第64話 怒らせたらいけない人がいる
娘達におやっさんについての真相を話した翌日
俺は昨日襲撃されたクロウについての情報をルノリアさんに伝えるため昼過ぎに神聖教会養成学校の理事長室へと向かうことにした。
「ユクトさんのお陰で生徒達を護ることが出来ました。私からもお礼を言わせて下さい」
ルノリアさんは美しい所作で俺に頭を下げてくる。
「いえ、みなさんが無事で良かったです。それと襲撃してきたクロウについてですが――」
俺はルノリアさんにクロウの風貌、使用した魔法、そして死霊の笛を奪わ
れたことを報告する。
「それにしても本当にユクトさんがいてくださって良かったわ。クロウについてはこちらでも調べておきますので何か分かり次第お伝えします」
「よろしくお願いします⋯⋯後、クルガ先生のことですが⋯⋯」
俺は学校の平和のためにクルガの問題行動もついでにルノリアさんに伝えることにする。コトに対する嫌がらせ、死霊の笛で倒せもしない魔物を呼び出し、そして何よりそのことによってトアの身が危険に晒される可能性があったことを看過するわけにはいかない。
「ええ⋯⋯報告は聞いています。これまでも度重なる問題を起こしていましたから昨日付けで退職して頂きました」
「えっ? そうですか⋯⋯」
驚いた⋯⋯クルガは侯爵家の者だからそう簡単に切ることはできないと思っていたが⋯⋯。
「やっぱり死霊の笛を盗まれたのが良くなかったわね」
ルノリアさんは言葉とは裏腹に顔は満面の笑みを浮かべていた。
これはクルガの首を切るために大きな問題を起こすことを待っていたな。
「それはよかったです。昨日1日だけしか見ていませんがクルガ先生が講師に向いているとは到底思えませんでしたから」
「そうよねえ⋯⋯私もそう思うわ。今後貴族を権力で講師に入れるのを止めてほしいわね」
やはり採用に貴族枠というのがあるのか⋯⋯おそらく魔法養成学校のビルドも貴族枠で入ったのだろう。子供達がしっかりと学べる環境を作るためルノリアさんの言うように貴族枠を失くしてほしいが、大多数の国ではまだ貴族の力が根強いから不可能だろう。
「けれどクルガ先生が辞めて1つだけ困ったことが⋯⋯空いたSクラスの講師に誰か入ってくれないかしら⋯⋯チラッチラッ」
「そんな言葉に出してこちらを見ないで下さい⋯⋯申し訳ありませんがその話はお断りします」
実は昨日トアからも「パパが講師をやってくれたらなあ」と言われたが、今はコトに合わせる顔がないので断った。
「そうですか⋯⋯それは残念です」
しかしルノリア理事長は言葉と表情が合ってなく残念そうには見えない。もしかして昨日俺とコトにあった事を知っているのか? とにかくこれ以上勧誘されないのは助かる。
「それより死霊の笛が悪用されないかが心配です」
正確にはわからないがクロウの魔力はクルガより上だ。もしクロウやその主と呼ばれている者が笛を吹いたら⋯⋯想像したくもないな。
「あら? その件に関してはすでに解決済みよ」
「えっ?」
どういうことだ? 理事長の言っている意味がわからない。
「ほら、これを見て」
理事長は重厚な机の裏にある魔道具の金庫から何かを取り出して俺に見せてきた。
「それは⋯⋯死霊の笛じゃないですか!」
まさかクロウが主と言っていたのはルノリアさん!?
いやそんなはずはないな。元々死霊の笛は神聖教会養成学校の物だ⋯⋯わざわざクロウが盗む必要はない。
「どうして笛がここに⋯⋯」
「私の古い友人が一発ゴツンと殴って取り返してくれたのよ」
なん⋯⋯だと⋯⋯たった1日でクロウを見つけ死霊の笛を奪い返したのか! 俺はルノリアさんの言葉に衝撃を受け驚きを隠せない。
「その古い友人という方はどなたですか?」
あのクロウが遅れを取る相手⋯⋯どんな人物か非常に気になる。
「それはもちろん⋯⋯秘密よ」
ルノリアさんは昨日と同じ様に左手の人差し指を口に持ってきて右目をウインクをしながら茶目っ気に言ってきた。
この人普段の所作は美しいのにたまに可愛らしいことをしてくるな。
「そうですか⋯⋯気になるけど聞くのはやめておきます」
「それが賢明ね⋯⋯それと私が死霊の笛を持っていることは内緒よ」
「それは何故でしょうか?」
「だって死霊の笛をすぐに取り戻したことになるとクルガ先生の罪が軽くなってしまうでしょ?」
「そ、そうですね」
やはりこの人は油断ならない相手だな。
もし死霊の笛が理事長の元にあると分かればクルガは「笛が戻ったなら処分を軽くしろ」と言いかねないと考えているんだ。それにクロウを一泡ふかせるほどの者との人脈もある。これはルノリアさんを敵に回さないためにも先程クロウの仲間かもしれないと思っていたことは黙っていた方が良さそうだな。
こうして俺はルノリア理事長への報告を済ませ、神聖教会養成学校を後にするのであった。
俺は神聖教会養成学校を出て、帝都の北区画へと向かう⋯⋯目的は俺が15年前帝都にいた時に使っていた情報屋とコンタクトを取り、銀の竜種、クロウ、それと帝都の情勢について調べてもらうためだ。
今は夕暮れ時⋯⋯この時間なら情報屋のズルドは拠点としている酒場ラファルにいるはず。ただ帝都を出てから15年の時が経っているためズルドは情報屋を辞めているかもしくは危険な山に手を出してもう死んでいるかもしれない。
俺はズルドが生きていることを信じてスラム街の側にある酒場ラファルへと向かう。
「確かこの辺りだよな」
昔の記憶を頼りに帝都の北区画までやって来たが、所々周囲の建物が変わっていたため、道を間違えていないか心配になってきた。
「確かこの衣類が売っている店を曲がれば⋯⋯あった」
どうやら俺の記憶は間違っていないようだ。
レンガ造りの家にラファルという名の看板を掲げ、入口にはモヒカンの筋肉質の男が立っていた。
「久しぶりだなゾック」
俺は店の前にいる筋肉質でモヒカンの男⋯⋯ゾックに話しかけるが、むこうは俺を怪訝そうな顔で見ている。
「誰だおめえ⋯⋯俺はお前みたいなヤサ男に知り合いはいねえぞ」
ゾックは15年前も店の門番としてこの場に立っていた。ラファルは酒場として営業していたがその裏で違法品の取引、盗み暗殺など非合法の依頼の受注、そして情報の売買を行っているためその筋のものでないと入ることができない。ゾックはその客を選定するためにここにいる。
しかし俺のことを忘れているとは⋯⋯それなら⋯⋯。
「昔折られた右腕は大丈夫か?」
「右腕⋯⋯だと⋯⋯お前まさか!! ユクトか!」
ゾックはどうやら俺が誰か気づいたようだ。
以前おやっさんに連れられてラファルに来た時は俺がまだ14歳でゾックに「酒が飲めねえガキが来るところじゃねえ!」と言われ店に入ることが出来なかった。だがおやっさんがゾックに腕相撲で勝ったら通れるという条件をつけてくれて見事俺が勝ち、その時ゾックの右腕をへし折ったということがあった。
「いや~15年ぶりくらいか!」
「そうだな⋯⋯ゾックは相変わらず筋肉を鍛えているな」
ゾックの腕は以前と変わらず⋯⋯いや以前より太い丸太のような腕をしていた。
「あったりめえよ! 今ならユクトに勝つ自信があるぞ! 勝負するか?」
「いや、やめておくよ⋯⋯それより中にズルドはいるのか?」
「おう! 開店と同時に店に入っていったぞ!」
「教えてくれてありがとう」
良かった⋯⋯どうやらズルドはまだ生きていたようだ。
「それより時間があったら今度飲もうぜ! 積もる話もたくさんあるだろう」
「時間があったらな⋯⋯俺は今3人の子持ちなんだ」
「だったら尚更行こうぜ! 子育てでストレスとか色んなものが溜まってんだろ? 最近店に入った踊り子達が可愛い子ばかりでよ」
ゾックの女性好きな所は変わらないな。昔3股してて痛い目をみただろうに。
「落ち着いたらな⋯⋯とりあえず今は通してくれ」
「おう! 連絡待っているぞ」
俺はゾックに案内され15年ぶりにラファルの酒場へと入っていく。
そしてこの時こちらを見つめる2つの影があることに俺は気づくことができなかった。
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