第10話 本音を話すことが出来る場所⋯⋯それはお風呂

「2人とも大丈夫ですか!?」


 湯気が立つ浴室の様子を確認するとラニは湯船に、レイラさんは身体を洗っている所で他には誰もいなかった。


 そして⋯⋯。


「「きゃぁぁぁぁ!」」


 先程より大きな声の悲鳴が浴室に木霊した。


「ど、ど、どうされたのですか!?」


 暴漢達と相対した時でさえ冷静だったラニがすごく狼狽えている。


「き、貴様! やはりお嬢様の身体が目的だったか!」


 レイラさんは手で隠しているがその豊満な胸は全然隠しきれてなかった。

 それよりってなんだ。やはりって! レイラさんは俺のことを少女を襲う変態だと思っていたってこと!?


 とにかく浴室に敵はいないようだ。それなら早くここに進入した理由を伝え誤解を解こう。


「突然悲鳴が聞こえたから敵が現れたかと思って!」


 俺は目を閉じて叫ぶように経緯を話す。


「そ、そうですね!? 申し訳ありません」

「いや、それで何があったんだい?」


 いくらなんでも理由なく悲鳴を上げるなんてことはないはずだ。


「お湯⋯⋯お湯が出たんです」

「えっ?」


 どういうことだ? お風呂でお湯が出ると悲鳴を上げる理由になるのか?


「お湯が出ると何かいけないことがあるのか?」

「ありえないですよ! お湯が直接出る魔道具なんて聞いたことがないです!?」


 興奮しているのかラニが裸のまま詰め寄ってくる。


「水が出る魔道具は貴族の家でも使われています。どんな付与をすれば暖かいお湯が出るようになるのですか!」

「どうって⋯⋯」


 魔道具を作るには魔物のコアになっている魔石が必要になり、そしてその魔石に付与魔法をかけることによって魔道具が作られる。

 魔石には特級、一級、二級、三級とあって赤い輝きが強いほど特級に近く付与できる文字の数が多い。今蛇口に使っているお湯が出る魔石は冒険者時代に手に入れた一級の物だ。


「本当は湯を付与できれば文字数が少なくて済んだけどうまくいかなかったから水、出、火で作ったが」

「いえ、普通は自然界の言葉である水と火の2つを付与することは不可能だと言われてますよ!」

「そうなのか?」


 だけど俺を施設から拾って育ててくれたおやっさんは、普通に自然界の言葉を2つ付与していたから今まで特に気にしていなかったな。


「そうなのか? ではありません! それより早くここから出ていきなさい!」


 レイラさんの言うとおり、ここは呑気に話をしている場合じゃなかったな。俺は急ぎ浴室から脱衣所へと移動する。


 しまったな。いくら悲鳴が聞こえたとはいえ2人の女性の裸を見てしまった。しかもラニはもしかしたら皇族の可能性があるから下手をすれば⋯⋯恐ろしくて考えるのも嫌だな。


「パパ⋯⋯ラニお姉さん達は大丈夫でしたか」

「あ、ああ⋯⋯どうやらお湯が出たことに驚いたみたいだ」


 俺の言葉に娘達はハテナを頭に浮かべる。


「どういうことでしょうか?」

「変なの~」

「普通のことだよね」


 娘達に取っては物心がつく前からお風呂はお湯が出るものと認識されているからラニ達の疑問がわからないみたいだ。


「それよりボク達もラニ姉達とお風呂に入っていいかな?」

「本人が良いって言えばいいんじゃないか」

「ラニ姉入るよ~」


 ミリアはラニが答える前に既に服を脱いでおり、浴室へと乱入する。


「こらミリア! 脱いだものはちゃんと片付けなさーい!」


 セレナは怒りつつミリアの服を洗濯籠に入れていく。その様子はもう姉ではなく母親に見える。


「セレナお姉ちゃん⋯⋯私達もお風呂に入ろうよ」


 トアはミリアが浴室に突入したことで待ちきれない様子だ。


「ラニお姉さんは逃げないから急がなくても大丈夫よ」


 そう言ってセレナもゆっくりと服を脱ぎ始めたので、風呂に入らない俺はこの場から立ち去ることにした。



 浴室にて


「はあ⋯⋯とっても気持ちいいわ」


 ラニは湯船に浸かり手足を伸ばしてとてもリラックスした表情を見せていた。


「そうですね⋯⋯まさかこの村に浴室があるなんて思いませんでした」


 レイラもラニと同様湯船で手足を伸ばし1日の疲れをとっている。

 そしてラニは不意に目の前の光景が目に映り、思わず笑顔を浮かべてしまう。


「お嬢様どうされましたか?」

「ほら、セレナちゃん達を見て」


 レイラはラニの言葉に従い、三姉妹に視線を向けると身体を洗っている姿が目に入った。

 セレナがミリアの背中を流し、ミリアがトアの背中を流す。そして今度順番を変えてトアがミリアの背中を流し、ミリアがセレナの身体を流す。


「ふふ⋯⋯微笑ましい光景ですね」

「三人共とても仲がいいのね」

「お嬢様?」

「ごめんなさいね⋯⋯少しボーッとしてたみたい」


 ラニにも兄弟がいるが三姉妹のように気軽に遊ぶことも出来なかったので目の前の光景が羨ましく思う。

 そんな2人のやり取りがあった後、三姉妹は身体を洗い終え湯船へと向かいラニの近くに座る。


「えっ? どうしたの?」


 三姉妹は湯船に入るとラニの方をマジマジと見つめていた。


「ラニお姉さん⋯⋯綺麗です」

「うん⋯⋯溜め息が出ちゃうね」

「どうすればそんなに綺麗になれるの?」


 ラニの肢体は美しく無駄な肉がついておらず、シミの1つも見当たらない。


「そ、そんなことないですよ⋯⋯」

「「「「そんなことあります!?」」」」


 ラニの答えにレイラも含めて突っ込みを入れる。


「レ、レイラまで⋯⋯」


 ラニは4人の勢いに思わずたじろいでしまう。


「お嬢様は御自分のことをもっと自覚するべきです。この間も舞踏会で⋯⋯」

「わあ、わあっ! 変なこと言わないでえ。わ、私なんかよりセレナちゃん達の方が可愛いじゃない!」

「そ、そんなことありませんよ」


 セレナは顔を赤くして。


「そうかな~」


 ミリアは笑顔で。


「えへへ⋯⋯そう?」


 トアは無邪気に答える。


「確かにお嬢様の言うとおりです。これも毎日この素晴らしいお風呂に入っているからですかね」


 レイラはウンウンと納得したように頷く。


「それならこの村のみんなが綺麗だね」

「えっ? トアちゃん。それはどういう⋯⋯」


 トアの言葉にラニとレイラは首を傾げる。


「だってこのお湯が出る道具⋯⋯パパがみんなの家につけてたもん」

「えっ!? この家だけではないのですか!?」


 ラニとレイラはトアの言葉に驚き顔を見合わせ、ヒソヒソと話し始める。


「ユクト様は元冒険者の方ですよね? 冒険者の方ってこんなに凄いのですか?」

「すみません⋯⋯私は騎士団のことならわかりますが冒険者のことは。帝国に戻ったら確認してみます」


 この時ラニは、冒険者に優秀な者がいれば自分の護衛につけたいと考えていた。


「トア殿。ユクト殿は体術、神聖魔法、付与魔法など多才に使えるの何故でしょうか?」

「う~ん⋯⋯それは⋯⋯」

「「それは?」」


 知りたい! ユクトの強さの秘密を!


 トアの言葉をラニとレイラは食い入るように待つ。


「パパだからぁ!」


 トアの答えにならない言葉にラニとレイラはずっこける。


「そう。パパは世界一強いのです!」


 セレナは恍惚の表情を浮かべ天を見上げる。


「そしてパパは世界一かっこいい!」


 ミリアの言葉にセレナとトアは全く疑いのない心で頷き、その様子を見たラニとレイラは苦笑いを浮かべる。


「パパのことが知りたいなら何でも聞いて下さい」


 セレナは⋯⋯いやミリアとトアも大好きなパパのことを語りたくてしょうがないという顔をしていた。


 こうしてユクト家の長い夜が始まり、翌日女の子達は揃って寝坊をしてしまうのであった。

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