第10話

「真由美ちゃん、どう?」


「………確定、かしらね」


真由美と瑠璃以外の子供達とスタッフ達が居なくなった事に気が付いてから10分程度。子供達がやってくるのがあまりにも遅いし、何より悲鳴の一つすら聞こえてこない事を不審に思った真由美が連絡を取ったものの、スタッフ達との連絡も不可。これは何かがあったと二人揃って探索をしてみれば確定的に明らか。


子供達も大人達も何処にも居ないのだ。唯一瑠璃と真由美のみが残ってはいるものの、逆に言うなら2人以外のあらゆる人間が消えていた。2人は何かあったのだろうと即座に元の服に着替えて、周囲を探索していた。


「神隠しよ、これ。しかもこちら側が人為的に作ってしまったものが原因ね」


「マジ?」


「大マジよ。規模自体は小さいけれど、私達のやろうとしていた肝試しが一種のお参りのように見られてしまったみたいね。そこを一種の縁として強引に紡いで、そのまま介入して神隠しをしたらしいわ」


神隠し。それは人間がある日忽然と消え失せる現象の事。神域である山や森で人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを神の仕業としてとらえた概念である。


神域というのは、正しく神の領域に他ならない。永久に変わらない神域こそが常世であり、人々の暮らす場所こそが現世。神域は言わば、死後の国にも等しいのである。


「これは神側から無理矢理に介入されたっぼいわ。道がめちゃくちゃにされているのが良い証拠よ。一応の事を考えて簡易的な結界を道順に沿って張って居たのだけれど、それも無理矢理に破られてるわ」


「私と真由美ちゃんが神隠しに合わなかったのはどうしてかな?」


「恐らく、私は結界を張った張本人だからバレないようにしたかったんでしょう。貴女はなんでかしらね。私が近くにいたからかしら?短距離ならそれくらい感知できるだろうし」


「んー、これどうすればいいかな」


「神を殺せば早いでしょうね」


「なるほど。となると、神様はみんなをどうするかな?」


「良くて労働力、最悪は生贄かしら」


瑠璃は真由美の言葉を聞いて、やるべき事を決定した。決めたのだ。


「そっかー………神殺し、なってみる?」


「貴女がじゃなくて私が、でしょ」


「まぁそうなるよね!まずは対話からでいこうか?」


「まぁ、その前に。神の御前に向かいましょうか」


──真由美の身体からエネルギーが溢れ出す。それは世に満ち溢れる自然的エネルギーの具現であり、魔に連なる者共の残滓。それ即ち、魔力。この世界において、魔術を扱う為に必須となるエネルギー。


魔術師になる為には術を扱う為のエネルギーとなる魔力を蓄積する才能が必須となるのだが、当然ながら真由美は神秘関係においても超絶天才なので、勿論そういった才能も完璧に備えている。


そうして練り上げるのは、真由美の固有属性。


それは『支配』の属性。ありとあらゆる万物を支配するモノ。それは言わば、魔力を用いて行使可能な世界への絶対命令権にも等しい属性であり、正しく神の所業に等しきナニカ。


「領域支配」


『支配』の属性はその強大さ故、僅かな行使だけでも莫大な魔力が必要となる属性である。それは真由美であっても決して避けられぬ道理であり、単一存在の支配ですら真由美の保有する魔力の半分近くを持っていくのである。それであるのに領域の支配など、一体どれだけの魔力が必要となるか。どう考えても天文学的な量が必要となる。


しかし。


「うぐぐ………生命力削られて魔力を練られるのって凄い気持ち悪い………」


「我慢しなさい。どうせ不死なんだから」


「痛みは耐えられても不快感は拭えないのー!」


真由美は魔術のみを保有している訳ではない。超能力も、異能も、呪術もある。


今回の場合、真由美は超能力『スケープゴート』によって、魔力を瑠璃の生命力で代用していた。魔力は自然エネルギーの具現もしくは魔に連なる者共の残滓ではあるが、実際のところ人間の生命力などでも十分に代用可能なのである。


例えば生贄というのは、命を捧げて生命力で一時的に莫大な魔力を作り上げる儀式の一種なのだ。具体的に説明すると、対象の"死"という概念から生命力を抜き出して、更にそこから魔力というエネルギーに変換する儀式なのである。


まぁつまり、足りない魔力消費は超能力を通じて瑠璃の命を削って使っているのである。側から見れば普通に外道みたいな手段であった。


「………領域の支配完了、そして神域も発見。今すぐにでも乗り込めるわ」


「よーし!丸太は持ったな、行くぞー!」


「別に鬼退治しに行く訳じゃないわよ。そもそも丸太は武器になんて向いてないし。あんなの使うくらいなら物干し竿使った方が強いわ」


「おおう、凄い説得力だ。物干し竿で私に傷を付けた女は違うぜ………」


「ほら、さっさと行くわよ」


「はーい」


真由美と瑠璃はゆるい雰囲気のまま、神の住う常世、神域へと突入するのだった。









「あ、え………?」


彼の名前は裕二。高校2年生の平凡な男子高校生である。家から徒歩15分の高校に通い、ゲームとアニメが好きな、割と何処にでもいそうな典型的な少年であった。


そんな彼は今日、地域主催の肝試しのスタッフとして駆り出されていた。彼の妹である澪がその肝試しに参加するのだが、その事を少しばかり不安に思った母親からスタッフとして参加してほしいと頼まれた為である。


特別親との仲が悪い訳でもない裕二は、割と快く肝試しのスタッフとして参加する事になったのであった。


そこで。


「え、え………?」


彼は周りを見渡す。そこに居たのは肝試しに参加していた小学生達と、自分と同じスタッフ達。周囲に広がるのは何処かの神社の境内。しかし境内の外側はまるで白紙になった絵のように何も無く、太陽も空も存在しない場所。


どう考えても、常識外な現象であった。


「何だ、これ………」


訳が分からなかった。しかし、彼はここが常識の範囲外である場所なのだろうと理解した。


『子供達や』


突如、脳内は響き渡る声。


『人の子らや』


彼はその声に不快感を覚えた。


『汝らは選ばれた』


周囲を見回せば、他の人達もその声を聞いているようだった。


『その身、捧げよ』


身?身とはなんだ。しかし、これまでで培ってきたゲームとアニメでそれは、もしかして。


『その命、捧げよ』


あぁ、やはり。彼はそう思った。身を捧げるとか命を寄越せと言われているようなものだよな、と。


『その全て、我に捧げよ』


手が伸びる。白紙の先から手が伸びる。白磁のような手が伸びる。恐ろしい巨大な手が伸びる。子供達は逃げ回る。本能的な恐怖から逃げ回る。大人達も逃げ回る。理解出来ない恐怖から逃げ回る。


触れられたら"終わり"だと、誰もが魂で理解した。


「っ、澪!」


彼は非日常をある程度知っていた。それは決して現実のものではないゲームやアニメのものだったし、そもそもの話異常事態に対する行動として正しいものでもなかったのかもしれないが、彼は自分の家族を守る為に走り出した。比較的勇敢な少年だった。


「お兄ちゃん!」


自分の妹である澪を見つけ出した彼は、妹の手を握って逃げ回る。白紙の先から伸びてくる手は遅い。あまりにも遅い。しかしそれは確実に増えており、何より人の胴体ほどデカい。境内いっぱいに埋め尽くされるまで、きっと時間はかからない。


まるで人々が逃げ回るのを見て楽しむかのように、自分達を全力で嬲るかのように、じっくりと追い詰められていく。もうダメだと誰もがそう思った、その時。


「──どらっしゃー!!」


バギンという、何かが割れる音が空間内に響き渡った。それと同時に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「何処の神様かは知らないけどなぁ!神隠しするならもっと静かにやるべきだったなぁ!」


「瑠璃、うるさい」


白紙の先から現れたのは2人の少女。黒髪の美少女と白髪の美少女にして、この肝試しの主催。ラピスラズリ探偵事務所の所長と助手。そして。


「この私と真由美ちゃんがいる限り、みんなに手は出させないってなぁ!」


「それやるの私よね?」


「そうだね!頑張って!」


──その姿はまるで、ヒーローだった。







神域に突入した瑠璃と真由美が目撃したのは大勢の肝試し参加者と、参加者達を追いかける謎の白い手。瑠璃も真由美もそれが神の手もしくは神による攻撃なのだと判断し、即座に行動を開始する。勿論ながら主に真由美が。


「せい、やっ!」


まずは手を全て引きつける。真由美は本当に持ってきていた丸太(森の木を引き抜いたやつ)を境内に存在していているのにも関わらず唯一無傷な社を目掛けて目にも止まらぬ速さでぶん投げる。すると白い手は先程までとは比べ物にならない程の超速で動き、社へと投げられた丸太を砕いて防いだ。


『汝は愚かなる選択をした。骸すら残さぬぞ』


怒りの篭ったような声が脳内に響く。手に触れただけで丸太が砕けたのを確認した真由美は、接近戦は不可能と判断して魔術戦を開始した。白い手達も真由美を脅威と判断し、先程の遅さが嘘のような速度で真由美へと攻撃を集中し始めた。


「みんな!こっち来て!ここなら安全だから、みんなここに!」


瑠璃は肝試し参加者達を安全な場所まで避難させていた。そこは真由美の作り上げた領域であり、外部からのあらゆる攻撃的な干渉を防ぐ魔術的結界の張られている場所だった。現世と常世を繋ぐ門を作る、しかも60人越えの人員を移動させられる門となると、あまりにも作成に時間がかかる為である。


その為に、真由美はこの神域に到着した瞬間に結界を展開。瑠璃はそれを知っていたので即座に避難を開始したのだ。


「っ、1人居ない!」


視認出来る範囲での避難が終わって冷静に参加者達の人数を数えていると、どう考えても小学生の女の子1人が居ない事に瑠璃は気が付いた。参加者達に聞いてみても全員が全員自分の事、もしくは家族の事で精一杯だった為、誰も分からない。


ならばと瑠璃は駆け出した。真由美ちゃんが戦っている間に自分が少女を探し出して、結界まで逃すことさえ出来たなら、真由美ちゃんに負けは無いと考えて。


「真由美ちゃん時間稼ぎ任せた!」


「わかってるわ」


真由美は魔力を純粋なエネルギーとして弾丸とする魔弾を用いて戦っていた。真由美本来の莫大な魔力と、圧倒的な才能と驚異的な努力の産物たる魔力操作能力を用いて作り上げられる魔弾は、神の手を退ける事が出来るほどのものだ。


『死に晒せ』


しかし、神の手にダメージは入っていない。魔弾は所詮純粋なエネルギー弾に過ぎないからか粉砕される。一応ノックバックは与えられるが、ダメージはゼロだ。しかし今はそれでいいのだと真由美は判断していた。まずは瑠璃が参加者全員を結界の中に入れてくれてからが本番なのだから。


「みちるちゃーん!何処ー?!」


瑠璃は懸命に探していた。神域の中はそんなに広くはないものの、しかし人1人で探すとなると時間がかかる。そのまま手際良く探していくと、瑠璃は社の近くで泣いているみちるちゃんを発見した。


「みちるちゃん!大丈夫?!」


「ぐすっ、瑠璃お姉ちゃん。わたし、お膝、痛いの、ぐすっ」


みちるちゃんは転けたのか、膝を大きく擦り剥いていた。瑠璃は念の為に持ってきていた包帯(お化け衣装用のやつ)で素早くみちるちゃんの膝を包み、応急処置をし始める。


「大丈夫だよ、安心して。痛くない、痛くない」


「うぅ、瑠璃お姉ちゃん………」


「安心して。大丈夫!私の相棒がこわーい神様と戦ってるから大丈夫!」


瑠璃は言葉をかけながら、出来る限り素早く応急処置を終わらせた。今こうして応急処置が出来るのも、真由美ちゃんが時間を稼いでいてくれるからである。そうでなければ神様なんて全力でぶちのめせるというのを、瑠璃は知っていた。


「みちるちゃん、今から私がみちるちゃんを運ぶからね。みんなの所に行くからね。頑張れる?」


「………うん、頑張る!痛くないもん!」


「よーし!偉いねー!それじゃ行くぞー!」


瑠璃はみちるちゃん笑いかけながら抱き上げて、そのまま全力で駆け出した。その背後で真由美が神の手を全力で妨害してはいるものの、手数はどう考えても神が勝っている。少しずつ押されているのは、真由美の方であった。


『愚かな人の子よ』


「愚かで結構。あなたのような神よりマシだわ」


『汝は魂魄すら残さず貪ってやろう』


「出来るものなら、ね!」


真由美は全力で応戦する。あれは誰とも知らぬ無名の神だが、神は神。人の身で神に挑むなど無謀にも程がある。まして神殺しなど、本物の英雄、もしくは同じ神でなければ不可能な所業だ。少なくとも、人間1人で神と対峙するというのは、現代社会では考えられない程の暴挙である。


しかし真由美は、最低でも今真由美の背後で結界まで走っている瑠璃がその腕の中にいる少女を結界の中に避難させられるその時まで、一切の怪我を負うことも許容しない。何故なら、真由美の怪我は全て瑠璃に向かうのだから。


瑠璃は今走っている。そこに真由美の怪我でも向かってみろ。助けられる人々すら助けられなくなってしまう。同じ理由で瑠璃の命を削って使う無限魔力のリソースも使えない。故に、一切の怪我を負わず、瑠璃の命も使わずに、真由美は全力で抵抗していた。


「もうちょっとだからねー!」


瑠璃は走る。己という肉体を破壊しながら走る。血管は千切れても治り、筋肉が断裂しても再生し、呼吸が止まっても回復し、心臓が止まっても蘇生する。まさに全力での疾走であった。そして結界に触れるか否かという瞬間──


「っ!瑠璃!!」


──真由美が、神の手を妨害し損ねた。あまりの手数の多さから、処理し切れなかったのである。真由美は決して下手を打った訳ではない。むしろ最善を尽くしに尽くして、それ以上に相手の手数が多かっただけである。


大いなる白き腕は瑠璃の元へと向かっていった。


「っ、どらしゃー!!」


瑠璃は抱いていたみちるちゃんを強引に引き剥がして投げ飛ばす。結界の中で待機していた男達の方向へぶん投げる。男達は瑠璃の突然の行動に驚いたものの、即座に対応してみちるちゃんに怪我一つなく確保した。


その直後。


「が、ふ………」


──瑠璃の左胸は、白き手に貫かれた。

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