[002]飯のタネ#01

 真っ直ぐに切りそろえた前髪に、ボブカットの少女――ソルファはとある商会へと入る。


 身長150cmあるかないかといった少女は、大人ばかりの商会の中では妙に目立つ。それを気にする様子はソルファには無く、トテトテと歩いて受付へと向かう。


 ここエヴァール商会は大陸西部最大規模の商会である。そして、当然のことながら最大規模の商会となれば、最大規模の裏仕事があるのだ。ソルファはそんなを探りに来たのであった。


 よく教育された受付嬢はソルファが差し出したに目をやれば、それ以上は何も確認せずに「ご案内します。」とだけ言って席を立つ。そんな受付嬢に、ソルファは目線で頷いて、後へと続く。


 案内された先はきらびやかな酒場であった。何かの演出の如くモクモクと漂うタバコの煙は、やたらと眩い先史文明製の投光器が放つ明かりを散乱させ、その光線の軌跡を写し出す。店のあちこちでは、BGMというにはあまりにも過剰に曲が奏でられていて、まともな聴覚をしていたら耳が痛くなりそうだな、などとソルファは自身の機械仕掛けの耳のことを考える。


 そんな明らかに場違いな店へと踏み入れたソルファへの反応は、二極化した。片方は、何だこいつは、と訝しむ目を向ける大半の者達。そうてもう片方は、何だこいつは、と驚きの目を向ける者達。その2つだ。


 決して「へっへっへ、良いカモがやってきたぜ。お嬢ちゃん、こんなとこへ何の御用だい?」などとポストアポカリプスじみた噛ませ犬の如き反応を示す者は誰もいない。それは、また、ソルファの予期するところでもあった。


 案内をした受付嬢はその酒場の店員にを渡して、もと来た通路を戻っていく。案内を交代した店員に導かれたのは、4人掛けのボックス席であった。先客はいない。


 軽食を注文したソルファは、1冊の本――魔導書などと呼ばれる専門書の類である――を読みつつ、周囲に気を配る。客たちは、カチャカチャと食器を鳴らして食事をし、店員は必要以上に大声で会話をしている。品が無い、と言えばそれまでであるが、そうでないことはソルファは知っていた。聞かせられない会話を聞き取りにくくしているのだ、と。


 そんな中、ソルファは、ふと、数年前ののことを思い出していた。襲撃された村で、自身だけが生き残り、そして、また自分自身も死んだあの日のことを、だ。


(あの日から、私はでなくなり、またになった、ともいえる――)

――無意味に詩的な表現をソルファは考えつつ、直接取り出しでもしなければ生物なまものでないと気が付けないであろう精巧な魔法機械の目が捉える紙面上の文字列を追う。


 あまりに強烈な喧騒のマスキングに、カクテルパーティー効果もサボタージュ気味な喧騒の中、ソルファの耳は1つの音声スペクトラムを検知する。自身の元へと向かっているのであろう足音だ。


「――やあ、お嬢さん、こんな所へ何用かな?」

足音、そして声の主でもあるその者は、人の好さそうな中年の男性で、ボックス席の角に少しだけ腰をかけつつソルファに話しかける。彼は、何だこいつは、と驚きの目を向ける者の1人であった。

「依頼ではない方なのですよ。」

目線を本からは移さず、しかし自身に内蔵した各種センサ類ではその男を注視しつつ、ソルファは答える。

「ふむ、なるほど…… ここに来るツテはあるが定期的にを得るツテが無い、そこで、興味を持つがいないか、試しに来てみた、と?」

「ご明察です。」

そう言いつつソルファはその男に微笑みかける。

「……お邪魔しても?」

「どうぞ。」

ソルファは読んでいた本を閉じつつ、男に答えた。


 男は羽織っていたコートを脱いで、それを自身の脇に置きつつ、ソルファの正面に腰かける。

「さて、自己紹介といこうか。私のことはジョン・ハーパー、とでも呼んでくれ。君達にを届ける仕事をしている。君は?」

「ソルファなのです。チームには私ともう1人がいて、どちらも魔法使いなのですよ。」

「おお、それは中々に珍しい組み合わせもあるものだ。ただでさえ珍しい魔法使いが、それも2人か…… だが、日の当たるところで仕事をしない、ということは、そういうことなのだろうな。まあ、深入りはしないでおこう。

 さて、1つ、早速だががある。受ける気はあるか?」

「内容次第です。」


 そうして、ハーパーはある依頼を持ちかける。内容は単純明快、エヴァール商会の輸送隊を襲い商品を強奪した野盗から商品を奪い返すことだ。だが、商品の内容が内容なのだ。それはと呼ばれる類のもので、当然、警察を動かすわけにはいかない。何せ、それはエヴァール商会が影の仕事をするために密輸したものなのだから。


「――そこで、君達、の出番というわけだ。報酬は小金貨1枚、十分だろう。2人では足りないだろうからこちらで何人か付けておこう。」

ハーパーはそう説明を締める。

「追加の人員はいらないのです。」

ソルファは一言、そう応える。

「ほう、中々強気じゃないか。結果的に依頼を遂行してくれるのであれば、構わない。結果次第では、今後とも良い付き合いをできることを願っている。それではいつも通り、として歴史に名の残らない活躍を期待しているよ。」

そしてハーパーは、前金だ、と続けて大銀貨2枚を机に置くと、席を立った。


 ソルファもハーパーがある程度離れたことを察知してから、さっさと店を後にする。ハーパーのあの行動により、ソルファに興味を持っていた他の連中も動き出そうとしていたのだ。最初に声をかけてくる、そういう野心的な以外にはあまり興味が無いソルファなのであった。それに、一度にあれやこれやと依頼を受けても、全部を達成できなくなってしまうだろう、という考えも当然のことながらあるのであった。

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機械仕掛けの混沌に、人工神話は終末思想の夢を見るか 白布つぐめ @tsuki_no_miya

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