第60話 誰が治療するのか
シャドウマスターと名乗ったクロウが姿を消した後
「おそらく敵はもういない⋯⋯トア結界を解除して良いぞ」
「うん⋯⋯わかった」
そしてトアは
「トア大丈夫か?」
「ちょっと疲れちゃっただけ⋯⋯少し休めば大丈夫だよ」
トアは上級魔法の
それとクロウに傷を負わされた学生達は大丈夫だろうか?
辺りを見渡すと地面に倒れている者は一人もいなかった。どうやらトアの
「トアさんの神聖魔法凄すぎじゃない」
「回復と防御の両方の役割を持つ魔法ってありえなくね?」
「バカ! それを言うならトアちゃんのお父さんだろ! 無詠唱の魔法がトアちゃんの詠唱した魔法と同じくらいの威力だったんだぞ」
学生達が俺とトアの活躍を称賛してくれる。何だかそこまで褒められると少しくすぐったいな。
それにしてもあのクロウという男はかなりの手練れだった。影を使う魔法か⋯⋯もしこれが街中だったら影のできる場所は平原とは比べ物にならない程多いためさらに苦戦は必至であっただろう。次に相対した時を考えて何か対策を立てるべきだな。
死霊の笛は奪われてしまったけどとりあえず今は皆無事だったことを喜ぼう。
こうして俺達はクロウからの襲撃に犠牲者を一人も出すことがなく神聖教会養成学校に戻ろうとしたのだが⋯⋯。
「き、貴様ら何処へ行く! 早く私の腕を治せ!」
クルガが大声でわめき散らしながら俺達の方に向かって高圧的に何かを言ってきた。そういえばクルガの腕はクロウに斬られたんだな⋯⋯自分で回復魔法をかけて出血は止まっているが右手の肘より先がないままだ。クルガのことを俺の脳が覚えていたくなかったのかすっかり忘れていた。
「トア! お前なら切断された私の腕を元に戻すことができるだろ! 平民のお前が高貴な私に回復魔法かける栄誉を与えてやる」
俺はクルガの傍若無人の態度に呆れ果ててしまう。
それが人に頼む態度か? こいつはどこまで自分勝手な奴なんだ。
「すみませんが私は魔力が切れてしまっているので、クルガ先生に回復魔法をかけることはできません」
少しふらついて歩いているトアはクルガの申し出をきっぱりと断る。
トアは優しい子だからいくら嫌いな相手とはいえ困っている人がいたら進んで治療するだろう。だからトアが今クルガに言った言葉は本心だ。
「く、くそぅ! 使えない奴め! それならトアの父親であるお前が俺の腕を治せ!」
「申し訳ないが俺も先の戦闘で使った魔法のせいで魔力が不足しているため、高貴な方の腕を治す魔法など使うことができません」
そして俺もクルガからの申し出を断る。ちなみに俺は魔力切れなど起こしていない⋯⋯トアと違って断ったのはわざとだ。なぜならトアに暴言を吐いた奴を治してやる義理はないし、何より今は俺よりクルガに回復魔法をかけるに相応しい奴がいるからだ。
「くそっ! 親子ともども使えないな! それなら誰か理事長を呼んでこい! 理事長なら切れた腕を治せるだろう!」
だがこのクルガの命令に動くものは誰もいなかった。
それもそうだろう⋯⋯学生達はコトの指導は間違っていてクルガの指導が正しいと教え込まれてきたが結果は逆だったこと⋯⋯2年生は演習の際に3年生の倍近くの死霊を呼び寄せられ危ない目にあったこと。そしてハイレイスに襲われた時に自分達を護ることより敵を倒すことを優先させたのを根に持っているのだろう。
「屑どもが! 俺はここにいる誰よりも高貴な侯爵家の者だぞ! 後でどうなるかわかってるだろうな」
再度クルガはここにいる全員を脅すが、それでも誰も理事長を呼びに行く者はいない。どうやらこれまでのクルガの言動で、元々自分の味方だった貴族の学生にも見放されたようだ。
「わ、わかった⋯⋯それなら理事長を呼びに行った者には特別に成績をAにしてやろう⋯⋯それでどうだ」
クルガは誰も自分の命令を聞かないことに焦りを覚えたのか口調が少し弱くなっている。
しかし懲りない奴だ。もう何を言ってもお前のために動くものはいないだろう⋯⋯いや、2人いるな。
1人はトアだが今は魔力不足で満足に歩くことができないから理事長を呼びに行くのは無理だろう。
そしてもう1人は⋯⋯俺が知っている優しいままの彼女だったら⋯⋯。
「お忙しい理事長をここまで呼び寄せることなんてできません」
コトがクルガの前に一歩出て語りかける。
「こっちは緊急事態だぞ! このまま右腕が使えなくなったらどうする! コネ講師のお前が責任を取れる問題じゃないぞ!」
これまでのクルガの見苦しい様を見せつけられて思ったのだがこいつは本当に教育者か? コトのことをコネ講師コネ講師言うが実際に侯爵家というコネで神聖教会養成学校に入ったのはクルガの方じゃないのか? おそらく俺の推測は当たらずと雖も遠からずだろう。
「落ち着いて下さい。理事長を連れてくることはできませんがクルガ先生をこのまま放っておくつもりもありません」
「ど、どういうことだ? 誰か代わりに治せる奴がいるというのか?」
「ええ⋯⋯私がクルガ先生の腕を治します」
長い年月会っていなかったがやはりコトは困っているクルガを見捨てることができないと思っていた。俺は自分の記憶の中のコトが色褪せていないことがわかり、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ま、まて! お前に治せるのか? 変な風に腕がくっつくのはごめんだぞ!」
クルガはコトが治すと言った途端暴れ始める。
「ユクト! クルガ先生の右腕を持ってきて」
「ああ」
俺はコトの指示通り地面に落ちている血の気のない右腕をとり、クルガの腕の切断面に合わせる。
「やめろ! お前には無理だ! 理事長を呼んでこい!」
「動かないようにクルガ先生を抑えて」
俺はクルガを仰向けに倒し、頭側から両腕を強く押さえる。ちなみにこの時クルガがトアに暴言を吐いたことが頭に思い浮かび、痛みが走る程度に強く押さえつけたことはコトには内緒だ。
「いたっ! 痛い! う、腕がぁぁ!」
「静かにして下さい! 今治しますから」
クルガが俺に押さえられたことによる痛みで叫び声を上げている中、コトが両腕に魔力を集め詠唱を始める。
「慈愛に満ちたる聖なる光よ⋯⋯その力を持ってかの者の傷を癒したまえ
コトが魔法を唱えるとクルガの身体は光輝き、切断された腕が徐々に密着し、斬られたことが嘘のように元どうりとなった。
「動く⋯⋯動くぞ!」
クルガは右腕を動かしながら喜びのあまり思わず叫んでいる。
「ふう⋯⋯良かった。どうやら成功したようね」
コトはクルガの右腕が動いている所を見て安堵のため息をついていた。
さすがおやっさん直伝の回復魔法だ。
そういえば俺も以前おやっさんとの修練で左手首を切断されたことがあり、コトが治してくれたな。
あの時おやっさんはコトにやりすぎだとこっぴどく怒られていたっけ⋯⋯。
俺は懐かしい記憶を思い出しながら、以前と変わらぬ優しい心を持ったコトに嬉しさを覚えるのであった。
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