[001]1つの村が消えた話

 また、1つの文化が失われた。特別珍しい話ではない。数年に1回は起きる話。地図から1つの村が消えた。ただ、それだけの話――


 燃えて崩れ落ちた家屋は、パチパチと燻り、時折吹く風に炎を揺らめかせる。まともに動いているものといえば、そんな家屋から細く立ち昇る煙くらいであろう。――まさしく、ついさっき、できたばかりの廃村の有様であった。


 そんな廃村の外れには、ため池があった。“廃”が頭に付く前は、藻が生い茂っていたのであろうそこには、今は藻の変わりに大量の死体が浮いている。水死体ではない。焼死体だ。


「――ぷはぁ。」

焼け焦げた肉塊――かつては人だったそれを掻き分けながら、ため池の水面に少女の顔が現れる。目を瞑ってはいたものの、少女は、自身が掻き分けたものが何かは察していた。


「うっ……」

少女だって覚悟はしていた。それでも、やはり、目を開いた広がる光景に、臭いには吐き気を覚えざるを得ない。おそらく自身以外に生き残りはいないだろう、ということを少女が察するに余りある光景であった。


「誰か…… 誰かいませんか……」

それでも、もしかしたら、そんな一縷の希望にすがるように、少女は村を彷徨う。これは生き残りがいないことの確認作業なんだ、と自身に言い聞かせつつ。


 ――濡れた衣服は少女の体温を奪う。指の、いや手の、腕の感覚すらもう無くなってきている。どれだけさまよっていたのだろうか、日はすっかり暮れており、廃屋の燻りは途絶えている。一連の騒動の影響か、獣の鳴き声は聞こえてこない。少女の声に応えるのは、風の通りが良くなった家々を吹き抜けていく冷たい冬の夜風のみとなっていた。


 もう長くはないだろう。――少女は自身の命の灯火も、もう燻り程度しか残っていないことには気づいていた。いや、運良く今夜を取り切ったとしても、翌日は? そのまた翌日は? ――こんな山奥の村に足を運ぶような物好きはまずいないし、結局苦しむ時間が長いか短いかの話なのだ。むしろ、その消えかかったその灯火は、さっさと吹き消えた方が、少女にとっては都合の良い話なのであった。


 朦朧とする意識の中、気付けば少女は自身の家の前にいた。

「……ただいま。遅くなってごめんなさい。」

少女はそうつぶやきながら瓦礫の山に足を踏み入れる。家族で一緒に寝た布団も、大好きだったぬいぐるみも、何もかも、全部灰と化していた。


 部屋の角――少女はいつもぬいぐるみで遊んでいたあたりに座り込む。少女が母と一緒に作った小物も、何も残ってはいなかった。家で遊ぶことが多かった少女にとっての大切な友達は、もう皆、灰になってしまっているのであった。


 ここで良いや、と少女は座り込む。ああ、なんだか、さっきから寒さも感じなくなっていたな。そんなことを思いつつ、少女はゆっくりと目を閉じようとする。


 そのとき、ふと少女の視界にキラリと光るものがあった。感覚の無い手でどうにか拾い上げてみれば、それは石にも見える黒い金属光沢を持つ塊であった。

「…本当に丈夫でしたね。」

昔、村に寄った行商人が、大きさの割に妙に重いそれを“大昔に滅んだある文明で作られた金属の欠片であり、現在の技術では製造も破壊もできないそれに材料としての価値は無いものの、お守りに”と言って売っていた石であった。ただの金属塊であるはずなのに、妙に惹かれるものがあり、少女は両親にせがんで買ってもらっていた。

「残ったのは、あなただけでしたか…」

意味も無く、ただなんとなく、小動物に対して接するように、撫でてみる。無論、何かが起こるはずも無く、少女は静かに目を閉じた。

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