第2話 寝るときは静かに寝たい

 タルホ村が銀の竜種に滅ぼされてから9年の月日がたった。


 俺はルナファリア公国の首都であるジールベルグを離れ、辺境にあるブルク村へと引っ越し住んでいる。

 都会の方が様々な品物が手に入りやすく便利だが、子育てをするなら都会の汚れた環境よりのどかな場所の方が良いと判断したからだ。


 タルホ村で保護した乳幼児は大きくなり、今ではになろうとしていた。

 とは言うものの俺は3人の本当の年齢を知らない。

 だから3人を救いだした時、伝い歩きができるようになっていたので、初めて会った日を1歳とすることにした。


 3人を引き取り、田舎で暮らす決意をするということは冒険者のパーティーを解散しなければならなかったので、ゴードンに激しく非難されたことを思い出す。


「ふざけるな! パーティーを解散するだと!」


 俺達と乳幼児3人以外誰もいないタルホ村にゴードンの声が響きわたる。

 ゴードンの声が大きく威圧的であったため、3人の乳幼児達が恐怖を感じたのか泣いてしまう。


「ちょっとゴードン。大きな声を出さないで! この子達が怖がっているでしょ」


 乳幼児達をあやしていたリリーはゴードンに対して怒り、静かにするよう注意を促す。


「わ、悪い。けど3人が泣き始めたのはお腹が空いたからじゃないのか? リリーがあげれば泣き止むと思うぞ」


 ゴードンは具体的には言わなかったけどリリーの胸に視線を向けていたため、俺は何が言いたいのかがわかった。


「バ、バカじゃないの! 私から出るわけないし! ていうかそういうことしたことないから!」


 俺に向かってリリーはすごい剣幕で言葉を捲し立ててきた。


「いや⋯⋯俺が言ったわけじゃないから」


 言ったのはゴードンだ。15歳の女の子としては大人の階段を登ったと勘違いされることがよっぽと嫌だったらしい。


「そうだな。リリーはそういう経験が出来てなかったな。悪い悪い」

「死になさい!」


 リリーは腰に差していたナイフをゴードンに投げつけるが、ゴードンはそのナイフを右手の人差し指と中指で軽々と刃の部分を挟み込み受け止める。


「2人ともふざけすぎだぞ。俺の決意が鈍ることはない」


 リリーとゴードンが何を言おうがもう決めたことだ。


「ユクト⋯⋯あなたはこの子達を自分に重ね合わせているの?」


 俺はリリーの言葉に心が揺さぶられる。


「重ね合わせていないと言ったら嘘になる。俺も親が亡くなって施設で育ったからな」


 毎日食事も満足に出来ない環境、親がいないことで周囲から白い目で見られ、何か問題が起きると真っ先に疑われる。あの頃には二度と戻りたくない。

 この子達が施設に入るとしたら俺より恵まれた環境かもしれない⋯⋯だがもっと劣悪な環境かもしれないと思ったらどうしても見捨てることが出来なかった。

 それに何より今回は村を護ることより盗賊を追うことを優先した俺の判断ミスが招いた結果だ。


「納得できるかよ! 俺達は依頼達成率100%のパーティーだぞ!?」


 ゴードンは俺の言動に腹を据えてか、声高に殺気を含ませながら言葉をぶつけてくる。


 ゴードンの言うとおり、俺達は今まで依頼を失敗したことがない。

 定期の依頼でも、予期せぬ突発的な依頼でも全て達成してきた。


「経験年数が足りねえからCランク止まりだけど俺達ならA⋯⋯いやSランクに行くことも可能だ! それをお前は⋯⋯」


 冒険者のランクはどんなに実力があり、依頼を達成していようが、Bランクは5年、Aランクは10年、Sランクは15年の経験年数がなければ上がることができない。


「ゴードン⋯⋯もうその肩書きを使うことはできないぞ。俺達は今日⋯⋯依頼を失敗したから」


 Cランクだけど依頼達成率が100%だから信頼してくれる人達もいたが、これでその信頼も落ちたかもしれない。


「くそが! もう勝手にしろ!」


 そう言ってゴードンは村の外へと行ってしまった。


「私はユクトの境遇がわかっているから頭ごなしに反対はしないけど⋯⋯でも一緒のパーティーでやれないのは寂しいよ⋯⋯」


 リリーは5年前からの知り合いで、俺が施設でどんな目に合ってきたかある程度の事情は知っているから理解を示してくれた。


「すまん」


 ゴードンとリリーには本当に申し訳ないことをしたと思っているため、俺は謝罪の言葉を口にし、頭を下げるのであった。



 そして月日がたった今、ゴードンやリリーがAランクの冒険者になったという噂を聞いた。

 2人は本来だと冒険者の経験年数が足りないため、Aランクにはなれないはずだが、規格外の実力でも見せたのか、それとも冒険者ギルドの方針が変わったのかわからないが、見事一流の証を手に入れたみたいだ。


 だが俺にはもう関係のない話、今は朝の睡眠を少しでも満悦するとしよう。

 暖かな布団⋯⋯この心地よい場所ならいつまでも寝ることが出来るだろう。


「ん?」


 しかし俺は布団の中に違和感を感じる。普段より布団が暖かい。そうなると⋯⋯俺はかけ布団をそうっと捲るとそこには黒髪でリボンを後ろにまとめた頭が見える。


「やれやれ⋯⋯ミリア。寝るところを間違えているんじゃないか?」


 布団の中にいたのはタルホ村で引き取ることにした乳幼児⋯⋯次女のミリアだ。ミリアは3人の中でも飛び抜けた発想力を持っており、他とは違った視点で物事をみることができる。だからなのか多少人をからかうことが好きなようで、よく長女のセレナが手を焼いている姿を見る。


「ミリア⋯⋯ミリア⋯⋯」


 ミリアはまだ寝ているのか俺が声をかけても目が覚める様子がない。

 まだ外は日が出始めた頃、起きるには早い。

 しょうがない⋯⋯寝ているミリアを起こすのも忍びないのでこのままもう少し一緒に寝るとするか。


 俺は布団に入り目を閉じるが、残念ながら夢の世界へ旅立つことはできなかった。

 なぜなら俺の部屋の扉が勢いよく開けられたからだ。


「パパ! ミリアがいま⋯⋯せ⋯⋯ん。あぁぁ! やっぱりここにいたのね!」


 どうやら長女のセレナが、子供部屋からいなくなったミリアを探しに俺の所に来たようだ。


 血相をかいて部屋に乱入してきたのはタルホ村で引き取ることにした3人の乳幼児の内の1人、長女のセレナだ。

 金髪のロングの髪を持ち、真面目で長女らしく下の子の面倒を見てくれるのでとても助かっている。


「ほら! ミリア! パパの睡眠の邪魔になるでしょ!? 早く部屋に戻るわよ!」


 セレナはミリアの肩を揺すり大きな声で起こすが、残念ながらミリアは起きる気配がない。


「ミリア。起きているのはわかっているのよ? このまま寝た振りをするというならくすぐるからね」


 セレナは手をワキワキさせながら、ミリアへと近づく。


「ん⋯⋯あれ? セレナ姉?」


 どうやらセレナの脅しが効いたのか、ミリアは目を擦りながら閉じた瞳を開けていく。


「何でミリアはいつもいつもパパの布団で寝ているんですか!?」

「私は悪くないよ? お父さんの布団が暖かくて寝心地がいいのがいけないと思うな」

「そんなことが言い訳になると思うのですか!?」


 セレナは自分の腰に両手を置き⋯⋯如何にも姉らしくミリアを叱りつける。


「ほら、セレナ姉も入ってみなよ」

「えっ!?」


 ミリアから思いもよらぬ提案だったのかセレナは驚きの声を上げる。


「な、何を言っているの!? 私はもう大人何だからパパと一緒に寝るなんてそんなことは⋯⋯」


 セレナの語尾は段々小さくなり、布団にチラチラと視線を送り始める。


 これはひょっとして⋯⋯。


 セレナは、言葉では否定していても布団の中に入りたそうだ。


「ほらほら気持ちいいよ。セレナ姉も素直になりなって」


 ミリアが悪魔の⋯⋯いや小悪魔の誘いでセレナを布団に引きずり込もうとしている。そしてその誘惑に負けたのかセレナは少しずつ布団に引き寄せられており、ミリアの誘いに乗るのも時間の問題だ。


 朝早いからセレナも眠いのだろう。俺としてはこのままセレナと一緒に寝ることは問題ない。というよりまだ眠いから早く布団に入ってまた寝たいぞ。


 そしてセレナは腕を伸ばして布団をめくり入ろうとするが、しかし掴んだのはミリアの右手だった。


「わ、私はもう大人ですから!? 寝る時は1人で寝ます!」

「セレナ姉は素直じゃないなあ」


 俺から見てもセレナは我慢しているように見える。やはりこれは母親がいないため、長女としてしっかりしなくてはというセレナの決意なのかもしれない。


 10歳なら親にもっと甘えていいだろうに。

 1人親の環境で何だかセレナに申し訳ない気がしてきた。


「さあ早く私達の部屋に戻るわよ!」

「ちぇ⋯⋯つまんないの」


 ミリアはセレナに布団から引きずり出され、この場は収まるかのように思われたが、突然新たな侵入者が現れる。

 その侵入者はあまりにも自然に部屋に入ってきたため、セレナもミリアも初めは気づかず、布団の中に入る時になってようやく感知することができた。


「「トア!?」」


 争いをしていたセレナとミリアはトアの存在に気づくと声が重なって妹の名前を口にする。


 トア⋯⋯タルホ村で引き取ることにした3人目の乳幼児。少したれ目で銀髪の髪を両左右にリボンで止めた可愛らしい娘だ。甘えたがりでとても優しい娘で最近は料理を手伝ってくれているので俺はとても助かっている。


「お姉ちゃん達おはようございます⋯⋯そしておやすみなさい⋯⋯」


 そしてトアは俺の隣で目を閉じ寝てしまった。だがそもそもここに来た時もちゃんと起きていたか怪しい感じだったのですぐに夢の世界へ旅立ったようだ。


「ちょっとトアちゃん! ここはパパの⋯⋯って! ミリアもどさくさに紛れて布団の中に戻らないで下さい!」

「本当はセレナ姉もパパの布団で寝たいことはわかってるよ」

「な、何を言ってるのかなミリアは⋯⋯」


 セレナはミリアの言葉にどもっていることから明らかに動揺しているように見受けられる。


「ほら⋯⋯お父さんの隣は気持ちいいよ~⋯⋯素直になりなよ」

「わ、私は⋯⋯」


 重ね重ね言うがセレナはまだ10歳だ。しっかりしていることは父親として助かるが、もっと親に甘えても良いと思うけど。


「まあいいや。おやすみセレナ姉⋯⋯トアが起きちゃうから静かにしてね~」


 そう言ってミリアも目を閉じてまた夢の世界へと行ってしまった。

 そんな妹達の姿を見てセレナはワナワナと震え、そしてとうとう感情が爆発してしまう。


「私も一緒に寝るぅぅ!」


 そして大きな声で意思表示をしたセレナは2人の妹達に続いて俺の布団に入ってきた。


 こうして3人の娘達に囲まれてドタバタした1日がまた始まろうと⋯⋯いやこれから寝るからまだ始まってないな。始まりの予感を感じさせるのであった。

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