葉を発している中、腰に差した剣を居合いで抜く⋯⋯するとパルズの前髪が数本切れて地面に落ちた。
「こここっ殺す気か!」
「いや、今お前の額に蚊が止まっていてな。蚊に血を吸われると病気になることもあるから始末しただけだ」
俺もまだまだ未熟だから誤ってパルズの額を斬らずに済んで本当に良かった。だがパルズの返答しだいでは前髪以外のものが斬れていたかもしれないがな。
「わ、わかった! ここで⋯⋯テントには行かないからどうか落ち着いててくれ!」
「何を言っているだ? 俺は冷静だ⋯⋯だがパルズのその意見は支持するぞ。何なら朝まで野営について教えてやろう」
「ま、マジか⋯⋯俺も疲れているんだけど⋯⋯」
こうして俺は魔物や動物に襲われないよう見張りをしながらパルズに野営とは何たるものかを伝授するのであった。
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