第34話 決着⋯⋯そして新たなる敵

「私の敗けです」


 地面に倒れているセレナが自分の上に乗っているユクトに対して敗北を宣言する。


「セレナ⋯⋯強くなったな」


 俺は立ち上がり、セレナに向かって手を差し伸べる。


「ですが今でもパパの強さの底が見えません⋯⋯今日こそパパに勝って⋯⋯」


 セレナは何かを言いかけ、俺の手を取って頬を紅潮させながら立ち上がる。


 ん? セレナは何で顔を赤くしているんだ? まだ戦いの余韻が残っているのか?


 その理由を今の俺は知るよしもなかった。


「娘にとって高い壁でいたいからな」

「高すぎる壁ですけどね。だけどだからこそやりがいがあります!」

「これからはいつでも手合わせできるんだ。またやろうな」

「はい!」


 目標に向かって燃えるセレナの姿はブルグ村にいる時と変わらないな。既に頭の中では次に俺と戦った時にどうやって倒そうか考えているのだろう。


 それにしても今日はセレナの学校生活や剣の成長を見れたのでとても有意義な時間だった。ゴードンに臨時講師を頼まれた時はどうなることやらと思ったが引き受けて良かった。


 そして対人戦が終わり、授業の時間が終了に近づいた時、思わぬ来客が現れた。


「ギアッ! ギアアッ!」


 上空よりけたたましい声が聞こえ、俺達は耳を塞ぐ。


「な、何だこれは⋯⋯」

「上から聞こえてきたけど?」


 これは魔物だな。だがここにいていいようなレベルの奴ではない。

 空を自在に飛び回りその鉤爪に捕まれたら捕食されるまで逃れることはできず、口から出す炎は鋼の鎧を軽く溶かすと言われている竜種⋯⋯ワイバーンだ。


 こいつがやったわけではないが、竜種を見るとどうしても滅ぼされたタルホ村のことを思い出してしまう。

 だが今はそんな思いに更ける時間はない。


 既にワイバーンは俺達を捕食する対象と見なしたようで上空からこちらへ猛スピードで接近してきている。


「ヒィィッ!」

「りゅ、竜種じゃない!?」

「何でこんな所に!? しかも2匹!?」


 学生達は突然現れたワイバーンに対してパニックを起こしている。


「「ギアァァァアッ!」」


 2匹のワイバーンが咆哮を上げると耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまいそうな音が辺り一面に広がる。


「うぅっ⋯⋯」

「こんなの倒せるわけない! 逃げろ!」

「く、くそ! 足が動かねえ」


 ワイバーンの咆哮は効果覿面だった。耳を塞ぎうずくまる者、背を向けて逃げ出す者、そしてパルズのように足がすくんで動かない者が続出し、学生達の戦意は既にゼロに等しかった。


 しかしそんな中1人の男が声を上げ学生達に指示を出す。


「固まると炎でやられてしまうので適度に距離を取って下さい! 背を向けると鉤爪で攻撃されます! ワイバーンに視線を向けながら街の中へと向かって下さい。直に兵士達が来てくれるはずです!」


 スミス先生が的確な指示を出し、学生達は正気に戻り始める。だがワイバーンに対する対処法としては正しいが1つだけ間違いがあった。北門の方角の気を確認してみたが兵士達は既に逃げ出し、少なくともすぐに援軍がくる状況じゃないということだ。いやスミス先生もそんなことはわかっているのだろう。だが学生達に助かるかもしれないという希望を見せないと抗うことを諦めてしまう者が出る可能性があるからだ。


 2匹のワイバーンはジリジリと上空からこちらへと近づき、そして口から炎の玉を吐き出した。


 あの炎の玉をまともに食らったら骨も残らず溶かされるかもしれない。学生達はスミス先生の指示でワイバーンに注視していたため何とか炎の玉をかわすことができたが、地面に当たった時の爆風で何名か吹き飛ばされる。


「いつっ!」

「あちっ! あちいよ!」

「こ、こんなの当たったら確実に死ぬよ⋯⋯」


 ワイバーンが吐き出した炎の玉のダメージは軽症だが、今の攻撃で空いた2メートルほどの穴は学生達に恐怖を与えるには十分だった。


「む、無理⋯⋯このまま殺されちゃうよ」

「諦めては行けません! 必ず突破口があるはずです!」

「で、でも援軍がくる気配もないし、北門までたどり着く前にさっきの炎で⋯⋯」

「それなら倒すっていうのか? 無理だよ⋯⋯騎士の俺達には上空にいるワイバーンを倒す手段がない⋯⋯」

「せめて魔法使いがいれば⋯⋯」


 スミス先生は生徒達を鼓舞するが、既にこの場には諦めのムードが漂っている。

 そんな絶望の中、ワイバーンが獲物を焼き殺そうと再度炎の玉を放つ。

 この軌道は⋯⋯パルズとレンを狙っている。


「くそっ!」

「い、いやだ⋯⋯」


 2人は炎の玉をかわそうとしているが、ワイバーンに恐怖を刷り込まれたせいか動きが鈍い。このままでは焼け死ぬのは必然だ。


「セレナ!」

「はい!」


 俺はセレナにアイコンタクトで指示を出す。そして俺はレンの前にセレナはパルズの前へと立つ。


「お前死ぬぞ!」

「ユ、ユクト先生!」


 炎の玉が俺とセレナに迫る。俺達は腰に差した剣を手にし、そのまま炎の玉に向かって居合い斬りを放つ。


「「炎を斬った!?」」


 炎の玉は真っ二つに割れ、パルズとレンの遥か後方で地面に当たり爆発する。

 この光景にパルズやレン、スミスや学生達の誰もが信じられないと驚きの表情を浮かべていた。


「う、嘘だろ⋯⋯こいつらは何なんだよ」


 パルズは自分の中の常識とはかけ離れた出来事に腰を抜かしている。


「ありがとうございます⋯⋯ユクト先生」


 レンも立つことが出来ていないがまだパルズより現実を注視しているように見えた。


「すぐに終わらすからこのまま待っていてくれ」

「は、はい」


 空を翔んでいるのにどうするの? 竜種をどうやって倒すの? レンの中で様々な疑問があったがユクトの頼もしい背中は何としてくれると思わせるのに十分だった。

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