第69話 ナンパから娘を護る

 ホールの段上付近にはミリアと踊り子の衣装を纏ったリリー、そして2人の男の姿が見える。


「へへ⋯⋯早く踊らねえか」

「姉ちゃんのセクシーな所を1番前の特等席で見させてもらうぜ」


 どうやらリリーは酒場にいる中年の2人の酔っぱらいに絡まれているようだ。

 無理もない⋯⋯あのような恥ずかしい姿でいたら声をかけてくれと言っているようなものだ。


「ユクトの旦那⋯⋯お知り合いで?」

「ああ⋯⋯ちょっと行ってくるよ⋯⋯また明日な」


 俺はズルドに手を振りミリアとリリーのところへと向かう。

 もしかしたら2人は俺のことをつけてきたのか? 何故ミリアとリリーがここにいるかわからないがこのまま見過ごすことはできない。


「さっきから言ってるじゃない! 私は踊り子じゃないって!」


 リリーは中年の男の1人に腕を掴まれているが、相手の方が力が上なのか振り払うことができないようだ。


「そんなわけないだろ? こんなハレンチな衣装を着てて踊り子じゃないなんて信じられるか」

「正論だね」

「ちょ、ちょっとミリアさん!」


 ミリアはこんな時でも自分のペースを崩していないな⋯⋯頼もしいと言えば頼もしいが。


「踊らねえっていうなら俺達と一緒に良いとこ行こうぜ」


 そう言ってもう1人の中年男の手がミリアに伸びる。


 させるか!


 俺は猛スピードでミリアの元へ駆け寄り、向かってきた中年男の腕を掴む。


「てめえ⋯⋯何すんだ!」


 どうやら間に合ったようだ⋯⋯この汚れた手からミリアを護ることができて良かった。


「パパ!」

「えっ? ちょっとやだ⋯⋯ユ、ユクト?」


 俺の姿を見てミリアは笑顔で、リリーは今まで見たことがないほど顔を真っ赤にしていた。おそらくリリーは自分の姿が恥ずかしくなってきたのだろう⋯⋯だったら何故そのような格好をしたのだろうか?

 疑問に思ったが2人を護るため今はこの酔っぱらいを何とかする方が先だ。

 俺は透かさずもう片方の空いている手を使い、リリーを拘束している中年の腕に伸ばし掴む。


「2人は俺の連れなんでね⋯⋯この手を離してくれないか」

「何だこら! ケンカ売ってんのか!」

「ヒーロー気取りか? このやさ男が!」


 威勢がいいことにどうやらこの中年2人は引く気がないようだ。

 それなら力尽くで退場してもらうしかない。俺は2人の腕を掴んでる両手に力を込める。


「いてっ! いててっ! や、やめろ!」

「わ、わかった! 手を離してくれ!」


 俺は顔を歪め叫んでる男達の手をゆっくりと離すと2人はその場に崩れ落ち、地面に膝をつく。


「こ、こいつ! 何て力だ」

「こんな奴相手にしてたら命がいくつあっても足りねえ」


 そして中年男2人は慌てて立ち上がると捨て台詞を吐きながら酒場の外へと逃げていった。


「やれやれ⋯⋯物わかりが良くて⋯⋯」

「パパ! 護ってくれてありがとう!」


 言葉を発している途中で突然ミリアが俺の胸に突撃してきたので優しく受け止める。


「ミリア⋯⋯無事で良かった。でも何でこんな所に⋯⋯」

「ごめんねパパ⋯⋯パパがスラムの方に行くのが見えてリリー姉と⋯⋯」


 心配で後をつけてきたということか。2人には色々聞きたいことがあるが騒ぎを起こしてしまったし、店に迷惑をかけないためにも今はここから離れるのが先決だ。


「とりあえず店を出るぞ」


 俺は酒場の店員に騒ぎを起こした迷惑料として銀貨5枚を渡し、ミリアの手を取ってこの場から離れる⋯⋯しかしリリーが後からついてこないことを不審に思い、俺は後ろを振り返るとリリーは酒場の柱の陰に隠れており、こちらについてくる気配が一向にない。


「リリー⋯⋯早く店を出るぞ」

「リリー姉⋯⋯いい加減覚悟を決めなよ」


 俺達の声を聞いてかリリーが耳まで真っ赤にして俯きながら出てきた。

 そんなに恥ずかしいなら何故踊り子の衣装を着たのだろうか? 理由はわからないが俺達は三人でホールを後にし地下へ降りてきた階段まで戻る。

 そして階段に着いた途端リリーが泣きそうな表情で叫ぶような声を発する。


「ち、ちがうのよ! この衣装を着たのは理由があって!」


 理由? 理由とは何だろう? 踊り子でもないのに踊り子の衣装を着る理由⋯⋯踊り子に憧れていたのだろうか? いや、それだけがこのきわいどい衣装を着る理由じゃない。リリーは魔法養成学校の理事長をしており常に忙しく、相当ストレスが溜まっていたのだろう。だからそのストレスを解放するために服も解放しこのような衣装を⋯⋯本来なら魔法養成学校の理事長ともあろう者が着るものではないが、リリーとは昔からの友人⋯⋯俺だけはそんなリリーを認めて上げよう。


「リリー⋯⋯大丈夫だ。俺にはわかっている」

「ほ、本当に? あなたが察してくれるなんて⋯⋯こんなに嬉しいことはないわ」

「どんなことをしようがどんな趣味を持とうが俺だけはリリーの味方だから⋯⋯」

「ちがーう! これには深い事情があって⋯⋯」

「いいんだ無理に話さなくて⋯⋯わかってる⋯⋯わかってるから。それにいつもより大人っぽく見えて綺麗だぞ」


 これは本心だ⋯⋯知り合ってからこんなにリリーを女性として美しいと感じたことはない。


「褒められて嬉しい⋯⋯でも勘違いされたままは困る! ミリアさんも何とか言って!」


 だがこの時のミリアは二人の話を聞いておらず、中心が水晶になっている四角い箱をリリーの方に向けていた。


「それじゃあリリー姉、撮るよ~」

「えっ?」


 リリーが驚きの声を上げると同時にミリアが持っている四角い箱の水晶の部分が一瞬眩しく光り出した。


「まぶしい! 何よりそれ? 目眩ましの魔道具?」


 俺も初めて見る物だ⋯⋯ミリアはまた新しい魔道具を開発したのか? だが目眩ましにしては光量が足りないぞ。


「え~とこれはねえ、水晶が写したものを記憶する機能があるんだよ」

「へえ⋯⋯それは凄い魔道具ね。でも今何でその魔道具を使ったの?」

「まだこの魔道具は写したものを水晶の中に記憶することしか出来ないけどいつかその記憶を紙に移せたらなって」


 ん? それって⋯⋯。


「つまりは今のリリーの恥ずかしい姿を紙に移して、いつでも見られるようにするってことか?」

「うん」

「うんじゃないでしょ! もしそんなものがばらまかれたら私は⋯⋯」


 もしも俺がリリーの立場だったら恥ずかしくて二度と外を歩くことができないだろう。


「ちょっとミリアさん! それをこっちによこしなさい!」

「嫌だよ! こんなレアなリリー姉が記憶されているものを渡すもんか」


 だがここは狭い階段ということもあり、ミリアはすぐにリリーに捕まって魔道具を奪われてしまうのであった。

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