第20話 娘達に会いに行く旅にはトラブルがつきもの

 リリーがブルク村に来てから2年が経ち、俺は今帝国の首都であるゼルードに向かっている。


 俺は娘達と約束したとおりザジさん、グラさん、ドンさんを鍛えて狩りや魔物を退治できるレベルまで引き上げることに成功した。正直な話3人の鍛練による成長が予想以上に早かったため称号の影響かと思い聞いてみたが、3人とも今まで村を出たことがなかったから自分の称号が何なのかわかっていなかった。

 そのため3人にはラースの街へと行ってもらい称号を調べた結果、ザジさんは剣士、グラさんは武道家、ドンさんは狩人の称号を持っていた。


 そして俺はそれぞれの方向性にあった指導を行い、3人に村のことは任せ、安心してブルク村を旅立つことができた。

 村を出立する時テラじいさんからは娘達をしっかりと護るようにときつく言われ、やっぱりテラじいさんは娘達が大好きなんだなと改めて思った。今度娘達が長期の休みが取れるようなら一度ブルク村に帰ってくるのもいいな。


 これから帝都に行くためにはルナファリア公国の東にあるブルク村からまずは西に向かって、首都であるジールベルグを通って南西に向かい、関所を越え帝国へと入国する予定だ。

 手紙ではやり取りをしていたが娘達と会うのは2年ぶり⋯⋯心なしか俺の足も逸り、つい急いでしまう。帝都であるゼルードまでは1週間ほどかかる⋯⋯なるべくトラブルがなく旅ができればいいが⋯⋯。


 ブルク村を出発して2日後


 俺は帝都ゼルードまでの道のりを順調に進んでいた。

 今はジールベルグを越え、帝国と公国との間にある関所へ向かっている。


「ここの道ってこんなに整備されていたか?」


 確か以前⋯⋯まあ以前と言っても15年程前だが今のように石畳で作られた道ではなく土で出来たデコボコの道だった。それがこんなに整備されているとは。

 娘達を拾った時、公国はちょうど国王が変わって凄い勢いで発展していた。治安も良いし、民衆の暮らしも良くなっていたので俺はブルク村で娘達を育てる決心をしたことを思い出す。

 そしてこれから行く帝都は国力こそ公国の2倍以上あるが、最近良い噂はきかない。何でも皇帝の継承者問題で争いが起きているとか⋯⋯。その情報が入った時に真っ先に思い浮かんだのがラニのことだ。

 4年前に2週間程だがブルク村で一緒に過ごしたソルシュバイン帝国の皇女だ。

 あまりがラニが困っていたら助けて上げたい。だが元冒険者ランクC程度の俺が力になれるかわからないが⋯⋯。


「それにしても今日も良い天気だな」


 見渡す限り続く平原に雲1つない空⋯⋯暖かい春を迎え気温も安定しているのでまさに旅日和と言える。この時期は雨が降ってしまうと途端に大気の空気も冷たくなってしまうので願わくばこのままの天気で旅が進んでほしいものだ。

 だがそんな呑気なことを考えていると前方から何かが光り、遠巻きながら爆発音まで聞こえた。


「おいおいこんな街道沿いで戦闘か」


 光が飛び交い戦いが行われている場所はここから約500メートル。俺はその場所に近づきつつ気配を探ると人らしきものが8つ⋯⋯だがそのうちの7つは気配が消えつつある。

 相手は⋯⋯正の感情がなく負の心に侵されている人より大きな体格を持つもの⋯⋯魔物だ!


 これは急いだ方がいいな。

 無事だと思われた最後の1つの気配も今まさに失われようとしている。


 間に合え!


 俺は全速力で走り、魔物に襲われている人達の所へと向かう。




 ???side


 豪華な装飾をつけた1つの馬車が見渡しのいい平原を走っている。

 その馬車の中には1人銀髪の可憐な少女が乗っており、退屈そうに外を眺めていた。


「はあ⋯⋯またお友達が出来なかったなあ」


 せっかく公都に来て公王様主催のパーティーにお呼ばれしたのに⋯⋯私ってどうして緊張すると話せなくなってしまうのかしら。


 私には友達がいない。厳密には1人⋯⋯親戚のラフィーニお姉さまがいるけど私は公国に住んでいるから滅多に会うことができない。


「またお姉さまが公国に来て下さらないかしら」


 私はラフィーニお姉さまの姿を思い浮かべていると突然馬車が急ブレーキをかけ、私は勢いで前に倒れそうになる。


「イタタタッ⋯⋯何があったの?」


 窓の外を見てみると馬車の周囲には怒号や爆発音が鳴り響いていた。


「くそ! 何故街道に魔物が!」

「嘆いても仕方ない! 今はアイリス様をお守りすることだけを考えろ!」

「「「はい!」」」


 そしてよく辺りを見渡すと兵士さん達とこん棒を持った巨大な魔物が戦っている様子が見えた。


 怖い怖い怖い怖い怖い!

 何で街道沿いに魔物がいるの!? 街道には弱い魔物しかいないって言っていたのに!? ジールベルグから領地に帰る途中でこんな目に合うなんて⋯⋯。


 窓の外では1人、また1人と兵士さんが倒れていく。

 このままだとここにいる全員が殺されてしまう。


「アイリス様!」


 私が最悪な未来を想像していると護衛隊長のトーマスさんが血相を変えて馬車のドアを開く。


「ここはもう危険です! お逃げ下さい!」

「わ、わかりました」


 私は魔物の恐怖にかられていることもあってトーマスさんの言葉に頷くことしかできなかった。


「私達がアイリス様の道を切り開きます!」

「えっ? トーマスさん達は⋯⋯」

「⋯⋯ここに残ります。来た道を引き返せばジールベルグに戻れます。そこで公王様に助けを⋯⋯」

「い、嫌です!? トーマスさん達を見捨てて逃げるなんて! それに私1人では何も⋯⋯」


 今まで1人で外出したことがない私がジールベルグまで辿り着けるとは思えない。


「もしくはジールベルグへ向かう途中で人がいたら助けを求めて下さい」


 ですが助けを求めてもその方が良い人とは限らないです。もし悪い人だったら⋯⋯私は良くない未来を想像してしまい頭を振り払う。


「さあアイリス様! 時間がありません! 早く外へ!」


 私はトーマスさんの手を取り馬車の外へ向かうと既に8人いた護衛の内半数の人が地面に倒れていた。


「くそ! トロル共が!」


 トーマスさんは舌打ちをしながら私の身長の3倍はある太っていて顔が醜い魔物を睨んでいる。


「アイリス様⋯⋯ジールベルグの方へ走って下さい!」


 そう言葉を残してトーマスさんは剣を両手に握りトロルへと向かっていく。


「これ以上アイリス様には近づけさせんぞ!」


 トーマスさんが大剣を横一閃に振るとトロルの首に命中し血渋きが舞う。


 やったあ!? これなら逃げなくても何とかなるかも。

 トロルは後2匹、兵士さんも半分いるから勝てるんじゃ⋯⋯。

 しかし私の甘い考えは一瞬にして崩れていった。


「やはりきかぬか⋯⋯」


 トロルはトーマスさんに斬られた所が再生し、首の傷は元通りになっていた。


 勝てない⋯⋯あんなに大きな剣で斬っても倒すことが出来ないなら逃げるしかないじゃない。


 私はトーマスさんに退却の提案をしようとしたその時。


「ぐわぁっ!」


 別のトロルが右手でトーマスさんの腹部を攻撃するとトーマスさんの体は宙に浮き、10メートルほど吹き飛ばされて私の元へと戻ってきた。


「う⋯⋯うぅ⋯⋯」


 トーマスさんは血反吐を吐いて呻き声を上げ、そして意識を失ってしまう。


「あ⋯⋯あぁ⋯⋯」


 辺りを見回すといつの間にか静かになっていた。兵士さん達は倒れ、今この場で動けるのは私だけで、助けを呼ぷため叫ぼうとするが声が出ない。


 ズシン⋯⋯ズシン⋯⋯と地響きを出しながらトロル達が私に近づいてくる。私にはトロルのその一歩一歩が死へのカウントダウンに思えた。


 に、逃げなくちゃ⋯⋯もう私を護ってくれる人は誰もいない。このままここにいても殺されるのを待つだけ。


 私は迫ってくるトロルから逃れようと踵を返えそうとしたその時。


「くっ⋯⋯アイ⋯⋯リス⋯⋯さ⋯⋯にげ⋯⋯」


 倒れているトーマスの声が私に聞こえてくる。

 トーマスさんはさらに口から血を吐き、肺に骨が突き刺さっているのか胸からも流血していた。


 このままじゃトーマスさんが死んじゃう⋯⋯私はそう考えたら無意識に魔法を唱えていた。


「ヒ、回復魔法ヒール


 だけど魔法は発動しない。


「えっ? 何で!?」


 いつもなら回復魔法を使えるのに⋯⋯迫りくるトロル達が怖くて集中できない!?


 そして1匹のトロルが手の届く範囲に接近し右の拳を振り上げ、私に向けて拳を突き出してきた。


「がっ!」


 お腹を殴られ、私は10メートルほど離れたところにある馬車まで吹き飛ばされる。


「ごふっ! はあ⋯⋯はあ⋯⋯」


 私は仰向けに倒れ、身体の中から止めどなく沸き出る血を吐き出す。

 身体中が痛い。けど殴られたお腹は感覚がない。

 お腹がどうなっているか気になるけど怖くて見ることが出来なかった。


 私はこのまま死ぬの⋯⋯。


 逃げることも出来ず、回復魔法でトーマスさんを救って上げることも出来なかった。何も出来ない自分が情けなくて涙が出てくる。


 そして気がついたら殴ってきたトロルが倒れている私を見下ろしていた。


 私⋯⋯死ぬんだ。つい数分前まではそんなこと考えもしなかった。最後に⋯⋯特にやっておけば良かったことも思いつかない。私の人生って空っぽの人生だったんだなあ。


 トロルが右手の拳を振り上げている。


 この手が降りてくると私は死ぬんだ⋯⋯私は何故かこの絶体絶命の状況を抗えないと知り、冷静にトロルの行動を見ることが出来きた。


 そして今トロルの拳が振り下ろされる。


 けれどいつまで経ってもその拳が私に迫ることはなく、代わりに下りてきたのは⋯⋯トロルの首だった。

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