第62話 クロウVS正体不明の男
帝都ゼルードから東へ数キロ離れた森林にて
クロウside
私は帝都東門での戦闘を終え、この草木が生い茂る森林へ後退していた。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
大木によりかかり出血して熱を感じる右腕に視線を向ける。
「ふふ⋯⋯まさかこの私が手傷を負わされるとは」
矛盾だと思うが長い間感じていなかったこの痛みが自分は生きていると感じさせ、喜びにうち震えてしまう。
「ユクトですか⋯⋯それにトア⋯⋯」
確かあの場にいた者がそう呼んでいたな⋯⋯久方ぶりに現れた猛者に思わず笑みが溢れる。
いつ以来だ⋯⋯こんな気持ちになるのは。
私は記憶を遡り思い起こしてみると⋯⋯そうだ、あれは20年ほど前かつて栄華を極めた王国の遺跡で⋯⋯。
実際に戦闘を行うことはなかったがあの者が持つ強者としての貫禄⋯⋯あれは一朝一夕で身に付くものではなく、長い修練の末に極めたものであることは間違いないだろう。
いつかあの者とまた巡り会いたいものだ。
しかし今は物思いにふける時ではないな⋯⋯早くこの笛を主の元に届けねば。
私は身体を起こしこの場から立ち去ろうとしたがその時⋯⋯殺気を感じ無意識に身を捻る。
3本の短刀が私の眉間、心臓、左手に向かって放たれそのうちの1本⋯⋯左手の甲に投げられたものを受けてしまい思わず持っていた死霊の笛を落としてしまった。
「誰だ⋯⋯どこから⋯⋯」
私は攻撃してきた相手を探すため視線を巡らせるが、森の中ということもあり見つけることができない。
しかし今のは⋯⋯左手の甲に刺さった3本目の短刀は僅かだが時間差で飛んできた⋯⋯まさかとは思うが⋯⋯。
私は地面に落ちた死霊の笛に目を向けるがすでにそこにはなかった。
どうやら正体不明の者は死霊の笛が目的のようだ。
「いつの間に⋯⋯後ろか!」
だが笛がどこにあるか考える暇もなく背後に殺気を感じたため影に潜ると大木ごと私がいた場所が切断されていた。
「まさかこの私が相手の気配をギリギリまで感じ取れないとはな」
影に潜るのが少しでも遅れていたら私の運命は大木と同じ様になっていただろう。
しかし誰だかわからないが影の世界に入った私を捉えることはできない。
私は体勢を立て直してから地上に出るつもりだったが⋯⋯影の中に気配を感じる!
「バカな! お前は誰だ!」
影の中で視界が暗くハッキリとは見えないが人であることは間違いない。
「人に訪ねる前にまずは自分から名乗るんだな」
正体不明な者はそう言い放ちこちらに向かって拳を繰り出してきた。
私は影の世界に人がいるとは思わず油断していたため、その拳を顔面に食らい後方へと吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ! 貴様⋯⋯」
「日頃から影の中に引きこもっているから俺の拳をかわすことができないんだ」
悔しいがこの男の言うことは間違っていない。おそらくこの者は私と同じ影に行き来する魔法⋯⋯
しかしこの者の佇まいはどこかで⋯⋯まさかこの男は!
とにかくこの男と正面から殺り合うのは危険だ⋯⋯私の今までの経験がそう言っている。影の中では隠れる場所がない⋯⋯ひとまず地上に戻るべきだ。
私は直ぐ様
「約20年ぶりだ⋯⋯まさかこのような場所でかつて帝都の闇を支配していた男と巡り会うとはな」
この男は私が待ち焦がれていた相手⋯⋯先程頭の中に思い浮かんだのは虫の知らせとでもいうのか。
「そのような役職はとっくに降りている。今は無職の中年男⋯⋯いや無職のダンディー中年男だ」
このような緊迫した場面で人を食ったようなことを言っているが、この男は以前情報収集や奸計、暗殺などを行っていた皇家直属の闇の部隊を取り仕切っていたジンという男だ。その証拠にジンは笑っているように見えるが殺意は私に向けられたままで一瞬でも気を抜けば命を失うことは間違いない。
ここでこの男と決着をつけたい⋯⋯だが今は両腕を負傷し先程殴られたダメージも浅くない。それにしてもジンは何故このタイミングで現れたのだ。
「死霊の笛を奪うために私を追ってきたのか?」
「いや⋯⋯笛はついでだ」
「ついで⋯⋯だと⋯⋯我が主の所有物をそのような理由で奪ったのか」
「そうだ⋯⋯そんな笛よりもお前は俺の大切なものに手を出したからだ」
闇の中を生きたジンに取って大切なものだと⋯⋯。
「それは何のことを言っている?」
「貴様がこれ以上知る必要はない」
ジンの弱点になり得る情報なので掴んで起きたかったがそう簡単にはいかないようだ。
残念だが今の私ではジンから我が主の物である死霊の笛を取り戻すことは不可能だろう⋯⋯それならば取るべき行動は1つ。
「
私は痛む右腕で魔法を唱えると蛇のような影が6つ出現する。
「いくがいい」
私が命令すると影はジンに向かって絡みつき動きを封じることに成功する。
そして私は
「逃げるのか? 別に追わないから安心しろ。俺はお前の面を一発殴れただけで満足だ」
手負いの私を追跡しないだと⋯⋯こちらに取っては好都合の話ではあるがその言葉を信じるほど間抜けではない。私は背後にいるジンを警戒しつつこの場から離れる。
ここは森林⋯⋯身を潜めるのは絶好の場所だ。
いくらかつて帝都の闇を支配していた者でも隠密行動で引けを取るつもりはない。
そして私は森林の奥へと逃れたがジンは宣言した通り追ってこなかったため、このまま日が当たらぬ森の中を突き進み主の元へと向かうのであった。
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