第37話 まさかの人物登場

「はあ⋯⋯はあ⋯⋯」


 1人の少女が息を切らせながらこの場に現れる。どうやらここに来るために全力で走ってきたようだ。

 そしてその少女の顔は俺が知っている時より成長しており、可憐さの中に美しさを備え、大人びた容姿に変貌していた。


「あ、あなたは! ラ、ラフィーニ様!」


 パルズは突然直立不動の姿勢をとり、上ずった声を上げる。


 そういえばパルズはラニの騎士になるとか言っていたな。憧れの皇女が来て緊張しているのだろうか。


「な、なぜこのような場所に? 何か後用事でもあるのでしょうか?」


 パルズは先程までの横暴な態度は身を潜め面白いように素行が変わったため、俺はその様子がおかしくて心の中で笑みを浮かべていた。


「こんな所に皇女様がくるか?」

「でも公爵のパルズ様がラフィーニ様って言ってるよ」

「けど護衛の方もいないし」


 学生達は皇女であるラニがここにいることに疑問を呈している。


 確かに護衛を1人も連れず、走ってきたラニを見れば普通は誰も皇女とは思わないか。


 そしてラニは胸に手を当てて息を整え、周りの声は聞こえていないのかキョロキョロと辺りを見回す。そして俺に視線を向けるとニコッと満面の笑みを浮かべた。


「ユクトさま~!」


 ラニは俺の名前を呼んでこちらに向かって走ってきたので胸の中で受け止める。


「ラフィーニ様がユクト先生に抱きついた!」

「いや、皇女様が公衆の面前で男性の胸に飛び込むかな? そっくりさんとかじゃない?」


 学生達は目の前の皇女らしからぬ光景を見てラニを偽物と判断したようだが⋯⋯。


「ラフィーニ様待って下さいよ~。まだ公務の途中ですよ~」


 1人の女性騎士がラニを追いかけてきたのか、疲れた表情をして呼吸を乱している。


「あれってラフィーニ様の護衛のレイラ様では⋯⋯ということは⋯⋯」

「「「本物!」」」


 学生達は目の前の信じられない出来事に驚愕し、地面に膝をつく。


「あっ? 皆さまお立ち下さい。今日はお忍びでユクト様に会いに来ただけですから」


 いやもう無理だろ。ここにいる全員が皇女であるラニのことを認識している。


「えっ? ユクト先生って何者!?」

「ラフィーニ様が公務を後にしてまで会いに来るなんて」

「しかも馬車を使わずに走ってきたぞ!? どんだけ好かれているんだ!?」

「ユクト先生ってまさか隣国の王族とか⋯⋯」

「容姿もカッコいいしあり得る話ね」

「それより他国のS級冒険者っていう方が現実的だろ」


 俺は学生達の話に苦笑いするしかなかった。


「き、貴様! ラフィーニ様から離れろ!」


 しかしこの光景を認めたくないのかパルズがこれまでにないほどの怒りを俺にぶつけ詰め寄ってくる。そういえばさっきパルズはラニに話しかけたけど無視をされていたな。


「ラフィーニ様! こいつは何なんですか!? なぜあなた様ほどの方がこんな奴に⋯⋯」


 パルズは張り上げるような大きな声を出すことによって、ようやくラニはパルズを認識する。


「ユクト様は私の命の恩人でもあり、剣や魔法の先生でもあります」

「い、命の恩人⋯⋯ですか⋯⋯」

「ええ⋯⋯ですから私は何を犠牲にしてでもユクト様にご恩をお返ししなくてはなりません」


 そんなに気負わなくていいのに。娘達から帝都に来て不安な自分達をラニが色々世話をしてくれたと聞いている。俺に取ってはそれで十分だ。


「ラフィーニ様」


 そんな中セレナがラニの前に来て、嬉しそうな表情をして話しかける。


「セレナちゃん久しぶりだね。後公式の場じゃないからラニお姉さんでいいよ」

「わかりました。それでラニお姉さん⋯⋯唐突ですがもし、もしもパパに危害を加えるような人がいたらどうしますか?」

「へっ?」


 セレナのラニへの質問にパルズが間抜けな声を上げる。さすがに今のセレナの言葉は自分のことを言っているとわかったのだろう。


「護ります⋯⋯私なんかの力を必要とされないかもしれませんが⋯⋯命をかけて」

「ということですよパルズさん」

「ヒィッ! 申し訳ありません! さっきの言葉は忘れて下さいぃぃ!」


 突然パルズは俺の前に来て土下座で謝罪をしてきた。とても先程まで傍若無人に振る舞っていた人物には見えない。権力を使うものは権力に弱いというわけか。

 そしてセレナはパルズの様子を見て俺の方にウインクをしてくる。


 どうやら俺は娘に助けられたようだ。


「これはどうしたのでしょうか?」


 ラニはこの状況を見てわけがわからず頭にはてなを浮かべるのであった。



 そして授業が終わった後


 ラニは学生達に囲まれて何やら話をしている。貴族の者も多いから元々知り合いなのかもしれない。


「セレナ⋯⋯さっきは助かった。ありがとう」


 俺は横にいるセレナに先程パルズから助けてもらったお礼を言う。


「いえ、助けてくれたのはラニお姉さんですよ」

「それでもありがとう」

「は、はい⋯⋯」


 セレナはお礼を言われて照れているのか顔を明後日の方に向けている。


「それにしてもすごい人気だな」


 セレナを抜かした学生達全員がラニの所に集まっている。


「元々1年間騎士養成学校にいましたからね」

「1年?」


 それはおかしくないか? 騎士養成学校は3年教育のはずだ。


「3年のカリキュラムを1年で終わらせたのです。ちなみにミリアとトアちゃんが通っている魔法養成学校と神聖教会養成学校にも入学し、2つ共に1年で卒業しています」

「へえ⋯⋯優秀なんだな」

「はい⋯⋯3つの学校を飛び級で終わらせたことで更に人気が上がり、帝都で憧れている方はけっこういますよ」

「それだけじゃないけどね~」


 俺とセレナの話し声が聞こえていたのか、ラニの近くにいたはずのレンが俺達の会話に入ってきた。


「それだけじゃないというと?」

「ラフィーニ様が2回暗殺されそうになった時、逆に返り討ちにしたことも人気の1つじゃないかな。それにセレナちゃん達の名前が帝都中に知れ渡ったのってその出来事があったからだよね~」

「あっ! レンさんそれは⋯⋯」


 ラニが暗殺されかけた? それとセレナ達の名前が知れ渡ったってどういうことだ。

 その理由はこの後発せられたレンの言葉でわかった。


「セレナちゃんや妹ちゃん達もラフィーニ様と一緒に暗殺者を撃退したよね」


 娘達が暗殺者を撃退⋯⋯だと⋯⋯。

 俺はセレナに視線を向けるとばつが悪そうな表情をしていた。


「どういうことなんだ?」

「実は⋯⋯私達と一緒にいる時にラニお姉さんが襲われて⋯⋯」


 娘達の性格からいってそんな場面に出くわしたらラニに加勢するよな。


「心配かけたくなくて⋯⋯私がミリアとトアに⋯⋯パパには内緒にしようって話したの。だから2人を怒らないで上げてください。ただ⋯⋯またラニお姉さんを襲う者がいたら私は躊躇なく助太刀すると思います。だってラニお姉さんは大切な人だから」


 親として危ないことをしてほしくないがセレナは覚悟をした目をしていた。ならば俺からどうこういうつもりはない。

 それに俺はセレナが姉妹以外でこれほど仲が良い友人を持てたことを嬉しく思う。


「セレナが決めたことなら反対しないさ」

「パパ⋯⋯」

「ただ何かあった時は俺にも相談してほしい。俺だってラニのこと大切だと思っているから」


 娘達の大事な友人だ。大切に決まっている。


「それなら本人にも直接言ってみたらどうですか?」


 レンの視線が俺の後ろへと向いていたので背後を振り向くとそこには顔を真っ赤にしたラニが立っていた。


「え⋯⋯あ⋯⋯その⋯⋯わ、私もユクト様のことを大切に思っています。いえ、も、もちろん友人としてです! ただ友人以上の気持ちもないかというとあるような⋯⋯と、とにかく私は公務もあるので失礼しますね! ごきげんようぅぅ!」


 そう言ってラニは北門の中へと走り去ってしまった。


「ラフィーニ様待って下さいよぉ」


 そしてレイラさんもラニに続いてこの場から消えていく。


「うん⋯⋯良い走りだ。ラニは鍛練を欠かしてないようだな」


 だが公務もあって忙しいだろうから身体を壊さなければいいが。


「ねえねえ⋯⋯セレナちゃんのお父さんってこう⋯⋯少しずれてるよね?」

「そうですね。パパは何をしても完璧ですけどもの凄~く鈍感ですから」

「うん。納得だね」


 俺はセレナとレンが何かを話していたが声が小さくてその内容を聞き取ることが出来なかった。

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