第7話 新たな刺客?

 リーダー格の男が家の外へ逃げたした後


 俺は倒れた女の子の元へと向かう。

 本当は一刻も早く暴漢の男を追いたかったがまずはこの女の子を救わないと。


「パパ⋯⋯でも外に行く前にこのお姉ちゃんを助けて上げて」


 トアも俺と同じ意見だったようで、救いを求めるような瞳でお願いをしてくる。


「わかった。まかせてくれ」


 そう答えると娘達は安心したのか少しだけ笑顔を見せた。


 見たところこの女の子は呼吸が荒く、目を開けるのが辛いのか瞳は閉じている。全身傷だらけだが腹部が特に損傷が酷いようだ。回復薬で血は止まっているようだが焦げた後があるのでおそらく火の魔法か何かで撃ち抜かれたのだろう。


 だが今は俺にもこの女の子にも時間はない。観察するよりまずは回復魔法をかける。


「女神アルテナよ。彼の者を癒したまえ⋯⋯完全回復魔法パーフェクトヒール


 白い光が女の子を包むと身体全体の傷が治り、先ほどまで荒々しかった呼吸は穏やかになる。


「うぅ⋯⋯」


 そして女の子は声を上げゆっくりと目を開けた。


「これでもう大丈夫だろう。後は⋯⋯回復魔法ヒール


 俺は壁際に倒れているテニおばあさんとテラおじいさんに回復魔法かける。


 二人は見たところ大きな損傷はないからこれで意識を取り戻すだろう。


「3人共後は頼む」

「はい」

「ボクに任せて」

「パパがんばってね」


 そして俺はこの場から逃げ出したリーダー格の男を追うため、外へと繋がるドアを開けるのであった。



 ユクトが背後に気配を感じた後


「残念ですが私は生きていますのでその契約は成立しません」


 自宅から出て来たのは先ほど俺が回復魔法で傷を治療した女の子だった。


「バ、バカな! このガキの傷は致命傷だったはず!」

「私自身も信じられません。死を覚悟していましたがどうやら閻魔様に嫌われてしまったようです」


 この女の子は⋯⋯高価な服装、清楚な見た目、そしてこの会話の仕方からどうやら貴族であることが伺える。

 リーダー格の男の狙いがこの女の子なら、他貴族との権力争い、他国に取って重要な人物、もしくは後継者争いのため襲われたといった所か。


「確かに腹を炎の槍で貫いたはずだ⋯⋯それが治療されとは。教会の枢機卿クラスでないと⋯⋯」

「枢機卿? 会ったことはないがこれくらいの傷なら別に枢機卿でなくても治せるだろ」

「ありえない⋯⋯なぜこうなった」


 リーダー格の男は俺の言葉を聞かずブツブツと何かしゃべっている。


「このままだと俺が⋯⋯」


 こいつ⋯⋯何かに怯えている?

 とにかくこの男にこれ以上暴れられても困るので無力化するぞ。

 俺は男に向かって拳を振り上げたその時、森の方から殺気を感じた。


「なんだ!?」


 すると突如数本の弓矢が一直線に向かってきた。


 だがこれは俺を狙った物ではない。この矢の軌道は⋯⋯狙いは女の子か!


「きゃあ!」


 俺は振り上げた拳を下ろし、急ぎ悲鳴を上げた女の子の元へと走り出す。


「間に合え!」


 風を切るような音で女の子に弓矢が向かってくる。

 まさかこれもこの男の策略なのか。降参する振りをして油断させ仲間に狙撃させる。


 俺は右手を伸ばすと何とか弓矢を掴み、女の子を巻き込んでそのまま地面を転がる。


「大丈夫かい?」

「は、はい!」


 良かった。とりあえず女の子を弓矢から守ることができた。

 だがまだ終わったわけではない。

 俺は弓矢が放たれた方に視線を向けると⋯⋯既にそこには誰もいなかった。


「がっ! あ⋯⋯あっ⋯⋯」


 そして突然背後からうめき声が聞こえたので視線を向けるとリーダー格の男が矢で額を貫かれ、ゆっくりと倒れていく様が見えた。


「キャアァァッ!」


 女の子が絹を切り裂くような声を上げ、額から血を流したリーダー格の男から目を背ける。


「まさか初めからこの男を始末するために!?」


 そして矢が放たれたのはリーダー格の男だけではなく、俺がここに来る時に気絶させた奴らにも向けられていた。

 森の方角に集中してみると誰かが立ち去って行くのが感じられる。


 追うか!?

 今なら全力で追えば逃げた奴を捕えることができる。


 いや、やめておこう。俺は9年前のタルホ村での出来事が頭を過った。あの時のように敵を追撃して別動隊が娘達を襲ったら⋯⋯それだけは絶対に避けなければならない。

 俺は追いかけるために足に入れた力を抜き、押し倒してしまった女の子に向かって手を差し伸べると女の子は戸惑いながらも俺の手を取り、立ち上がる。


「ありがとうございます」


 女の子はスカートの両端を持ち、まるで貴族のようにお礼を述べてきた。

 やはりこの女の子の育ちは良さそうだ。おそらく貴族であることは間違いないだろう。


「「「パパ!」」」


 娘達が自宅の方から駆け足で向かって来たので俺は抱き止める。

 良かった。とりあえず娘達と女の子を無事に守ることができたんだ。


「さすがパパです。暴漢をあっという間に倒すなんて」

「パパすごいすご~い」

「パパ! パパ!」


 痛い痛い。

 娘達はよっぽど怖かったのかいつもより強い力で抱きしめてくる。

 けどそれも仕方ないか。10歳の女の子がいきなり知らない男達に襲われたんだ。その心情は俺にはわからないほど恐怖だったろう。

 本当はもう少し抱きしめて上げたいが、今は目の前にいる女の子に事情を聞かないといけない⋯⋯。


「ガッシャーン!」


 突然ガラスが割れる音が聞こえたため娘達を強く抱きしめ辺りの様子を伺う。


「何ですか今の音は!?」

「まだ悪い人がいるの!?」

「パパ怖いよう⋯⋯」


 今の音は自宅からだった! まだ敵が残っていたのか!


「大丈夫。俺が必ず護るから⋯⋯君も俺の側へ」

「は、はい!」


 また弓矢で狙われたら堪らない。近くに入れば守ることができるので娘達と同様女の子を俺の元へと呼び寄せる。

 だが悠長なことをしている暇はない。自宅にはまだテラじいさんとテニばあさんがいるので急ぎ向かわなければ。

 俺は娘達を連れて自宅へと行こうとしたその時、自宅のドアから2つの影が飛び出してきた。


「ふう⋯⋯酷い目にあったわい」

「命があるだけ良かったですよ」


 ドアから出て来たのはテラじいさんとテニばあさんだった。


「お二人共大丈夫ですか!?」

「おお⋯⋯ユクトか。わしもばあさんも大丈夫じゃ。矢が部屋に射ち込まれたときは肝を冷やしたがな」


 矢だと!? 森へ逃げた奴の仲間か!


「じゃが部屋の中にいた男達は皆⋯⋯」


 殺されたというわけか。


 まるで女の子を殺害することに失敗した粛清かもしくは依頼人が誰かわからなくするために口封じをしたように見える。


 いったいこいつらは何なんだ!?


 今後のためにも女の子から是非とも事情を聞いておきたい。


「えっと⋯⋯俺はユクト。君はどうしてこの男達に狙われたのかな」

「それは⋯⋯私に⋯⋯。それと自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はラフィ⋯⋯ラニと申します」


 ラフィ? 今この子は名前を言い直したぞ。何か名前を言えない事情があるのか? それとも他に⋯⋯。


「私はトアです」

「セレナと言います。怪我が治って良かったです」

「ミリアだよ。あんなにすごい血を流していたのに治しちゃうなんてさっすがパパだよね」


 俺が女の子の正体に思考を巡らせている間に娘達が自己紹介をする。


「私も死を覚悟していました⋯⋯ユクト様は神聖教会の方でしょうか? まさか聖者様でしょうか?」

「まさか。俺はただの元Cランクの冒険者ですよ」


 神聖教会はこの大陸に布教している女神アルテナ様を崇める宗教だ。確か過去に回復魔法や支援魔法に最も優れた方が聖者の称号を持っていて歴史上でも数人しか出ていなかった気がする。その方と同じ称号を俺が持っていると思うなんてこの子は大袈裟だなあ。


「それでは何か他にすごい称号を持っているのですか!? いえ申し訳ありません。称号を聞くなんて失礼ですね」


 称号は相手の得意分野がわかってしまうから基本他人に教えるようなことはしない。だが貴族は有名な称号を持っていれば箔がつくのであえて公表したり、あまりにもレアな称号だと大きな功績を上げた時にバレてしまうことが多い。


「ユクト様⋯⋯助けて頂いたお礼をしたいのですがあいにくと今の私にはこれしか⋯⋯」

「苦しんでいる人を助けるのは当然ですよ」


 女の子が一歩一歩と俺に近づいてくる。


「申し訳ありません。少し屈んでもらえますか?」


 何がお礼なのかよくわからないがとりあえず女の子の言葉に従って体勢を低くすると⋯⋯頬に熱いものが触れた。


「えっ?」


 キス⋯⋯された?

 女の子は俺からもう離れているがこれは確かにキスだ。

 なるほど。貴族らしいお礼だな。

 女の子の方を見ると顔が段々と赤くなっているのがわかる。

 これは大人に見られたい年頃なのか、少し背伸びをしたお礼をくれたってことなのかな。

 俺は女の子の行動を微笑ましい気持ちで見ていたが、すぐにそんな余裕はなくなる。


「貴様!」


 突如森の方から左手に剣を持った騎士の格好をした女性が俺を目掛けて突進してくる。

 まさか先程男達を弓矢で殺害した奴が戻ってきたのか!


「お嬢様に何をやらせた!」


 お嬢様? お嬢様とはこのラニのことか!?


「誤解だ!」

「死になさい!」


 どうやら俺の話は聞いてくれなそうだ。

 女騎士は殺気を纏いながら飛び上がり上段から斬りつけてくる。


 俺は剣をかわすのではなく咄嗟に女騎士との距離を詰め、剣が振り下ろされる左手首を掴み、そのまま一本背負いで地面に投げ飛ばすが、ダメージを負わないように地面に着く瞬間投げるスピードを緩める。


「あう!」


 地面に当たる瞬間女騎士は苦悶の声を上げる。

 そして俺は女騎士が左手に持っていた剣を取り上げ、攻撃されないよう背後の茂みへと投げるのであった。


―――――――――――――――


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