第8話 娘達はすぐに真似したがる
「レイラ! あなたは私の命の恩人に何てことをするのですか!」
ブルク村にラニの怒った声が響き渡る。
この女騎士の名前はラニの護衛でレイラと言うみたいだ。今はラニに俺を攻撃したことを咎められて地面に正座をしている。
「申し訳ありません。ですがお嬢様がこの男にキスをされているから無理矢理強要されているのではと思いまして」
えっ? 俺ってそんなに悪い奴に見えるのか?
「そんなことあるわけないでしょ! この方は⋯⋯ユクト様は私が負ってしまった傷を治し、暴漢達から護ってくれたのよ」
「そ、そうだったのですか⋯⋯ユクト殿。先程は突然襲いかかってしまい申し訳ありませんでした。私はお嬢様の護衛をしているレイラと言います」
レイラさんは地面に座ったまま俺に土下座をしてくる。
「いやいや立って下さい!? 気にしていませんから!?」
娘達の前で土下座させる父親⋯⋯端から見たら最低に見えるな。
「いえ、この無礼を晴らすには腹を切るしか⋯⋯それにお嬢様を危険な目に合わせた罰を受けないと!」
そう言ってレイラさんは白い綺麗なお腹を出して右手には剣を握っている。
おいおい。レイラさんは切腹でもするつもりなのか。
「おバカ!」
「いたっ!」
ラニはレイラさんの頭を小突き切腹を止めさせる。
何だか先程までラニは礼儀正しく大人顔負けのオーラを出していたが今はそれはなく、レイラさんが来てからは年相応に見えるな。それだけラニはレイラさんに心を許しているということか。
「お見苦しい所を見せました。レイラは少しネガティブになる所がありまして⋯⋯」
少し? と思わず突っ込みたくなったが何とか堪えた。そうなるとこういう切腹のようなことが頻繁にあるのか。
「ねえねえお姉ちゃん」
不意にトアがラニの右手を引っ張る。
「何でしょうか?」
「さっき何でパパにチュウしたの?」
トアが可愛らしく首を傾げてラニに質問をしている。
「え~と⋯⋯助けて頂いたお礼をしたのよ」
「そうなの? じゃあトアもパパに助けてもらったお礼をするぅ」
そう言ってトアは背伸びをして先程のラニと同じ様に俺の左頬にキスをした。
「パパありがとう」
「ああ⋯⋯トアが無事で良かったよ」
娘にキスをされるのも嬉しいものだな。俺は改めて暴漢からトア達を護れて良かったと思った。
「ふふ⋯⋯それじゃあボクも。パパ護ってくれてありがとう」
そしてミリアも背伸びをして俺の右頬にキスをする。
「ミリアも怖かっただろう。よく頑張ったな」
「怖かったけどパパが来てくれるって信じてたからね」
ミリアは笑顔で少し照れくさそうに答えてくれた。
「それで⋯⋯後ろでソワソワしているセレナ姉はパパにお礼のチュウをしないの?」
ミリアの言うとおり確かにトアがキスをしてきたころからセレナは表情をコロコロと変え落ち着かない様子だった。
「わ、わたし!? も、もちろんしますよ!? ええ⋯⋯これはお礼ですから!」
セレナもしてくれるのか。
俺はキスをしやすいように体勢を低くするとセレナがぎこちない動きで接近してくる。そして顔が近くなった時。
「あっ? でも左の頬はトアが右の頬はボクがチュウしたからセレナ姉は唇しか残ってないね」
「「えっ?」」
ミリアの思わぬ提案に俺とセレナの声が重なる。
おいおいミリアは何を言い出すんだ!
唇は将来好きな人が現れた時に取っておいた方がいいぞ。
だがおそらくこれはミリアがいつも言う冗談だろう。それとも親子で口にキスをすることは普通のことなのか? 奥さんがいない俺に取ってはよくわからない問題だ。
「な、な、な、何を言ってるのですか! 唇にキ、キスなんて!」
だがその冗談が通じないのがセレナだ。誰が見てもわかるくらい狼狽えている。
「べ、別に私は唇でも良いですけど⋯⋯」
思わず溢れてしまったのかセレナの言葉にここにいる皆の視線が集まる。
「ち、違います! 良くないです! 別に頬が残ってなくても首やおでことかいっぱいあるじゃないですか!」
いや別にもう一度頬でも良いと思うが。実際トアはラニと同じ左頬にしてくれたし。
「そうだね⋯⋯じゃあセレナ姉の好きなとこにチュウしなよ」
「ええしますよ。これはあくまでお礼ですから!?」
何だか変な雰囲気になってしまった。そしてセレナが近づいてきてキスをした場所は⋯⋯首筋だった。
「パパ⋯⋯ありがとうございます」
「セレナもありがとう。トアとミリアを護ってくれて」
そしてセレナが俺から離れた後、少し首筋に違和感を感じた。
「何かパパにチュウした時のセレナ姉⋯⋯エロいね」
「ミ、ミリアは何を言ってるの!?」
「セレナお姉ちゃんエッチエッチ~」
エロいって⋯⋯ミリアはどこでそんな言葉を学んできたのやら。トアも面白そうに真似してるし。
「あれ? セレナお姉ちゃんがパパにチュウした所赤くなってるよ」
「そうなのか?」
なるほど。首筋の違和感は赤く腫れているからなのか。
「しまった! ボクもそっちにすれば良かったあ! キスマークをつけるなんてさすがセレナ姉だね」
キスマークという言葉を聞いてトア以外の人達の顔が赤くなる。
「へっ? わ、私は別にキスマークなんて!? ちょっとパパの首を吸っただけなのに⋯⋯」
セレナ⋯⋯それをキスマークと言うんだよ。
「パパ! ボクももう一回していいかな?」
「トアも~」
「ダメです! 2人とも1度したでしょ」
セレナは俺の両左右から近づいてくるミリアとトアを必死で止めている。
「ユクト様はお子様と仲がよろしいのですね」
「こんな可愛らしい娘達に慕われていいなあ」
その様子を見てラニとレイラさんが羨ましそうに視線を向けてきた。
ひょっとして2人も子供が好きなのかな?
「くそお⋯⋯ユクトの奴羨ましいぞ」
「もう⋯⋯おじいさんは何を言っているんですか。颯爽と現れたユクトくんもかっこ良かったですけどセレナちゃん達を庇ったおじいさんもかっこ良かったですよ」
「そ、そうかのう」
テラじいさんは珍しくテニばあさんに褒められたことで照れてしまう。
こうして突如始まったラニや三姉妹への襲撃は終わりを向かえ、ブルク村は平穏を取り戻すのであった。
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