第3話 藤色の疑惑
序
【・・・・・文部省科学大臣は、問題の件に関して詳細は語らず。選挙の妨害を企てる力が働いている。マスコミには、事実に基づいて慎重に報道する事を願うとコメントを残し国会会館を後にしました。求められている進退問題には一切触れず、スポーツ振興会との関係についてもノーコメントで・・・・】
「暑~い。ちよっと休憩しない?」
「賛成。」
「なんだよ。もう、へばってんのかよ。」
「あーでも俺も、ちょっと小腹空いたなぁ。コンビニでも寄らねぇ?。」
「まだ、食べるの?お弁当とは別に、差し入れも食べてたじゃない?」
「あれは、弁当の延長、これからのはおやつ」
「ありえない。良くそれで太らないわね。」
7月半ば、期末テストも終えて、夏休みを待つだけの、暑いこの時期、慎一達のサッカー部の試合が県内であるというので、私と柴崎は応援に行くことになった。試合後、現地解散となった慎一と藤木と、柴崎と私は一緒に帰ることになったのだけど、その道のりは思いのほか遠かった。駅からバスで20分の僻地にある県内の端っこにあるサッカー場は、4校の学生と応援の人達が合わさり、バス停には乗車待ちの長蛇の列ができていた。時刻表をみれば、日曜日で本数が少ない。仕方なく、駅まで歩くという安易な考えで歩き始めたのだけど、こんなにも駅まで遠いとは思わず、歩き始めて早々に後悔した。
柴崎なんかは、タクシー乗ろうよとずっと愚痴っているけれど、タクシーもあまり通らず。やっと見つけて手をあげたら、すでに賃送になっていたり。
「まだ残ってる。これ」
「出すなっ、それは食べ物じゃねー、薬だ。毒だっ」
「新田ー、そこまでいう?かわいそうだろ。ニコちゃんが一生懸命、作ってくれたのに。」
「良く言うよ、お前こそ、泣きながら食べたじゃねーか。」
「ニコちゃーん。こいつは酷い奴だよ。俺は、そんな男じゃないからね~、うれし泣きなんだよぉ」
「こういうのは、はっきり言った方が良いんだ。味覚音痴と。」
「ひっどーい。そこまで言う?いくら幼馴染でも、それは駄目でしょう。」
「あれを味覚音痴と言わずして、なんと言うんだ、柴崎も食べただろう。」
「うっ、ま、まぁ、食べたけど・・・・」
「おいしかったか?」
「・・・・・・」柴崎は顔を引きつらせ、私から顔を背ける
「私は、おいしいから食べて、とは言ってない。」
「ニコちゃーん。今度から、ふつーでいいよ。普通で。手の込んだ事しなくていいからねぇ。」
「藤木もやんわり酷い事、言ってないか?」
「残念。この実験は私の楽しい趣味なのに・・・・。」
「実験かよ!」
こんなに人と話すことが、楽しいと思ったのは何年振りだろう。もう2度と話すことが出来ないと思っていた2年前とは大違い。
楽しい。話す事が、皆といることが、学園生活が。4人の前なら緊張もしなくなって、日本語もスムーズに出るようになった。3人のおかげ。
駅に近い所で、コンビニを見つけて入った。慎一と藤木が食べ物、飲み物を店先で食べているのを眺めて待つ。柴崎が「夏休み、皆で、プールに行かない?」と言う提案は、選挙カーの演説で遮られた。
「すごい音量。」
「あぁーもう早くどっか行って!」
「信号渋滞で動けないから、中々だな。」
「・・・・・・・」
「この後、駅前で演説だって。有名人来るのかな?」
「・・・・・・・」
「ちょっと興味ある。」
「えーニコ、まじめ過ぎでしょう。あんなの聞いても私達、中学生は、選挙権ないから、かんけーないし。」
「見たことがないから、見てみたい。それに、今ニュースで話題の政党だし。」
「・・・・・・・」
珍しく無言の藤木に気が付いた。物知りの藤木が会話に入ってこない。それが珍しい。
藤木は、私が海外に移住していた期間の知らない事とか、慎一や柴崎ですらも知らない事を色々と教えてくれる。それは幅広くて、説明もわかりやすくて、知らない事はないんじゃないかと思うほど。私の知識欲を満たすのには十分で、聞いていて飽きない。
だけど今は黙ったまま、ずっと選挙カーを見ている。いや睨みつけているともいえるほど、眉間にしわを寄せていた。私は驚いた。
藤木がこんなふうに人を睨みつける顔を、今までに見たことがない。クラスでも、サッカー部でも、いつも目じりに皺を作って優しい笑顔を振りまく藤木。だから、何かあるのかなと選挙カーを見直したけど、睨む様な事は見つけられない。呼びかけのマイク音量は確かに睨みたくなる程五月蠅いけど。怪訝に思って首を傾げたら、私の視線に気が付いて、藤木は足元のエナメルバッグに視線を落とした。
「そろそろ、行こっか。」
顔をあげた藤木は、いつもの目じりを細めた笑顔。
私達は、日本の蒸し暑い歩道を、また、だらけ気味に歩きはじめる。
その一週間後、藤木は突然、学校に来なくなった。
1
(どうして、こうなる!やっと、逃れられたと思ったのに。)
くそっ!部屋の勉強机を握った拳で叩く。シャランとそばにあったチャームが振動で下に落ちた。
昨日、ニコちゃんが渡したいものがあると、寮に届けに来てくれたチャーム、手を伸ばして拾う。
これは、ニコちゃんの大事な物。このチャームの中には、あの虹色のビー玉が入っている。
幼き頃、ニコちゃんがフィンランドに行ってしまう前日に、新田がプレゼントしたという。二人の共通する大切な思い出が象徴化されたビー玉だった。柴崎も、これに助けられていた。2か月ほど前のハワイ研修旅行で死を覚悟したという連れ去り事件では、このビー玉が柴崎の異変を知らせてくれたと言ってもいい。柴崎は事なきに至らず帰国できた。ビー玉を入れるにちょうどいいこのチャームは、助けてくれたお礼にと柴崎がニコちゃんへとプレゼントしていた。それがきっかけで、ニコちゃんと柴崎は、今ではとても仲の良い友達になっている。新田を含めて、必然的に4人で居る時間が長くなり、学園生活は格段に楽しくなった。
やっと出来た仲間、だと思っていたのに。
また、壊される。
家に・・・
亮はチャームを握りしめた。
『こんにちは』
『偉いですねー、さすが藤木先生のご子息。』
『ええ。あんなに小さいのにねぇ』
『ずっと先生のおそばで、ちゃんと挨拶して、今後が楽しみですわね。』
『ほんとうに。』
小さい頃の記憶といったら、どこかの後援会会場の入り口で、握手する父の横に立ち同じように挨拶している景色しかない。
元気よく挨拶していれば、お父さんもお母さんも褒めてくれたし、握手を求めてくる大人たちも偉いわねと褒めてくれた。
あの頃は、それが当然というか、他に楽しい事を知らなかった。
出かける事は多くても、どこかの講演会の会場であることが多くて、遊園地だとか、動物園だとかに連れて行ってもらった記憶が亮にはない。
亮は、福岡の田舎町、藤木家の長男として生まれた。藤木家は祖先をたどれば、ただの農家の平民だ。たまたま持っていた農地が良い場所で、育つ作物は質が良く豊富に収穫ができた。余る作物を売り、得た金で更なる農地を広げ、小作人を雇えるまでになる。そして財を蓄え、商いにも手をかけ成功し、江戸末期の武士の権力衰退の頃には、困窮する武士に金を貸すほどの規模になっていた。力を失った武士の屋敷と土地と人脈を手に入れて、藤木家は更に大きくなり、奪い取った財を駆使して曾祖父、藤木勲は、内閣総理大臣の側近として、国家の為にその力と人脈をふるった。その後、祖父、藤木猛は内閣総理大臣として、第49代に就任し、昭和の中期に7年の任期を果たした。近年の総理大臣の中で一番長く務めるという偉業は、藤木家の力と名声を全国に知らしめ、福岡の城南市では藤木家のおひざ元とまで言わるまでなった。
そして亮の父、藤木守もまた、世襲議員として東京に住まいを移している。
亮がサッカーを始めたのは、小学3年生の春、ワールドカップで福岡出身のサッカー選手が活躍するのをテレビで見て、やってみたいと言ったのがきっかけ。福岡市内にあるサッカーチームに入部した。そこは九州でも一番大きく最強で、毎年ジュニアの全国大会に出場し、何度も優勝するほどの強豪クラブチームだった。入部する為の基礎テストがあるほどで、これになかなか受からないと言われていたほど、おまけにワールドカップで活躍した選手も、そこの出身の選手だった為に注目度は更に大きくなり、2か月に一度ある入部テストの希望者は急増し、対応が出来なくなったクラブチームは、入部テストを取りやめる状況になっていた。そんな状況の中、サッカーをやりたいと言った1週間後、亮はその強豪クラブチームの練習ユニホームを着てボールを蹴っていた。
チームに入部したくても、入部テストすら受けられない子供がいる中、何の障害もなく入部が出来たのは、藤木家の権力で入れたのだと亮が知るのは、そんなに遅くはなかった。
『ふじきー、5番マーク!』
『こっち、こっち。パス回せ!』
強豪チームと言われるだけあって、県内外からうまい子供が集まってきていた。クラブの子供達は大抵小1から始めていて、中には幼稚園の頃から始めたという子供もいる。亮の小3からのスタートは明らかに遅い方だった、それでも亮は、試合のスターティングメンバーに毎回、選ばれていた。
『ちっ、なんだよ藤木、お前ドリブル下手なんだから、さっさとパス回せよ。』
『そうだ。お前が、もたもたしてるから点取られたじゃねーか。』
『お前のせいで負けたんだからな。』
『これっ、健太!辞めなさい。』
『ごめんなさいね。藤木君。ほ、ほら、差し入れのおにぎり食べる?』
『いえ・・・要りません、ありがとうございます。』
『そ、そう。』
(これっあんたたち、藤木君になんて事を言うの)
『ホントの事じゃん。』
『そうだよ。』
(本当の事でも言っちゃ駄目なの、藤木君だけは)
『何でだよ』
(何でもよ。とにかく2度と藤木君の悪口を言っちゃダメよ、わかった?)
『悪口じゃねーよ』
(これっ!声大きい)
亮は、下手だった。誰もが認める、亮自身も認める。
だけど、試合に毎回出られるのは、亮が藤木家の息子だからにほかならない。当時、大人の事情ってもんを知らなかった亮は監督に、「自分ではなく、ちゃんと上手な奴を試合に出し下さい」と懇願した。だが、状況は変わる事なく、チーム内からの不満、批判だけが膨らんだ。亮はすぐさまサッカーを辞めたいと父に申し出た。だが、権力に物を言わせて無理に入部した手前、数か月でやめるなど許されない、そんな理由を直に言われはしなかったが、ダメだと言った父の目は明らかにそう語っていた。辞められないなら、上手くなるしかない。試合に出ても誰にも文句を言われないまでに。亮は必死に練習した。文句の言わせないプレーをするんだと。サッカー場のみならず、家の庭でも、夜遅くまで練習をした。
そうして誰よりも努力をして亮は、試合に出ても誰も文句は言われなくなるほどに上達したが、藤木家の息子である事は、みんなの意識から消える事はなかった。
目は口ほどに物を言う。
亮はいつの頃からか、人の表情、特に目を見れば、その人の本心が読み取れるようになっていた。あの人は、笑って握手しているけれど、本心から笑っていないなとか。あの人は悲しそうにしているけど、心は泣いていないで笑っているとか。相手が嘘をついている時ほど、それはよく読み取れた。
人には群れを作る習性があり、気の合う者同士が自然と寄り集まる。学校でも習い事でも、クラブでも群れはあって、群れ同士の派閥っていうのが生じる。サッカーでも同じ、フィールドメンバーの11人が、全員仲が良いという事はありえない。ベンチ組を含めればそれは顕著に表れる。レギュラー争いにおける裏腹な本心は、純朴に探求する子供だからこそ色濃い。それらすべてを亮は読み取っていた。
『あいつ、えらそーに指示しやがって。』
『あいつ親のコネで入ってきたんだろう。』
『入部テスト受けてないって聞いたぜ』
『昔、めちゃくちゃ下手だったのによ、毎回、試合に出してもらってりゃ上手くなるわな。』
『親のコネで、キャプテンの座もな。監督に金を払ったとか。』
一緒に勝利を喜んでも、チームメンバーの亮に対する心の本心は黒いままだった。
亮は地元のチームから逃げるように、神奈川県にある常翔学園中等部のサッカー推薦を受けた。
『一緒に合格できるといいな。』
そう言って笑った新田慎一の言葉に嘘はなかった。
ずっと「藤木家の息子」の肩書を背負って生きて来た亮が、初めて肩書に縛られることなく話をした相手が新田慎一だった。普通の会話が、こんなにも軽くて楽しいものだと初めて知った。
常翔学園は、幼稚舎から大学まである私立学校、サッカー推薦の倍率は毎年10倍を超える。ただサッカーだけが上手くてはダメで学力と技術と面接を3日間かけて審査され最終的に10名が選ばれる。一日目は基礎体力と基本技術テスト、足の速さや、ドリブルなどの基本動作の確認。ここで150人ほどいた推薦入学希望者は約半分ほどにまで減る。2日目に学力テストと面接を行う。テストは国語、英語、算数の3教科のみで、一般入試は理科と社会が加わるから、サッカー推薦は、それらが免除されるのが特典だが、この3教科もそこそこに難しい、容赦なく学力不足で約20名ほどが落とされる。合否は即時提示され、ヘディングが上手かったあいつが、落ちて泣いている、なんて光景を見て、学園の求める質の高さに、改めて驚きの動揺が入学希望者の中に広がる。
3日目は総合技術テスト、試合形式で行われる。合格者66人を6つのチームに分けての総当たり試合。二つのコートを使い45分×5試合。2試合間置きに待ち時間を兼ねた1時間の休憩があるが、休憩時の態度も審査対象だと噂されていたので、誰も気を抜かずに、ずっと姿勢よく体育座りで他人の応援もする。入学願書には、希望するポジションや今まで経験したポジションなどを記入してはいるが、この総合テストではゴールキーパー以外は、全部のポジションで行うよう組み込まれていた。5試合うち2試合は必ず自分の得意なポジョンでプレーする事にはなるが、自分の得意じゃないポジションの動きまでもが審査の対象となる事も、疲労と共に諦めに近い絶望が入学希望者の心に迫ってくる。結局は10名しか選ばれない。基礎テストと学力テストは運が良かっただけ。周りを見れば、自分の技術なんて稚拙に最悪に下手だ。全員がそんな意気消沈にうなだれて顔を落としていく。
そんな中、心乱れず一心にリフティングをして顔を上げている者がいた。新田慎一。ヘディングで高く上げたボールを追う目は、ボールじゃなく夢に、強く明確に追っていた。
亮は最後、第5試合で自分のポジョンに当たっていた。それが運の悪い事なのか、良い事なのかはわからない。
『きついなぁ、流石に』
『うん、あと1試合、いくら自分のポジとはいえ、限界かも。』
『藤木は、全国を経験してんじゃん、これぐらいの試合数、平気じゃねーの?』
『知ってんの?』
『うん、この間の全国の決定戦、見に行った。福岡SSの10番でキャプテンをやっていただろう。パスのタイミングとか相手との駆け引きがうまいなって見てた。』
普通に話しかけてくる新田慎一。亮は単純にうれしかった。総理大臣を輩出した藤木家の息子だと知らないまでも、気さくに話しかけてくれた事に加えて、サッカーをうまいと言ってくれた事が、些細な言葉だけど、亮にとっては初めての経験だった。それも、この天才的技術の持ち主、新田慎一に言われて。
新田は、一日目の早い段階で、入学希望者達から、あいつは合格するだろうと、ささやかれていた。
ボールのコントロールが抜群にうまく、足が速い、ドリブルをしながらでも速度が落ちない。こんなボールさばきをするジュニアを、全国大会の試合に出ていた選手の中でも見たことがなかった。
『新田も上手いじゃん、どこのチーム?』
『うまい?僕が?』謙遜のない顔で、頭をかしげる新田。
『えっ?自分の上手さ、わかんないの?』
『僕、ここの地元、彩都SCの所属だけど、全国の予選も行けてないから。』
『・・・ぷっ・・・あははは、嘘だろぉ』
『なんだよ~』
『ごめん、ごめん』
面白い奴と思った。こんなに天才的技術を持っているのに、自分がここにいる誰よりも上手い事に気づいていないなんて。
亮は、こいつと一緒にサッカーしたら楽しいだろうなと思った。
最後の試合開始のホイッスルが鳴る。
『よし、後45分、頑張ろうぜ。』
新田とグーを突き合せた。互いに自分の希望するポジション、新田が攻めのフォワードに対して、亮がサポートのミッドフィルダーの位置。フィールドに立った瞬間、新田の行動が手に取るようにわかった。どこに攻めたいのか、いつパスを出してほしいのか、今日、初めてプレイした人間だとは思えなかった。ずっと、何年も一緒にやってきた仲間のような感覚。心地よく、楽しい。新田も同じ感覚だったらしく、先制点を決めた新田は、驚いた気持ちを隠しながら喜び、ハイタッチを交わした。体力的には限界だったのに、45分があっという間だった。そして、亮のアシストにより新田は更に2点のゴールを難なく決めて、ハットトリックを記録した。常翔学園の長い歴史上、推薦受験の試合でハットトリックをやった者は、今までいなかった。
『やったな。おめでとう。』
『なんだよ。まだ合格するとは、わかんないだろう。』
『するよ、新田は。なんてったってハットトリックだからな。』
『だったら、そのアシストした、藤木だって合格だろう。』
『どうかな。』
『なんか、初めてやったとは思えなかった、すっごい、やりやすかったよ。』
『僕も・・・楽しかった。』
『一緒に合格できるといいな。』
『うん。』
常翔学園サッカー部、推薦入学希望者152名、第一次基礎体力実技審査合格者数86名、学力審査合格者数66名、最終合格者7名、の狭き門を、藤木亮は新田慎一と共に潜り抜けた。
亮は、福岡の実家を出て、常翔学園の寮に入る事になった。別れ際、裏口入学だろうと、ささやく地元のサッカーチームの奴の言葉なんて、気にもしなくなった。寮生活に多少の不安はあったが、新田と一緒にサッカーができる喜びと楽しみがそれを打ち消していた。
桜咲く入学式、亮たちは同じ制服を着て、拳をぶつけてその喜びをかみしめた。学園生活は想像以上に楽しかった。日々の悩みもいざこざも、それなりにあったけど、そんな悩みや、いざこざさえも楽しい。この、人の本心を読み取ってしまう力も、上手く利用すれば、なんてことはない。
やっと、「藤木家の息子」として忌み嫌われない、居場所が出来た。
なのに・・・
まさか、こんな形で、阻害されるなんて・・・。
昨日、これを渡しに来たニコちゃんの言葉が脳裏に浮かぶ。
『ちゃんと見て、虹の行く先』
チャームを握り直した。手の中でビー玉の転がる感触。
ここで腐っていても仕方がない。
皆の所に戻るには、その戻れる場所を守らなければならない。
寮を出た亮は、幹線通りのバス停から市バスに乗り込んだ。学園とは反対の方向、深見山展望公園の丘を越えた隣町の野間市の駅前へ、そこから帝都電鉄を利用して東京方面へ、急行停車駅ではなかったので、普通電車で10駅分を過ごし目的の駅で降りる。大きな駅ではなく、タクシーが一台、暇そうに乗客待ちをしているだけの小さなロータリー、コンビニが一店と小さな書店、見るからにやる気のなさそうな写真店、その他シャッターが閉まっている店が何店舗かあるだけで、とても静かだった。それでもホームで電車を待っている乗客の人数は少なくなく、都内のベッドタウンになっている町だった。ロータリーから向うすぐは、住宅街が広がる。
その小さなロータリーを横断し、コンビニの脇の道を進む。事前に調べてあった住所を携帯に表示させる。ここから、歩いて15分の場所に、目的の家。今日は、午後からの練習だから朝早いこの時間は、まだ家にいるはず。亮は足早に向かう。
2
藤木が学校を休んで一週間になる。慎一は毎日、藤木の携帯電話へかけているが出ない。メールも返信無し。寮へも電話をかけたが取り次いでもらえなかった。昨日は、沢田と二人で寮まで行った。でも出てこなくて、寮の管理職員が、体調不良で休んでいるから無理させないで、と追い返された。担任に聞いても風邪をこじらせているとしか教えてくれない。電話にも出られないぐらいの重篤な病気になったのかもと心配していると。柴崎が、重い病気じゃない、すぐ登校できるようになるから、待っててあげてと言う。柴崎は何か知っていそうだったが、教えてくれなかった。
『静か。』
『あぁ、なんか調子狂う。』
慎一は、藤木がいないと張り合いが出なくて、クラブに行く気になれなかった。授業終了後、練習着に着替えたものの、足取り重く部室まで行かず、運動場のへり階段に座っていたら、袴姿のニコが側に座った。蒸し暑い空気を含んだグランドを見つめる事、数十分、帰り支度をした柴崎が二人を見つけて、ため息を吐いた。柴崎は最近、テニス部にも行かず帰宅することが多く、何やら忙しくしていた。
『はぁー限界かな。あんたたちに黙ってておくの。』
『やっぱり、何か知ってる。』
『まあね。』
何から説明したらいいかなと、しばらく考える仕草をしてから、柴崎は1冊の週刊誌を鞄から取りだし慎一に渡した。
『これは?』
渡された雑誌は、サラリーマンが通勤列車で暇つぶしに読むような物。ページの間に派手なピンクの付箋がつけられていた。慎一が柴崎に顔を向けると、開いて見てと、うなづく。
付箋を手でつまみ、目的のページを広げる。そこには、20日ほど前からテレビニュースで騒がれている、スポーツ振興会の汚職疑惑問題に関する記事が書かれていた。テレビのワイドショーでは他にネタがないのかこのニュースばかりだった。
文部科学省が管轄するスポーツ振興会が、特定の競技団体にだけ特別予算を組み、金を渡しているという内部告発から始まったニュース。その特定の競技っていうのが日本サッカー連盟であると、更なる告発がされて騒がれていた。そして、追い打ちをかけるようにに、このスポーツ振興会の親、文部科学省の大臣がマスコミのインタビューに対して、時期的にも選挙シーズンであることから、敵対する政党の一種の選挙妨害ではないかと発言し、最初のスポーツ振興会のあやふやな会計疑惑告発問題から反れた話題となってきていた。
慎一は付箋のついたページをさらっと一読し、次のページをめくる。
【日本サッカー連盟は、ここまで地に落ちた!八百長疑惑!】
慎一は「なんだこれ!」と叫んだ。ニコが覗き込んでくるので、見やすいように、雑誌をニコの方へずらして記事を読む。
内容は、日本サッカー連盟は、連盟に加入する教育関係施設に育成助成金を分配する際、特定の学校と癒着し献金されているとされ、その判断基準である全国大会の試合は八百長で、生徒をもその悪事に巻き込んでいる。と書かれていた。そして、その証拠を手に入れたと、記事の横には何かのノートが写った小さな白黒写真、プライバシーに関わる箇所は黒く塗りつぶされているけれど、それが学校名や、個人名である事が見られた。
『なんだよ、この八百長って』慎一は、まるで柴崎が書いた記事であるように文句を言う
いつもなら、目を吊り上げて反撃してくる柴崎は、眉間に皺を寄せて、困り顔で息を吐く。
『その写真のノート、藤木のなの。』
『はい?』
『そして、藤木は、今マスコミに騒がれている。文部科学省大臣、藤木守の息子。』
『え?藤木が、大臣の息子!?』
ニコと顔を合わせるばかりの驚きは、それ以上の思考を止めた。何がなんだがわからない。
『な、何が、え?どうして?』
『まぁ、ちょっと遠回りになるけど、疑惑の本分から説明するわね。このサッカー連盟ってのは、うちの学園も加盟している、全国大会を取り仕切ったりする組織ってのは知っているわよね。』
『まぁ俺は、一応。』
『国がスポーツ支援として、各競技連盟なり団体に税金を投入することは、特に問題はないの。2年後にはオリンピックもあるし、選手を強化するには必要のお金よ。ただ、その分配方法が不透明だった為に、ニュースで騒がれている。スポーツ振興会の会長でもある藤木大臣は、サッカー連盟の会長と学生時代の旧友でもあって、その関係が癒着と疑われて、マスコミの売り言葉に買い言葉に藤木大臣は、敵対する政党の陥れなんじゃないかと言った失言が、マスコミにクローズアップされて波紋が広がった』
『知ってる。最近ずっとそんなニュースばかりだから』とニコ
『えぇ、マスコミも面白半分に新しいネタ欲しさに、サッカー連盟内部のあら捜しをはじめた。それで出て来たのが、その八百長疑惑。』と柴崎は記事を指さす。
『それと、藤木とどういう関係が?』ニコが立ったままの柴崎を見上げて言う。
『待って、聞いて。順序立てないとややこしいから。サッカー連盟がスポーツ振興会から預かった税金は、各学校や施設団体へ分配される。うちの学園も少なからず恩恵にあずかっている。去年、新しくしたゴールのネットもそのお金よ。』
運動場の奥にあるサッカーゴールに目を向ける。今日は陸上部がフィールドを優先する日で、サッカー部は端っこで、ちらほらと自主トレを始めている部員がいる。
『ここで問題なのが、分配の方法。うちみたいな大所帯でサッカーを主力にしている学校へ、たがだか百万程度のお金を分配されても大してありがたくない。せいぜい備品の一部の費用にしかならない。だけど、地方の、全国の予選に足のかからない、部員数もぎりぎりのチームにうちと同じ金額を渡したらどう?使い切れないし下手したら、目的外の事に使われたり、横領などの温床にも成りかねない。だからと言って、サッカーチームの部員数だけを基準にしてお金を配っても、水増し請求されて、以前にあったらしいわ、帰宅部員をサッカー部として登録したっての。ただお金をばら撒くだけが果たして、サッカー選手を育てる事になるかというと、そうでもない。だから、連盟は、全国大会の順位で分配金額を決めようと言うルールにしたの。』
『うそっ、マジか。』
『私も、今回、初めて知ったことなんだけどね。良く出来たルールだと思ったわ。連盟に加入していても、やる気のない学校や団体チームってのは、いくらでもあるしね。そんなところにムダ金を渡さなくて済む。強くなりたいチームは頑張ったら頑張った分の、その成績に見合った予算が入り、また上を目指せる。常連の強豪チームは気を抜いて成績が落ちたら分配金を削られる。あの全国大会の裏には大人社会の思惑がびっしり詰まっていたのよ。』
慎一は、去年の12月に行われた全国大会を思い出していた。常翔学園は全国3位の成績で終わった。
『という事は、この八百長ってのは・・・』
『その分配の金額を決める全国大会の試合は、分配金を得る為に八百長が行われたんじゃないかと、疑惑がもたれた。』
『そんなばかなっ!ありえない!』
慎一は拳を握りしめて立ち上がった。落ちた雑誌をニコが拾って、もう一度、付箋のページを開く。
『俺たちは、真剣にやって! そんな八百長とかで1年間の練習を無駄にするような奴。どこにいるんだよ。』
『新田、落ち着いて。気持ちはわかるから。そこは、絶対にありえないと連盟も否定している。問題なのは、このノートの存在と行方。』
『藤木のノートと言われているこれが?』ニコが写真にを指さす。その写真は白黒で小さく、本当にその字が藤木の字であるかどうかまでは見分けがつかない。
『言われてるんじゃない、藤木もこれが自分のノートだと認めている。』
『なんだよ、それじゃ、まるで藤木が八百長に加担したみたいじゃないか。』
『これには、あの全国大会の上位10校近くのサッカー部の詳細データーがびっしり書かれてあるの。決勝進出した学校の人間が、藤木から購入したと言っていたら、どう思う?』
『はぁ?』慎一は声を裏返す。
藤木のノートは良く調へたなと言うほど、すごい物で、チーム内の人間関係まで記されていた。これさえあれば相手の弱点はまるわかり。このノートを利用して決勝進出したA校は、前回2回戦敗退のランクから飛躍的に伸び、多額の分配金を手にしたと書かれている。記事では学校名は伏せられているけど、一昨年の2回戦敗退から飛躍的に伸び、昨年決勝戦まで残ったと言う学校が、慎一にはどの学校かわかった。慎一はその試合をテレビで見ていた。どんな試合運びだったか思い出す事もできる。だけど、八百長のような試合運びではなかった。
『あの学校は、FWの5番と9番、そしてキーパーの守りが堅かった。ノートがなくても決勝に来るのは納得の学校だった。あの決勝は、絶対に八百長なんかじゃない!それに・・・・じゃぁ、俺達は何故、優勝できなかった?藤木のノート、この藤木の情報があれば優勝できるんだろう。』
『そこまで私も、わかんないわよっ。あんたたちが藤木の情報を活用できなかったんじゃないの?』
『そんなぁ。』
情報は確かに必要だ。だけど、情報だけで全国大会の二回戦敗退から決勝までに進めるだろうか。勝つには勝つだけの練習と技術が必要で・・・慎一は記事に目を落とす。この記事の書き方はおかしい。
『本当に、藤木が売ったのか?』ニコが冷静に聞く。
『藤木は、売っていないと、きっぱり否定した。』慎一はその言葉にホッとする。もちろん藤木はそんなことする奴じゃないのは慎一が一番わかっていて、信頼している。
『だけどノートの行方を聞いても黙るばかりで、何も答えないのよ。』
『この雑誌の出版社が持っているんじゃないのか?』
『問い合わせたわ。出版社はこのノートの写真と情報を手に入れただけだった。』
『その程度の、あやふやな情報を掲載していいのか?』
『それは、学園も抗議したわ。だけど、すべて匿名記事だから問題はないと、半分開き直りなの。』
慎一はニコから雑誌を取り上げて、記事をしっかりと読む。
雑誌には、八百長の証拠となりうるノートと証言を手に入れた。として大きくスクープと書かれている。そのノートは疑惑大臣の息子J学園に通うR君が、親である大臣からの要請で、色々調べていたんじゃないかという記者側の憶測が書かれていて。試合相手の事を事前に調べるという事は、どこにでもある事だが、これは、あまりにも詳細過ぎると批判。試合とは直接関係のない学校の特色まで明記している為、学生が試合の事だけを考えて調べたものとは思えない。と。記者の思考が書かれていた。
記事はすべて、名称、個人名などは伏せられているけれど、疑惑大臣と言えば、藤木守文部科学省大臣であることは明白だし、Jのつく学園と言えば、全国でもそうない。それらを組み合せれば、常翔学園の藤木亮なんて個人情報は、今どきすぐに判明してしまう。と柴崎が言う。
学園も、この雑誌が発売されてから、すぐに事実確認と抗議を出版社にしたが、やはり、そこは三流ゴシップ記事を扱う出版社、どんなにこちらが訴えても、うまくかわされて、逆に常翔学園がそこまで躍起なるという事は、後ろめたい事があるのではないかと、嘲笑されたらしい。
更に、常翔学園中等部の理事長、柴崎信夫、つまり、柴崎のお父さんが日本サッカー連盟の理事会員である事もまた運が悪い。
常翔学園も、この八百長に関与しているのではないかと追究されたらしい。
柴崎は嘆く。学園は文部科学省管轄の学校法人である為に、疑惑の本髄である文部科学省にはあまり大きく抗議も出来ない上、表だった行動や調べが出来ない。少しでも役に立とうと、柴崎は、ここ一週間ほど、その調べに協力していた。
『藤木は、ずっと黙っているし、お手上げ状態なのよね。』
『この週刊誌問題が解決しない限り、藤木は登校できないって事?』
『別に、学園が登校するなって、言ってるわけじゃないのよ。藤木自身から、しばらく休ませてくださいって。自分が藤木大臣の息子だって事、絶対に知られたくないからって。あっ、あんた達も絶対に言わないのよ。』
『あぁ、言わないけど・・・』
『うん。でも私達にも知られたくなかったんじゃ・・・』ニコの指摘に柴崎は顔をしかめて首をすくめる。
『そう、だからずっと黙っていたんだけど、仕方ないじゃない、これ以上、あんた達の落ち込みよう、見てらんないし。大臣の息子だからって何なの?そんなの珍しくもなんともないわ。』
『いや・・そうだけど・・・』
「そうじゃ、なくて・・・藤木の気持ち」とニコのつぶやきを無視した柴崎
『でね、ちょっと、あんたたちに協力してもらいたいのよ』
とさっきまでのしかめっ面を反転して、パチンと手を叩いた柴崎。
『ニコ、虹玉のチャーム、貸してくれない?』
『かまわないけど?何するの?』
『仕掛けようと思って』
そう言って柴崎は、ニコから虹玉の入ったチャームを受け取り、にんまりと笑う。
柴崎はチャームに追跡用の発信機と盗聴器を仕掛けた。
『ほら、やっぱり、ニコに行かせて正解だったでしょう。』
『俺だと、絶対に出てこなかったのに。』
『プライドがあるのよ。』
『何のプライドだよ。』
『色々。それより、ちゃんと聞いて。』
クリーム色のタイル張りの門柱に常翔学園男子寮と書かれた金色のプレートが光っている。女子寮は無いので、男子とわざわざ記さなくてもいいのでは?とくだらない事を思いながら、その門柱の前の生垣の隙間に、慎一は柴崎と身を低くして隠れていた。
生垣の隙間から6台分の駐車スペースを隔てて寮は縦長に二棟平行して建設されている。左が中等部の寮、右が高等部の寮で、中央に管理事務所が二つを結んでいて、上空から見ると凹に近い形になっている。実際は、高等部の方が3階建てで長さも少し長い。左側の棟の薄茶色のガラス張りの前で、ニコはあたりをキョロキョロし時折こちらを見て待っている。しばらくして玄関内に人影が現れた。両サイドに設置された大きな下駄箱から靴を取り出し履き替えている姿、そして扉が押し開かれる。ジャージ姿の藤木が現れた。
(ニコちゃん。久しぶり、調子どう?)
柴崎と左右を分け合った一つのイヤホンから、藤木の声が鮮明に聞こえる。声や身振りは普段と変わりない。表情は、横顔の立ち位置と、葉っぱが邪魔してよく見えない。
(・・・・それは私のセリフ。)
『あーん、可愛くって言ったのにぃ』
柴崎が声を潜めて嘆く。
(ははは、そうだね。大丈夫だよ。ほら)
藤木は腕をぐるぐると回す。
(・・・・)
ニコは、黙ったまま何も言わない。変な無言の間に、慎一はイヤホンが壊れたんじゃないかと叩いた。柴崎も眉間に皺寄せる。
(えーと。ニコちゃん?)
しびれを切らした藤木がニコの顔を覗く。イヤホンは壊れてない。
(渡す物が、あってきた。)
(えっ、何、何、プレゼント?うれしいなぁ。)オーバー気味に喜ぶ藤木。
(これ。)
チャームを差し出すニコ。藤木は受け取るだろうか?と慎一はドキドキする。
(や、やっだなぁ、こんな大事な物くれるって。期待しちゃうよ。いいのぉ?)
(それはない。今の藤木では。)
『バカバカバカっ、もっとかわいく、優しく~。』柴崎がうなだれる。
『やっぱり人選ミスだろ』慎一が柴崎を責めた後、また二人に、沈黙の時間が訪れる。今度はさっきよりも長い。
(・・・・・・。)
ふざけたものの、差し出したチャームを受け取ろうとしない藤木にニコは強引に、藤木の手にチャームを乗せた。イヤホンからチャリリと音がする。
(わからなくなった?道を。)
(・・・・・。)
(ちゃんと見て、虹の行く先)
3
「今から車で迎えに行くから、出られる用意しておいて」
「わかった。」
「そのあとニコの家にも迎えに行くから案内をお願い」
「あっ、それは必要ない。」
「はぁ?何言って、ニコだって心配してるでしょう。」
「いや、そうじゃなくて、もう家にいる。」
「はあ?」家にいるって、こんな早い時間に?
玄関前につけられたベンツの助手席に乗り込み、麗香は車内の時計を見る。時間は7時24分、日曜の朝、
いくら幼馴染で、真辺家と新田家が親戚のように付き合いがあると言っても・・・ちょっと早くない?
「麗香、ちゃんとシートベルトして」
「あ、はいはい。」
言われたとおりにシートベルトを締めた後、麗香は手に持っていたノートパソコンを開いて、チェックする。
画面は学園周辺の地図、赤く光る点が一定の速度で学園とは反対の方向へ移動している。
新田の家の前に車が停まると、エンジン音で気づいたのか、すぐに新田は玄関から飛び出してきた。その後ろからニコも。
麗香は、助手席のウィンドウを開けて、後ろに乗ってと声をかける。
「早いわね。ニコ。」
「泊まった。」
「えっ!あんた達、もう、そういう仲なの?」
「ちがっ、説明を省略すんな!それに、もうって何だ、もうって」新田が慌てる。
「出すよ、麗香、ちゃんと見てて」
「そうだった。あんた達の事は後!」麗香は、またパソコンに向き合う
「藤木は?」
「えーとね、寮を出てから、このスピードとルートは、バスに乗っていると思うわ。」
「紹介しておくわ。いとこの柴崎凱斗、今、帝都大学の・・・何回生?」
「何回生でもいいよ。どうせ腰掛だから」
「まぁそうね。凱兄さんは去年から、うちの学園の経営を色々と手伝っているの。」
「噂は、かねがね麗香から聞いているよ。天才サッカー青年、新田慎一君と、初の女性特待生で4か国語を話す真辺りのさん。」
ニコが表情を固めた。仲良くなってから知った、ニコは日本語が苦手ではなくて、人が苦手なのだと。初対面の人や、まだ気の許せていない日本人とは、緊張してしゃべれない。これが、外国人相手に英語だと、全く問題なくしゃべれる。そうなってしまったのは、海外からの帰国後に、ひどいいじめにあったから。日本語より英語の方が堪能になってしまったニコは、発音がおかしいと笑われ野次られ、いじめられた。
「前置きはこれぐらいにして、藤木君の事だね。今回、記事が出てから、すぐに調べたんだけどね。文部が絡んでいる事だから中々、大胆に動けなくてね。」凱兄さんはそう話しながら、黄色信号を突っ走る。
昨日から、ずっとパソコンに点滅する発信機の動きに注視していた。動くのは今日あたりだろうとの、凱兄さんの予想通り、その点滅は今朝早く、寮から北西の方へ動き出した。凱兄さんと二人で尾行するつもりだったのが、ニコと新田を呼んだ方が良いと言い出しのは凱兄さん。麗香は、数か月前のハワイでの出来事を凱兄さんに話していて、ニコの事を気に入り、今回もその頭脳が役に立つかもしれないと二人を誘う事を勧めた。
現在時刻は午前7時45分、幹線道路の渋滞にはまり、藤木との距離は徐々に差が付き始めた。
亮は、呼び鈴を押す前に、カーゴパンツのポケットに入れたチャームを握りしめた。
手に持っていた携帯は尻のポケットに押し込む。大きく息を吐き、意を決し呼び鈴を押す。
ほどなくして、ジャージ姿の三島先輩が出てきた。
「こんな朝っぱらから、何だよ。家にまで押しかけて。」
という三島先輩の顔は、怠く疎まし気だけれど、本心はせせら笑っていた。
「三島先輩、あのノート返してください。」
「何のこと?ノートって何?」
「わかっているんです。三島先輩が俺のノートを盗ったの。出版社にでたらめな事をリークして。」
「俺がノート盗った?出版社って何?」
「・・・・・。」亮は悔しさを吐き出せずに口を噤んだ。嘘を通す三島先輩に、それ以上の指摘はできない。盗んだ証拠はなく、ただ三島先輩の本心を読み取って知ったなど、言えるはずなく。
「あぁ、なんか全国大会が八百長だって、週刊誌に載ってたなぁ。あれ~もしかして、あの写真のノートの事、お前?」
白々しい言葉。
眉間に皺を寄せて真剣な面持ちなのに、本心はいやらしくニヤついている。嘘ほど良く読み取れた。
「白々しい演技はやめてください。」
「俺がお前のノート盗ったって証拠は?自分がしでかしたこと、俺のせいにするの?」
「俺は、ノートを売ったりしてません。そして、父に頼まれて作ったものでもない!」
「どうだろうねぇ。昔っから、藤木家は姑息だったんだろう?」
ギュッと胸に突き刺さる言葉。
上京して、言われる事のなかった日々が続き、自分は解放されたのかもしれないと勘違いしていた。
「いいよなぁ。国家権力のある家は、何でも手に入れられて。お前が学園に入るのに一体いくらの金が流れたんだろうねぇ。」
「金なんて!学園は関係・・・・」
関係ない?
本当か?
言い切れずに唇を噛む。
「お手の物だよな、福岡SSのキャプになるにも、金を積んだぐらいだもん。」
「・・・・・・・。」反論が出来ない事実。
「しない筈がないよな。藤木家のお坊ちゃまだもんなぁ。」
亮の知らない所で、藤木家の権力と財力は働くことは当たり前に行われていた。亮がそれを望まず、拒否しても、周囲がそれを許さない。藤木家の長男として生まれた瞬間から、亮は凡人として存在できない運命。
「とにかく、俺は知らないし。これから、練習だからよ。学校に行かなくちゃ。」
「・・・・・・。」
「お前、今日も休むんだろう?来れないよなぁ。よその学校に加担するようじゃ。」
「とまった。」
「どこで?」麗香はノートパソコンの地図を縮小して広域にしてカーナビの地図と照らし合わせる。
「えーと相沢駅から1キロの地点、ここよ。だから、どうせ駅前に出なくちゃいけないから、とりあえず、このまま進むしかないわ。」
「この分じゃ間に合わないかもしれないなぁ。」凱兄さんが前方とカーナビを見くらべながら言う。交通量に対して広さの見合わない道路。道幅が狭く歩道がない。ずっと先で踏切もあり、信号のスパンも短い。慢性的な渋滞区間である。仕方ないとわかっていても、イライラしてしまう。
この一週間、寮から一歩も出なかった藤木。昨日ニコが会いに行った事がきっかけで、絶対に動くはずだと思っていた。ただの買い物で出かけているはずがない。誰かに会いに行くか、隠しているノートを取りに行くか。藤木はこの週刊誌の汚名を自ら解決する為に動くはず。だからGPSの発信機と盗聴器を仕掛け尾行し、藤木と接触した人物がいれば、その場で凱兄さんが素性を調べる算段であったのに、車は渋滞に巻き込まれて、作戦は思うようにいかない。
「盗聴器は?」新田が、後部座席から乗り出し来て言う。
「ダメよ。盗聴器なんて数10メートルしか範囲がないんだから。」
「その場所は何がある?」とニコ。
「何も。ただの民家だと思うわ。」
後ろを振りかえれば、ニコは考えるポーズをする、口元に軽く握った手を当て、腕を組んだ。
「誰の家?」
「さぁ?」
「住所・・・・学園の。」
「え?何?」
英「日本語が無理なら英語でもいいよ。」凱兄さんが機転を利かしてニコに英語で話しかけた。
ニコは初対面の凱兄さんに緊張して、しゃべれなくなっていた。
英「藤木の居る場所は、きっと学園の生徒の誰かの家。」
英「えっ?どうしてそう思うのかな」
英「ノートは自分の物だと白状しておきながら、ノートのありかを言わない。言えないんじゃなくて、言えないんじゃないかな。誰かを庇って。」
凱兄さんとニコの英会話は、流暢すぎて麗香には理解できずに、新田と顔を合わせて苦笑した。
二人が英語での会話を終えてから、凱兄さんが内容を説明する。ニコが思いついたのは、藤木が着いた場所の住所を、学園内生徒の住所と照らし合わせる事。自分のノートであると白状したのに、ノートのありかを言わないのは、誰かを庇っている。それも学園の生徒。だから学園側の聞き取りで黙り、一週間も休んだ。自分の父親を庇い、もしくは口止めされて話さないのかとも考えたが、藤木文部大臣は、ノートの事以前に大きく報道されている。ノートが今どこにあるかなど、大臣にとっては関係のない問題であって、口止めなど必要がない。ノートは自分の物だと認め、売ってないと言った藤木が、問題解決を望まないはずがないのに、肝心の所で黙っているのは、父親を庇ってではなく、学園に迷惑をかけたくなかったからじゃないか。とニコは考えた。
麗香は、凱兄さんを通じて、藤木が実家を嫌う傾向がある事を聞かされ、自身もそれは感じていた。週刊誌の事が発覚して、麗香は
藤木と仲の良い生徒や寮生の数人から、それとなく話を聞き出していた。藤木と仲の良い生徒達は全員、声をそろえて言った。
『そう言えば、藤木と家の話をした事がないなぁ。』
『親が何してるか?知らないなぁ。』
麗香自身も、藤木の父親が文部科学大臣の藤木守氏であることを、今回の事で初めて知った。ハワイの語学研修旅行で、実家は福岡だと言った麗香に対して、違うよとはぐらかし、東京である事や、親が資産家だと言った藤木の言葉は嘘ではなく、確かに事実ではあったことだけれど、藤木にはそれ以上に沢山の真実があり過ぎていた。
寮生たちは、藤木の家が何をしているか誰も知らない。そして、夏休みや冬休み、一番、最後まで寮に残っていて、帰省する話にもならないのは、単にサッカー部が忙しいからだと寮生たちは思っていた。寮生活日誌を見れば、確かに、藤木はギリギリまで寮に居る記録があった。
学園の寮はお盆休みと正月休み、春休みのそれぞれ5日間、完全に封鎖される。それに伴い寮生に限りその期間だけは、クラブも休ませ、家への帰省を促している。普段、親元を離れて生活している子供の親との交流を促す為もあるが、寮施設内のメンテナンスをする為でもある。クラブ活動に力を入れている常翔学園ではあるが、その制度を利用して長期休みの全日程をクラブ活動を停止して、実家に帰ってしまっているという生徒もいるが、学園側はそれに対しては何も言えない。
しかし、藤木は、この5日間も両親の元に帰っていない事が、凱兄さんと藤木の母親との面談で判明。
藤木議員が文部科学大臣に就任した去年の夏、先に上京した息子を追う形で一家は東京へと拠点を移してきている。東京都心部にある高級住宅街にあるコンシェルジュ付きのマンション。そこからだと学園には40分もあれば通える。寮生活を辞めて、東京からの実家通いにさせる、両親はそれも見込んで、福岡から拠点を移して来たのだけれど、藤木自身が東京のマンションに住むことを嫌がったという。東京には藤木大臣夫妻と二人の妹が居て、第92代内閣総理大臣を務めた祖父の藤木勲氏は政界を引退し、入れ違いに福岡で隠居生活を送っている、夏と冬はその福岡へ両親一家も帰省するのだけれど、藤木は福岡にも帰らず、逆に誰も居なくなった東京のマンションで過ごし、春は、横浜のホテルで過ごしていたそう。
そこまでして、実家を嫌う何が、藤木にあるのだろうかと、麗香は不思議でならない。
母親自身も、息子が家を嫌がる理由がわからないという。家と言うよりは、父親の事を特に嫌っている節があると言う。父親と喧嘩をしたとか、何か決定的な事があったわけではなく、思い当たる節がないと母親は嘆いていた、と麗香は聞いた。母親からの電話には、言葉少なくても出るというから、それほど深刻に学園が指導するまでいかない。この週刊誌の記事の問題が、実家を嫌い帰らない事に関係するのならば、無理にでも改善させなければならないけれど、母親は『政治の事は私には、わかりませんし、ノートの事も全く存じていません。息子が悪い事をしたとなれば、私の育て方が悪く、ご迷惑をおかけて申し訳ございません。』と涙ながらに頭を下げるばかりだったという。
凱兄さんは、車を一旦コンビニの駐車場に止めて、麗香の膝の上にあるノートパソコンを手に取る。
ニコの提案通りに、藤木が訪れた住所を学園の生徒名簿の住所から探す。
「凱兄さん、記憶していないの?」
「してないよ、こんな個人情報、頭に入れたくない。」
学園関係者の個人情報は、厳重に管理されている。平日ならば、事務方や理事であるお父様に言って、検索をかけてもらえば済むことだけど、今日は日曜日、学園はクラブ活動の為に開いているだけで、事務機能はすべて休み。当然、厳重管理されているパソコンは停止している上、その重要なPCを触れられる者は誰も居ない。
いくら、柴崎家の人間で理事長補佐をしているとはいえ、凱兄さんが個人情報を照会する権限はない。まず、父に電話して理由を説明し、照会の了承をもらい、パスワードを聞いた。そして、このノートパソコンからネットを経由して遠隔操作で検索をかけるのだけど、藤木が、また移動し始めた。
「もう?どこに?」
「駅に戻っているなぁ。帰るのかな?うーん。今から、学園サーバーにアクセスするから、発信機の位置情報は落としたいんだけどなぁ。」
個人情報流出の可能性を最小限にするため、画面は単体で行いたいという。こんな外から学園内のパソコンにアクセスはするのも本来なら避けたいけれど仕方ない。終了後は、すぐにセキュリィーの設定の変更も行う。
「とりあえず、住所検索を先にやるね。」
そういって、凱兄さんは発信機の位置情報を停止した。
気づけばノートは無くなっていた。教室の机の中、ロッカーや寮の部室、方々を探し回っても見つからなかった。部室を探している時、声をかけてくる事など一度もなかった三島先輩が白々しく「どうした?」と聞いてきた。その本心がいやらしく、にやけているのを読み取り、三島先輩がノートを盗んだ事を悟った。その時点では何の目的があって盗んだのかはわからず、他校のデーターを知り、次の試合に生かしたいのだろうかと、その内、戻ってくるだろうと考え、三島先輩を責めることはせず、「何でもありません」としらを切った。しばらくして、突然、学園理事長補佐をしているという柴崎凱斗という人が、寮の応接室に亮を呼び出した。そこで、初めて週刊誌を見せられ、騒動を知った。嘘ばかりの記事の内容に、否定の言葉を叫んだ亮だったが、三島先輩が亮を陥れる為に出版社にノートや情報を提供したのは明らかだった。けれど、それを言うわけにいかなかった。三島先輩がノートを盗んだ証拠は何もない。三島先輩が盗んでいないと言えばそれまでだ。本心を読み取って嘘はわかる、なんて言っても誰も信用はしない。仮に信用されたとしても、三島先輩が叱責されて、何らかの処分を受ける事になる、それが亮には耐えられなかった。週刊誌で騒がれることになった元凶は、三島先輩による事じゃない。スポーツ振興会の会計疑惑にあいつが関わっていることにある。あいつが真実をあやふやにして、政党勢力争いへと話を逸らせたから、世間は新たなネタ欲しさに、浅ましく翻弄しているだけ。藤木家に関わる者達が、不幸になっていく事を亮はこれ以上見たくなかった。亮はノートの存在と目的、決して売ろうと思って作ったわけではない事を認めたけれど、ノートの提出に応じられなかった。また、この騒動で常翔学園の名に傷がつく事も亮は恐れた。生徒が後輩を陥れる為に偽装のネタを出版社にリークしたとなれば、学園の生徒指導に問題ありとして、それこそ文部科学省から何らかのお咎めがあるかもしれない。お咎めだけならまだしも、スポーツ振興会の会計疑惑の責任を、学園に擦り付けるかもしれない。力関係というものはそういうものだ。亮に術はなく、口を噤み、マスコミの熱が冷めるのを待つのが最良に思えた。だが、記事の正誤調査をしつつ、出版社に名誉棄損の対抗処置をとる常翔学園が、逆に八百長に加担しているのでないかと、疑われ始める。事が二転三転して元凶とは関係ない所が害を被る。そうして藤木家は卑しく生き残っていくのだ。
都心に近づくにつれ、ビルが多くなる。彩り激しい看板が飛ぶように動く景色が、目に忙しい。意識して、それらの看板の文字を読むような無駄な努力をしていないと、頭はさっきから、三島先輩の言葉と顔をリプレイして亮の心を責め続ける。
『お前が学園に入るのに、一体いくらの金が流れたんだろうねぇ。』そう言ってほくそ笑んだ三島先輩、心は勝ち誇っていた。そんな状態の三島先輩を今まで読み取った事がないものだった。
亮がレギュラー入りをするたびに、呪いまがいの悔しさを三島先輩は亮に向けていた。かつては傷心に苦しんだものも、あまりにも誹謗は常態化して鈍化してしまい、それよりも先輩を差し置いてレギュラーを勝ち取った喜びに満悦していた亮だったが。
今の方が辛い。
過去に傷ついた心を、えぐり出される。
『お前が学園に入るのに、一体いくらの金が流れたんだろうねぇ。』
金、権力を奪い卑しく生き残っていく藤木家。その浅ましい精神が亮の身体に流れている。
麗香達は、住所検索で三島達也の名前を探し当てた。常翔学園中等部3年2組、三島達也。サッカー部所属。藤木と同じミッドフィルのポジション。
凱兄さんは、その名前を元に、あちこちに電話をし人間関係の探りに入った。
そして、再度発信機の位置情報を立ち上げると。藤木は電車に乗って移動していた。その赤い点は寮の方へ帰るのではなくて、再び東京方面へ。
「寮に帰らない?」
「どこに行くんだ。あいつ。」
「凱兄さん追いかけて。」
「はいよ」
凱兄さんは携帯をハンズフリーに設定すると、コンビニの駐車場から車を動かした。
しばらくして、新田が口を開いた。
「なぁ柴崎、雑誌の記事にはさぁ(このノートは人間関係まで書かれてある凄い代物だと書いてある。)って書いてあった。藤木は何だって、こんなノートを作ったんだ?この記事にかかれている、父親の頼みでって言うのは考えられないし。」
「新田、知ってたの?藤木が実家を、父親を嫌ってるって。」麗香は驚いて振り返った。
「まぁなんとなく。本人から直接、嫌いだとは聞いてないけど、去年の盆休み、藤木を俺ん家に泊めたんだ。実家に帰りたくないと、しんみりしするからさ、俺も軽く、『じゃ家に泊まれよ、1日減るだろう』って、うちの母さんも藤木の事、気に入っていて、ずっと家に呼んであげなさいと言ってたから。」
「そう、だったの。」
「あいつ、俺ん家に遊びに来るたびに、『いいよな新田家は、ホッとする。』って言うし、母さんが一度、藤木の家の事を聞いたら、不自然にはぐらかしたんだ。それ以上は俺も母さんも追及はしなかった。・・・・んでこれ、親である大臣からの要請で作ったのじゃないとしたら、一体何の目的で、こんな細かいデーターを、それもどうやって調べたんだ?」
「新田、気づいてない?藤木の能力」
「能力?」
「えぇ、時々、藤木の言動に驚くことない?」
「?」
「ニコは気づいているみたいね。」
「い、いつも、た、助けられている。タイミングいい。」
鈍感な新田は、わからないみたい。ニコの顔を見て首をかしげている。
「藤木の言動?」
「えぇ、言動と言うか・・・どうして、そこまで人の事わかるんだろうって、どうしてそこまで知っているんだろう?どうして困っている事が、わかるんだろうって思った事ない?」
思い当たる事があったみたいで、新田は目を見開く。
「本人に聞いたわけじゃないんだけど、おそらく、人を見る力って言うのかな、観察眼みたいなの、藤木は、それに長けているんだと思うわ。」
「・・・・・・。」
「その力を使って調べたのが、あのノート。あんたと夢をかなえる為に」
「俺と夢をかなえる?」
「全国優勝するんでしょう?藤木は一年の頃から関東の強豪校のデーターを集めていたわ」
「あいつ・・・。」
「藤木らしい。慎一が出来ない事を、やって。」
「えぇ、長期戦略で夢に備えている。」
「天才肌の新田君に対して、戦略家の藤木君か。最強のコンビだね。」
凱兄さんも運転しつつ話に花を添える。
そう、新田の天才的なサッカーの陰には、いつだって藤木のアシストがある。
麗香は身体の向きを戻して、パソコンの地図を確認する。赤い点は東京方面へ一定の速度で動いて・・・消えた。
「き、消えた!うそっ、どうして!」麗香は、パソコンの画面の横を叩く。
凱兄さんが、苦笑しながら、「叩いたら、余計にフリーズする」と麗香の手を阻止する。
「消えた地点は?」
「吹屋谷付近」
「あぁ、地下に入っちゃったな。地下は電波が届かないんだ。」
「えーそんなぁ」
藤木を追う手段を失った。
終着駅、帝都駅で降りた。日曜日の10時12分、雑多な賑わい。
「ちっ!なんだよ」
人の流れを遮るように立ち尽くしていた亮にぶつかって、不満をぶつけていく二人組の高校生ぐらいの男。だけどその本心は、これから何か楽しい事でもあるのだろうか、顔は弾んで笑っていた。
亮はぶつかった力にあらがうことなく、そのまま数歩、つんのめるように進み、崩れるように壁際にあるベンチに座った。
ベビーカーを押して歩く若い夫婦が通り過ぎていく。
一見、幸せそうに見える二人、夫は荷物の多い妻の鞄を、笑顔で持ってあげた、がその裏では妻にもう愛情のかけらもない。夫の愛情は別に向いて、浮気を必死で隠している。
日曜だと言うのにスーツ姿の男、何やら携帯でしきりに謝っている。『僕が勘違いをしまして、いえそんな、木下様は何も・・・』
と申し訳なさそうに謝罪の言葉を発しているが、本心は、もう憎悪に満ちて歪んでいた。くそが、と。
足取りたどたどしく、電車に乗り込んだ老婆、埋まる席の前に立ち、立っているのが辛そうな仕草をして、席を代わってくれた女性に、しきりに頭を下げて感謝の意思を表しているが、感謝の気持ちはこれっぼっちもなく、当然の権利に若者を貶している。
腕を組んで歩く大学生らしきカップル、女の子は純粋に彼氏を好きでたまらない、男性も女性の熱い思いにまんざらでもなく照れながらも、今後の二人の関係を楽しみでいる、その心に裏も表もなくほほえましい。が、その二人の後ろを歩く予備校生風のめがねをかけた男、耳には音楽プレイヤーのヘッドホンをして、無関心の表情をして歩いているが、前のカップルを妬み醜い憎悪を向けていた。
知りたくないのに、視界に入った人の表情から脳が勝手に分析して、本心をさらけ出す。亮はたまらなく目をつぶり、ベンチに座ったままうつ伏した。
何故、こんな力があるのか・・・その問いの答は、誰の本心からも読み取れなかった。
両親も、爺さんも、妹たちも、親戚たちも、他のどうでもいい情報は読み取れるのに、大事なことはわからない。こんな卑しくおぞましい能力は、卑しい藤木家の中でも亮だけだった。藤木家の長く卑劣な行ないの歴史が、亮に罪を着せたのかもしれない。
要らぬ能力に心神喪失に陥った事もある亮だったが、少しずつ能力を利用することを覚え、周囲の批判を受けない環境づくりをしていけるようになる。特に、新田とニコちゃんに出会った事が、能力を有する理由の答えとなった気がしていた。
ニコちゃんを助ける為、それは新田の心身が安定してサッカーに向けられて、同じ夢を掴む目標となる。
だが、柴崎は、亮の脳力に気づきはじめた。もれなく俺を避けはじめるだろう。4人の楽しい仲間でいられるのも時間の内。この週刊誌の問題は、皆から離れるにいい機会になる。そう思えば、踏ん切りもつきやすくなる。
ポケットの中で、チャームが移動した振動に気づく。
『わからなくなった?道を。』
『ちゃんと見て、虹の行く先』
ポケットからチャームを取り出した。
ニコちゃんは何を伝えたい?
唯一本心の読めない人、ニコちゃん。
ギリシャ神話のような白いドレスを着ている。
左手には天秤を掲げ、亮をまっすぐ見つめる。
無駄のない美しい顔、亮は飽きることなくその顔を見つめ返す。
やがてニコちゃんは、右手をゆっくり上げて、亮の顔へ、
細い指は亮の左目にズブリと入る。
ニコちゃんの白い頬に血しぶきがかかる。
(あぁ、美しい顔が汚れる。)
亮はその頬を拭こうと手を上げる。
ニコちゃんは亮の手から逃げるように、眼球を掴み引き下がった。
足元にボタボタと滴り落ちる血が、黒く変色していく。
ニコちゃんは、亮の眼球を天秤に載せた。
カタンと重みで傾く天秤。
反対側の皿にニコちゃんは何かを置いた。
黒くて丸い何か。
片方しかない眼では、良く見えない。
ニコちゃんはもう一つ黒い何かを置く。
天秤は一ミリたりとも動かない。
更に黒いものを置いても動かない天秤に、ニコちゃんはわずかに首を傾げた。
そして、無表情に亮へと顔を向けた。
(あぁ、そうか、それは正邪を測る天秤)
ギリシャ神話、正義の女神テミスは、
亮の残っていた右目に手を伸ばした。
シャランと音と共に落ちた感覚で、亮はビクついてまどろみから覚める。
足元に落ちているチャームを拾い乍ら、腕時計で時間を確認する。
感覚以上の時間が経っている事に、亮は僅かに驚いて息を吐く。ここに座って40分が経っていた。
隣に誰かが座る気配で顔を上げた。白くふんわりしたブラウスが、脳に残っていた女神を呼び戻し、ドキリとしたが、ニコちゃんほどの精悍さは露程もない。鼻にそばかすの目立つ女子、は亮の手元に目をやり、次に顔も見てから、顔をそむけた。
『キモッ、女物のキーホルダー握りしめて、何やってんのこいつ。』
脳が勝手にそばかす女子の心境を解析していく。そばかす女子は彼氏とこのベンチで待ち合わせである。
『立ち去ってくれないかな、こいつがいたらケンちゃん座れないじゃん』
不審な亮にチラチラと様子見をしながら、ウキウキした心で待ち遠しい。
「これ、気になる?」亮は、チャームを女の子に見えやすいように指でつまんで見せた。
「あっ、いえ・・・」突然話しかけられて、警戒をしながらも答えたそばかす女子。
「付き合っている女の子の大事な物。別れようって言うからさぁ、奪ってきたんだよね。」亮は意地悪く、とびっきりの笑顔を女の子に向けた。女の子は目を見開いて恐怖におののく。そして立ち上がり逃げて行く。
「あははははは。」
別におかしくないけど無理やり笑った。女の子に笑い声の追跡をさせるように。
不審の目を向けてくる駅員、亮は笑いを止めて、チャームにまた目を落とした。
新田とニコちゃんが大事にしている虹玉。二人の思い出となっている絵本を、亮は読んだ事はない。
柴崎から本の内容を聞くと、このチャームの中に入っているビー玉に似た虹色の玉が描かれてあって、それが世界中を駆けて、虹を描く、虹玉が世界中の願いを叶えて、沢山の幸せを届けていく。話のストーリィよりは、綺麗な絵を楽しむ絵本だと聞いた。
学園自慢の図書館にもその本はあるはずだったのに、亮は気になりながらも、その絵本を手に取って見ようとしなかった。
何故?
自分でもわからない。新田から聞いた時点で興味はあったはず、ニコちゃんに気を向けて貰いたかったら、その本を読み話題にすることが手っ取り早かったはず。だけと亮は、何故かそれをしようとはしなかった。新田に対する嫉妬?対抗?わからない。
亮は手の中にあるチャームに目を落とした。
チャームの中には、虹色のビー玉が入っている。
願いが叶う虹玉。
もし、これが本物なら、亮は間違いなく願う。
それは、子供の頃からずっと願い、叶うことなかった願い。
罪の消滅。
ん?何だ?これ・・・
亮は網装飾美しい隙間を覗く。
「どう、凱兄さん。」
「駄目だねぇ、お手上げかな。」
行方をたどれなくなった藤木を闇雲に探すより、地下に居る事は間違いないのだから、地図の監視を怠らず、また表示されたら追えばいいと言う凱兄さんの戦略で、東京の中心まで車を走らせてから、ファミりーレストランに入った。
凱兄さんの携帯がひっきりなしに鳴り、運転に集中できなくなったのもあって、早めの昼食をとり、今後に備えようとなった。
時計は11時を過ぎた所。麗香はノートパソコンを凱兄さんに預けて、食事を済ませた。
「つ、追跡機、こ壊れたとか」ニコが恐ろしい可能性を言う。
「うーん。可能性は無きにしも非ずだけどねぇ。」
凱兄さんの携帯の着信バイブの振動が机に伝わる。
「はい。あぁ、ご苦労様、うん・・・・。」
「藤木の携帯にかけて、どこにいるか探り入れようか?」と新田
「はぐらかされるに決まってんでしょう。」
「あぁ、それで・・・・・、うん・・・・二人が合った事実も?」
「あんたより一枚も二枚も上手の藤木から聞き出せるわけないじゃない。」
「慎一、何の為に盗聴器をしかけたか忘れてる。」
ニコの鋭い指摘に新田は所在なさげに、ドリンクバーのコーラーを飲み乾した。
近くを通った店員に、食べ終わった食器を片付けてもらうようにお願いをする。
「よし、判った。助かったよ。あぁいつもの通り送ってくれ。」
凱兄さんには裏のネットワークがある。探偵や情報屋、警察の人間にまで及ぶ。凱兄さんは帝都大学の学生でありながら、麗香の父、常翔学園理事長、柴崎信夫の補佐役として去年から就任しているけれど、実際の所は、こういう学園の裏側ともいうべき事に対処するのが役目。常翔学園は質の高い教育と施設から、経済的にも裕福な家庭の子が通うゆえに、学園の地位名声は落ちては絶対にいけない、汚れてもいけない。だから少しの陰りを見つけると凱兄さんが動いて対処する。
携帯電話の通話を終えた凱兄さんは、小さく溜息をついて、三人に顔を向けた。
「三島達也とあの雑誌に書かれていたW、ノートを藤木君から買ったという情報を出版社に流した人物ね。この二人が繋がったよ。」
4
東京駅から市営地下鉄に乗り換え、荻久保駅で降りる。駅の上部に添って建てられたショッピングモールの5階、目的の店へと入る。
日曜とあってショッピングモールは、楽しむ若者の熱気であふれていた。紳士売り場のメイン通りから奥まった、ちょっと薄暗い照明の店、カジュアルからスーツまで幅広いセレクト服や雑貨が、所せましと並ぶ店内。軽快なBGMと軽快ないらっしゃいませが合わさる。
「おっ、久しぶりだね。」店長が声をかけてきた。
「そうかな。」
「冬休み以来だよ。セールの案内メール、届いてなかった?」
「届いてたけど、忙しかったんだ。」
「ははは、そうだよな。学生だもんな。勉強優先、俺みたいにならないよう、頑張れよぉ」
手に持っているTシャツを折り畳み、棚の製品整頓をしながら豪快に笑う店長。亮はこの店長が好きだった。世の中に数少ない裏表のない人間。この店長は、特に買わないで店をうろついても、嫌な気持ちを持たない裏表のない人間だった。去年の盆休み、暇つぶしにこの辺をうろついていて見つけたお店。だいたいの店の店員は、客に対して腹黒い本心を持つ。
(買わないくせに商品を触るなと本心では悪態をついている店員、お似合いですよと言いながらブスやデブを心で罵っている店員。だから亮は実店舗であまり商品を買わなくなっていた。必要な物はネットショッピングで買っていたが、頻繁に宅配物が寮に届いては、寮管理事務所の職員が、露骨に嫌な顔をしていた。しかし、この店の店長は、学生の身分でカード払いをする亮に、変な詮索もせず、雑談だけでも喜んで迎え入れてくれていて、亮はすぐに常連客となった。今も、あれがこれがと商品を勧めては来ない。亮は店内を一周して、目的のショーケースを覗く。近くにいた別の店員にショーケースを開けてもらい、商品を取り出して貰ってレジへと向かった。
寮生活を始める時に、母親から「必要なものはこれで買いなさい。」と手渡された最高ランクのプラチナ色のクレジットカードだった。このカードで一体どれだけの買い物をすれば、藤木家の財産を、すべて消滅する事が出来るだろうか?
どれだけ高い買い物をすれば、あいつは叱りに来るだろうか?
やってみても、おそらく、どちらとも達成できなくて、結局、藤木家の力を見せつけられて墓穴を掘るだけと考え行きつく。
商品を丁寧に箱詰めしようとするから、簡単でいいと断って、店名の書かれたナイロンバッグに入れてもらう。
商品を持って出口に向かう途中、店長が、商品棚に身体を向けたまますれ違いに、声をかけてくる。
「それを必要としているお前を、止めはしない。ただ俺は、また、お前が店に来るのを、ずっと待っているからな。」
「・・・また来るよ。」
亮は、乾いた口でやっとそれだけを言って店から出た。
待っている、その言葉が妙に亮の胸をぎゅっと熱くした。
店を出た亮は、買った商品の包装をすべて取り除き、トイレ入り口に設置されているゴミ箱に捨てた。そして、それをズボンの右ポケットにしまい込み、階段で一階へと降りた。
「三島達也とWは遠縁にあたる。Wは藤木が小学校時代に所属していた福岡ジュニアサッカークラブのボランティアコーチをしていた。」
「えーと、じゃ、藤木のノートをどうにかして手に入れた三島先輩がこの記事に載っているWと言う人物に渡して、そして、Wがでたらめな事を出版社に言ったって事?」
「そう、Wが出版社の下請けの記者に直接、話を売り込んだ事実も確認が取れた。」
「こ、これで藤木のぎ、疑惑は、は晴れた。」
まだ、凱兄さんに慣れないらしくて、日本語がスムーズに出ないニコにちょっと笑える。
ニコの言う通り、藤木が売ったんじゃない事は、これで明白になり、ノートの経路もわかったから、学園としては打つ手を得た事になる。
「でも・・・・繋がりはわかりましたけど、どうして、三島先輩は、藤木を陥れるような事・・・・。」
住所検索で探し当て、凱兄さんが三島達也の名前を口にした時に、新田は大きなショック受け驚いていた。「ただ単に別の用事で遊びに行っているだけかもしれない、あいつは顔が広いし。」なんて生優しい事も言った。この疑惑に自分の所属するサッカー部の先輩が関わっている事を、とにかく否定したい気持ちで必死だった。
凱兄さんが、新田の疑問に答える。
「それは単純な理由だよ。おそらく。」
「・・・・・。」
「三島達也は藤木君を妬んでいた。藤木君さえいなければ、自分はベンチ入りが確定されていたはず。三島達也と藤木君は同じポジョンじゃないかい?」
「はい、同じミッドフィルです。でも常翔は、実力でレギュラーを決めるって伝統が」
「うん、あるね。うちのサッカー部の昔からの方針。だからこそ常翔学園のサッカー部は全国からも注目を浴びる強豪校となっている。昔からその方針に文句を言わない教育も徹底しているし。だからって、すべての部員がその悔しい思いを腹に収められることが出来るかな?」
「それは・・・・」
「新田君のように実力がある人間は、この方針に心躍るだろうね。年功序列を待たずして、十二分にその実力を発揮することが出来る。だけど、三島達也のような凡人は1年の頃から努力して努力して、やっとベンチの座が手に届くという時になって、才ある後輩がさらっと取っていく。それがクラブの方針で、常翔が全国に駆け上がっていくには必要な事だと理解はしても、悔しいのには変わりない。」
新田が唇をかみしめた。
新田と藤木は1年の頃から、そのコンビネーションの高さを買われて、頻繁に試合に出場していた。
3年の三島は、もうすぐ引退の時期、レギュラー入りできないことに焦りを感じていた。そんなときに、藤木文部大臣の疑惑問題がニュースで流れ始めた。凱兄さんは話を続ける。
「藤木君は福岡JSC時代ではキャプテンをやっていたけれども。その華やかな肩書の裏では妬みが酷かったみたいだ。」
「妬み?」
「藤木家の力が大き過ぎてね。キャプテンに選ばれたのもコネだとか、金を積んで得たものだとか噂されていてね。結構辛い思いしてたんじゃないかな。」
「そんなっ!金でキャプって!」
「大きな権力ってのは、あらゆる物を従ずる事が出来る反面、それに反する力も大きく生じる。藤木君がキャプテンに就任した時に本当に権力と金が動いたかどうかは、調べがつかなかったけどね。実際、福岡JSCの関係者の誰もが、そのことを言っていたね。」
凱兄さんは、この記事が出た直後に、すぐに藤木家の内情を調べ始めた。藤木家の事だけは人を雇わず、凱兄さん自身が福岡に行き、慎重に調べている。
「あいつ、そんな事一言も。」
「新田に言うわけないじゃない。言ったでしょう、プライドがあるって」
新田が、本当に苦しそうな息を吐いた。ニコもさっきから、苦痛な面持ちで唇を噛んでいる。
ニコが一番、当時の藤木の気持ちに共感できるはず。だから苦しい。
「あ、あの、か観察眼・・・。」
「えぇ、そんな中に居たから、あの力を得たのか、それとも、もっと前からあったのかは、わからないけど。そうやって影で言われている事や、人の黒い部分を藤木は、すべて察していたでしょうね。」
「うっ・・・。」
ニコが変な息遣いをしたと思ったら慌てて、そばにあった布巾を口に当てる。吐き気が込み上げてきたみたいで、必死にそれを抑え込んでいる。
「ニコ!」
「大丈夫か?」
「だ大丈夫。ご、ごめん。」
新田が心配して、ニコの背中をさする。
藤木が福岡で受けていた状況はニコが海外から帰国後の境遇と似ている。だから、藤木は入学当初から、ニコの辛さを一番に理解し、さりげなく守っていた。
「りのちゃん、辛かったら、新田君と帰ってもいいよ。この先は麗香と二人で追うから。」
「だ、大丈夫、です。」
新田が、コップに新しくお茶を入れてくる。
「喋るのも、辛かったら英語でいいわよ。」
英「無理せずに、駄目な時はストップかけてね。」アメリカの大学を主席で卒業した凱兄さんの流暢な英語が響く。
ニコが無言で、うなづくのを確認してから凱兄さんは、話を続けた。
「藤木家というのは福岡を基盤にして、内閣総理大臣を輩出した名家。明治の後半に第24代吉田時昌内閣総理大臣の側近として政界に進出したのが藤木君から見て曽祖父に当たる藤木勲氏。そして藤木君の祖父の藤木猛は第49代、昭和で一番長く7年を任期した総理大臣であると教科書にも載っているから知っているよね。今は福岡の基盤を守るべく隠居生活をしているけど、未だ政界にその存在感は大きい。そして現在、騒がれている藤木守文部省科学大臣は、藤木君のお父さん、次世代の総理大臣の椅子に近しいと言われているし、順調良くその階段を登っている。が、今回の騒ぎが大臣にとって初めてのスキャンダル、じゃないかな。僕は3年ほど前まで、日本に居なかったからね。ちょっと、まだ、その辺の事は勉強不足なんだけど。」
「勉強不足じゃなくて、記憶不足でしょう。」
麗香の指摘に、凱兄さんは参ったなと、首の後ろを掻く。そして、ノートパソコンを少し操作して確認するも、まだ赤い点は現れない様子。
「そんな巨大な権力を持つ藤木家には、いくら地元の人脈があるとは言え、さっきも言ったとおり、反する人間も多くいる。それがW。えーと個人的情報は君たちにには教えたくないので、Wで話を進めるよ。Wの家は、藤木家を妬む一族と言っていいかもしれない。元々武士の家柄でね。江戸時代、福岡の大名だった黒田藩主の家臣として一時期は名を馳せた一族。だけど、江戸幕府が滅亡して政府が版籍奉還をしたのをきっかけに、武士の力は弱まった。武力で民衆から税を奪う事しか能力がなかった武士は衰退の一途をたどり、商人や地主に借金をするまでに陥った。」
ニコが眉間に皺を寄せる。
「ニコ、大丈夫?」
「れ、歴史は、に苦手だ。」
「頑張れ、ニコ。」
新田が苦笑しつつ、また背中をさする。
二年生に進級して、社会科は歴史を習いはじめた所、ニコはフィンランドとフランスでは日本の歴史を全く勉強していなくて、常翔の受験の為だけに独学で重要なところだけを無理やり覚えたという。だから日本史の流れや内容が全く理解できていないと、いつも苦労している。逆に新田は歴史が好きらしく、唯一ニコに勝てる分野で、凱兄さんの話を興味深げに聞き入っている。
「その武士の衰退は福岡だけじゃなくて、日本中どこにでもあった話。Wの家が特別ではなくてね。そして藤木家は、もとは農家の地主、多くの小作人を雇い領土と人脈を持ち、そして商いにも成功した家。フジ製薬という上場企業も藤木家が創業した会社だよ。」
「マジ?」
「そう、あのトレンディ女優を起用した頭痛薬CMで有名の。」麗香はその女優のポーズを真似た。
「で、衰退したWの家は藤木家に多くの借金をして、ゆくはその家と名声を藤木家に吸い取られた形になった。」
「藤木ん家って、すごいんだな。」新田がため息をついて、つぶやく。
「歴史と資産は、柴崎家よりずっと上だからね、藤木家は。」
柴崎家の始まりは江戸時代後半、寺子屋ならぬ、氏子屋って名前は世間にないのだけど、神社の片隅で奉仕していた先祖が、お参りにくる子供たちに読み書きを教えたのが始まり。その後、氏子屋は塾となり、そこで育った青年と柴崎家が後に常翔大学の前身となった翔学館を設立、その後、国の学制改革に基づき、幼稚舎から大学の一貫校となった。江戸時代中期から薬の材料を栽培し商売を始め成功した藤木家の歴史と総資産には足元にも及ばない。
「そんな歴史的な嫌悪がWの家にはあって、その末裔がこの記事に出てくるWと言う人物。Wは福岡JSCでボランティアコーチをしていた。子供好きで、それほど悪い人物ではないよ。大学生になった時に、子供の頃、所属していた福岡JSCからの要請でボランティアコーチをし始めた。彼がコーチをしてから二年目に藤木君が入会してくる。そのあとは、さっき述べた通り、藤木君の苦難の歴史が始まる。」
ショッピングモールの一番端の出入り口から外に出る。湿気の含んだ空気が体にまとわりつく。今日は天気予報を見ていない。一階で一旦外に出て、車の切れ間で足早に道路を渡り、向かいにある狭い雑居ビルの地下へと続く階段を降りる。さっきのブティクの店長が暇ならここに行ってみな、と紹介されたビリヤード場。小柄な初老の男性が経営する店。店内にはトロフィーや賞状が飾られてあるから、かなりの腕前だと見て取れる。が、その腕前を見た事がない。いつも店内のキューやトロフィーのショーケースなどを拭いていて、かなりの綺麗好き、店内もゴミ一つ落ちていない。
初めてここを訪れた時、ブティクの店長の名前を出したら、何の詮索もなしにビリヤードのルールと型を手取り足取り教えてくれた。でも教えてくれたのはそれ一回のみで、この店主とは一言も会話をしていない。こうして受付する時も無言で、亮の身長にあったキューを黙って置いてくれる。一度手取り足取り教えたのだから、あとは自分の力でうまくなれ。と言う方針らしい。そんな店主だからか、客も一切の無駄話をせず、明らかに場違いな中学生が居ることにも何も興味を示さず、黙々とビリヤードを個々で満喫している。店内は落ち着いた照明と静かなジャズが流れ、いつ来ても静かな空間だった。
ビリヤードをやっている時は、余計な事を考えなくて済む。周りの客も玉に集中しているから表も裏もない。
寮の封鎖期間の毎日、ずっとここで過ごすほど、亮はビリヤードにはまった。いやビリヤードにはまったというより、店の空間にはまったと言った方が良いかもしれない。裏の顔を読み取らなくていい静かな場所。
無心に一ゲームを終えた。調子が悪い、9ボールを終えるのに25ショットもかかった。
大きく溜息をついたら、後ろの台でプレイしていた店主と同じぐらいの老人に、ちらりと顔を向けられた。
続けてゲームするのは辞めて、壁際のソファーに座る。ここは時間制で料金を払うシステム。亮はとりあえず基本の二時間を払っていた。
店内のBGMが一曲終えて次の曲へと変わる。その曲にドキリと胸が痛んだ。去年のバレンタインに告白されてつき合った彼女が音楽室で弾いていた曲。
『ごめんなさい、なんとなく怖いの』
5月の初めにそう言って、3か月の交際期間で別れた彼女、彼女は亮の人の本心を読み取る力に、感づき、気味悪がり始め、耐えられなくなった。幼少の頃から、「人にやさしく」と毎日呪文のように母親に言われて育った亮、妹が生まれて、その教えは女の子だけに特化した。ゆえに亮は女の子が困っている事に無視できない。読み取った裏の思いに、おせっかいにも手や言葉を差し出し、そして出過ぎた行為は、不審に変わる。
(私、言ったかしら?どうして知ってるかしら?)(どうして、わかるの?何だか怖い。)
嘘ほど色濃く見える腹黒い本心。見たくなくて相手を改心させようとすれば、不審がられ気持ち悪がられる
当然だろう、表に出せない心だからこそ隠し持つ。それを読み取れてしまっていい気持ちなどしない。
能力に悩み、人間不信に陥り、自殺を試みた事もあった。だけど跡取りを死なせたと責められるのは、母親であることを、藤木家一族の大人達の本心を読み取り知っていた。
ポケットからチャームを取り出す。
接着材で開けられなくしているチャーム。中をよく見ると、ビー玉とは違う物が入っている。振れば、確かにいつもよりくぐもった音。購入したナイフを接着剤に差し込んで、慎重にこじ開ける。中には、虹色に光るセロファンで包まれた何か、セロファンを広げると、中から小さな機械が二つ出てくる。一つはサイコロぐらいの大きさの黒いプラスチックの塊。中央にボールペンの先でつけたような赤い点があるが、点灯はしていない。もう一つはサインペンのキャップぐらいの大きさ楕円形をしている。半面が細かい網目になっていた。最先端の機器類が好きな亮は、それらが何であるかを瞬時に理解する。超小型の追跡装置と盗聴器。サイコロ型の追跡装置を手にするとボールペンの先ほどの点が赤く光り点滅し始めた。亮は慌てて、裏にあるスイッチを探し出して止める。小型化し過ぎて中の配線に無理があったのだろう。どうやら機器の調子はよろしくないらしい。いつから不良の状態だったのかはわからないけれど、今日の朝からの行動を追跡されていた事は確かだ。三島先輩の家に行った事もバレているのかもしれないが、三島先輩にののしられた事で、先輩の立場など、もうどうでもよくなっていた。
盗聴器を、静かに持ち上げる。スイッチはどこにも見当たらなかった。この大きさなら、盗聴の範囲はさほど広くはない。亮がいる地下から地上の外まで届きはしないと亮は判断した。
『わからなくなった?道を。』
『ちゃんと見て、虹の行く先』
虹の行く先は、
どこだ?
テミスの天秤にも裁けなかった罪は、
贖罪すらも許されず、
さまよう。
「その藤木の苦難ってWの仕業じゃないんですか?」
「いや、Wは藤木家に対していい感情はなくても、実際に藤木君をいじめるとかの直接な攻撃はしてないよ。酷かったのはチーム内の子供達。大人は藤木家に盾突く勇気のある人間は、いないからね。」
「マジかよ~。」新田が大きなため息をつく。
「大人が恐れる権力を福岡で持っているのが藤木家。その本家の長男が藤木君。望まなくても、生きているだけで影響力は大きい。」
「その権力を嫌がって、藤木は、実家に帰りたがらなかったのよ。藤木らしいわ。権力に奢ることはなく。私達にその片鱗さえも一切、見せなかった。」
「あいつ、そんな大きなもの、背負ってたんだ・・・」
「Wを擁護するわけじゃないけど、Wの家がいくら先祖代からの恨みがあるからといって、いつか、かたき討ちをしようなんて考えてなかったはずだよ。時代も過ぎすぎているからね。Wも周りの大人と同じ、藤木家の力の絶大さを嫌悪して眉を歪ませるけれど、藤木家に従事ていれば、福岡は内閣総理大臣を輩出した地として、恩恵は得られているからね。」
凱兄さんはコップに手を伸ばし一口水を飲んだ後、またパソコンを触って赤い点を探す。首を振る仕草で、まだ藤木の行くえはわからないと麗香は理解する。
「じゃ、何故、Wは藤木を陥れるような事を?」
「藤木君が常翔学園の寮に入ったと同じ年に、Wは東京に就職が決まって上京してきている。福岡では出来なかった事が、東京では出来る環境になったと言うのもあるのかもしれない。想像でしかないけどね。小さな不満、小さな理由、小さな反撃、重なれば大きくなる。遠縁である三島達也とWは何かのきっかけで出会い、三島達也は藤木君が文部科学省の大臣の息子である事を知る。大臣のスキャンダルが世間を賑わしている。このタイミングをどうにか利用すれば、藤木君は学校に来れなくなる。三島達也からすれば単純な考えの小さな行動、Wも藤木家に小さな反撃。それらは見事に成功し、藤木君は学園に登校できなくなった。個々の動機は単純で小さかったことが、掛け合わされて大きくなり、学園が動かざる得ない事態となってしまった。三島達也もWも、この状況と大きさは予想出来なかったんじゃないかな。ちょっとした嫌がらせをしてやろう、ぐらいにしか。」
麗香は口を出して補足する。
「常翔じゃなければ、三流雑誌の記事の詳細を追うことはしないわ。記事はすべて匿名だし。知りませんを突き通せば済むことよ。だけど質と品位を重視する我が常翔学園は、一つの黒い点をも見過ごすわけにはいかないの。それを誇っているからこそ、全国から上流階級の家庭が安心して常翔に子供を通わせる。凱兄さんは、そう言った学園の黒い部分を排除するとか、裏的な仕事を主にしているの。」
麗香の説明に、ニコと新田は大きく縦に振って、納得した。
もう一度、ビリヤード台に戻りナインボールをする。
ブレイクショット、気持ちのいい音と共に共にカラーボールが無造作に散らばる。
プロは、このブレイクショットの散らばり方すら、毎回、同じ位置にボールを停止させることが出来るというけど、当然ながら亮にはまだ無理だった。さっきとは全く違う展開の位置にボールは散らばり制止する。
サイドへ周り1番のボールを狙う。数個のボールが邪魔して、最初からポケットに入らなかった。
新田へのボールなら、あいつが欲しい場所と欲しいタイミングが手に取るようにわかって、ピンポイントにボールを送る事が出来るのに。新田は他の奴らと違って、遠い場所にパスが来るのを好む。他のやつらでは間に合わない距離を新田は足の速さを活かして相手のマークを振り切りボールを得る。体の勢いを軸足の左で踏ん張り、止めつつ周りの状況を瞬時に判断して、シュートにするか、パスに転じるかを一瞬で決めてコントロールする。簡単なようで、なかなかできない技の一つ。
もう一度1番のボール。小さい力で今度は難なく入る。
少年サッカーを経験している人間は、両足でシュートを蹴られるように小さいころから練習してきている。だけど完璧に両足が利き足になれる選手は中学生の段階ではまだ少ない。新田ですらも利き足の右がその技を生んでいた。どうしても利き足に負荷がかかる為、足の負担を考えるなら完璧に左足でもコントロール出来るようにしろとアドバイスしたら、鎖骨骨折して右手が固定されたのを期に、左半身を鍛えはじめた。元々手先の器用な新田は、左でもすぐに文字が書けるようになり、それに伴い足もいい感じに動けるようになった。
2番のボール、わずかにポケット角にヒットして入らない。今日はやっぱり調子が悪い。再度狙い、2番のボールを落とす。
新田はその才に奢らず努力をし続ける。誰もが新田の域に到達できないのに、新田は更なる努力をする、凡人達から逃げるていると思うほどに。
ポケットの近くにあった3番を難なく入れる。
亮を追跡している3人、いや4人だ。麗香の従妹であり学園の理事長補佐をしていると紹介された柴崎凱斗という名の人は、これまた亮が今までに出会った事のない、本心が驚きの状態でいるタイプだった。にこやかにラフな態度で亮に椅子に座るように勧めた柴崎理事長補佐の本心は、ずっと悲痛に悲しみに満ちていた。途切れる事のない悲しみ、悲しみに溺れ、罪悪感に苛まれている状態が通常でいる。亮の方が、その悲しみに引きずられそうになる程。面談の間、もう直視できなくなって俯いた。そして気づく。柴崎凱斗理事長補佐は、悲しみに満ち過ぎていて、今の本心が読み取れない事を。
台を回り込んで4番を狙う。長いショットはゆっくりポケットに入った。
通信機を仕掛ける案は、柴崎が出したものだろう。3人が、こうして時間をつぶしている間に、現れない所を見ると、三島先輩から関係が繋がった和田さんの素性、藤木家との関係を調べることに重点を置いて行動していると想像する。いずれ亮の疑惑は晴れる。その事にうれしいとも何とも思わなかった。ただ、また藤木家に滅ぼされる家が出てしまう。
5番目のボールの前にコースを読む。集中が続かない。一度息を吐いて深呼吸する。キューにチョークをつけ、狙いなおす。バンクショットでポケットに入れた。続いて6番、失敗、レールに沿って玉はそれた。
どんなに藤木家のレールから外れようとあがいても、実際の所、中学生の亮はレール外では生きていけないのが現実。
新田家が本当に羨ましいと思った。裏表のない底なしに明るい新田家、権力なんて物とは無縁の普通の家庭。こんな家に生まれていたら、こんな能力を得ることもなく、新田のように純粋にサッカーボールを追いかけ、才を得ることが出来ただろうか?とそんな想像を亮は何度しただろうか。
7番のショット、難なくはいる。
その妄想も馬鹿馬鹿しい。
8番と9番、キスショットを狙える位置関係。一度キューを置いて、首を回して、凝り固まった指と肩をほぐす。再度、キューにチョークを長い時間をかけてつけた。
『わからなくなった?道を。』
ああ、わからない、行きたい道なんて、いつも壊されてきた。
『ちゃんと見て、虹の行く先』
正義の女神テミスよ、贖罪も許されないのなら、
賭けをしよう。
キューを持ち構える。
このキスショットの成敗を天秤に乗せ、
裁きを。
ボールは思い描いた軌跡で気持ちよくポケットに吸い込まれていった。
亮は、静かに台の上にキューを置き、椅子に置いてあった発信機のスイッチを入れた。
点滅を始めた通信機、点滅の間隔は亮の鼓動と同じ。
「藤木、大丈夫かな。あいつ変な事、考えていないだろうな。」
変な事・・・は、もうすでに起きている、新田やニコには、まだ言えてない。
凱兄さんは今、お父様と電話中、調べで分かった、Wの事を報告。お父様はおそらくこの後、サッカー連盟と話し合いをして、どう解決するかの思案に入るはず。
店は昼食の客で混雑してきた。日曜日とあって親子連れが多く。子供の甲高い声が響き渡る。
麗香はパソコンを寄せて動かし、画面を覗いた。まだ点滅はしない。暇つぶしに画面をスクロールして、自分の住む神奈川県の香里市まで戻って学園や家の場所を眺める。そうして、また、東京へと戻った。すると赤い点が表示されている。
「出たっ!」同時に麗香は立ち上がった。
ニコや新田も立ち上がってパソコンを覗き込む。凱兄さんは電話を早口で切り上げて、パソコンを確認する。
「よしっ行こう。」
麗香がパソコンを抱えて店を出る。凱兄さんは、伝票と一万円札を無造作にレジにたたきつけ、釣りは要らないと叫びながら追いかけて来る。
5
衆議院第一会館、壁のように立つ建物は、立ちふさがる権力の象徴。人間など滑稽なほど小さい。踏みつぶされる虫けらの悲鳴は、この中にいる奴らには聞こえない。
幼きころは、内閣総理大臣を輩出した名家、藤木家の家訓、教えに疑問を持つ事もなかった。金、権力、人脈、血筋、それらはすべて藤木家が守り維持していくべきものであり、この国の財産となる、祖父にそう教授され、亮自身も誇りに思っていた。
だか、あの時・・・
日本全土は暗く沈みこんでいた。全国民がその悲惨な状況に悲痛な思いで被災地を偲んでいた。
茨城県沖で起きた地震による津波が襲った原発事故。
そんな中で見た、あいつの本心。
ほくそ笑んでいた。
怒りと同時に、自分の中に同じ血が流れていると思ったら、吐きそうになった。
浅ましく権力に貪欲な藤木家の一族。
どこまでも腐りきっている。
この巨大な建物の中には、そんな腐った血肉の塊がゾンビのように徘徊している。
亮は左右のズボンのポケットに手を入れて、それぞれに入っている物を握りしめる。
賭けはまだ続いている。
どっちの物を出す事になる?
亮自身も、まだわからない。
「この場所は、衆議院第一会館!」
麗香は、後部座席を振り向き、二人と顔を見合わせた。ニコも新田も不安な顔をしている。なぜ、こんなにも不安なのかわからない。ただ、藤木が自分の父親に会いに行っただけ。そう考えれば不安なことなど何もないはず。なのに、麗香は、自分の仕掛けた事が、間違いだったかもしれないと僅かに後悔し始めていた。
今いる場所から会館までは、それほど遠くない。だけど、このあたりは信号が多く、思い通りに進まない道路状況、憎らしく点灯する赤信号が麗香のイライラを増幅させていた。
「早く」そう無意識につぶやいていた。凱兄さんは車を、大通りから脇道に入れて、一方通行の道を強引に進み、国会議事堂の裏に出てくる。藤木の居場所を示す点は衆議院会館の中心で止まっている。
「凱兄さん、私達、降りるわ。藤木を追って中に入る。」
「あぁ、じゃ僕は、車をどこかに止めてから追いつくよ。」
車を降りて、建物を右手に回り込む。そして、正面玄関の扉を押して入る。すぐに警備員が麗香達を取り囲む。見学には事前に予約が必要だと言われた。
「あの、さっき、私達ぐらいの男の子、入っていったでしょう。」
「藤木代議士の息子さんの?」一人の警備員が口を滑らせ、もう一人に脇をつつかれる。
「そうよ、藤木大臣の息子さんの藤木亮君と私達同級生なの。彼に会館の案内をしてもらう約束だったの。でも私達待ち合わせ場所に遅れちゃって。」
「息子さんは、友達が来るなんて言ってなかったけれど」
「藤木君はどうやって入ったんですか?」新田が口をはさむ。
「彼は家族パスを持っていたし、代議士にも許可を頂いたからね。」
「あぁ、だからね、見学予約なんてしなくていいって藤木君が言ってたわ。私達、安心して、見学予約なんかしなかった。それにごめんね、皆。私がお寝坊しちゃったばっかりに、待ち合わせに遅れちゃって、藤木君、きっと怒って先に行っちゃったんだわ。ああ、明日が課題の締め切りなのにどうしましょう。」麗香は大げさな身振りで頭を抱える。「学校の課題で政治の仕組みやあり方を調べてレポートにしなくちゃなんないのよ。提出できなくちゃ、私達留年だわ。」
麗香はそれらしいことを早口でまくしたてた。ここは若者の特権というか、悲痛な願いを「仕方ないなぁ」的に許してもらえないかという算段が働く。
「いや~、でもね。」
流石に上手くは行かないかと麗香は心の中で舌打ちをする。だけど、この流れを押し切るしかない。
「留年なんて、恥ずかしいわ。そんなことになるぐらいなら、死んだ方がましよ。」
「柴崎・・・」演技なのか、それともやりすぎの麗香を止めようとしているのか、ニコが私の肩を抱える。
「僕たちは、藤木亮君と同じ常翔学園の生徒です。身元は後から来る学園理事長補佐が保証してくれます。だから入館の許可をお願いします。」
あっ、そうか、凱兄さんの称号の特権を利用すればよかったのだ。今更ながら思いついて、麗香は恥ずかしながらに唇を噛む。
「じゃ、その人が来るのを待とうか。」そう言って、警備員は麗香達三人を押しのける。
時間が惜しい。一刻も早く、藤木の側に向かいたいのに。イライラしながら、警備の誘導でロビーの端っこへと歩んでいると、急に外国語でまくしたてる声が聞こえた。振り返ると凱兄さんが、大げさな手振りをして入って来る。フロアに居た警備員たちが一斉に振り向き、凱兄さんの方に駆けていく。
露「私は、こう見えてロシア人です。日系ロシア人。言葉はわかりません。今の内に道に迷って困ってます。国会議事堂の中に入れ、たいのですが、どうすればいいですかね。」
「ええっ、何語だ?」
警備員は、凱兄さんの言葉がわからず、英語のエクスキューズミーを繰り返すばかり。麗香達を対応していた警備員までも凱兄さんへと向かった。
露「あぁ、ロシアの隠語わからないですかね? 今の内に道に迷って困ってます。」
「何なの一体、かぁっ」麗香はニコに口を塞がれる
「しっ!」
露「国会議事堂の中に入れたいと言っているのですが・・・。日本は親切な国と教えられましたから、迷う彼を見捨てず助けに惜しまない素晴らしい国だと、行けて本当にそう思いました。」
ニコは大きくうなづくと。「行こう。二人共」と麗香に耳打ちして、腕を引っ張る。ロビーにいる誰もが凱兄さんに注目し、麗香たちを見ていない。素早く受付のカウンターの横をすり抜けた。廊下を走り抜け、非常階段で二階分を一気に駆け上がった。踊り場で一度息を整える。ダッシュで走ったもんだから、結構きつい。
「理事補、急に、なんなんだよ。」流石、サッカー部、新田はそれほど息が上がっていない。
「ロシア語。今のうちに入れと指示された。」とニコ
「あれがロシア語?」
「私以外にロシア語のわかる人間はいないと判断したのね。日経ロシア人を演じて(今の内に入れ、迷う彼を見捨てず助けに行け)と。」
「そんなことしなくても、称号特権を使えばよかったのに」
「しょうごうとっけん?」
「あっ、ううん何でもないわ」まあ、あまり、そういうのをひけらかすものでもない。
「これからどうすんだよ。」
「とにかく、藤木大臣の部屋を探すしかないでしょう。そこに藤木は向かっているとしか考えられないもの。」
亮はトイレの個室で靴の下に隠していた物を取りし、右のポケットに仕舞い直した。
入館時の金属探知機の照射は、持っていた家族パスの提示により、甘くなる事を見据えて、靴の中に入れていた。
警備員が亮の頭上から金属探知機をかざし、膝まで来た時、トイレに行きたい、洩れそうだと演技をして足元まで行かせなかった。警備員は笑って、トイレの場所を指さし、亮を中へと通貨させた。
個室から出ると、見た事のある男がトイレに入ってくる。男は亮の姿を見て、不審に眉間を寄せたが、首にぶら下げている家族証の名前を見て、驚きの表情をした。
「き、君は・・・藤木代議士の」男はあいつと同じ政党の末端議員、勢いだけの一発ギャグが世間に受けて、すぐさま政治転換した知名度だけが売りの議員だ。
「ご子息が来ているとは、えーと、館内はわかる?」下衆なしたたかさに、亮はポケットの中で握った折り畳みナイフを振り回したくなった。その感情をぐっと押さえ、男を無視して、トイレから出る。
「あーちょっと、藤木ご子息」
亮は逃げるように走った。
それでも、藤木家の権力は、肌に執拗にまとわりついて振りほどけない。
こんな危険な事を冒してまで、藤木を追いかける理由は何だろう。
藤木が会館から出てくるのを外で待っていればいいのではないか?
三島先輩とwの事が繋がった今、当初の目的は終わったはず。
衆議院会館に忍び込んだなんて知ったら、流石のお父様も怒るだろう。
加担した凱兄さんは、もっと怒られるだろう。
だけど麗香は、今すぐ藤木の側に行きたかった。
藤木は、問題を一人で抱えて、どうにかしようとしている。
もう大丈夫だと。言ってあげたい。
思い悩む友達の側に居てあげたい。
理由は単純。
この扉の向こうに、見えなくなった道がある。
壊さなければ、道はいつまでも暗闇の中だ。
プレートに書かれた藤木守の文字を一瞥してから、亮はドアノブに手をかける。
「藤木!」
その声は、顔を向けなくてもわかる、新田の声。
ドアノブを握ったまま、亮は唇を噛んだ。
女神テミスは、何を天秤に賭けたのだろうか?
道はまだ暗闇の中。
藤木は振り向かない。新田も名前を呼んだきり、その先をどう、繋いでいいかわからない様子で立ち尽くす。
その時、ドアが開けられた。テレビで拝見する文部科学省 藤木守大臣が現れる。
「亮・・・・ん?友達か?」
大臣は自分の息子と麗香たちを順にみて、微笑んだ。
反対に藤木は睨むように父親を一瞥し、あからさまに顔を背ける。
藤木と大臣は似ていた。特に目じりの皺がよく似ていた。
麗香たちは、藤木大臣の歓迎を受けて部屋に通された。
応接室は意外にも簡素で地味だった。だけどソファり座り心地は良い。
自己紹介をして来た目的を告げる。藤木が何も言わないので仕方なく、麗香が玄関ロビーで演じた嘘をそのまま続ける。
藤木大臣は、終始にこやかに、「そうですか、それは大変だと」頷いて、丁寧に政治の仕組みや国の在り方などを熱弁してくれる。
騙している事に、麗香は心苦しくなるも、合わせなくては仕方がない。
時折、ニコがぎこちなく質問をして、課題の為に来たという嘘が信憑性を増す。
そして部屋を出て、議員会館を一通り案内される事になる。
その間、藤木は終始、麗香達3人の後ろを遅れ気味に歩き、父親の言葉がけにも一切答えず、俯いていた。
課題のレポートが完璧に仕上げられるほどの説明を受けた後、食道に案内されて飲み物を頂くことなった。
全員、オレンジジュースを頼む。
麗香が、常翔学園経営者の娘だと知った藤木大臣は、麗香の母親との関係の話に花がさく。
藤木大臣は、高校までは地元だか、大学は常翔大学の経済学部の出身であり、麗香の母親と同じサークルに所属していた。だが、大臣は年に数回しかサークルに顔を出さない名ばかりのメンバーだった為に、麗香の母親と話をする仲にもならずに卒業。10年ほど前の帝国ホテルのパーティで会った時に、それを麗香の母親から知らされて以来、親交を深めてさせてもらっていると言う。
麗香は物腰柔らかな大臣を見て思う、忌み嫌う事は何一つない。テレビで見る以上に藤木大臣は、穏やかないいおじ様だ。
一通りの話にキリが着いた頃、食堂にある内線がなり、大臣の秘書が出る。すぐにその電話は藤木大臣へと変わられる。
「大臣お電話です。翔柴会の・・」
秘書が口にした名前に聞き間違いかと麗香は驚いた。
「ちょっと失礼するよ」
大臣は麗香に笑顔の頷きをすると、部屋の隅に行き、話し始めた。ここからじゃ内容は全く聞こえない。時々、ちらちらと息子である藤木へと視線を送る。
(お母様が動いた)麗香はその電話の内容を知りたくてそわそわとする。その落ち着きのなさをニコに気づかれ囁かれる。
「トイレに行きたいの?」
「違うの、あの電話は・・・」
「電話?」
「何でもない」
電話が終わり、藤木大臣は麗香たちの所へ戻って来て、麗香達の後ろでそっぽ向いて座る自分の息子に声をかける。
「亮、たまには家に帰ってきなさい。お母さんが心配している。」
「・・・・・・。」藤木は身動ぎせず返事もしない。
「柴崎さん、亮をよろしくお願いします。」と深々と頭を下げられた。
「あっ、いえ、あの私。」麗香は慌てて立ちあがる。
「そして、お母さまの文香様と信夫理事長氏にもよろしくお伝えください。」
いろんな人と、いろんな場面を経験してきた麗香でも、流石に国の、それも教育機関のトップの大臣に頭を下げられるなんて経験は初めて。麗香も深々と頭を下げた。そして、今日の服装がパンツスタイルだった事に後悔をする。動きやすさを考えてチョイスだった。まさか衆議院会館で大臣とお会いする事なんて想定外、ちゃんとした服を着てくるんだったと。
「柴崎、頭下げんな、こんな奴に」突然、藤木が声を荒げる。
「ばっ馬鹿!何言ってんのよ!」
「痛て」思わず、いつもの癖で藤木の頭を叩いた。そして、しまったと口をふさぐ。
「すっ、すみません!」大臣の前で息子の頭を叩くなんて。なんて失態。
「はははは、亮、いいお友達を、持ったな。」
そんな麗香の失態を藤木大臣は全く気にせず、目じりの皺を濃くして笑う。
麗香は嘆く。
(あーどうしよぉ。お父様に、いえ、お母様に怒られるわ、私。)
こいつは、柴崎達に笑顔を振りまきながら、本心では、厄介者が来たと疎ましい感情を心に秘めていた。それが、電話を終えた途端、安堵の心に変わる。厄介払いが出来る手段が見つかったようだ。
反吐が出るほどの腹黒い本心。それを見るのにも、いい加減に、慣れてきた。
人とは、そういうものだ。本心が白くてきれいな人間なんていない。無垢な赤ん坊も3年も経てば、濁ってくるのだ。
部屋を出て行こうとするあいつを、亮は止めた。
「一つ聞く。あんた、常翔学園に藤木家の力を使ったか?」
常翔のサッカー推薦だけは、藤木家の権力と財力に関係なく、自身で手に入れたものだと信じていた。
もし、それが違うのであれば、この手で壊す。ポケットでナイフを握りなおす。
「力?」
「俺の常翔学園の入試に、藤木家お得意の財力と権力を使ったか?と聞いているんだ。」
嘘は見抜ける。さぁ、こいつの本心はどっちだ?
「お前!何、言ってるんだ!」
見抜く前に、新田が思いのほか大きな声で叫んだ。亮の腕を掴んで正面に向けさせられる。その反動でポケットから手がはずれる。幸いにもナイフが飛び出る事はなかった。
「忘れたのか!お前のアシストで俺達はハットトリックをした!お前があの実力を疑うって!」
怒った新田の顔には裏表なく、純粋に亮を責めていた。
「あんなのは誰でもできる。たまたま俺だっただけだ。」
「腐ってんじゃねぇ!」掴んだ亮の腕を払いのける。
「新田、やめて」柴崎に宥められて、新田は荒い息を数回吐いた。
「お前が、自分の実力を認めなくても、俺は認める。学園が、世間が、誰が何を言おうとも、俺はお前からのパスで、ゴールを決めた。ハットトリックの記録が評価の対象にされなくても、俺が認める。藤木からのパスが必要で一番なんだと」
新田の純粋で迷いのない強い本心に亮は、たじろぐ。
これが裁きか?
人の裏を読み取ってしまった罪の裁き。
「亮、常翔学園は藤木家に屈するような学校ではない事、お前が一番良く知っているのではないか?」
そう言ったこいつの顔に嘘はない。
柴崎もうんうんと頷いている。
信じていいのか・・・実力で新田と一緒にサッカー推薦の合格を勝ち取った。と
「そう、だな。」
常翔学園は権力や金に屈しない。そんなものは、すでに持っている。
だからこそ三流雑誌の記事を許さず、その潔白さを守り通す。
そのゆるぎない高い誇りがあるからこそ、全国から上流階級の子供達が集まる。
「新田君、ありがとう。亮を頼むよ。」
「あっいえ、すみません。生意気言って。それと大きな声出して・・・。」
「ははは、いいよ。元気ある子供は日本の宝だからね。」
何をほざく、選挙演説みたいな事、言いやがって。
相変わらず選挙の事しか頭にないこいつに、また反吐が出るほど、むかつく。
「聞きたいことは、その一つだけか?」
答えるのも反吐がでる。顔をそむけた。
「じゃ、皆さん時間があまりなくてね。悪いけれど、これで失礼させてもらうよ。」
立ち去るあいつの背中、幼き頃の記憶がよみがえる。
『ずっと先生のおそばで、ちゃんと挨拶して、今後が楽しみですわね。』
『藤木勲内閣総理大臣は立派でしたよ。守さんはもっと・・・・・。」
『藤木家の名に恥じないように。』
『必ず、・・・・・当選を。福岡の藤木家は・・・』
亮は、いつも見ていた。藤木家の名を背負いながら、笑顔で答える本心が、苦難にゆがんでいくお父さんの顔を。
あいつも同じ、生まれながらにして藤木家に縛られていた事を、ずっと読み取って知っていた。
『わからなくなった?道を。』
『ちゃんと見て、虹の行く先』
ちゃんと見た。虹の行く先。
それは、自身で手に入れた唯一の行く先
衆議院会館を出ると、会館の敷地の角で柴崎理事長補佐が携帯を耳に当てながら、慎一達に手を振って呼んでいる。
藤木はニコと柴崎に挟まれるようにして、大人しくついてくる。
近づくと、理事補は、さらに奥の道路に路上駐車しているベンツへと手振り示す。
すぐに理事補は携帯での通話を終えて、追いつく。
「凱兄さん、あれから、どうなったの」
「うん、やり過ぎて、追い出された。」慎一と柴崎は大笑いをする。ニコは僅かに苦笑。わからない藤木は慎一たちを訝し気に目を細める。
「びっくりしましたよ。突然だったから。」
「本当よ。あんなことしなくても、称号パスを出せばよかったのに。」
「ああ、その手もあったね。でも今日は持ってきてないし、あんな場所で出すのは得策じゃないね。」
「称号パス?」意味の分からない単語に疑問符を投げかけたが、無視されて車に乗るように促される。
「藤木君、この週刊誌の記事の件は、三島達也君の対処も含めて、すべて学園が引き受け解決する方向で算段が付いているから。」
「三島先輩は・・・」藤木は驚愕に口を噤む
「魔が差した、としても、お灸は据えとかないとね。すべてが固有名称が伏せられていた事が幸いしている。退学とまではいかないから安心して。藤木君も、出した退学届けは破棄するよ」
「退学届!?」慎一は叫び、隣に座る藤木に顔を向けた。藤木はそっぽを向く。
「ごめんねぇ、黙ってて。」助手席から顔を出した柴崎が舌を出す。
「知ってて。」
「だから、何とかしたくてあんた達にも協力を頼んだんじゃない。」
「おまえ~。何で、相談しない!一人で抱えみやがって。」慎一はそっぽを向いている藤木の肩を掴んだ。
「わりぃ、わりい。」藤木はそれまで塞いでいた表情を破顔して振舞う。
「何がわりぃだ。そんな軽い事じゃないだろう!」
「まぁまぁ、新田、許してやってよ。もう解決したんだし。」
「解決できなかったら、どうしてたんだよ。俺たちは全国優勝するって、約束、忘れたのかよ」
「・・・ごめん。」藤木は唇を噛んでつぶやいた。
「青春だねぇ」理事補は、事の収束を待っていたかのように車を出した。
藤木が、ごそごそと身動ぎをして、それを出す。
「ニコちゃん、これ返すよ。」
慎一の前に出される虹玉の入ったチャーム。いや、今は虹玉は入っていない。追跡装置と盗聴器入りのチャームだ。
「ちゃんと見えた?虹」
「うん、見えたよ。大きな虹が」
慎一を飛び越えてチャームはニコの手に渡る。
チャームの網目から、虹色の紙が光を乱反射して、ベンツの天井に小さな虹を一瞬だけ見せた。
6
「やっと、元通りね。」
「うん」
常翔学園とサッカー連盟は、藤木のノートを三島達也から預かり、ノートの内容を確認し、記事の正誤を行った。八百長を行っていない事はもちろんの事、藤木のノートが誰にも売られていない事、八百長に関与している証拠にならない(そもそも八百長はないのだから当たり前)とわかり、出版社へ、偽装記事であると正式に抗議して、訂正文掲載の条件を取り付けた。三島達也は、学園の配慮で厳重注意のみで対処したけれど、本人はサッカー部を辞めてしまった。スポーツ振興会の疑惑報道は、学園としてどうすることもできないので、そのまま。学園にはもう関係のない領域であり、選挙が終われば、過熱報道も収まるだろうと、お父様と凱兄さんの見解。
そして、衆議院会館に勝手に侵入をした麗香達も、藤木大臣がうまく取り繕ってくれた。
麗香はニコと、校舎の教室の窓からサッカー部の練習を眺めていた。
新田と藤木の楽しそうな姿が遠目でもわかる。
「あっそうだ。これ返さなくちゃ。」麗香は発信機と盗聴器を仕掛ける為に、取り出していた虹玉をニコに返す。ニコはポケットからチャームを取り出して、カチリといとも簡単に開ける。
「えっ?開けられた?剥離剤使ったの?」
「ん?」ニコは首をかしげる。
「接着剤で固めていたでしょう。」
ニコは入ったままだった虹色の紙で包んだ発信機と盗聴器の2つを取り出して、麗香に差し出す。
「接着剤?ううん、開いてたよ。」
「うそっ、いつから?」
「藤木に返された時から。」
「げっ」開けられてバレないように、麗香はチャームの縁を強力な接着剤で固めていた。
「知ってたんだ、藤木。」
「あいつ~、」麗香は窓へと顔を向けて、駆けまわる藤木の姿を追いかけた。
曲者、くわせもの、スケコマシ
遠く、藤木の掛け声が聞こえてくる。
ニコは虹玉を太陽にかざして、光る色を楽しんでいる。
もうすぐ夏休み。
常翔学園サッカー部は、秋から始まる全国大会予選に向けて、本格的な練習をはじめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます