第32話 ユクトVSスミス

「えっ? 私⋯⋯ですか⋯⋯」


 俺が木刀を構えるその人物は驚きの声を上げた。


「ええ⋯⋯スミス先生」


 そう⋯⋯ランニングを見た時からちゃんと戦える人物は教員のスミス先生とセレナしかいないと感じていた。


「教員同士で戦っても意味は⋯⋯」

「あります」


 スミス先生は戦いたくないようだ。正直俺も戦いたくないが学生の授業態度を見て考えを改めた。


「スミスごときが臨時講師と戦えるわけないだろ?」


 パルズが非難の声を上げると意識を取り戻した学生達からも心ない言葉が飛び交う。


「そういえばスミス先生が戦ってるとこ見たことないな」

「見た目からして強そうに見えないんだけど」

「セレナさんのお父さんに瞬殺されるんじゃない?」


 ここにいるほとんどの者が俺とスミス先生の戦いが意味のないものだと決めつける。


「さあ行きますよ。構えて下さい」


 スミス先生は木刀を持ってはいるが構えをとらない。だが俺はそんなことはお構いなしにスミス先生の背後に回り、これまで学生達を倒したように首を狙って斬撃を放つ。


 カッ!


 木刀と木刀がぶつかり乾いた音が辺りに鳴り響く。


「止めた⋯⋯だと⋯⋯」


 スミス先生が後ろを振り向き俺の攻撃を止めたことによってパルズや学生達から驚きの声が上がる。


「やりますね」


 俺は続けて足を狙って下段に攻撃を繰り出すが後方にジャンプされてかわされてしまう。


「ユクト先生やめましょう」

「いえ⋯⋯止めません。戦わないならそのまま防御していて下さい」


 今度はスミス先生の首、胸部、腹部に向かって三連打の突きを連続で放ったが一、二連目はかわされ三連目は木刀で払いのけられて俺の手にしびれが走る。


「くっ!」


 スミス先生は見かけによらずかなり力が強いようだ。俺は思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。


「どうしても引いて頂けませんか?」

「ええ」

「でしたら振りかかる火の粉は払わねばなりません」


 スミス先生は初めてこちらへと距離を詰めてくる。


 スピードはさほど速くはない⋯⋯だが!


 スミス先生が剣を横一閃になぎ払ってきたので受け止める⋯⋯ことはせず飛び上がりかわすことを選択する。

 そして俺は2メートルほどの高さがある岩の上に着地するとスミス先生もジャンプして上段で斬りつけてきた。


 この剣は体重が乗っていて重そうな一撃だからかわさないと。


 俺は後ろにジャンプしてスミス先生の剣を避けるとともに岩から飛び降りる。

 すると先程まで乗っていた岩がスミス先生の攻撃で真っ二つに割れた。


「な、何今の⋯⋯木刀で岩が⋯⋯」

「普通鉄の剣でも岩を斬るのは無理じゃない?」

「スミス先生って本当はすごい人なんじゃ⋯⋯」


 周りの学生達がざわめき始める。そして⋯⋯。


「バ、バカな! BランクのスミスごときがうちのAランク冒険者より明らかに強いだと!」


 パルズもスミス先生の実力を見て驚いているな。おそらくだがスミス先生やパルズお抱えの冒険者のランクは以前ゴードンやリリーが制度の改革を行う前の判定でつけられたものなんだろう。

 年を重ね、ある程度の実力があればAランクまでは行くことはできる。しかし若い内はどんなに実力があろうがBランク以上にはなれない。リリーが言っていたが今は余程の力がないとAランクにはなれないらしい。パルズの驚き具合を見ているとどうやらそのお抱えの冒険者は旧制度の体制でAランクになったのだろう。


「なぜこのようなことをしたのかわかりませんが、みすみすやられるわけにはいきません」

「俺も負けませんよ」


 スミス先生は明らかに気の強さが学生達と違った。なぜ実力を隠しているのか⋯⋯目立って貴族に難癖をつけられたくないのかわからないが授業が崩壊している以上実力を見せて学生達を制御してほしい。セレナの修練の妨げになるのは勘弁してほしいからな。


 そして学生達のどよめきの中でもスミス先生の攻撃は続く。

 だがやりたいことは終わったのでそろそろ勝たせてもらうぞ。


「ここからは俺のターンだ」


 スミス先生の上段から振り下ろされる剣に対して俺は90度右に身をひねって最小限の動きでかわし、左手で顔面に拳を放つ。


「ふっ!」


 しかし俺の攻撃はスミス先生の右肩で防がれてしまうが、その衝撃で後方に下げることに成功する。


 俺は体勢崩したスミス先生の隙を見逃さず追撃し、手数をメインに高速で右に左にと斬撃を繰り出す。


「くっ! パワー勝負ではなくスピードで来ましたか」


 俺はこれまでの戦いでスミス先生は一撃必殺を主体とするタイプだと判断した。おそらくパワー系の剛腕や剛力などの称号を持っている可能性がありそうだ。


 スミス先生は俺の剣撃に対して防御主体で防いでいくがさばききれず、少しずつ身体に木刀が当たるようになってきた。


「このような強者に会うのは理事長以来です」

「あなただって十分強いでしょ? なぜ力を隠すような真似を!?」

「それは⋯⋯以前住んでいた国で父が殺されました」


 スミス先生はポツリと語り始める。

 やはり何か理由があってのことだったのか。


「正義感が強く、誰からも尊敬される父でした⋯⋯ある日貴族の馬車が行く道を邪魔したと少女が殺されそうになり、それを庇った父が⋯⋯」


 殺されたのか⋯⋯反吐が出る話だ。ラニや帝都までの道のりで会ったアイリスさんみたいな良い人達は稀だ。大半は今スミス先生から聞いた貴族やパルズのような平民をゴミとしか思わない奴が多い。


「そして父が殺され、自暴自棄になっていた所を理事長に拾われ、母と共にこの国に来ました」


 ゴードンもスミス先生の力を見抜いていたから教師に誘ったのだろう。


「私が問題を起こして母に危害が及ぶようなことをしたくありませんし、拾って頂いたゴードン理事長に迷惑をかけるわけにはいきません」


 だからパルズに目をつけられないよう目立たないよう過ごしていたわけか。


「あなたの気持ちはわかりました⋯⋯だがこの騎士養成学校で真面目に鍛練している学生はどうでもいいと言うのですか?」

「パパ⋯⋯」


 セレナを初め、将来騎士や冒険者になるために勉強に来ている者もいる。その学生達の尊い時間を無駄にするなど教師として不適格だろう。


「だったらどうしろというのですか! 貴族に逆らって母まで殺されたら私は⋯⋯」

「相談して下さいよ。Sランク冒険者のゴードンに。あいつは自分が連れてきた人を見捨てるようなやつじゃない」


 Sランク冒険者の権力は絶大だ。いくら貴族とはいえそう簡単には手出しできないだろう。


「自暴自棄になり、学生達にしっかりとした指導をして来なかった私を助けてくれるでしょうか⋯⋯」

「あなたが変わればゴードンはきっと助けてくれます」


 俺の言葉を聞いて先程まで死んだ魚のような目をしていたスミス先生に生気が戻る。

 これでもうスミス先生は大丈夫だろう。彼ならきっと立派な教師になってくれると信じている。


 後はこの勝負に勝つだけだ!


 俺は繰り出し続けていた剣の合間に顔面に向かって蹴りを放つ。しかしスミス先生の左腕に防がれてしまうがそのまま後方へと吹き飛ばすことに成功する。そして決着をつけるため体勢を崩したスミス先生に向かって飛び上がり渾身の一撃を食らわすため剣を上段に振りかぶる。


「ユクト先生最後にミスをしましたね。私の全ての力を持ってあなたを叩き落とします⋯⋯剛翔斬!」


 スミス先生は下段に構え、上空から近づいてくる俺を撃ち落とすため力を込めた会心の一撃を放ってくる。


「勝負ありましたね⋯⋯パパの勝ちです」

「えっ? どういうこと? このまま力勝負になればユクト先生の方が不利じゃない?」


 今までの戦いを見ていた学生達はリンと同じ考えで、ユクトが撃ち合わないようにしていたのは誰が見ても明白だったし、パワーはスミスが優位だと思っていた。


 だが2人の剣技がぶつかり合った瞬間⋯⋯砕けたのはスミスの木刀だった。


 そして俺はゆっくりと木刀をスミス先生の首に突きつける。


「つっ! これはしばらく手が使えそうにありませんね。私の敗けです」


 敗けたけどスミス先生はどこか晴れやかな表情をしている。


 こうして俺とスミス先生の試合に決着は俺の勝利で終わった。

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