第11話 ユクトの鍛練

 ラニとレイラさんが我が家に宿泊した翌日


 娘達は普段なら7時までには起床するが(トアは別だが)今日は起きる気配がない。おそらく昨夜遅くまでラニ達と話していたようだし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 少しラニの方が年上だが、近しい年齢の子と話す機会なんて今までなかったから娘達に取っては良い経験になったはずだ。

 まだ娘達は起きることはなさそうなので朝食の下ごしらえをして、日課であるトレーニングへと向かうことにしよう。


 まずは身体を暖めるためにストレッチをして家の周囲を走る。本当は筋力負荷のためにも坂がある山道を走りたかったがラニを狙う敵がいつくるかわからないのでやめておく。

 ジョギングが終わった後無数の魔力の玉を出して右に左にと動かす魔法制御の鍛練を行い、次に木剣を使って素振りを行う。

 そして素振りをして30分ほど経った頃。不意に背後から幾つかの気配を感じたので一旦剣を振るのをやめる。


「パパ! おはようございます」

「おはようパパ」

「おはよ~」

「ユクト様おはようございます」

「ユクト殿おはようございます」


 トアが弱冠眠そうだが、娘達とラニとレイラさんがこちらに向かってきた。


「みんなおはよう」


 俺は皆に挨拶をすると不意にレイラさんがこちらに鋭い視線を送っていることに気づく。


「ユクト殿は朝の鍛練ですか?」

「ああ」

「もしよろしければ私と手合わせして頂けないでしょうか?」

「いいですよ」


 特に断る理由もないので俺はレイラさんの申し出を受けることにする。


 レイラside


 ユクト殿か⋯⋯素性の知らぬ輩だがお嬢様を護ってくれたこともあり信用しても良いのかもしれない。お嬢様の話ではユクト殿は神聖教会の枢機卿クラスの回復魔法が使えるとのことだ。魔道具の精製も長けていると浴室で⋯⋯浴室! そうだ! 昨日お嬢様と私の⋯⋯は、裸を見られたのだ! やはりユクト殿は信用できない男だ!

 だから訓練といえどこの戦いは絶対に負けたくない。

 ユクト殿は万能の魔法を使うことができ、これで剣まで一流なら人類最強の男かもしれない。

 昨日はお嬢様が無理矢理キスをさせられていると思い、頭に血が上って不覚にも投げられてしまったが、先程の素振りのスピードを見る限り剣の腕前は大したことはなさそうだ。


 だがユクト殿が強者であろうと弱者であろうと今度は本気で行かせてもらいます。


 ユクトside


 模擬戦のはずだがなぜだかレイラさんから殺気のようなものを感じる。それだけ俺との訓練に本気で付き合ってくれるということか⋯⋯面白い!


「条件を対等にしたいのでそこにある物を貸してください」


 そう言ってレイラさんは立て掛け台にある木剣に手を伸ばす。


「あっ! それは!?」


 俺は木剣に手を伸ばすレイラさんを止めようと声をかけるが遅かった。

 すでにレイラさんは木剣の柄の部分に手を伸ばし持ち上げようとしていたが⋯⋯。


「くっ! な、何だこれは!?」


 レイラさんは片手で木剣を持ち上げようとしているが、木剣は立て掛け台から動く様子がない。


「レイラ? どうしました?」


 ラニが不思議に思いレイラに声をかける。


「お、お嬢様⋯⋯こ、この木剣は重くて⋯⋯」

「重い?」


 ラニの目にはただの木剣に見えて、何故レイラが持ち上げることができないのか不思議だった。


「な、ならばこれで!」


 レイラさんは気合いを入れ直し、両手で木剣を取ると何とか持ち上げることができたが、その手はプルプルと震えており、とても模擬戦を行えるような状態ではなかった。


「だ、だめだ」


 レイラさんは木剣の重さに堪えられなかったのか、思わず両手を柄の部分から離してしまう。


 カランコロン


 レイラはこれだけ重い木剣を地面に落としたら土にめり込んでしまうだろうと思ったが、実際は普通の木剣と同じ様に地面に落ち乾いた音がなるだけであった。


「何だこれは!」


 レイラはもう一度地面に落ちた木剣を取ろうと手を伸ばすがやはり重く、持ち上げることができない。


「申し訳ない。実はその木剣も魔道具で人が柄の部分を持つと重力が発生するようになっているのです」

「じゅ、重力!?」

「ええ⋯⋯筋力トレーニングになるので素振りをする時はいつもこの木剣を使っています」

「ま、まさか今ユクト殿が手に持っている木剣も⋯⋯」


 レイラに取っては予想したくない出来事であったが確認せずにはいられない。


「はい。レイラさんのと同じ柄の部分を持つと200キロになる木剣です」

「バ、バカな! それであの素振りのスピードを!?」


 レイラさんは驚いているけど俺はこの木剣での鍛練を長い間行っているから持ち上げることが出来ているだけだ。慣れればレイラさんだって。


 とりあえず俺は通常の木剣を手に取りレイラさんに渡す。

 せっかく騎士と手合わせすることができるんだ。今回は普通の木剣でいいだろう。

 だがレイラさんは俺が渡した木剣を手に取ることはなかった。


 それどころか⋯⋯。


「参りました!」


 まだ戦ってもいないのにレイラさんは昨日と同じ様に土下座をして模擬戦の降参をしてくる。


「私は恥ずかしいです!? 先程ユクト殿の素振りを見て勝てると思った自分が!」

「恥ずかしがることはありません。パパは最強ですから」

「パパはカッコいいから」

「パパはすごいのです」


 ミリアが言うカッコいいは関係ないと思うが、娘達が素直に褒めてくれることはうれしい。


「ユクト様⋯⋯私もこの木剣を持ってもよろしいでしょうか?」

「ええ⋯⋯いいですよ」


 俺はラニに、木剣をそのまま渡したら重さで怪我をするかもしれないと思い地面に置くことにする。


「では⋯⋯行きます」


 ラニは神妙な顔で木剣を両手で持ち上げようとするが⋯⋯。


「うぅ⋯⋯」


 だが先程のレイラさんとは違って木剣はまるで動く気配がない。


「やっぱりダメですか⋯⋯」


 木剣が微動だにしなかったことでラニは下を向き落ち込んでしまったように見える。

 だがすぐに顔を上げ、真剣な表情で真っ直ぐに俺を見据えてきた。


「ユクト様⋯⋯ここにいる間私に稽古をつけて頂けませんか」

「稽古ですか⋯⋯けれど俺は元Cランクの冒険者なので大したことは教えられませんよ」


 貴族であるラニならAランク、下手をすればSランクの冒険者から教えてもらうことも可能だろう。それなのに元Cランクの俺が教えるなど非効率的なことだ。


「私は一刻も早く強くなりたいのです」


 そうだ。ラニは狙われている身だ。悠長なことを言っていたら今度こそ暴漢達に殺されるかもしれない。そうじゃなきゃ俺に稽古を頼むわけないよな。


「それに⋯⋯私はユクト様に教えて頂きたいのです」

「えっ?」


 ラニはまるで俺の心の中を見透かしたかのように言葉を紡いでくる。


 俺に教わりたいと⋯⋯。


 そこまで言われたのなら断る理由などない。


「わかった。俺で良ければ」

「はい! よろしくお願いします」


 こうして俺はラニのたっての願いということでしばらくの間稽古をつけることになった。

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