第38話 学生達からの要望
「え~と⋯⋯それでは皆さん学校に戻りましょうと言いたい所ですが⋯⋯」
スミス先生はそう言ってチラッと事切れたワイバーンに視線を剥ける。
「どうされたのですか?」
「いえ、このワイバーンをどう持ち帰るか考えていた所です。授業中の魔物討伐の素材は学校が買い取る規則になっていますので⋯⋯申し訳ありませんがユクト先生も一応臨時講師ですのでその規則に従って頂けますか?」
「俺からは異論はありませんよ。それにとどめを刺したのはスミス先生とセレナですから」
「あれはユクト先生が⋯⋯いえその話は理事長を交えてしましょう。今はこのワイバーンをどう持ち帰るか⋯⋯学生と力を合わせて持ち上げるしかありませんね」
スミス先生の言葉に学生達から不満の声が上がる。
「ワイバーン2匹を俺達で運ぶとか地獄じゃね?」
「2往復くらいしないと無理かも」
「実技授業の後は少し辛いな」
ん? これは重いものを運ぶ筋肉トレーニングということか? そんなことをすれば時間がかかり、この後の授業時間に影響が出るだろう。それとも時間内に運ぶようにしろということか? スミス先生は急にスパルタになったな。
だがそれがスミス先生の授業方針なら俺は口を出すべきではないだろう。
「パパが何を考えているか何となくわかりますがトレーニングではありませんよ」
「そうなのか?」
さすが娘というべきかセレナは俺の考えを読んだようだ。
「パパ⋯⋯差し支えなければお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ⋯⋯問題ない」
娘からの願いを断る親がどこにいる。
「セレナちゃんってけっこう鬼畜だね。ユクト先生1人にワイバーンを持っていかせるなん⋯⋯エエェェェッ!」
俺はワイバーン2匹を異空間に収納するとレンが何故か驚いた声を上げる。
「ワ、ワイバーンが消えたぞ」
「今のって魔法?」
「またユクト先生がやったの!」
そして学生達もざわめき始めている。
「異空間収納魔法ってそんなに珍しいのか? 確か14年前なら魔法を使えるものなら一般的に使用していたはずだが⋯⋯」
「た、確かにユクト先生の言うとおり異空間収納魔法を使える人はたくさんいますけど⋯⋯」
レンが何を言いたいのか全くわからない。
「何かおかしなことがあったのか?」
以前と何か違うことがあるのか、2年ほど前から帝都に住んでいるセレナなら変わったことがあったのかわかるかもしれないので問いかけてみる。
「私にもわかりません。ミリアもこのくらいの大きさの異空間収納はやっていますから」
「大魔導師のミリアさんと同じにしないで!? 普通異空間収納の魔法を使える人は、魔力の総量でどれくらい入れられるか決まるんだよ」
確かにレンの言うとおりだ。そのくらいの知識は俺にもある。
「私の知っている限りだと1人前の宮廷魔導師でも1メートルくらいの大きさしか入れられないです。ですから今ユクト先生が体長5メートルはあるワイバーンを2匹異空間に収納したことが異常なんですよ!」
だが俺に剣や魔法を教えてくれたおやっさんも普通にこのくらいの大きさの異空間収納をしていから当たり前のことだと思っていた。
「レン、落ち着いて下さい」
「ユクト先生は剣の腕は一流、魔力の量も一流⋯⋯それでいて元Cランクの冒険者なんて⋯⋯普通こんな人いないから。落ち着けって言う方が無理があるよ」
リリーやゴードン、それに学生達に俺のことを凄いと言われて気がついたが、実はおやっさんって普通じゃなかったようだ。
「レン⋯⋯パパが凄すぎることは別におかしくありません」
「何で? どう考えてもおかしいよ」
「いいえ⋯⋯だってパパは剣聖の私と大魔導師のミリア、それに聖女のトアちゃんを育ててくれたのよ。私達より凄いことは当然だと思わない?」
「た、確かに⋯⋯」
レンを初めここにいる学生達はセレナの意見に激しく同意した。
「教える人がちゃんとしてなかったらセレナさんみたいな強い人は生まれないよな」
「ユクト先生はさっきの実技でも的確に指示してくれたし⋯⋯」
「少し指導しただけでレンちゃんも技が使えるようになったよね」
何やらセレナの一言で学生達は納得したようで騒ぎは静かになった。
「そ、それでは皆さん、このまま学校へ走って戻りましょう」
学校に戻るまでが授業というわけか。とりあえず今日の臨時講師としての役割はそれなりにこなせたと思う。
俺はスミス先生の指示通り、学生達に続いて学校へと走りだそうとするが⋯⋯。
「待ってくれ!」
突然俺達の前にパルズが現れ道を塞ぐ。
「どういうつもりですか?」
セレナが行く手を邪魔をするパルズに対して少し殺気を込めて話しかける。
「あ、いや⋯⋯違う」
本当にパルズはどうしたのだろうか⋯⋯授業が始まる前とは違い威圧的な態度が身を潜めている。
「ハッキリして下さい⋯⋯返答しだいでは⋯⋯」
斬ると言いたいのだろうか。
しかしセレナがここまで苛立ちを見せるのは珍しい。おそらく先程パルズが権力を使って俺を排除しようとしたことを根にもっているのだろう。
俺のため怒ってくれるのは嬉しいが無茶だけはしないでほしい。万が一の時を考えてセレナを止める準備だけはしておこう。
「その⋯⋯俺⋯⋯今はいないけど家で元へAランクの冒険者に剣を教わっていたんだ」
パルズはポツリポツリと自分のことを話し始めた。
「それでこの学校に入る前にはそのAランクの冒険者と同じくらいの剣の腕になって⋯⋯」
冒険者のAランクと呼ばれるものが11歳に並ばれるなんて⋯⋯その冒険者はゴードン達が制度を変える前にAランクになった可能性が高いな。
「これならラフィーニ様を護る親衛隊にも楽に入れるなと⋯⋯」
まさかそれで増長して人を見下すような態度を取るようになったのか。
「でもセレナの本物の強さというのを見て⋯⋯俺では一生辿り着くことができないと認めたくなくて努力することより人を乏しめる方に⋯⋯」
嫉妬という感情は誰にでもあるものだ。だがそれを制御出来てこそ1人の正しい人間になれる。
「今まで自分がどれ程バカだったかなんてわかってる。そしてユクト先生に大口を叩いて⋯⋯圧倒的敗北をしてこれ以上ないほどかっこわりいことも。だからこそここで変わらなきゃ俺は一生狭い世界しかわからない身のほど知らずになっちまう! ユクト先生⋯⋯今日だけの臨時講師だということはわかってる。けど俺はあんたやスミス先生からもっと色々なことを学びたい! これからも講師をしてくれ!」
そう言ってパルズは土下座をしてきた。
正直驚いた。貴族でもありプライドの高いパルズに取って今の行動は屈辱以外の何ものでもないだろう。
それだけ譲れないものがあるのだろうか。
「パ、パルズ様が土下座⋯⋯」
「あんな姿みたことねえよ」
「けど少しその気持ちはわかるよな⋯⋯」
高い壁にぶつかった時、人が取る行動は3つ、いや4つだ⋯⋯諦めるか、気にしないか、努力するか⋯⋯そして壁を低くするために乏しめたり、策略を使うかだ。パルズは最もやってはいけない道を選んでしまったが。
「ユクト先生⋯⋯臨時講師続けてもらえませんか?」
「俺達、もっと教わりたいです」
「お願いします!」
学生達も頭を下げ、臨時講師を続けてほしいと言ってくる。
まいったな。帝都に来て何の仕事をするか決めてはいなかったとはいえ騎士養成学校の講師か⋯⋯だがやりたい仕事はないけどおやっさんや娘のコトを探して会いたいと思っていたからな。
「パパ⋯⋯お忙しいとは思いますけど少しでよろしいので学校で講師をして頂けたら私も嬉しい⋯⋯です」
セレナからのお願いでもあるか⋯⋯それならば答えはもう決まっている。
「もしゴードン理事長からの要請があったら前向きに検討するよ」
俺の言葉を聞いて周りの学生達が沸く。
「ただし⋯⋯パルズ」
「お、おう!」
「まずは今まで迷惑かけた人達に謝罪するように」
「わ、わかった」
こうして俺の騎士養成学校初の臨時講師は予想外のことはあったが何とか無事に終わらすことができたのであった。
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