第70話 ラニとクラウ皇子と保険2つ
酒場を出た後、俺達はリリーが服を着替えるということで踊り子の衣装を買った衣服店へと向かった。
そういえば階段を上がって店の門番をしているゾックに会った時、やけにリリーの方へと視線を送っていたな。もしかしたら踊り子リリーに悩殺されたのだろうか。だがリリーは俺の背中に隠れてゾックのことを怖いと呟いていたからその恋が実ることはなさそうだ。
そしてリリーが試着室に行き10分ほど経った後⋯⋯元の服に着替えたリリーが俺達に向かって一言⋯⋯。
「忘れて⋯⋯」
と言葉にして憔悴しきった顔で衣装店を出ていった。
踊り子の衣装を着ていたことをそんなに気にしなくてもいいと思うが⋯⋯。
俺はリリーが試着室へと入った後ミリアから「リリーはラファルに入るため踊り子に変装した」と聞いていた。
どうやら俺が初めに予想した踊り子の衣装を着るのはリリーの趣味だというのは間違っていたようだ。
「リリー姉は綺麗だしスタイル良いから別に恥ずかしがる必要はなかったと思うけど⋯⋯パパもそう思うでしょ?」
「いくら綺麗でも恥ずかしいと思う人はいるんじゃないか? それと自分が理事長をしている学校の学生であるミリアにあんな姿を見られるのはさすがに抵抗があるだろ」
教育者としての威厳を保つことは難しくなるしな。
「う~ん⋯⋯ボクは違うと思うな」
「ん? 他にリリーが恥ずかしがる理由があるのか?」
「それは⋯⋯パパだけには内緒かな」
「そう言われると気になるなあ」
ミリアは観察力が優れているから俺にはわからないことをリリーから読み取ったのかもしれない。本当はミリアにどうしてか聞いてみたいが、リリーの恥ずかしがる理由をわざわざ異性の俺が問いかけるのもデリカシーがないので諦めることにする。
「それよりパパは何であそこの酒場に行ったの?」
「それは⋯⋯」
娘達はもうおやっさんのことや銀の竜についても知っている。これ以上隠す必要はないだろう。
「家に着いたら話すよ」
こうして俺はミリアと自宅へと戻り、そして娘達におやっさんのことや銀の竜についての情報を伝えるのであった。
酒場ラファルへと向かった翌日
娘達は朝食を食べ学校へと行き、俺は昨日ズルドから聞いたドミニクが近々何か仕掛けてくるかもしれないことをラニに伝えようと帝都の中央にある城に向かっているが⋯⋯。
「相手は一国の皇女⋯⋯突然会いに行って会えるわけないよな」
せめてレイラさんがいれば繋いでもらえると思うが⋯⋯。
俺はどうするものか考えながら歩いていると周囲の建物が段々ときらびやかで大きな物へと変貌していく。帝都は街の中央に近いほど地価が高くなるため貴族が住んでいることが多い。
「貴族街か⋯⋯」
良く見ると辺りにいる人達もシンプルなウールや革製の服を着る平民からエレガントなシルクのシャツやマント、コートを羽織った貴族に変わっていた。それと治安維持のためか兵士も所々にいるな。
この平民街と貴族街を見ていると改めて同じ人間でも格差があることを感じる。
片や一生食べるものに困らず、片や日々生きるために毎日一生懸命働いている。いや、ここはまだマシな方か⋯⋯北区画にあるスラム街、地方の村などはもっと過酷な生活だ。俺もおやっさんに拾われなかったら⋯⋯生きるための術を魔物の倒しかたを教えてもらわなければスラムで野垂れ死んでいたかもしれない。
「だからこそ世話になったおやっさんの死の真相は必ず暴いて見せる」
俺は改めてタルタロスの監獄を襲撃してきた者達を見つけ出す決意をしていると右手にある屋敷の門が開き、1台の馬車が出てきた。
「ん? あれは⋯⋯」
屋敷から出てきた馬車の御者に視線を向けるとそこにはラニの護衛であるレイラさんの姿が見える。
「レイラさん!」
俺は声を上げてレイラさんに話しかけると目の前で馬車が止まった。するとレイラさんではなく馬車の中からラニが現れ、そのままこちらに向かって飛び降りてきたので俺は受け止める。
「ユクト様、このような所で会いできるなんて嬉しいです」
「ラニ⋯⋯危ないだろ? もし受け止められなかったらどうするんだ」
「ユクト様なら受け止めて頂けると信じていましたから」
信じてるって⋯⋯そんな真っ直ぐな瞳で言われたら怒るに怒れないじゃないか。
「コホンッ! ラフィーニ様、とりあえずユクト殿も馬車に乗って頂くのはどうですか?」
「良い考えですね。もしユクト様にご予定がなければ馬車にお乗り下さい」
まさかこんな所でラニに会えるとは⋯⋯だがレイラからの誘いはちょうど良かったため俺は馬車に乗ることにする。
「それじゃあ失礼するよ」
「どうぞどうぞ」
そして俺はラニの許可を得て馬車の中に入る。すると見知らぬ少年が座っており、こちらに向かって頭を下げてきた。
この少年は誰だ? それによく見るとラニとレイラは薄黄色のワンピース、少年は動きやすそうなシャツとズボンと平民が着るような服を着ていた。
「座ったままで申し訳ありません。あなたがユクト様ですね⋯⋯その節は姉の命を助けて下さりありがとうございました」
姉か⋯⋯なるほど⋯⋯この礼儀正しい少年の正体がわかった。
少年は色白で端正な顔立ちで品があるように感じる。そして
「お初にお目にかかりますクラウ皇子⋯⋯私はユクトと申します」
俺は馬車の中で膝をつきクラウ皇子に頭を下げる。
「そんなお立ち下さい⋯⋯ユクト様は姉の命の恩人です。感謝してもしきれません」
クラウ皇子はズルドからの情報通り平民でも偉そうに振るうことをしないようだ⋯⋯むしろ低姿勢過ぎてこちらが恐縮してしまう。
「挨拶は終わったようですね。それではユクト様もお座り下さい」
そして俺はクラウ皇子の対面に腰を下ろすとラニは俺の隣に座った⋯⋯が距離が近い。もう身体が触れているぞ。以前から思っていたがラニはスキンシップが多くないか?
俺はクラウ皇子に視線を向けるが、皇子はただ微笑むだけだった。
クラウ皇子が何も言わないということは皇族として普通のことなのだろうか? 俺は疑問に思っているとゆっくりと馬車が走り始める。
「そういえばラニ達はどこかに出かける予定だったのか?」
俺は隣にいるラニに問いかける。
「はい⋯⋯先日ルナファリア公国から有名なお医者様が来られたのでクラウを診察して頂こうとお忍びで⋯⋯」
そう言葉にするとラニは伏し目がちになる。
クラウ皇子を診てもらうためか⋯⋯ズルドはもって後数年と言っていたな。
それにしても帝国の皇子ならその医者を自邸に呼び寄せることもできるだろう。だがそれをしないクラウ皇子は平民を下に見ていないと言うことがわかる。
「そうか⋯⋯良くなるといいな」
「原因不明の病気でして今までたくさんのお医者様にクラウを診て頂いたのですが一向に良くならず⋯⋯調子が悪い時は歩くこともできず血を吐くことも⋯⋯」
その公国から来た医者がクラウ皇子を治せると良いのだが⋯⋯。
「姉さんや母さんには申し訳ないです。僕のせいで城に居られなくなってしまって⋯⋯」
「それはどういうことだ?」
「病気が移るかもしれないとドミニク兄さんに城から追放されてしまい、今は先程ユクト様とお会いした場所にあるお屋敷に住んでいます」
ドミニク⋯⋯ズルドの情報通りならラニとクラウ皇子を亡き者にしようとしている第一皇子か。城からラニ達を遠ざけたのは皇位継承を有利にするためなのだろうか。
「そうか⋯⋯実はそのドミニク皇子のことで話があるんだ」
「私達が狙われていることですか?」
「気づいていたのか⋯⋯」
「証拠はありませんが最近の兄の言動を見ていると⋯⋯」
肉親に狙われるとは⋯⋯そんなに権力は大事なものなのだろうか。
「何かあったら力になるから言ってくれ⋯⋯ただ俺は近いうち少しの間帝都を離れるかもしれないので暫くは夜道など危険な所へは行かないでくれると助かる」
「ユクト様⋯⋯ありがとうございます」
2人は皇族という立場だが素直に頭を下げてくれる。やはりこの2人は他の貴族とは違うな⋯⋯何としても護って上げたいが実際問題四六時中2人について回ることも出来ない⋯⋯それなら。
「それじゃあ今日はここで失礼するよ」
「えっ? もう帰られてしまうのですか?」
「せっかくお会い出来たのに残念です」
ラニとクラウが寂しそうな表情をするからここから離れづらいが、これも2人を護るためなのでレイラさんに馬車を止めてもらう。
「時間があったら今度は娘達も連れてくるよ」
そう言葉を残して俺はラニとクラウを護るため、2つの保険をかけにこの場を離れるのであった。
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