第12話 指導
そして翌日ラニの指導が始まった。
ラニは剣も魔法も使用できるとのことなので、俺が過去に行った訓練方法を取ることにする。
まずは早朝5時から7時まで筋力トレーニングを行いその後朝食を取る。9時から11時までは剣の訓練を行い、昼食を取った後は14時までは休憩をする。そして14時から18時までは魔法の鍛練を行う予定だ。
「レイラさんが戻るまでの時間は2週間しかないから多少厳しくするつもりだ」
「わかりました。よろしくお願いしますユクト様」
レイラさんは昨日のうちにブルク村から1番近い街であるラースに旅立ち、そこで早馬を飛ばして帝国から護衛を連れてくると言っていた。そしてその護衛がブルク村に到着するのが約2週間とのことだったので、ラニを指導できる時間はかなり少ない。
「指導する前に1つだけ」
「はい!」
「訓練は日中をかけて行うけど常に全力を出すこと。まだ後に訓練が残ってるからといって手を抜かないでくれ」
「は、はい! 勿論です。全力でやらなければ強くなれませんから」
そしてラニの気持ちのいい返事が返って来て鍛練が始まる。
「ではまず始めに⋯⋯
俺はラニさんに向かって魔法を放つ。するとラニさんの身体は重さに堪えられず、地面に膝をつくことになる。
「うぅ⋯⋯ユ、ユクト様これは⋯⋯」
「重力魔法だ。今日から2週間鍛練のために身体全体に普段の3倍の重さを負荷させる」
「じゅ、重力⋯⋯」
「筋力を鍛えられるし何よりこの状況下で剣や魔法を使うことができれば、いざという時にも対応することができるだろう」
いざという時⋯⋯それは今回襲撃されたことがラニの頭に過っているはずだ。
「それではまず立ち上がり、ウォーミングアップのために走るぞ」
「は、はい!」
ラニは3倍になった身体を起こし、一歩一歩と歩き始める。
「それは走ってるとは言わない。先程話したように鍛練は常に全力で行え」
「はい!」
ラニはこの負荷がかかった状態ではどれくらい動けるかわからないと考えてしまい、無意識に力をセーブしていることをユクトに指摘される。
そして全力で身体を1歩づつ前へ前へと押し出していくとランニングする程度のスピードを出すことができた。
「はあ⋯⋯はあ⋯⋯」
けれど走ることが出来たのは3キロ程度で、足に掛かった筋肉の負荷により小石につまづき倒れてしまう。
「あぅっ!」
ラニは転んで右膝から血が流れ地面にひれ伏してしまう。そして身体を起こそうとしているが、重力の負荷があることにより立ち上がることができない。
「も、申し訳ありません。すぐに走ります」
そろそろ限界か。
ラニは諦めず身体を起こそうとしているが、今まで経験したことがない重力に筋力が悲鳴を上げている。この状態で倒れてしまうともう立ち上がることはできないだろう。
現在時刻は6時⋯⋯まだ予定した時間の半分なのでここで終わらすことなどできない。
「うぅ⋯⋯くうっ⋯⋯」
ラニは転んだことによる傷のせいか⋯⋯いや、訓練が始まって1時間で動けなくなってしまった自分に不甲斐なさを感じたのか涙を流していた。
「初めてでここまで動けるなんて大したものだ」
「うぅ⋯⋯ですが初日からこれでは⋯⋯」
「大丈夫⋯⋯ラニはまだ動けるよ」
ラニも心では立ち上がりたいと思っていたが身体がついていこなかった⋯⋯がすぐにユクトの言葉どおりになる。
「女神アルテナよ。彼の者を癒したまえ⋯⋯
白い光がラニを包むと右膝の傷が瞬時に治る。
そして⋯⋯。
「ユクト様の言葉どおり身体が⋯⋯動きます!」
身体を地面にひれ伏していたラニは先程とはうって変わってゆっくりだが立ち上がることができた。
「
「な、なるほど⋯⋯だから訓練は全力でやるようにとおっしゃったのですね」
「ああ⋯⋯筋力は負荷をかけて回復させることによって強くなる。本来なら自然回復で筋力をつける所だが時間もないのでそこは魔法を使う」
この方法なら2週間でも少しは筋力を増強することが出来る。剣で強い一撃を繰り出すためにも長時間戦うためにも筋力は必要だ。魔法使いでも接近戦を持ち込まれたとき再度距離を保つためには相手より速く動けることが重要で少なくともあって困るものではない。
こうして何度か回復魔法を使うことで、ラニは早朝の訓練を何とか終えることが出来たのであった。
そして朝食を食べた後、次は剣の訓練の時間となる。
だが今のラニは重力魔法の影響で、剣を振ることはおろか構えることができないため、まずは剣を持ち上げることから始めた。
次に昼食を食べた後休憩を挟み、魔法の指導を行う。
「ラニは何属性の魔法が使えるんだ?」
魔法には主に火、水、土、風、光、闇、無の7つの属性があり、その中でも防御、回復、補助、光属性の攻撃魔法は神聖系の魔法と言われている。
そして選択した魔法を唱えるのに十分な魔力があれば無詠唱で発動することができるがその分威力は落ちてしまう。
威力を重視するなら詠唱を行った方がいいが、即時発動、連射性を強めるに無詠唱の方がいい。
「私は⋯⋯光と水の魔法を使うことができます」
「光と水か⋯⋯」
無属性の魔法は強弱があるにしろ誰でも使うことができる。光と水か⋯⋯光のように眩しく水のように優しいラニにあっている魔法だな。
ラニは今13歳⋯⋯そうなると女神アルテナ様から称号を貰っている可能性が高い。剣も魔法も使えるとなると何の称号か気になるが、皇族を示すようなとんでもないものが出てきたら困るので、敢えて聞くのは止めておくことにする。
「ではラニの魔法の力がどれくらい強いのか確認したいので何か魔法を使ってくれないか」
「はい!」
ラニは集中するためか目を閉じて詠唱を始める。
「光の精霊よ、我が眼前にいる敵を滅ぼす矢となれ!
ラニが
「ど、どうでしょうか?」
不安な顔でチラリとこちらを見てくる。
何て答えればいいのか⋯⋯そんな表情をされると俺も言いにくいがそれでは彼女のためにならない。
「俺が見本を見せるから参考にしてくれ」
「は、はい」
俺はさっきラニが攻撃した岩に向かって無詠唱で魔法を放つ。
「
俺が放った無数の光の矢が上空から岩へと降り注ぎ、完膚なきまでに砕く。
「ヒ、ヒィッ!」
何故かラニが小さく悲鳴を上げる。
「な、何ですか今のは上級魔法!? いえ⋯⋯けど私と同じ
ラニの使った魔法は光の矢が岩に突き刺さる程度だったが、俺が使った魔法は岩を砕きそして矢の数も違う。
「さあ今俺が放った魔法と同じ様にやってみよう」
「無理です!!」
珍しくラニが感情をあらわに言葉を発してきた。
「なぜだ?」
「そもそも私とユクト様では魔力の強さが違いますからそんな魔法使うことはできません!?」
ラニの言うとおり魔法を使うときに注ぎ込む魔力の量が多ければ威力は上がるが⋯⋯。
「今の魔法はそんなに魔力を使ってないよ」
「本当ですか?」
う~ん⋯⋯これは少し説明が難しいな。
それなら⋯⋯。
「ラニ、これから魔法の使い方を教えるから動かないでくれ」
「魔法の使い方を? わ、わかりました」
魔法は教えるのが難しい。何せ本人の感覚で使っているようなものだからな。だがそれならそのイメージを共有すればいい。
「
魔法を唱えると俺の左手首とラニの右手首に光るリングが形成される。そしてそのリング同士は光る糸で結ばれていた。
「これは何でしょうか⋯⋯意識が溶けてしまうような⋯⋯でもすごく気持ちがいいです」
「この魔法はリングで結ばれた者同士の意識を同調させる魔法なんだ」
「リングで結ばれる? ふふ⋯⋯何だか夫婦みたいですね。ユクト様と結婚かあ。そんな未来も素敵ですね」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯すまん。この魔法は互いの意識か繋がっているから口にしなくても心で思ったことが伝わるんだ」
「えっ?」
「先に話しておけば良かったな」
「ほ、本当ですか!? 恥ずかしいです⋯⋯子供の戯れ言だと思って下さい」
そうは言ってもそんなにストレートに囁かれると何だか照れてしまう。
「ふふ⋯⋯私のような子供の言葉でも真剣に捉えて下さるのですね」
「1人の異性からの言葉なら茶化すようなことはしないさ」
「ユクト様⋯⋯」
魔法を教えるはずが何だか思わぬ展開になってしまった。
「そ、そうです!? ユクト様⋯⋯魔法の使い方を教えて下さい」
どうやら俺の意識がラニの方へと伝わったようだ。とりあえず今は目的を果たそう。
「まずはさっきと同じ魔法を使って見てくれ」
「わかりました」
そしてラニが
「次に俺がラニの身体を使って魔法を放つ。これはあくまでラニの身体だから光と水の魔法以外は使用できないし、ラニの魔力容量以上の魔法は使えない。魔力制御と魔法のイメージを重点的に見てくれ」
「はい!」
俺は魔力をラニの右手に集め無数の矢と岩を砕くイメージをする。
「凄いです。身体中から右手に魔力が集まっているのがわかります」
これは体内の魔力を制御できているからだ。
先程のラニは右手の部分だけの魔力を集めて魔法を放っていた。
「光の精霊よ、我が眼前にいる敵を滅ぼす矢となれ!
そして俺は集めた魔力が四散しないように魔法を解き放つ。
「これは!? ユクト様が集めた魔力が光の矢一つ一つに無駄なくそそがれているのがわかります」
そう⋯⋯ラニが魔法を使った時は魔力が魔法に上手く変換されていなかったことと元々制御出来た魔力が少なかったため光の矢の本数が少なかった。
「それとイメージですね。私は岩に矢を当てることしか考えていませんでしたが、ユクト様は岩を砕くイメージをしていました」
「魔法は想いの力でもある。自分の中でイメージ出来ていないものを発動することなんてできない。だがかといってイメージが出来ていても魔力が足りなければ話にならない」
「そうですね⋯⋯私は今まで魔法を使えた気になっていました」
「明日からは今俺が使った魔力の集束の仕方やイメージの方法を思い出して魔法の練習をしよう」
「はい!? 承知しました」
こうしてラニとの魔法の訓練を終え、1日目が終わりを遂げたのであった。
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