第2話

 ドアを開けると、案の定、外は異常なほど寒かった。それは、今日から新たな生活が始まる俺を拒絶きょぜつしているようで、気分が落ち込む。

 気合を入れ直すため、パチン!と両手でほおを勢いよく挟む。冷気と乾燥でパリついてい表皮にジンジンと痛みがひびく。

 シャキッとしろ、俺。そんなんじゃこれからやっていけないだろ。

「……っし」と小さく息巻いきまいて、俺はマンションのエレベータへ向かって歩き出しーーー。


 ガンっ!


 突然視界がさえぎられたと思った次の瞬間には、頬の痛みもき消えるほどの痛覚が俺をおそった。

「ぐ……」

 声にならないうめき声と共に、俺はその場に座り込む。痛ぇ。顔面強打がんめんきょうだクリーンヒット、痛えよ。

 俺の出鼻でばな(物理)をくじいたドア(凶器)は重さで勝手に閉まり、そこに人影ひとかげ(犯人)が現れた。人の存在はわかるのだが、顔面、特に鼻が痛すぎて顔面を上げる余裕が全く無い。あ、靴めっちゃ綺麗きれい

「だ、大丈夫ですか?」と、人影はうずくまる俺を見つけるなり、声をかけてきた。声は震えていたが、どうやら女性のようだった。

 俺は、若干過呼吸になりながら、顔を抑えていない方の手を前に突き出し「大丈夫」のポーズをした。実際めちゃくちゃ痛いだけでフラフラもしないし、あまり人の助けもいらなかった。

「え、あの病院とか……。あ、救急車!」

 しかし、俺のジェスチャーは全く届いておらず、慌てふためく女性。俺は繰り返し「大丈夫、大丈夫っす」と言って女性をなだめる。というか早く家に戻って水で冷やしたかった。


 しばらくして、やっと痛みが落ち着いたので立ち上がることができた。俺はそこで初めて女性の顔を見ることができた。

 なんというか今時って感じがする。女性っていうよりも女子って感じ。いちごオレとか好きそう。というか制服着てるし多分学生だ。しかも、俺はこの制服知っている。学校見学とか入学手続きをしに行った時に見た覚えがあった。

 これ、今日から俺が通う高校の制服だわ。


 目が合うと、名も知らぬ女子は「ごめんなさいっ!」と勢いよく頭を下げた。長めの髪がその動きに連動して、アクロバティックに揺れる。おぉ、すごいグラフィック。

「大丈夫っすよ、もう痛みも引いたんで。ほら」

 そう言って、俺は抑えていた鼻から手を離す。手は顔面から、妙にぬるっとした感覚とともに外れた。

 ぬるっ……?

 ぬるっ……!?

 恐る恐る手を見ると、俺の手は血で赤く染まっていた。

『ぎゃああああッ!!』

 ちょうど顔を上げたタイミングの女子と目が合い、二人して絶叫がハモる。

 俺は驚き後退りをする程度で耐えられたが、どれだけ酷かったのか、俺の顔を見た途端とたんに彼女の顔はだんだんと青ざめていき、その場でどさり、と倒れてしまった。

 どうすんだよこれ。

 どうすんだよこれ……。

 俺は冬空の下、マンションの共用通路で血を流しながら立ち尽くした。

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