第72話 いざグリード領へ

「ユクト先生⋯⋯いやユクト師匠! 待ってたぜ」


 北門に辿り着くとそこには騎士養成学校でセレナと同じSクラスのパルズがいた。早朝の人出が少ない時間になぜ北門にいるんだ⋯⋯それに待っていたとはどういうことだ?


「パルズくん何でここに?」

「何故ってそんなの決まっている⋯⋯俺も2人についていくからだ」


 パルズはどや顔で俺達に同伴すると言っているがまさかブルーファウンテンまでついてくるつもりか? そもそも何故俺達が旅立つことを知っている?


「パパごめんなさい。パルズさんがここにいるのは私のせいです」

「どういうことだ?」

「昨日教室でレンに今日旅に出る話をしました。おそらくその時にパルズさんに聴かれてしまったのかと⋯⋯」


 だがそれでわざわざ旅についてくるとは普通は思わないだろう⋯⋯セレナは別に悪くない。


「パルズくんは本当に俺達とグリード領まで行く気か?」

「そのつもりだ。何て言ってもグリード領は俺の父親の領地だから」


 以前パルズは公爵家の人間という話を聞いていたがまさかグリード領とはな。


「きっと役に立ってみせる⋯⋯だから俺も連れていってほしい。ユクト師匠の近くに居たいんだよ」


 そういえばパルズは俺に学校の講師をしてほしいと頭を下げていた。早朝からわざわざここまで来て追い返すのは少し酷か⋯⋯。


「わかった⋯⋯だが旅先で迷惑をかけるなよ。もし何かあった場合は置いていくからな」

「ああ、それでいいぜ。それと俺のことはパルズって呼び捨てにしてくれ」

「わかった⋯⋯7日~10日ほどの旅になると思うがよろしく頼む。セレナもそれでいいか?」


 セレナはパルズのことをあまり良くは思っていなかったため俺は意見を求める。


「も、もちろん大丈夫ですよ! けしてパパと二人っきりの時間を邪魔されたとかパパを独占することが出来なかったとか新婚旅行がなくなったなんて思っていませんよ⋯⋯私はパパの決めたことに従います」

「そ、そうか⋯⋯ありがとう」


 セレナは俺に従うと言ってくれたが思っていないという言い訳がたくさんあったな。やはりパルズと一緒に旅はしたくないのだろうか?


「あ、あのようセレナ⋯⋯俺行くのやめようか⋯⋯」


 パルズもセレナから俺と同じ空気を感じ取ったのか遠慮がちに言葉を発した。


「い、いえ! 大丈夫です! パルズさんも一緒に行きましょう」

「お、おう」


 とりあえず三人でグリードに行くことになったがこの旅の最中セレナに気を使った方が良さそうだ。一昨日も怪しい笑みを浮かべていたしな。


 こうして俺達は三人は帝都の北門からブルーファウンテンの村へと旅立つのであった。



 帝都の北門を出ると辺りはなだらかな平原になっており、石畳の綺麗な街道がどこまでも続いている。


「師匠とセレナは何のためにブルーファウンテンに行くんだ? 目的を教えてくれよ」


 パルズは旅の目的も知らずについてきたのか。だがパルズは子供とはいえ自分の領地のことだからもしかして銀の竜の情報を知っているかもしれないから尋ねてみるか。


「パルズは銀の竜がグリード領にいるって聞いたことないか?」

「銀の竜? う~ん⋯⋯確か何年か前に父が言っていたような⋯⋯ただ兵士を派遣したけど何もいなかったって言ってたな。けどブルーファウンテンの森は広いから見つけられなかっただけかもしれないぞ」


 パルズが言っているのはおそらく5年前のことだろう。公爵家の兵士が探索して見つからなかったということはやはりブルーファウンテンには銀の竜はいないのだろうか。


「もしかしてその銀の竜を見つけに行くのか?」

「ああ」

「竜を見つけに行くとかロマンがあるな。やっぱり師匠についてきて良かったぜ」


 パルズは楽観視しているようだが銀の竜はタルホ村を滅ぼした危険な生物だ。今回は情報が曖昧なものだったからセレナが来ることを許可したが、本当に銀の竜を見つけた時には2人は退避してもらうつもりだ。この世界でトップクラスの強さを誇る竜種と戦わせるわけにはいかないからな。


「それと馬車には乗らないのか? 歩いていくと今日はハーメルンまでしか行けないぞ」


 パルズが言うハーメルンとは帝都北に位置する街だ。


「けど俺は別に構わないぜ。あの街の特産品であるホトロ肉のステーキは絶品だからな」


 ホトロは高速で空を飛ぶ鳥のことで、油が乗っておりトロけるような味わいのためその名がつけられた。


「いや、今日はハーメルンの街を越えた所で野宿する予定だ」

「えーっ! なんでだよ! 旅をするなら街に泊まった方がいいだろ!」

「確かにパルズの言うとおりだが、旅の終盤でやるより体力があるうちにセレナに野宿を経験させてやりたいんだ」

「いやいや、今回は街に泊まろうぜ」

「嫌なら帝都に戻れ⋯⋯ブルーファウンテンまでは俺とセレナの2人で行く」

「くっ! わかったよ! 従えばいいんだろ!」


 パルズはそう言ってふて腐れながら1人前へと歩いていく。

 ふ~⋯⋯やれやれだな。初めてあった頃よりはマシにはなったがもう少し自分本位な所を治さないと一緒にパーティーを組むやつが大変だぞ。性格に関しては今さら注意しても治らないと思うが、何かパルズが変わるきっかけのような出来事が起こればいいが⋯⋯。俺は頭を悩ませるが今はそれとは別にもうひとつ問題を抱えているものがある。それはセレナが先程から会話をしておらず、ずっと黙っていることだ。やはりパルズがいることに怒っているのだろうか?


「セレナどうした? 元気がないように見えるが⋯⋯」


 このまま黙っていても埒があかないので俺は思いきってセレナに話しかける。


「あっ? いえ⋯⋯大丈夫ですよ」

「そうか⋯⋯悩みがあるなら言ってくれよ」

「その⋯⋯悩みというか⋯⋯パルズさん変わったと思いまして。まだ自分勝手な所がありますけど以前のパルズさんでしたら先程のパパとのやり取りで絶対に自分の意見を通そうとしたはずです。それがまさか諦めるなんて⋯⋯私もこの2年ちょっとパルズさんの言動を注意してきましたが全く聞き入れられませんでした。やっぱりパパは凄いな」


 セレナから見てもパルズは変わったように見えるらしい。そうか⋯⋯今のパルズは変わっている最中だ。何か変わるきっかけがあればと考えていたが急ぎ過ぎているのではないか? 急激に性格を変えようとしてもそれはどこか自分に無理をさせている可能性があるからきっといつか破綻してしまう。仮にも師匠と呼ばれている立場としてパルズの成長を温かく見守ることにするべきだな。


「そんなことはない。俺もまだまだだよ」

「今のパパがまだまだなら私は一生パパの領域にたどり着けそうにないです」

「いや、セレナには⋯⋯」


 セレナの良いところがあると口にしようとしたその時。


「し、師匠! 敵だ!」


 突如前方を歩いていたパルズから大きな声が上がる。

 俺は急ぎパルズの所に向かったがそこにいたのは魔物ではなく⋯⋯狼だった。


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