第39話 ミリアの朝

「もちろんオッケーだ!」


 俺は1人理事長室へと呼ばれ、今後の臨時講師についての要請をゴードンに許可された。


「いや~パルズだけのことではなく、俺の想像以上の結果を出してくれたな」

「ゴードン⋯⋯お前初めからパルズを更正させるために⋯⋯」

「まあ⋯⋯な。俺がやっても良かったんだ。だがそうすると何かあった時は理事長を頼ればいいと安易な考えになって、自ら行動するという思考がなくなり教師達の成長を止めることになりかねんからな」

「役職が人を作るというが⋯⋯ゴードン成長したな⋯⋯とでも言うと思ったか。単に頼られると自分の時間が無くなるのが嫌なだけだろ?」


 ゴードンは昔から酒、女が大好きだった。いくら14年経ったからと言って人間そう簡単に変われるはずがない。


「バカヤロー俺は教育者としてだなあ⋯⋯まあここにはユクトしかいないからいいか。お前の言うとおりだ」


 ほらな⋯⋯全くもって俺の予想通りだった。


「それなら何で理事長なんて引き受けたんだ?」

「それは⋯⋯冒険者ギルドの制度を変えるために世話になった人がいて、断れなかったんだよぉ。ただもしユクトがパルズを更正させることができなかったら俺が対応しようと思っていたのも本当だ。うちの教師達は貴族の奴らに遠慮している節があったからな」

「それは仕方ないことだろう。卒業してから報復されたらたまったもんじゃない」


 パルズも同じようなことを言っていたしな。


「だがそこにユクトが来て見事公爵家のパルズの問題を解決してみせた。これで俺はまた楽ができるというものだ」

「このやろう」


 俺はまんまとゴードンの策に嵌まったというわけか。だが14年前に突然パーティーを抜けて迷惑をかけた身としてはこれくらいお安いご用だ。


「臨時講師の件は月4回の講義でいいんだな?」

「ああ、詳しいことはまた後日連絡する」

「わかった。それじゃあセレナが待っているから帰るな」


 俺はゴードンに背中を向け部屋の外に出るためにドアノブに手を掛けると⋯⋯。


「ユクト⋯⋯よく帝都に来てくれたな。こうしてお前とまたつるめて嬉しいぞ」


 おそらくゴードンは恥ずかしいからわざとこのタイミングでそんなことを言ってきたのだろう。

 だから俺も振り向かずそのまま答える。


「俺もだよ」


 この年になると素直になれない時があるが、だからこそ伝えなくてはならないこともある。特に仲がいい友人なら尚更だ。


 俺はなつかしい友と同じ気持ちだったことを嬉しく思い、理事長室を後にした。



 翌日


 朝陽が昇り初めた頃、自宅には既にセレナとトアの姿はなく学校へと向かっていた。

 そして俺は今、次女のミリアの部屋の前にいる。


「ミリア、朝だぞ。起きなくていいのか?」


 返事がない。どうやらまだ寝ているようだ。

 昨日も遅くまで部屋の灯りがついていた。魔道具の開発をしていたのだろうか。

 だがそろそろ起きないと学校に遅れてしまう。

 俺は意を決してミリアの部屋のドアを開けると⋯⋯。


「年頃の娘がこれでいいのか⋯⋯」


 俺はベットで寝るミリアの姿を見て頭を抱える。

 下半身はパジャマのズボンを履いておらず下着が丸見え、上半身はシャツがめくれてヘソが丸出しでなだらかな胸がもう少しで見えそうだ。そして唇の横にはヨダレが今にも布団に垂れそうだった。とてもじゃないが家族以外には見せられないな。


「ミリア、ミリア⋯⋯朝だぞ」


 俺はミリアのヨダレをタオルで拭き、捲れているシャツを直し声をかけると言葉が返ってくる。


「パパはもう⋯⋯いつもエッチなんだから⋯⋯」


 するとミリアはとんでもないことを言い始めた。だが目は閉じている⋯⋯まさか寝言か? いくら夢の中の出来事だろうとこれは益々家族以外には見せられないな。

 どうすれば起きるのだろうか? 俺は身体を揺すったり再度声かけをするがミリアは依然夢の中だ。


「今日は一緒に魔法学校へ行きたいんだ。頼むから起きてくれ」


 理事長をしているリリーにミリアのことを聞いてみたい。しかし案内をしてもらおうと思っていたミリアがこの様子では⋯⋯って起きてる!


 俺が一瞬目を離した瞬間に既にミリアは制服に着替えていた。


「ボク⋯⋯1度でいいからパパと学校に通いたかったんだ。さあ早く行こうよ」

「ああ⋯⋯わかった」


 このやる気を普段から見せて欲しいものだ。

 俺はミリアに連れられ自宅を後にし、魔法養成学校へと向かうのであった。



「朝御飯食べるの忘れたぁぁ」


 魔法養成学校への道のりの途中、ミリアは腹部を抑えながらそんなことを言い始めた。


「朝、ちゃんと起きないからだぞ。だがそもそもあの時間だと家で食べる暇はなかったからな」

「そんなぁ⋯⋯パパの御飯がぁぁ」


 ミリアは朝食が食べれなかったのがそんなにショックだったのかその場に崩れ落ちる。


 仕方ないなあ。


「ほら、こうなるだろうと思って手軽な物を作っておいたぞ」

「本当!?」


 俺は異空間収納から今朝作ったサンドイッチを取り出しミリアに渡す。


「パパありがとう! サンドイッチって良いよね。パパと腕を組みながら食べることができるんだもん」


 行儀悪いからやめなさいと言いたい所だが、そもそもサンドイッチはゲームをしながら食べるために作られたものだ。だから腕を組みながら食べるのもマナー違反ではないのかもしれない。


 そしてほどなくしてミリアがサンドイッチを食べ終わった頃、不意に前方にいた少女から話しかけられる。


「ミ、ミリアちゃんおはようございます」

「あっ! おはようメルルン」


 ミリアが女の子に対して挨拶を返しているということは知り合いか? 魔法養成学校の制服を着ているし間違いないだろう。


「え~と⋯⋯ミリアちゃんその方は?」


 メルルンさんは少し戸惑った表情で質問をしてくる。

 知り合いが見知らぬ中年男性と腕を組んで歩いていたらそれは驚くか。


「ん~⋯⋯この人はねえ」


 ミリアが俺のことをメルルンさんに紹介しようとしているが何故か顔が真っ赤になっていた。

 まさか父親を友達に紹介することが恥ずかしいというやつか! 少し寂しい気持ちになるがこれも娘を持つ物として1度は通る道だな。

 だがミリアはこのメルルンさんに対して俺の予想の斜め上を行く言葉を発する。


「ボクの婚約者だよ」

「えっ!?」


 ミリアの台詞に思わず俺は声を上げてしまった。


 今ミリアは婚約者って言ったのか? いやいや聞き間違いかな? それにこんな倍以上も年が離れている男を婚約者など普通は思わないだろう。


「あっ! ミリアちゃんのお父さんですね」


 ん? 何でメルルンさんは今の話の流れで俺がミリアの父親だということがわかるんだ?


「どうして俺のことを⋯⋯」


 その答えはこの後メルルンさんから語られる。


「ミリアちゃんいつもパパは強くてかっこよくて料理も上手くて優しいから将来結婚するだあって言ってますから」

「えへへ」


 ミリアよ⋯⋯えへへじゃないぞ。


「まさか学校の人も全員⋯⋯」

「え、ええ⋯⋯御存知ですよ」


 俺はメルルンさんの言葉に頭が痛くなってきた。そうなると学校で30前のおっさんが14歳の娘に手を出す男という認識になっているのか。


 ミリアではないが俺が学校に行くのをやめたくなってきた。


「あっ? ミリアちゃん口に何か付いてるよ? 取って上げるね」

「ん⋯⋯お願い」


 そう言ってメルルンさんは突然サンドイッチを食べたときに付いたソースをミリアの口から拭き取る。


 何か今のメルルンさんの動作、全く違和感がなかったな。まさかとは思うが⋯⋯。


「もしかしてメルルンさんはいつもミリアの世話を焼いてくれているのか?」

「え、え~と⋯⋯」


 メルルンさんは何やら言い淀んでいる。これは俺の予感が当たっていそうだ。


「そんなことないよ。たまに教科書忘れた時に借りたり、授業中寝てていつの間にか放課後になった時起こしてもらったり、お昼時間私がウトウトしている時食べさせてもらっているだけだよ」

「そ、それってどれくらいの頻度かな?」


 俺は極力優しくメルルンさんに問いかけてみる。


「ミ、ミリアちゃんが学校にいる時の半分は⋯⋯」

「ボクは3日に1回しか学校に行ってないから!」


 ミリアはドヤ顔をしているが、俺はさらに頭が痛くなってきた。

 とにかく色々言いたいことがあるけどまずは1人の親として謝罪だ。


「メルルンさん申し訳ない。ミリアの親として謝ります」

「い、いえ⋯⋯私妹がいるので慣れてますから。それに⋯⋯私はこのくらいしかお役に立てませんから⋯⋯」


 役に立てない? どういうことだ?


「それはどういう⋯⋯」

「あっ! 後私の名前はメルルって言います。え~とユクトさんですよね?」

「ああ⋯⋯ごめんね」

「いいですよ。ミリアちゃんがメルルンって呼んでいましたから。それに私メルルンって呼び方好きですよ。ユクトさんもお好きな方でお呼びください」

「わかった。それじゃあメルルさんで」


 何か上手く誤魔化された気がするけどそこまで言っていいものか⋯⋯。


「とにかくミリアは自分で出来ることは自分でしなさい」

「は~い」


 少し不満げではあるがミリアは返事をしてくれた。これでもうメルルさんに頼ることはなくなると思いたい。


「もう学校ですね。私はこちらなので失礼します」


 そう言ってメルルさんは魔法養成学校の敷地内に入っていく。


 そして俺もメルルさんに続いて敷地内に入ると⋯⋯。


 バチッ!


 突然何か電撃を食らったような痺れが手足に走るのであった。

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