第21話 娘達の元へと向かうために足止めされるわけにはいかない
「な、何が起きたの?」
まさかトーマスさんがトロルを倒してくれた?
私は痛みが走る身体を何とか横に向けたけどトーマスさんは地面に倒れたままだ。
それじぁあ他の護衛の兵士さん達が⋯⋯けれど一番強いトーマスさんでも勝てなかった相手を倒せる人がいるとは思えない。
私は訳がわからず混乱していた。突然トロルに襲われ、殺されかけて⋯⋯そしてそのトロルが今度は絶命している。
けれどこの訳のわからない状況がどうしてこうなったのか不意に聞こえてきた声で理解した。
「大丈夫ですか? 今すぐ終わらすので少し待っていて下さい」
あっ⋯⋯私⋯⋯助かるんだ。
何故だかこの男性の優しい声を聞いた瞬間にそう思った。この方は誰だろう? けれど私はこの方が来て安心してしまったのか涙が溢れ顔を確認することができない。
そしてこの方が仰ったように戦いの決着はすぐに着いた。
2匹のトロルの断末魔が聞こえ、ドサッ! と地響きがするくらい大きな音が私の耳が聞こえたからだ。
私は何とか涙を拭い、助けて頂いた方の姿を見ようとしたけど瞼が段々重くなり、見える範囲が狭くなっていく。
ダメ⋯⋯もう目を開けることも⋯⋯。
けれど私の瞳が完全に閉じられることはなかった。
「女神アルテナよ。彼の者を癒したまえ⋯⋯
暖かい⋯⋯身体全体を包み込むような優しい光。まるでお母様に抱かれているみたい。
そして私は先程までの身体の痛みが嘘のように消え目を開けるとそこには想像したとおり穏やか表情をした男性がいた。
ユクトside
まさか街道沿いにトロルがいるとは思わなかった。本来だと森にしか生息しないためこのような平原に現れることはない。だが今はそのようなことより少女達が心配だ。少女はトロルに殴られたせいか身体中に深い傷を負っているように見えた。一刻も争う状況だったが回復魔法をかけたのでこれで大丈夫なはずだ。
治療をした少女がゆっくりと目を開ける。
「あっ⋯⋯夢じゃなかったんですね」
どうやら少女はトロルに襲われた恐怖かはたまた大怪我を負ったせいか意識が混濁しているようだ。
無理もない。見たところ娘達と同じぐらいの年の子がトロルに殺されかけたんだ。記憶の障害があってもおかしくない。
「あの! 助けて頂きありがとうございます! 申し訳ありませんが他の方達も治療して頂けないでしょうか!?」
少女は深々と頭を下げ、悲痛の表情をして回りにいる兵士達を助けてほしいと懇願してくる。
この子はおそらく貴族だと思うが平民の俺に躊躇なく頭を下げてくるとは。ラニといい最近の貴族は権力を振りかざすようなことはしなくなったのか?
「わかりました」
元より助けるつもりでこの場に来たので、俺は倒れている護衛らしき人達にも回復魔法をかけていく。
すると徐々にだが、倒れている者達も目覚めていった。
致命傷に近い傷を負っていた者もいたが全員無事だったため、少女は安堵のため息をつく。
「あなた様がいらっしゃらなければ私達は全員あの魔物に命を奪われていました。お礼を差し上げたいのですが⋯⋯もしよろしければこのままベルーニまでお越し頂けませんでしょうか」
ベルーニはここから北に行った街⋯⋯娘達がいる帝都とは逆方向になってしまう。
「いえ、そんなお礼なんて⋯⋯」
元々お礼が目当てで助けた訳ではないし今はなるべく早く娘達の所へ行きたい。
だがそれを許さない人物が他にもいた。
「私もお礼を言いたい! 我が主の子供であるアイリス様を助けてもらったんだ。このまま帰らせてしまったら私は主にどのような顔をすれば」
護衛らしき中年の男性が助かったことが嬉しいのか俺の両手を持ちブンブンと振り回してくる。どうやら少女はアイリスというらしい。
「トーマスさんの言うとおりです。命の恩人に対してこのまま何もせずに帰してしまったら我が家の家名に泥を塗ることに⋯⋯」
困ったことになった。人の好意は無駄にしたくはないが⋯⋯。アイリスさんとトーマスさんは今にも俺を馬車に乗せてベルーニに連れていこうする勢いだ。
「お父様は強い方がお好きだと言ってましたね」
「ええ⋯⋯是非彼は、主様に仕えて頂きたいですなあ」
2人で何か物騒なことを話し始めているぞ。これはもしベルーニに行ってしまったら貴族の権力を使われて逃げられない状況になるのでは。
「主様の親衛隊に推薦しても良いかもしれません」
「落ち着いてトーマス」
アイリスさんの言うとおりだ。素性のわからない奴を親衛隊に加えてどうする。もし俺が暗殺者だったらトーマスさんの主の命はないぞ。
「いえ、折角ですからお父様のお力で国王様から爵位を頂けるようお願いして頂きましょう」
いや、アイリスさんが落ち着いてくれ!
「おお⋯⋯それは良いお考えです。早速主様にお伝えするため早馬を出す手配を」
「国王様から爵位を頂ければいずれ私と⋯⋯け、けっ⋯⋯な、何でもございません!?」
何を言いたいのかわからないが最近貴族の中で改革でもあったのだろうか? 俺の知っている貴族はほとんどの者が権力に物を言わせ、平民のことを気にせず傍若無人の態度を取る奴だと思っていた。
そして先程の会話からアイリスさんのお父さんがルナファリア公国の国王と話ができる立場だと言うこともわかった。
おそらく爵位は侯爵以上は間違いないだろう。
とにかくこれ以上2人が暴走する前にしっかりと断りをいれなくては。
「そのようなことをして頂かなくて大丈夫です。お礼はいりません」
「な、何てできた青年なのだ。これは益々主様の元へとお連れしたくなりました!」
「ええ、早くベルーニへと向かいましょう」
お礼を断ったら余計に気に入られてしまった。
どうやら何を言っても俺の言葉は2人に届かないらしい。
しかし俺には娘達の元へと向かうという崇高な使命がある。ここで足止めされるわけにはいかない。
そうなるととる手段は1つ。
「道中気をつけて下さい。それでは俺はここで失礼します」
「「えっ?」」
俺は素早く踵を返し、関所へと全速力で駆けるとアイリスさんとトーマスさんは虚をつかれたのか驚きの声を上げていた。
「まちたまえ!」
「せめてお名前を教えて下さい~」
俺は背後から2人の声が聞こえたので手を振り、そのままこの場を全力で離脱するのであった。
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