第63話 おやっさんの死について娘達に語る

 俺はコトからおやっさんが亡くなった話を聞いた後どうやって神聖教会養成学校にたどり着き、自宅まで帰ってきたのかを覚えていない。気がつけば自宅のベッドに横たわっていた。


「おやっさんが死んだ⋯⋯だと⋯⋯」


 これは俺のせいなのか? どんな理由があるにしろ俺がおやっさんを密偵容疑で兵士に通報したから⋯⋯

 しかし今どれだけ後悔しようと時は戻らない。


「ハハ⋯⋯コトが俺に憎しみの感情をぶつけるのもしょうがないよな」


 俺は自分の行動を悔いながら右腕で顔を隠し、おもわず乾いた笑いを出してしまう。

 くそ! 俺はどうすればいいんだ。 コトに謝りに行く? だが今さらどんな顔をして会いに行けばいい。コトから見れば自分の父親が拾ってきた子供が恩を仇で返し、死んだことも知らず14年間のうのうと暮らしていたんだ⋯⋯そんな奴に会いたくもないし殺意が芽生えるてくることも当然だ。


「何で死んじまったんだ」


 おやっさんにはどうしても聞きたいことがあったがそれももう叶わない。

 俺は帝都に来た目的の1つを失い失意にうちひしがれる。


「パパ⋯⋯」


 声が聞こえベットの横を見るとトアが泣きそうな顔で俺を見ていた。

 まさかトアがこんなに近くにいるのに気づかないなんて。

 いくらおやっさんが死んだからといって気を抜きすぎだぞ。


「トア⋯⋯どうしたんだ?」

「パパ何かあったの? 演習が終わってからパパに元気がなくて⋯⋯」


 そしてトアはチラリと部屋の入口を見るとセレナとミリアが顔を出しこちらの様子を伺っていた。


 情けないな⋯⋯娘達に心配をかけるとは父親失格だ。3人はおやっさんのことを大師匠と言って会いたがっていた。このまま何も言わないわけにはいかないだろう。


「セレナ、ミリア⋯⋯2人共こっちにきてくれ」


 俺はセレナとミリアに部屋に入るよう促す。すると2人はトアの横に立ちこちらに視線を向けているが何か表情が優れない。


「ごめんなさい⋯⋯覗き見をしてしまって⋯⋯パパの様子が気になって⋯⋯」

「セレナいいんだ。俺も悪かった⋯⋯こんな覇気のない父親を見たら気になるよな」

「私もミリアもトアちゃんもその⋯⋯心配で⋯⋯」


 セレナもトアと同じ様に泣きそうな顔をしている。娘達にこのような顔をさせてしまうなんて⋯⋯父親として心が痛む。


「パパ⋯⋯辛いことがあったらボクの胸で泣いていいんだよ」

「ミリア! あなたこんな時まで!」


 ミリアの言葉にセレナは激しく叱責する。


「ボクだってわかってるよ⋯⋯けどみんな辛そうな顔をしてたから⋯⋯ボクこんなの嫌だよ、パパもセレナ姉もトアも笑顔でいてほしいよ⋯⋯」

「ミリア⋯⋯」

「ミリアお姉ちゃん⋯⋯」


 そしてミリアが泣き出してしまったので俺は3人が愛おしくて思わず抱きしめる。娘達をこんなに悲しませて⋯⋯俺は何をしているんだ! しっかりしろ。嘆くことはいつでもできる。今は行動する時だ。


「3人ともごめんな⋯⋯もう大丈夫だ」

「本当ですか? 無理していませんか?」

「パパが元気ないとボクまた泣いちゃうよ」

「トアも涙が出てくるよ」


 俺は抱きしめていた娘達を解放し、3人と真っ直ぐに向き合う。もう迷いはない⋯⋯家族には今日あった出来事を話そう。


「トアちゃんからコトさんのことは聞いたけど⋯⋯」

「まさかトアの学校にいるとは思わなかったね」


 コトのことはトアから聞いているのか⋯⋯それなら後はおやっさんのことを伝えよう。


「パパの元気がなくなったのって演習が終わった後からだよね? トアがパパに抱きかかえられて寝ている時に何があったの?」

「「えっ!!」」


 何故かセレナとミリアから驚きの声が上がるが俺は話を続ける。


「トアが寝ている時にコトから⋯⋯おやっさんが獄中で死んだと聞かされたよ」


 3人は俺の話を聞くと悲しみからか肩を落としている。娘達もおやっさんに会えることを楽しみにしていたからこの結果は受け入れがたいものだろう。


「そう⋯⋯なんだ⋯⋯」

「私達もパパを育てた方に会えなくて残念です」

「トア⋯⋯バルドおじいちゃんに会いたかったな⋯⋯」


 この素晴らしい娘達を育てられたのもおやっさんが俺を施設から引き取ってくれたからだ。俺もおやっさんに娘達を会わせたかった。


「育ててくれた方が亡くなったからパパは⋯⋯」


 娘達はおやっさんが命を落としたから俺が悲しんでいると思っている。だがそれだけではない⋯⋯俺は娘達に真実を話すことにする。


「いや、もちろんそれもあるが⋯⋯この間おやっさんのことを聞かれた時に話していないことがあるんだ」

「パパ⋯⋯それは⋯⋯」


 娘達の視線が俺に集まる⋯⋯この後俺が通報しておやっさんが牢獄に入ったと聞いたら娘達はどう思うだろう。悪いことをしたら捕まるのは当然だと言うだろうか⋯⋯それとも育ててもらった恩を仇で返す薄情ものと言うのか答えを聞くのが怖い。こんな気持ちになるのは3人が俺の本当の娘じゃないと知られた時以来だ。


「おやっさんは⋯⋯魔道具の店を経営していた。だがその裏では他国の密偵をしていたから俺は⋯⋯兵士に引き渡した。だからおやっさんが死んだ原因に俺は無関係じゃない」

「「「えっ!」」」


 娘達は俺が隠していた真相を聞いて言葉を失っている。

 やはり育ててもらった人を自らの手で通報し逮捕させるという行為は娘達には受け入れられないか⋯⋯ため娘達の見解を否定するつもりはない。


 俺が言葉を発してから5秒、10秒と時間が過ぎていく。実際にはそんなに時間は経っていないかも知れないが、俺には永遠に近い程長い時を感じた。


「パパ⋯⋯」


 不意にセレナが口を開く。俺は批難を浴びせられる覚悟をして次の言葉を待つ。


「私はパパがバルドさんにしたことは間違っていないと思ってます」


 セレナは過去に俺が行ったことを肯定してくれる。


「育ててくれた恩人を裏切って不義理だと思わないのか?」

「パパの正義感が許さなかったという可能性もありますが、バルドさんを通報したのは何か理由があったからですよね? パパがそんな恩知らずなことをしないというのはわかっています⋯⋯だって私はブルク村を出るまでの11年間⋯⋯ずっとパパのことを見てきましたから」

「セレナ⋯⋯」


 一緒に過ごすことが出来た12年間を見てセレナは俺のことを信じてくれると言ってくれたが⋯⋯。


「ちょっとまって! それは間違っているよ!」


 しかし突然ミリアから否定の声が上がる。姉妹だからとはいえ何もかも意見が同じはずがない。俺はミリアの申し立てをしっかりと受け止めるため耳を傾ける。


「セレナ姉⋯⋯そこは私じゃなくてボク達でしょ?」

「ミリア⋯⋯」

「トアもだよ⋯⋯トア達はパパの本当の子供じゃないのにちゃんと育ててくれた⋯⋯愛された記憶しかないもん。パパのことは私達が1番わかってるから」

「トア⋯⋯」


 2人も俺を肯定してくれた⋯⋯もしかしたら嫌われて俺から離れていくことも考えていただけに娘達の選択を嬉しく思う。


「ねえパパ⋯⋯もし良ければトア達にバルドおじいちゃんのこと教えてくれないかな?」

「ああ⋯⋯いいよ」


 長い話になりそうなので娘達をベットに座らせ、俺はおやっさんのことを語り出す。初めて出会った時のこと⋯⋯知識が豊富で色々なことを教えてくれたこと⋯⋯鍛練が厳しくて殺されかけたことなどたった4年間一緒にいただけだが話の内容は尽きなかった。そしてこの時俺はトア達におやっさんのことを話していて改めてあの頃は幸せだったと気づく。

 おやっさんを兵士につき出したことが正しかったとは思わないが、少なくとも自分のことを思って泣いてくれる娘達のために、俺はこれから前を向こうと決意するのであった。

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