第18話 娘達と模擬戦

 リリーがブルク村を訪ねてきた翌日


 俺は娘達と鍛練を行うため、自宅の裏手にある広場へと向かっていた。


「それにしても昨日の夕食は美味しかったなあ」


 俺の隣で早朝からご満悦で歩いているのは昨日帝都からブルク村に来たリリーだ。


「牛肉のローストビーフ⋯⋯柔らかくてタレも美味しくて⋯⋯はあ⋯⋯幸せだったあ」


 喜んで貰えたなら良かった。牛はこの村で育てたもので、タレは自家製で作ったやつだ。以前一度だけリリーに牛肉のローストビーフを提供した時に凄く喜んで貰えたことがあったので、昨日また作ることにした。


「それにお風呂⋯⋯お湯が出てくるなんて本当に最高だよ」


 今のリリーが住んでいる浴室はお湯が出ないのかな? もしいつか帝都に行くことがあったらお湯が出る魔道具を設置して上げたいがそんな機会はないだろう。


 そして雑談を終え広場に到着するとまずはいつも通りランニングから始めようと娘達に指示をするが⋯⋯。


「もし良かったら実践形式で3人がどんな動きをするか見てみたいなあ」


 突然リリーが娘達の実力を見たいと口に出してくる。


「俺としてもSランクの冒険者に娘達の実力を判断してもらいたい。3人ともいいか?」

「「「はい!」」」


 特に娘達に異論はないようだ。まずは初めにセレナの剣の腕を見て貰うか。


「まずはセレナ」


 俺が声をかけるとセレナは一歩前に出て普通の木剣を中段で構える。


 セレナの剣を持つ姿勢も様になってきたな。全く隙が見当たらない。


「ねえねえトアちゃん」

「なになに?」


 場外では何やらリリーがトアに話しかけている。


「トアちゃん達っていつからユクトと訓練しているの?」

「う~んとねえ⋯⋯2年前くらい⋯⋯かな」

「2年かあ⋯⋯」


 リリーはこの時セレナの剣の腕を小型の魔物が狩れるくらいかなと想像していた。


 だが!


 リリーside


 木剣を持ったセレナが重心を前に持っていき、一瞬でユクトとの距離を詰めると上段から斬りつける。


 だがユクトもセレナの動きを読んでいたのか軽々と木剣で攻撃を受け止めると何かがこちらに吹いてきた。


「えっ!? 2人の剣が衝突して風圧がここまで届いたの!?」


 いや、そんなはずは。偶々吹いた風を私が感じただけだ。12歳の子供が振るう剣にそんな力があるわけない。けどセレナちゃんの動くスピードや剣速は尋常ではないことがわかる。


「い、今2人の剣がぶつかってここまで風が届いたのかな?」


 私が感じたものが何なのかおそるおそるミリアちゃんに聞いてみることにする。


「うん⋯⋯いつものことだよ。あまり近づくと危ないからもう少し離れた方がいいと思う」

「わ、わかったわ⋯⋯」


 ま、間違いじゃなかった⋯⋯けど今も右に左にとセレナちゃんが剣を振るう度に風圧がこちらに来るので信じないわけにはいかない。


 ユクト⋯⋯あなた娘をどれだけ鍛えているのよ!


 けれどセレナちゃんは十分すごいと思うけどユクトは襲いかかる剣を軽々と受け止めていた。


 ユクトも昔から強かったけど今は12年前の時より数段実力が上がっている気がする。


 そして決着はあっという間についた。

 ユクトはセレナちゃんが上段から振り下ろした剣を受け止めると見せかけてかわした。セレナちゃんは自分の剣がユクトの剣に当たると思っていたため身体のバランスを崩し、そして体勢を立て直そうとするが、その隙をユクトは見逃さない。下段から天に突き上げるように剣を一閃したユクトの攻撃をセレナちゃんは受けきることができず、木剣が空へと弾き飛ばされて模擬戦は終了となった。


「残念ですがパパには敵いませんね。まだまだ精進が足りません」

「いやいやセレナちゃんはどこを目指しているの!? 12歳でそれだけ動ければ十分だよ!?」


 な、何かがおかしい気がする。この村には同年代くらいの子供はいないのかしら。セレナちゃんは自分の実力がどれくらいあるか理解してないの?


「次はミリア」

「はいは~い」


 しかし考える間もなく次は呑気な声を上げたミリアちゃんの番になる。


 ミリアちゃんはワンドを持っているから私と同じ魔法使いかな。


「行くよパパ!」


 ミリアちゃんの身体全体にある魔力がワンドに集束されている。


「魔力を無駄なくワンドに集めている。基本が出来ている証拠ね」


 このことからミリアちゃんの実力が並みではないことがわかるけど私はこの後さらに驚くことになる。


炎の矢魔法フレアアロー


 ミリアちゃんが言葉を発すると無数の炎の矢がユクトに向かって発射される。


「無詠唱! それに何て数なの!?」


 無詠唱で魔法を放てるということは魔力が高く、そして炎の矢の数が多いことから魔法のイメージもしっかり出来ている証拠だ。


 炎の矢がユクトに迫る。ユクトはどうやってミリアちゃんの攻撃を防ぐのかしら。


炎の矢魔法フレアアロー


 ユクトもミリアちゃんと同じ魔法を選択し、自分の放った無数の炎の矢で迎撃する。


「あれだけの数を撃ち落とすなんてさすがユクトね」


 相手の矢を同じ魔法で迎撃するなんてことは普通はできないけどユクトなら驚きはしない。ユクトがブルク村へ行ってしまった後色々な人とパーティーを組んだけど誰もユクトの代わりはできなかった。私もSランクの冒険者になれたけど今までユクトより強い人を見たことがない。


氷の矢魔法フリーズアロー


 炎の矢では埒があかないと判断したのかミリアちゃんは魔法を切り替える。


「2系統の魔法が使えるとは中々優秀ね」


 一般的に魔法使いは誰でも使用できる無属性魔法以外に火、水、風、土、光、闇の6系統で2つ使えれば上級者と言われている。生まれつきの才能もあるとは思うけど12歳で2系統を使えるなんてミリアちゃんは優秀なようね。


 氷の矢がユクトに迫る。するとユクトは先程と同じ戦法を取った。


氷の矢魔法フリーズアロー


 そしてさっきと同じ光景が私の目に映る。違うのは魔法の属性だけだ。

 ミリアちゃんの無数の氷の矢がユクトの無数の氷の矢に迎撃されていく。


「それじゃあ次はこれだよ。風の矢魔法ウインドアローそして大地の矢魔法ガイアアロー


 ミリアちゃんから今度は風の矢がそして間髪入れず土の矢が放たれる。


「ミリアちゃん4系統も魔法が使えるの!?」


 4系統使える人は私が知っている限り大陸に10人もいない。まさか今日新たな1人と出会えるなんて。


 ミリアちゃんの風の矢と土の矢がユクトに向かう。


風の矢魔法ウインドアロー大地の矢魔法ガイアアロー


 しかしユクトはまたしても同じ魔法を返しミリアちゃんの魔法を迎撃する。

 まあユクトならやって除けるよね。だって私がさっき思った10人の中の1人だから。


「ううん⋯⋯どうしようかなあ。詠唱して威力を上げてもパパにはきかなそうだし⋯⋯それなら!」


 ミリアちゃんは再度ワンドに魔力を集める。


 次はどうするのかしら? 生半可な攻撃じゃあユクトにはきかないわよ。


「いくよ! 火炎弾魔法ファイヤーボール


 ミリアのワンドの先から直径50センチの炎の弾が生まれる。


 それではまた同じ目に合うだけよ。普通に考えれば無数の炎の矢より迎撃しやすそうだけど⋯⋯。


 ミリアのワンドから炎の弾が発射されるとユクトも魔法を唱えようとしたがすぐに中断して後方へと下がった。


「何で!?」


 ユクトなら炎の弾を同じ魔法で迎撃するなんて容易いはず。

 ユクトの意図がすぐにはわからなかったけどミリアちゃんの炎の弾が着弾した時に理解した。

 ミリアちゃんの狙いはユクトじゃなくて手前の地面だったんだ。

 火炎弾魔法ファイヤーボールが地面に着弾すると爆風が巻き起こり視界が不良になる。

 そしてその隙をついてミリアちゃんは新たな魔法を唱える。


「瞬く星達よ。氷のつぶてとなり零度の世界を創り上げよ! 結氷新星魔法フロストノヴァ


 上空より冷気を纏った氷が舞い降り、ユクトがいるであろう場所が凍てついていく。


「ちょ、ちょっとミリアちゃん! いくら何でも上級魔法はやりすぎよ!」


 ユクトは大丈夫なの!? まさか12歳の少女が上級魔法を使えるとは思わなかった。しかもこれは下手をするとユクトは⋯⋯。


 私の中で凍りつき、命の鼓動を失くしたユクトの姿が頭を過る。


「大丈夫⋯⋯パパにとってこれくらいどうってことないよ」


 いやいや。この娘は何を言ってるの? ひょっとして村に籠りっきりだから常識がないのかしら。少なくとも人類の99%はこの魔法を食らったら死の世界が見えると思うわよ。


「むしろ油断したらこっちがやられちゃうよ」

「わかっているじゃないか」

「わわっ!」


 冷気を纏った氷によって命を失くしたかのように思われたユクトは、火炎弾魔法ファイヤーボールで発生した爆風を切り分け突如ミリアちゃんの背後に現れる。

 そして驚いて後ろを振り向いたミリアちゃんにたいしてユクトはおでこにデコピンをした。


「ちぇっ! 今日も負けか」

「いや、火炎弾魔法ファイヤーボールを爆風に使うのは良いアイデアだったぞ」

「本当!? じゃあご褒美に頭を撫でてほしいなあ」

「しょうがないな」


 そう言ってユクトはミリアちゃんの頭に手を置き撫でるとミリアちゃんは目を細めてとても嬉しそうな表情をしていた。


 こう見ると年相応に見えるけど魔法はどこぞの誰かさんのように凶悪だった。


「次はトアの番だねえ」


 まさかとは思うけどこの杖を持った可愛らしいトアちゃんもとんでもないことをするんじゃ⋯⋯。


「トアちゃんはどんなことが得意なのかな?」


 私はどんなことが起きても驚かないように予めトアちゃんに聞いておくことにする。


「トア? トアは支援魔法と回復魔法が得意だよ。お姉ちゃん達みたいすごいことはできないから」

「そ、そうなの?」


 けど油断はできないわ。何といってもユクトが教えてるんだもん。


「それでは行くぞ!」

「うん!」


 最後の模擬戦が始まった。

 攻撃系ではないトアちゃんにたいしてユクトは何をするつもりなのか。


結氷新星魔法フロストノヴァ

「ってえ! さっきミリアちゃんが使った上級魔法じゃない! 娘を殺す気!」


 しかもユクトはミリアちゃんと違って無詠唱で唱えた。

 何とかしないと! このままだとトアちゃんが死んじゃう!

 けれどユクトの魔法が放たれた今、魔力も練り上げていない私にはトアちゃんを護る術がない。


 上空より冷気を纏った氷が舞い降り、トアちゃんがいる場所が凍てついていく。


「トアちゃん!」


 私は何ができるかわからないけど咄嗟に身体が動いてトアちゃんの元へと駆け走る。


「リリー!」


 ユクトの声が聞こえたけどもう遅い。私もトアちゃんと一緒に凍っちゃうのかな。正直な話ユクトの上級魔法をまともに受けたら命が助かる見込みはない。


 しかし私が死を覚悟し目を閉じようとしたその時⋯⋯。


「聖なる楯を持つ戦乙女よ! トアを守護する光となって! 戦乙女楯魔法アイギス


 目の前に私とトアちゃんを護る360度の光の楯が形成されていた。


「リリーお姉ちゃん大丈夫?」

「え、ええ⋯⋯ありがとう」


 トアちゃんまで上級魔法を! しかも私が知っている戦乙女楯魔法アイギスは180度くらいしか楯を形成できないのにこの娘は360度展開してみせた。


 これならいくらユクトの魔法だってトアちゃんを攻撃することはできないはず。現にユクトの結氷新星魔法フロストノヴァはトアちゃんの光の楯を破れないでいる。


 けれど安心したのも束の間、冷気の氷の魔法を凌いだ後、ユクトは木剣を持って私達の左斜め後方に移動している。


 まさか魔法でも撃ち破れなかった光の楯を木剣で壊すつもり!?


 けれどユクトは私がありえないと思った木剣で本当に光の楯を攻撃してきた。


「いくらユクトでも無理よ!」


 光の楯と木剣がぶつかり合う。


 破れるわけがない!? 上級防御魔法がただの木剣に!


 だけど私の思いとは裏腹に決着はあっさりと着いた。


 パリンッ。


 ガラスが割れるような音が聞こえてきたと思ったら一瞬にして光の楯は消失してしまう。


「えっ!? なんで!?」


 意味がわからない。ユクトの木剣は何か特別製なの? それとも何かスキルでも使ったの?

 そしてその答えはユクトがあっさりと教えてくれた。


「トア、光の楯に魔力が行き渡ってなかったぞ」

「うぅ⋯⋯上級魔法は難しいね」

「だが5センチほどの幅だったからもう少し魔力を込めれば完璧だったぞ」


 5センチ? そんな魔力の通りが甘い場所を見つけるのはあなただけよ。


「トア全然だめだね」


 トアちゃんがユクトに光の楯を破られて落ち込んでいる。

 私から見れば全然ダメじゃないから! むしろ12歳で上級魔法を防ぐトアちゃんがおかしいから!


「そんなことはないぞ。リリーが飛び込んで来た時、冷静に魔法を発動できたことは良かった」


 そうだ! もしかしたら私のせいでトアちゃんは魔法が上手く発動できなかったのかもしれない。


「ご、ごめんねトアちゃん」

「ううん。リリーお姉ちゃんは私を護ろうとしてくれたんでしょ? だからトア気にしてないよ」

「あの時は身体が勝手に動いちゃってね」


 うう⋯⋯今思うと恥ずかしい。ユクトがトアちゃんを殺すほどの魔法を放つわけないじゃない。穴があったら入りたい。


 ユクトside


「え~とパパ⋯⋯今日のトアに合格点をくれるのかな?」


 光の楯は甘かったけどリリーが飛び込んでくるという予想しない状況で魔法を使えたの十分及第点だと思う。


「そうだな。今日のトアは合格だ」


 俺が褒めるとトアは嬉しそうな顔を浮かべて頭を差し出して来た。


 ん? どういうことだ? もしかして撫でてほしいのかな?


「トアもミリアお姉ちゃんみたいに良い子良い子してほしいなあ」


 トアも模擬戦をがんばったので、俺はリクエスト通り頭を撫でると気持ちがいいのかまるでネコのように目を細める。


 だがその行為を見て1人唸っている者がいた。


「うぅ⋯⋯どうせ私は日頃の鍛練が足りませんよ。戦い方にも工夫がないからパパに褒められることがありません」


 リクエストがあったからついミリアとトアの頭を撫でたが、別にセレナの戦い方が悪いわけではない。むしろセレナは娘達の中で1番能力が高いと思っている。


「セレナ⋯⋯」


 俺は項垂れているセレナを呼び寄せ、そのまま頭を撫でる。


「パ、パパ⋯⋯」

「セレナは身体能力が高い。それは毎日一生懸命鍛練をやっているからだ⋯⋯偉いぞ」


 頭を撫でられたセレナは顔を赤らめ照れたような表情をしている。

 そしてそんな俺達の様子を見ていたリリーがこちらに向かってズカズカと迫ってきた。


「ユクト! ちょっと話があるんだけど!」

「あ、ああ」


 俺はリリーのあまりの迫力に思わず頷いてしまう。


 そしてこの時リリーからの提案で娘達の将来が変わるとは今は誰も思わなかった。


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