第11話

「っ、らぁっ!」


真由美は即座に瑠璃へと伸びた神の腕を弾き飛ばす。そうすると瑠璃の左胸に背中から突き刺さっていた神の腕も抜いて飛ばされる。


結界の中に居る人々は騒然とした。目の前で1人の美少女がその胸を貫かれ、血の華を咲かせたという事実に。しかもそれが、この肝試しの参加者達に特に人気だった永墓瑠璃であった事が最悪だった。


しかし皆さん知っての通り、瑠璃は不死身だ。


「くっそー!いったいな、もー!」


心臓を背中側から貫かれたというのに、永墓瑠璃が生きている。その事実に結界内部の人々は普通に驚愕した。小学生達も大人達もみんな揃って瑠璃が死んじゃう!とか思ってたのに、なんだあのスコップ持った変なねーちゃんピンピンしてるやん?ってなった。拍子抜けしてしまった。


「あ、みんな安心してね!私、不死身だから!」


瑠璃は自分が死んだ所を見せてしまったのでおちゃらけてそう言ったが、今は割とそういう雰囲気では無かった。端的に言って、瑠璃は少しばかり空気を読むのが苦手であった。


真由美はそんな様子の瑠璃の声を聞きながら、何やってるんだあのお馬鹿は、と内心で思っていた。ついでに言うならでもそんなところも可愛いんだよなとも思っていた。真由美も真由美でお馬鹿である。


「真由美ちゃーん!もうやっちゃっていいよー!」


「そう?分かったわ」


真由美は魔術を展開する。今度は魔弾ではない。その身に刻まれた属性由来の魔術そのもの。万物万象を支配する絶対の力を今、展開した。


「領域支配」


領域の支配。それに必要なエネルギーは瑠璃の死で以って補われるが、神も支配に負けじと対抗する。むしろ現在の神域という領域は神の管轄であり、現在の状況的に考えて、有利なのは神側であった。


しかしそれも、序盤のみである。


『何故、何故』


「こっちには無限のリソースが居る・・のよ」


「私をリソース扱いするのはやめてくれないかな?!」


有限ながらも圧倒的なエネルギーを保有している神に対して、瑠璃の生命を急速に削りながら発揮される無限のエネルギーを扱う瑠璃が有利に傾くのは、割と明白であった。どれだけ保有可能なエネルギーに天文学的な差があろうとも、それは決して無限ではない。所詮は有限。無限のエネルギーには勝てないのが道理であった。


『その死なず人が汝の力の源か!』


「でもどうにもできないでしょう?手を緩めた瞬間に、瑠璃を狙った瞬間に、私はあなたの全てを支配出来る。あなたは今の均衡を保たなければ終わるのよ。でもジリジリとあなたのエネルギーは削られていく………」


少しずつ、少しずつ。ほんの少しずつエネルギーが削られていく。削られる度に神は不利になっていく。莫大な有限が矮小な無限に負ける。例え結界内の人々の命を貪ったとしても勝ち目は無いほどに、神は追い詰められていた。


「神は決して絶対じゃない。保有するエネルギーさえ削り切れば人間以下の愚物に成り下がる。知ってた?あなた達はね、今までエネルギーに頼って生存してきた分、エネルギーさえ無ければ簡単に殺せるのよ」


神を神たらしめる理由は莫大な保有エネルギー。それが無くなってしまえば、その保有するエネルギーを削り切ってしまえば、神は完全に零落し人以下となる。権能を扱えず、神威も出せず、加護すら与えられぬ神など、恰好の餌食に過ぎぬのだから。


『ぐ、何故、何故だ!何故汝のような矮小なる人の子が神たる我を殺すのだ!』


「邪魔だからよ。………来世では神に生まれなければいいわね」


『なっ、やめ──』


──名も無き神は、









肝試し当日。参加者達は記憶に30分程の空白期間があるものの、各々が肝試しを楽しんで、はしゃいで、それでいて新しい体験をして、そうして参加者達は帰って行った。まるで何事もおかしな事が無かったかのように。


「真由美ちゃん、みんなの記憶消去は完璧だよね?」


「勿論。知らない方がいい事だって世界には沢山あるもの」


参加者達は全員、真由美の『支配』によって、神隠しに関係する思い出を全て消されていた。消されたというか、支配の力によって思い出せないようにされていたのだった。あの恐怖は知らなくていい。あの惨劇は知らなくていいと、瑠璃も真由美も判断したからだ。


知らなくていい真実はある。知っていた方が危険な知識もある。真由美と瑠璃はそれを知っていたからからこそ、無断で全員の記憶を封印させて貰ったのだ。


「そんじゃ肝試しも終わったし………、どうする?」


「あなたの墓地の守護神にしておいたわ。あなたの墓地をあなたの許可なく荒らす存在全てを神域に取り込んでエネルギーにしてくれるわよ」


「うーん、最強のガーディアンだ。真由美ちゃんの魔術怖いねー」


「"まっさら"の事?貴女には効かないのに?」


"まっさら"。それは、真由美の必殺技とも言えるほぼ絶対の一撃であり、知性を持つあらゆる存在相手ならば確実に通用するという、真由美の魔術の粋である。対象の全てを支配する事によって完全なる傀儡にしてしまうという、瑠璃の命を使った無限リソース以上にド外道なモノだ。どう考えても悪役側が使うタイプのものである。


ただし、瑠璃に"まっさら"は通用しない。具体的に言うならば、瑠璃の不死性に支配は通用しないのである。支配されているという状況も、瑠璃の不死性に覆されてしまうのだ。そもそも真由美が瑠璃に"まっさら"を使う理由も特に無いのだが。


この"まっさら"の恐ろしい所は、一度使用された対象の精神を一度破壊してから新しい精神を形成している為に、どれだけ頑張って精神のコピーを施したとて元の人格は取り戻せない、という所にある。


以前に瑠璃と真由美が対峙した影を操る超能力の男も、今回の神と同じようにその精神を完全消去を施されている。記憶の封印なんて生温い方法ではなく、完全なるオールデリート。


つまり、男も神も新しい人格を形成し、男は善人な成人男性という人格を植え付けられ──否、善人な成人男性という性格に、今回の神も一度精神をオールデリートされ、傲慢な神から機械的に仕事をこなす神へとのである。文字通り、根本から。


「そうだけど、通用しないのと怖いのは別物でしょ?」


「まぁ、そうね」


「あ、そうだ。ねぇ真由美ちゃん。ちょっとだけ肝試しの道順を散歩してから帰らない?」


「散歩?まぁいいけれど」


「やった。それじゃ行こ!」


瑠璃は真由美の手を引いて歩き出す。既に撤収作業の終わった肝試し会場は人の気配が無く、近所にあるのも墓地くらいなのでかなり静かだ。そんな静かな森の中を、2人並んで歩く。


「今回は誰も死ななかったねー」


「瑠璃が頑張ったからだと思うわよ」


「真由美ちゃんが居なかったらどうにもならなかったよ?」


「やめましょ。多分これ無限ループよ」


「あははっ、そうだね」


暗い夜道を並んで歩く。空に浮かぶは星月夜………と言っても、都会の光が大半の星の光を覆い隠していて、視認できるのは強い光を灯す星だけ。しかし月は、明るく綺麗な満月。手を伸ばしたら届きそうなくらい綺麗な月が、空にはあった。


「ね、真由美ちゃん。月が綺麗ですね?」


「あら、返事が欲しいの?」


「うん、欲しい。私、真由美ちゃんの事好きだもん。ずっと言ってるでしょ?」


「それじゃ………そうね。手が届くかは貴女次第よ」


「っ!それは脈アリってこと?!」


「さぁ?好意的に解釈するならそうね」


「じゃあ好意的に解釈する!」


瑠璃はその言葉を聞けてご機嫌になった。真由美の方も内心では死んでもいいと返答してやりたかったが、あまりにも急な告白だったので日和ってしまったのだ。真由美は恋愛面だと割とヘタレである。


「でも………そうね」


「?」


瑠璃は少し首を傾げた。何故?とは思ったが、そね疑問はすぐに解消された。


「前々からずっと言ってるけれど、私は貴女の相棒なの。月が綺麗かどうかなんて関係ない。私だけが照らす訳でも、貴女だけが照らす訳でもない。互いに互いを照らし合うのが相棒でしょ?」


「っ、真由美ちゃん!好き!」


瑠璃は真由美に抱き着いた。その愛おしさが全身から溢れてしまいそうだったから、その愛おしさの全てを受け止められるように。ちなみにその様子を見て真由美は死にかけた。尊さは人を殺せるのである。


「もう。………私達は二重星よ。互いの引力で結びついて、共通の重心を公転していくの。私は貴女が居なければ駄目で、きっと貴女は私が居ないと駄目。そうでしょ?」


「うん、うん!真由美ちゃんが居ないと駄目!だから………うん。だから、ずっと一緒に居よ?」


瑠璃は一度離れる。手も離して、真由美の前に立つ。真正面から話しかける。


「私と貴女が死ぬまで?」


「うん。私と真由美ちゃんが死ぬまで」


「それって、いつ?」


「さぁ。分かんない。………でも、いつか終わりはやってくるんだよ。私にも、真由美ちゃんにも。同じって訳にはいかないだろうけど、絶対にあるんだよ」


「貴女は不死なのに?」


「不死だからだよ。私は死なないから、いつか終わるの」


それは、真由美には分からない言葉だった。

それは、瑠璃には理解できる言葉だった。


「私が始まったなら、きっといつか終わりは訪れる。最果てに座して、始まりに帰るの」


瑠璃は真由美の瞳を見る。愛しい人の眼を覗く。真由美も、瑠璃の瞳を覗いていた。


「きっとそれが、役目だから」


その目は少し寂しそうで。だから真由美は語り出す。


「私は、貴女と永遠に一緒に居たいけれど」


「うん、私も」


「………でも、そうね」


真由美は瑠璃の手を握る。その手はとても暖かい。


「もし、いつか終わりがくるというのなら」


瑠璃は真由美の手を握る。その手はとても暖かい。


「最後の光景に貴女が居てくれたら………きっと、凄く嬉しいわね」


「安心してよ。私は不死だぜ?」


「そうね………ふふっ」


「あははっ」


静かな森に声が響いた。それは少女二人の笑い声。神秘に愛された少女と、不死になった少女の声だ。お互いの事情を深く知っている訳でもなければ、二人とも自分の過去を教える気は一切無い。そんな二人だが、それでも、共に居ると約束したのだ。


「私、いつか真由美ちゃんをあっと驚かせてあげるから。覚悟しててね?」


「何の覚悟をしてればいいの?」


「自分で考えればー?ふふっ」


永墓瑠璃はまだまだ死にきれない。少なくとも、この手の温もりが消えるまでは。そして何より、自分の相棒にカッコいい所を見せられていないから。


その日。月が雲で隠れるまで、二人は夜の散歩を続けるのだった。

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