第61話 14年前の出来事

 クルガの治療が終わった後、トアは安心したのか地面に座り込んでしまったため俺はすぐに駆け寄る。


「トア大丈夫か?」

「うん、大丈夫。後は学校に帰るだけだからがんばる」

「辛いなら休んでもいいぞ」

「ううん⋯⋯ほらパパ、みんな行っちゃうよ。私達もいこ」


 そしてトアは立ち上がり生徒達に続いて歩いていく。足腰はしっかりしているように見えるが俺やここにいるみんなに迷惑をかけないために痩せ我慢をしているんだろうな。もう少し俺を頼ってくれてもいいと思うが思春期の娘だから父親に頼るのは恥ずかしいと考えているのかもしれない。


「もし体調がよくないなら俺が背負っていくから言って⋯⋯」

「あっ? パパ⋯⋯急に疲れてきちゃったみたい。お願いしてもいい?」


 トアは俺が背負っていくと言った瞬間に座り込んでしまった。やはり無理をしていたのかな? とりあえずトアが俺を頼ってくれても良かった。


「それじゃあ⋯⋯ほら、乗ってくれ」


 俺はトアの前に屈み、背中に乗るように促すが⋯⋯トアが背中に乗る気配がない。


「トアどうした?」


 やはり父親におんぶしてもらうのは嫌なのだろうか。

 しかしこの時トアから俺の予想の斜め上を行く提案を申し出てくるのであった。


「パパ⋯⋯あのね。おんぶしてもらうのは少し恥ずかしいから⋯⋯その

 ⋯⋯お姫様抱っこをしてほしいな」

「わかった⋯⋯それじゃあ持ち上げるぞ」

「きゃっ!」


 俺はトアの両膝の後ろと背中に手を回し持ち上げると可愛らしい声が聞こえてきた。

 それにしても思春期の娘が考えることはわからないな。背中に乗る方が前で抱えられるより恥ずかしくないと思うのだが⋯⋯実際今のトアは俯き、今までに見たことない程顔を真っ赤にしている。


「トア? やっぱり背中に乗るか?」

「ううん! 恥ずかしいけどこれでいい⋯⋯これがいいの!」

「そ、そうか⋯⋯」


 何だかいつものトアと違い凄い剣幕だったので俺は思わず頷いてしまう。

 しかしこれが娘の願いなら俺は叶えてあげるだけだ。

 そして暫く歩いた後、トアはやはり疲れていたのかいつの間にか俺の腕の中でスヤスヤと眠るのであった。



 トアを抱きかかえながら神聖教会養成学校へ向かっている中、学生達は今日の演習について話を咲かせている。その話の中心は俺とトア⋯⋯そしてコトだ。


「トアちゃんとお父様凄かったね」

「それとコト先生もね⋯⋯まさか切れた腕をくっつけちゃうなんてね」

「理事長先生も以前切断された脚を治したって聞いたことあるけど⋯⋯理事長先生って神聖教会の枢機卿も務めていたんでしょ」

「それならコト先生は理事長先生と同じくらい凄い人だね」


 学生達の話を聞いているともうこれでコトのことをコネで入った無能者と言う奴はいなくなるだろう。そして俺は何故か女子達からお父様と呼ばれるようになってしまっていた。


「鼻の下を伸ばしてだらしない⋯⋯うちの生徒に手を出したらただじゃおかないわよ」


 前を歩いていたコトがこちらに振り返り見当違いのことを口に出してくる。


「鼻の下など伸ばしていない。コトの勘違いじゃないか?」

「どうだか」


 いやいや娘を抱きかかえながら鼻の下を伸ばす親がどこにいる?

 気のせいかもしれないが何故かコトはイライラしているような⋯⋯それに非常時でもないのにコトから声をかけてくるとは思わなかった。

 そしてコトは俺の隣に並んで歩き始めるが何か話す訳ではなく無言の時が流れる。

 コトは何で隣を歩いているんだ? 演習が始まる前俺とは話したくないって言ってたよな?

 もしかしてトアと話をするためにここに来たのか。それなら俺はこの場から立ち去った方がいいだろう。しかしトアが寝ているためその案を実行することはできない。


「ユクト⋯⋯ちょっと聞きたいことあるの」


 俺がコトの思惑を読み取るために推理していたら本人の方から話しかけてきた。


「質問の内容にもよるが⋯⋯」

「ひねくれた言い方ね」


 なるべくコトに本当のことを話してやりたい⋯⋯ため予防線は張っておく。


 そしてコトは学生達がいる列から少し離れるよう促してきたので俺はその指示に従う。


「さっきクルガ先生を治療する時に言っていた魔力切れは嘘よね?」


 やはり気づいていたか⋯⋯伊達に3年間一緒に暮らしていないな。

 俺は問題ない内容なので正直に答えることにする。


「ああ⋯⋯その通りだ」

「やっぱり⋯⋯ひょっとして切断された腕を治したことによって生徒達の信頼を得られるよう私に譲ったの?」

「いや、クルガのトアに対する態度が酷すぎて回復魔法をかける気にならなかっただけだ」


 嘘は言っていない⋯⋯クルガに腕を治せと言われた時にそういう感情があったのは事実だ。


「本当に?」


 コトは俺の顔に近づいてきて真っ直ぐに目を見据えてきた。

 これは目を逸らしたら嘘をついているというやつだ。嘘を言っていないと証明するため俺もコトから目を逸らさない。

 1秒、2秒、3秒⋯⋯俺とコトは見つめあい時間だけ過ぎていく。そして10秒ほど時間が経った頃、ついにコトが顔を赤くして視線を外してきた。


 勝ったな⋯⋯これで俺が嘘をついていないと証明することができただろう。


「わ、わかったわ! とりあえず今回は信じてあげる!」


 信じてもらうことができたが、何故かコトは俯いて俺から顔を逸らしている。もしかしたらコトもトアと同じ様に魔力を消費したことで疲れているのかもしれない。


「私の話はそれだけだから! じゃあね」

「コト待ってくれ⋯⋯俺からも1つ聞いていいか?」


 俺は踵を返し背を向け歩き始めたコトを呼び止める。


「何?」


 コトは脚を止めてこちらに戻ってきたということは俺の話を聞いてくれるようだ。


「おやっさんが出所する日を教えてくれないか?」


 俺はおやっさんが15年の懲役刑だと言うことしかわからず、どこに収監されているのか知らない。帝都にいる昔馴染みの情報屋に調べてもらってもいいがコトに聞いた方が早いし正確だ⋯⋯コトには少し聞きづらい内容ではあるが⋯⋯。


 しかし俺はこの後コトから信じられない内容を聞かされることになるのだった。


「あ、あなた⋯⋯本気で言ってるの?」

「ああ⋯⋯少しおやっさんに確認したいことがあって」


 何だ? コトの様子がおかしいぞ? まるで再会した時、俺を憎悪の目で見てきた時と同じようだ。

 やはり獄中に送った張本人である俺におやっさんの話はされたくないのか。


「ほ、本当に⋯⋯知らないの」

「まさかおやっさんに何かあったのか?」


 コトは声が震え俺を激しく睨みつけてくる。俺はコトの様子を見ておやっさんに尋常じゃないことが起きていると思わざるを得ない。


「いいわ教えて上げる! パパは⋯⋯パパは⋯⋯14年前に収容されていた監獄が火事になって死んだわ! これも⋯⋯これもあなたがパパを!」


 俺はコトの言っている意味が理解できなかった。


「おやっさんが死んだ⋯⋯だと⋯⋯冗談はよしてくれ」


 女性にだらしないが誰よりも強く知識もあり、人を欺くことが得意なおやっさんが死ぬなんてありえない。


「私がパパのことでこんな嘘をつくと思うの! あなたはこの14年間パパが死んだことを反省して⋯⋯悔やんで⋯⋯そして私の前に現れたと思っていたのにまさか知らなかったなんて⋯⋯」


 この時コトの目からは大粒の涙が溢れており、本当のことだと確信する。

 俺も会ったことはないがコトは幼き日に母親を亡くしていておやっさんが男手ひとつで育ててきたため少々⋯⋯いやかなりのファザコンだった。そんなコトがおやっさんのことで嘘をつく⋯⋯ましてや死んだなんて言うわけがない。

 おやっさんが死んだ責任の一端は俺にある⋯⋯コトになんて声をかければいいのか⋯⋯。


 俺が思い悩んでいるとコトが叫ぶような悲痛な声を出していたためか学生達がこちらへ近づいてきた。


「大きな声が聞こえてきたけどどうしたの?」

「コト先生何かあったの?」


 まずい⋯⋯学生達になんて言う。俺がコトを泣かしたと正直に言うべきなのか。


「な、何でもないのよ。今になってさっき襲われたことが怖くなって涙が出ちゃっただけ。ほら⋯⋯私は大丈夫だからあなた達は列に戻りなさい」

「は~い」

「わ、わかりました」


 学生達はコトの言葉に納得しているのかはわからないがおとなしく列に戻っていく。


「とにかくもう私には話しかけないで⋯⋯これ以上あなたの顔を見ていたら何をするかわからないわ」


 コトはそう言い残して俺に背中を向け学生達の列に戻って行くのであった。


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