第19話 娘達の決断

「ユクト⋯⋯あなたの子供達ですが⋯⋯」


 俺達はリリーの指示に従い自宅へと戻っていた。

 そしてリリーはテーブルの前に立ちながら深刻な顔をして俺と娘達を見回している。


「良い子達だろ? 父親の俺が言うのも何だが」

「ちがぁぁぁう!」


 リリーは突然大声を出し、机をバンっ! と叩き始めた。


「何だ? どうした? まさか娘達が悪い子だと言いたいのか」

「違うわよ! そうじゃなくて!」


 先程鍛練していた広場ではなくわざわざ自宅まで戻って話す内容だから大切なことだとは思うが、リリーが何を言うつもりなのか全く予想がつかない。


「まさかボク達が悪い子なのは母親がいないせいだから私がお嫁さんになってあげるって言うつもりじゃ!」

「ま、まさかの告白ですか!?」

「え~⋯⋯トア悪い子じゃないよ」


 さすがにそんなとんでもないことは予想できなかったぞ。娘達の想像力の逞しさに驚きを隠せない。


「何を言っているんだ。リリーが俺のことを好きなんてそんなことあるわけないだろ」


 リリーは昔強い人が好きだと言っていた。元Cランク冒険者の俺は対象外だろう。


「そ、そうよ! 何を言っているのこの子達は!?」


 ほらリリーも否定しているし。


「「はあ⋯⋯」」


 セレナとミリアが何故かため息を吐き小声で何かを話している。


「パパは鈍感ですから」

「まあボク達に取ってはいいことだけどね。いや待って⋯⋯それってボク達の気持ちにも気づかないんじゃ⋯⋯やっぱり良いことじゃないよ」


 鈍感って俺が何に気づいていないのかわからない。確認してみたいが今はリリーの大事な話を優先しよう。


「と、とにかく私が言いたいことは⋯⋯この子達常識がなさ過ぎ!」


 リリーは何を言っている? 娘達は人のことをちゃんと考えられる優しい子に育てたつもりだ。何故そのようなことを言葉にしたのか真意が掴めない。


「そ、そのようなことはないと思いますが」

「ボクは普通だよね?」

「パパ⋯⋯トアは何か変なの?」


 娘達がリリーの常識がないという言葉で不安になっているじゃないか。これは断固として抗議をしていい内容だろう。


「ち、違うわよ!? 3人ともすごく良い子だと思うわよ。けど12歳の女の子にしては強すぎるのよ!」


 つ、強すぎる? 何を言っているんだリリーは。


「Cランクの俺が教えた子だぞ? そんなことあるわけないだろう」


 リリーにしては洒落がきいた内容だった。それにしてもわざわざ自宅に戻って話すことじゃないだろう。


「そうですよ。パパにあっさりと負けた私達が強いなんて⋯⋯」

「ボクなんかパパの足下にも及ばないよ」

「トアもお姉ちゃん達の言うとおりだと思う」


 娘達の言葉を聞いてリリーは頭を抑えている。


「どうした? 寝不足か?」

「違うわよ! ユクトのせいでしょ!」


 心配して声をかけたのにそんなに怒らなくてもいいじゃないか。それにしてもリリーはさっきから「違う」ばかり言っているな。


「けれど私達が弱いことは確かですけどパパは最強だと思います」

「ボクもセレナ姉の意見に賛成。そしてパパはカッコいい」

「トアもセレナお姉ちゃんとミリアお姉ちゃんの言うことに賛成だよ」


 娘達はいつだって俺を立ててくれる。なるべく娘達の期待に応えてやりたいと努力はしているが⋯⋯。


「残念ながら俺は元Cランク冒険者だ。俺より強い奴なんてこの世界にゴロゴロいるよ」

「いないから! ユクトがCランクだったのは以前の冒険者ギルドが実力より経験年数を優先していたからよ! 今の制度だったらユクトはSランクどころかSSランクでもおかしくないから!」


 リリーが興奮しながら言葉を捲し立てる。


「はは⋯⋯リリーは面白いことを言うな。俺がSSランクなわけないだろ」


 そもそもリリーの話には無理がある。今の冒険者ギルドにはSランクより上はないはずだ。


「リリーさんも良いことを言います」

「SSランク⋯⋯パパのためにある制度だね」

「トアはパパが1番だと思ってるよ」


 リリーが変なことを言うから娘達までその気になっているじゃないか。


「ユクトは冒険者時代に私とゴードンしかパーティーを組んだことがないからわからないかもしれないけど上位ランクであなたより弱い人なんて五万といるわ。けれど今はそのことより3人のことよ!」

「娘達がどうしたんだ? もったいぶらずに早く教えてくれ」


 俺は結局リリーが何を言いたいのかがわからなかった。


「自分達がどれだけ強いのかわかってもらうために、もっと同年代の子達と触れ合わせた方がいいんじゃない?」


 強いかどうかは置いておいて、娘達の視野を広げるためにもリリーの言い分は正しいと思う。この村にはこの村の良さがあるが、もっと友達を作れたらなと思う。以前年が近いラニが来た時、娘達は凄く楽しそうにしていたからその喜びをもっと感じるために人との繋がりを学んでほしい。


「私の伝手で帝都の学校を紹介して上げてもいいわよ」


 そういえばリリーは冒険者を辞めて学校の理事長をしていると言っていたな。


「私達が⋯⋯学校に⋯⋯」

「それは楽しそうだね」

「帝都って⋯⋯もしかしてトア達ラニお姉ちゃんに会えるのかな!?」


 どうやら娘達はリリーの話に乗り気のようだ。


「ユ、ユクトもさ⋯⋯セレナちゃん達3人だけで帝都に暮らすのが心配だと思うから一緒にくれば⋯⋯」


 確かにリリーの言うとおり娘達だけ帝都に送り出すの心配だ。帝都は華やかな場所でもあるがスラムなどもあって闇の部分も多いからな。


「まさかとは思うけどリリーさんはパパを自分がいる帝都に連れ出すためにボク達を出汁にしたの!?」

「そんなことないと思うぞ。リリーは昔から優しいから3人の将来を心配して提案してくれたんだ」

「そ、そうよ! ミリアちゃんは何を言ってるのかな」


 それならリリーは何故どもる。セレナとミリアが疑いの眼差しを向けているじゃないか。


「何故か少し帝都に行きたい気持ちが削がれました」

「ボクも⋯⋯」

「???」


 トアだけはリリーとセレナ達のやり取りの意味がわからなくて頭にはてなを浮かべていた。


「2人が思っていることは誤解だからね⋯⋯そ、それより学校に入るための実技試験が2週間後にあるから」

「ずいぶん急だな」

「入学するなら他の新入生の子達と一緒の方がいいでしょ?」


 そうだな。娘達に常識が必要というなら他の友達と同じ時に学校に入った方がいいが⋯⋯。


「それで⋯⋯どう⋯⋯かな? 3人も帝都に行きたいみたいだし⋯⋯」


 リリーは恐る恐る問いかけてきたが俺の答えは決まっていた。


「娘達も望んでいるのでお願いできるか?」

「本当? やったあ!」


 リリーは娘達が帝都に行くことをとても喜んでくれている。それだけ娘達の才能を買ってくれているのか。


「えっ? ユクト⋯⋯それはどういうことなの? あなたも帝都に行くんでしょ?」


 先程とはうって変わってリリーの笑顔に陰りが見える。


「俺は行けない。今この村で狩りが出来るのは俺だけだし、魔物が来た時に討伐できる人もいないからな」


 食糧だけの問題ならこの村で家畜や農家をやっているので何とかなるかもしれないが、魔物が襲ってきた時には⋯⋯俺はもう村が滅ぶ姿は見たくない。


「そんな⋯⋯パパは一緒に来てくれないのですか⋯⋯」

「パパが来てくれないならボクもここに残る」

「トアはパパがいない生活なんて考えられないよぉ」


 娘達が涙ながらに訴えてくると俺の決断も揺らいでくる。だが娘達には学校に行って友人の大切さを学んでほしいし、閉じられた世界ではなく外の世界を見て聞いて自分の視野を広げてくれればと思っている。


 だからそろそろ親離れをする時だ。


 俺は娘達の側に行きソッと抱きしめる。


「セレナ、ミリア、トア⋯⋯俺も離れるのはさみしい。だが友人達と過ごす時間は3人のこれからの人生で大切な時間になると思う」


 俺は学校ではないがリリーやゴードンそしてもう1人⋯⋯アンジェと過ごした時はかけがえのないものになっている。


「無理です⋯⋯」

「ボクも⋯⋯」

「トアもパパがいなかったら⋯⋯」


 このままだと娘達は帝都には行かないという選択をしそうだ。だが俺はブルク村を離れるわけにはいかない。


「2年⋯⋯2年後に俺も帝都に行く」

「本当ですか!?」

「本当に?」

「本当!?」

「ああ⋯⋯ちょうど3人の鍛練を見ていたザジさん、グラさん、ドンさんが自分達も鍛えてほしいと言っていたので2年で何とか戦えるようにしてみせる。だからそれまで3人でがんばれるか?」


 ザジさん、グラさん、ドンさんは俺より3歳年上でブルク村に住んでいる方達だ。一度どれくらい動けるのか見せてもらったが3人とも筋はいいと感じた。2年あれば魔物から村を護ることができるようになると思う。


 娘達は顔を合わせるがまだ迷っているのか表情が暗い。


「2年後に3人の成長した姿を見れることを楽しみにしている」


 帝都で2年鍛練や勉強をすれば今より強い姿になることは間違いないだろう。


「わ、わかりました。パパに綺麗だって言ってもらえるよう精進します」

「そこまで言われたら仕方ないね。スタイルが良くなったボクを楽しみにしててね」

「トアも可愛くなれるようがんばるぅ」


 娘達は帝都に何をしにいくのだろうか。だがせっかくやる気になった娘達に水を差す言葉をかけることはできない。


「ハハ⋯⋯この子達の頭の中ってユクトが中心なのね。もしかして私はとんでもないことを言ってしまったのかも」


 リリーは渇いた笑いを浮かべながら3人が義理の娘だと伝えてしまったことを後悔していた。


 そして月日が流れ2年の時が過ぎた。

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