第3話 日常

 朝7時。

 俺の日課はまず娘達の朝食を作る所から始まる。

 今日は卵と畑で取った野菜があるのでオムレツとスープにしよう。


 まずはスープを作るため、牛肉や牛骨など香辛料や香味野菜を加えたブイヨンに、火が通りにくい野菜から入れて煮込む。


 次にオムレツを作るため容器に卵を割り入れよくかき混ぜる。そして塩やコショウを投入してさらにかき混ぜてザルに濾す。

 ザルを通すことによってなめらかできめこまかい卵液を作ることができるからだ。

 フライパンを火にかけてバターを溶かし卵液を入れ、常にヘラでかき混ぜることによって凹凸ができず、均一な形のオムレツができる。

 卵が半熟になったら一度フライパンを火から外し、三日月の形になるよう

 卵を折り畳み、強火の火にかけて表面を固めれば出来上がりだ。


 そして20分ほど立つとスープの良い香りがこの家に充満してくると娘達が匂いにつられて起き始めてくる。


「パパ! おはようございます」


 長女のセレナは起床したばかりでも髪や衣服の乱れがなく、完全に目が覚めているようだ。


「パパおはよう⋯⋯今日もご飯が美味しそうだね~」


 次女のミリアも特に睡魔が残っていることはなく、ハッキリとした口調で話し、テーブルの上にある朝食に目が奪われている。


「⋯⋯はよ」


 そして最後に登場したトアは⋯⋯目が開いておらず歩いている様もふらふらしていて危なっかしい。そしてしっかりと服を着ている姉2人とは違ってまだパジャマのままだった。


 トアはおぼつかない足でイスに座ろうとするが、まだ半分夢の世界にいるため、テーブルに足をぶつけてしまい床に転びそうになる。


「危ない!」


 しかしトアの行動を予測していたのか、姉のセレナが倒れそうになるトアを支え、何とか地面にキスすることを避けることができた。


「トアちゃんしっかりと目を開いて歩かなきゃダメよ」

「⋯⋯⋯⋯」


 だが当の本人は転びそうになったことを気にもせず、また眠りの世界に入っている。


 トアは低血圧なのか朝がすごく弱い。(そんな中、たまに俺の布団に入ってくるのは何故なのか疑問だが)

 セレナもそれがわかっているため、とりあえずトアをイスに座らせる。そして俺が作ったオムレツをトアの口に運ぶと、突然トアの目が開き言葉を発する。


「いただきます~」


 トアは何故か俺が作った朝食を口にすると覚醒するみたいで、いつも起こすのはセレナの役目になっていた。


 そんなトアの目が覚めた様子を見て、セレナも自分の席に着き食事を始める。


「いただきます」


 そして姉と妹が食べ始めるのを見てミリアもいただきますをして食事を取る。


「う~ん美味しい! このオムレツ中が半熟でフワフワしてる! お父さんのご飯は最高だね」

「料理人のを持っているパパのご飯はいつ食べても美味しいです」


 娘達は美味しそうに俺が作った朝食を食べてくれている。

 セレナが言うとおり料理人のは伊達じゃない。俺は通常の人より食事を作ることに長けているからな。


 称号とは人が持つその人物の才能もしくは形容を表すものだ。

 13歳になるとこの世界の女神であるアルテナ様から授かることができ、称号を知ることができる特別な魔道具がある教会や冒険者ギルド、城などで確認することができる。

 剣士だったら剣の扱いが、僧侶だったら回復魔法を習得するのが早いが、称号がないからといって必ずしもその技術を覚えることができないというわけではない。


 これがこの家で毎朝起こる出来事であり、今日という1日が始まる合図であった。



「それじゃあ食糧調達のため森に行ってくるよ」


 俺は娘3人に見送られながらブルク村の目の前にある森へと向かう。

 冒険者時代に稼いだ金は残っているからある程度働かなくても暮らしていけるが、何かあった時のためになるべく手をつけないようにしているため、この村に来てからは森に生息している動物を狩って生活の生業にしている。


「パパの留守はセレナが守るので安心して下さい」

「今日の夕御飯楽しみにしてるよ」

「パパ⋯⋯早く帰ってきてね」


 三者三様に俺を送り出してくれるが、何せ娘達はまだ10歳だ。普通なら家に置いておくのは親として心配だろう。


「ユクトくんも可愛い娘が心配だろうけど私達に任せて狩りをお願いね。でもこの村でも最近魔物が増えているから気をつけて」


 そう言って娘達の後ろから現れたのはうちの隣に住むテニばあさんとテラじいさんだ。

 俺は施設にいたからそこで赤ちゃんや乳幼児の世話は慣れていたが2人がいなければ到底娘達を育てることはできなかっただろう。

 以前冒険者としてこの村の依頼を達成したことはあったが、テニばあさんとテラじいさんは余所者の俺をすんなり受け入れてくれ、狩りでいない間は娘達の面倒を見てくれている。他の村の人達とは(とくに女性とは)打ち解けていない娘達も2人には心を許しているのでとても助かっていた。


「いつもすみません」

「いいのよ⋯⋯私達も好きでやっているんだから」

「わしはばあさんがいうから仕方なく⋯⋯」


 テラじいさんはそっぽを向いて話すが俺達はそれが嘘だとわかっている。


「あら? おじいさん。昨日から3人と遊ぶのが楽しみで寝てないでしょ?」

「な、何を根拠にそんなことを⋯⋯」

「目の下にくまがありますからね」


 テニばあさんは得意気な顔をしてテラじいさんの目の下にあるくまを指摘する。


「こ、これはだな⋯⋯たまたま昨日は暑くて眠れなかっただけじゃ! ユクトもニヤニヤしてないで早く狩りに行かんか!」


 おっと⋯⋯テラじいさんの行動が微笑ましくて思わず笑みを浮かべてしまったようだ。


「わかりました。ご馳走を持ち帰るので楽しみにしておいて下さい」

「「「いってらっしゃ~い」」」


 こうして俺は娘達に見送られ、ブルク村の北にある森へと向かうのであった。



「おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に遊びましょう」


 三姉妹のうち1番人懐っこいトアがテラとテニの手をとり家へと向かう。


「トアちゃんはおばあちゃん達と何をして遊びたいの?」

「おままごと!」


 トアのおままごとという言葉を聞いてテラの顔が一瞬ひきつっていたが、すぐに元の顔へと戻る。


「ならじーじはお父さん役でもやるかのう」

「ダメだよ。お父さん役はパパがやるからテニじいは⋯⋯ペットの犬をお願い」

「わ、わしは犬か⋯⋯」


 普段のテニじいさんなら犬の役などやらないがこれも可愛いトア達のため渋々承諾する。


「では私がお母さん役をやりましょう」


 セレナは挙手をして母親役に立候補する。


「ん? セレナ姉は何でお母さん役をやりたいのかな?」


 おままごとの役についてミリアがセレナに問いかける。


「わ、私が3人の中で1番年上だからよ。べ、別に他意はないわ」

「そうなんだ。私はてっきりお母さん役をやってパパと夫婦になりたいのかなって思ったよ」

「なっ!」


 セレナはミリアの言葉を聞いて思わず大きな声を上げてしまう。


「ち、ちがうわ! そんなこと少しも思ってないわ! けどパパと夫婦か⋯⋯えへへ」


 今のセレナの顔はだらしなく緩んでいてとても他意がないようには見えなかった。


「そうなの? だったらお母さん役は私でいいよね」

「えっ? それは⋯⋯」


 セレナは初めは本当にユクトとの夫婦関係を夢見たわけではないが、1度考えてしまったら素直に母親役を譲るとは言いたくなくなってしまった。


「お姉ちゃん達何を言ってるの? お母さん役は私がやるんだよ」

「えっ? でも⋯⋯」

「しょうがないなあ。今回はトアに譲るよ」


 しかしおままごとをやると言い始めたトアが母親役を譲らず、結局セレナとミリアは自分の意見を取り下げることにした。


「ふふ⋯⋯3人ともお父さんのことがとても好きなのね」


 テニばあさんは笑顔を浮かべながら三姉妹のやり取りを見守っている。


「そうだよ。将来トアはパパのお嫁さんになるのぉ」

「ボクも未来はパパと結婚するつもりだから。セレナ姉は違うみたいだけど」


 セレナはトアとミリアの素直な気持ちを聞いてワナワナと震え始める。


「わ⋯⋯私もパパのお嫁さんになるんだからぁぁぁ!」


 妹達の言葉を聞いて負けまいとついセレナは自分の本心を叫んでしまう。


「あらあら⋯⋯ユクトくんはモテモテね。3人ともお父さんが大好きだって気持ちが伝わってきたわ」


 ユクトの家に三姉妹から微笑ましい幸せな空間が広がっていくかと思えたが一概にそうとは言えなかった。


「早くやるならやらんか⋯⋯どうせわしは犬じゃし」


 皆に忘れられたテラじいさんは自虐的にポツリと呟きおままごとが始まる。



 そして1時間ほど時が過ぎるとトア達とテラじいさん、テニばあさんのおままごとが終わり、昼食の時間となる。


「そろそろお昼の準備をするわね」

「「「は~い」」」


 テニばあさんの言葉に3人は元気な声で返事をして自宅へと戻った。


「3人とも何か食べたいものはあるかしら?」

「「「パンケーキ!」」」


 3人は声を揃って同じ意見を口にする。


「それはお菓子だから」


 テニばあさんはパンケーキという言葉を聞いて苦笑した。


「そうね。お昼はお魚料理にしておやつにパンケーキを作ろうかしら」

「わ~い。ありがとうテニばあ」


 トアは無邪気に喜び。


「ボクも楽しみだね」


 ミリアはニヤリと笑みを浮かべ。


「2人とも甘いものが好きだなんて子供なんだから⋯⋯でも私も食べたいです」


 セレナはトアとミリアを子供扱いをするが、素直に自分の感情を口にするのであった。



 その頃ブルク村の北の山では


「ヒュッ!」


 風を切るような音がユクトが放つ矢から聞こえてくる。


 昼食の時間になった時にユクトは既に20匹ほどの鳥を仕留めており、魔法を使って異空間に収納していた。


「これだけ取れば村のみんなにもお裾分けすることができるだろう」


 ユクトの矢を受けて地面に落ちた鳥を拾い、ブルク村の方へ視線を向けて呟く。


 昼食の時間には間に合わなかったが、娘達から早く家に戻るように言われていたため、今日の狩りはここまでにするかと思い始めた時、ブルク村の方から黒い煙が立ち上るのが見えた。


「あれは⋯⋯まさかブルク村で何かが!」


 ユクトの頭にはまず9年前、娘達がいたタルホ村が竜に襲われたことが頭に過った。


 ふざけるな! あそこには娘達が⋯⋯テニばあさんやテラじいさん⋯⋯村の人達がいるんだぞ!


 ユクトは手に持った鳥を投げ捨て、急ぎ村に向かって駆け走る。


 俺はあの時と同じ様にまた村を守ることができないのか⋯⋯いやそんなはずはない! 竜が襲いにきたとは限らないしまだ絶望にうちひしがれる時じゃないぞ。今は一刻も早く娘達の元へと向かうんだ。


 ユクトは3人の娘達の顔を思い浮かべながら全力でブルク村へと向かうのであった。


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