第8話

「たまもちゃーん、何処で惰眠を貪っているのかなー?」


瑠璃は猛暑の中、1人で猫を探していた。猫の名前はたまも。黒猫で首には真っ白な首輪と金色の鈴。"たまもちゃん"と呼ぶと反応する………くらいしか情報がないが、頑張って探していた。


ちなみに真由美は涼しい室内で猫探しの為のポスターを作っているのでここには居ない。パソコンを使えない瑠璃では絶対に出来ない事なので、瑠璃は隙間時間で外に出ていたのだった。めっちゃ暑いけど。


「こんなクソ暑い中何処ほっつき歩いてやがるのかなー?」


瑠璃は暑さのせいか若干機嫌が悪かった。何せ、猛暑も猛暑だ。クソ程暑いのだ。機嫌も悪くなるというものである。


瑠璃は不死だ。不死身だ。しかし、瑠璃の身体は普通の人間。どれだけ再生能力があろうとも、どれだけ蘇生しようとも、夏の猛暑には弱かった。当たり前である。日焼けは肌が火傷しているのと同じなので即座に再生して日焼けはしないものの、暑さ自体は再生しても蘇生しても避けられる訳でもなければ防げるようなものでもないのだから。


「んー………一回墓地まで戻ろうかな………汗だくだし。黒パーカー脱いで白ワンピだけになろうかな………」


暑さに耐えつつ瑠璃は歩く。不死だからと言って熱中症は危険なのでこまめな水分補給はしつつ、いや最悪の場合一回死んで生き返れば水分も万全なのだが、それはそれとしてしっかりと水分補給は忘れないようにする。


「なんか、川遊びとかしたいなー………涼しそう」


しかしこの辺りは比較的都会。川遊びが出来るような場所などあるはずもなく。いやある所にはあるのだろうが、瑠璃と真由美の過ごす街にはそういった場所は存在しなかった。ついでに言うなら海も少し遠い。無理矢理その辺の川に入ろうとしても、そもそも河川の中に入ったら出るの大変な構造になってるので、わざわざ入りたくはない。


「海かー………真由美ちゃん………水着………最高じゃん!見たい!」


瑠璃は黒髪ロングストレートな美少女のビキニを想像して、思わず叫んでしまった。だってしょうがないだろう。あまりにも美しくて可愛いものをイメージしてしまったのだから。セクシーでありキュート、それでいてビューティフルなんて。そんなの最強じゃないか、と。むしろ大好きな女の子の水着を想像して叫ばない人間なんて居ないだろうと。


それはそれとしてマイクロビキニとか白スクとかみたいな、割とえっちな水着を着ている真由美ちゃんも見たいと思う瑠璃なのであった。ついでにうすーく赤面してたりするとグッとくるかも………いや、むしろ普段と表情が変わらないまま内心でめちゃめちゃに恥ずかしそうにしてるのもいいかも………


「いやいや、いやいや………やっぱりえっちだからダメ………!私の真由美ちゃんを衆目に見せられない!えっち過ぎて襲われちゃ………いや無理か」


瑠璃は想像する。砂浜でえっちな水着の真由美ちゃんがナンパされてる構図………うん、どう考えても真由美ちゃんがナンパしてる男共をちぎっては投げちぎっては投げ、みたいなのをしている構図しか見えない。いや、むしろナンパなんて全無視かもしれない。触れられそうになったら全力でぶん殴ったりするんだろうな………痛そう。


「涼しむ方法かー………他に何かあるかな」


半分くらい猫探しの依頼の事を忘れ始めている瑠璃が歩いていると、前方から少年少女の群れが瑠璃目掛けて走ってくる。


いや、目掛けて走ってくるとかいうレベルではない。全員が瑠璃の身体目掛けてタックルをかましてきた。


「瑠璃おねぇちゃーん!」

「瑠璃姉!」

「瑠璃ちゃん!」


「おわー!?!?」


そのまま小学生の群れに押し潰される瑠璃。男子4名女子5名、計9名の小学生の群れに襲われた瑠璃はめちゃくちゃにされてしまうのでした。


「ちょ、重い!お前らどけ!私死んじゃう!そんなもみくちゃにしないで!あっちょ、誰だ私の胸触ってる奴!やめろー!やめろー!誰か助けてー!ヘルプー!小学生共に襲われてるー!」


側から見たらただのギャグなのだった。








「肝試し?」


小学生の群れから解放された瑠璃は、近場にあった公民館の遊戯室で小学生達と共に、瑠璃の奢りで買ったアイスを10人で一緒に貪っていた。


「そう!夏の定番!怖いことをして涼むの!」


「あー、なるほど。そういう涼み方もあったなぁ」


瑠璃は小学生達に涼み方を聞いていた。その中で出てきたのが、夏の定番である肝試し。怖い話やホラースポット探検など、夏場の涼しさを吹っ飛ばす程の"怖さ"を求める行為だ。幽霊、妖怪、化物など、この世に存在しないモノを探しに出る人も居るそうだ。


しかし瑠璃は知っている。この世に超能力があるように、この世に異能があるように、この世に魔術があるように、この世に呪術があるように、幽霊や妖怪や化物の全てが実在している事を。だからこそ、瑠璃には肝試しというものが浮かばなかったのだろう。何せ、全て現実のものなのだから。


肝試しの恐怖と化物と対峙する恐怖は別物だ。肝試しの恐怖は、所詮が好奇心の産物。しかし本物の化け物相手と対峙した時の恐怖は、本能。生存する為の恐怖心に他ならない。瑠璃はその恐怖を知っているのだから。


それに。


「私、墓地の管理人だからなぁ」


そうなのだ。瑠璃は永墓墓地の管理人。死した人々の安寧を願い、死者の来世の幸福を祈り、むしろ幽霊やアンデットが発生しないようにする側の人間なのである。だからこそ、肝試しという単語が浮かばなかったのだろう。


「瑠璃姉って墓地の管理人さんだったの?」


「逆に何だと思ってたのかな??」


「ニート!」

「私知ってる!探偵さんなんだよ!」

「高校生だと思ってた!」

「スコップ持ってる変なねーちゃんだろ」


「確かにスコップ持ってる変なねーちゃんだけども」


流石に侮られ過ぎでは?瑠璃は訝しんだ。


「ね、ね!瑠璃ちゃん!瑠璃ちゃんのとこの墓地で肝試ししたい!」


「え、私のとこで?」


「うん!やりたい!」


「うーん………うーん………墓地の近くの森の中ならいいけど、墓地の中はダメかなぁ。ぐっすり眠ってる人達を起こしたらダメだもん」


墓地でうるさくしてはいけない。お墓の前でうるさくしてはいけない。あの場所には死んでしまった人が眠っているから、そんな人達を起こしてはいけない。安らかに眠らせてあげなければいけない。これは全て、瑠璃の両親に教えて貰った事だった。


「ぐっすり眠ってるって、誰が?」


「死んじゃった人達が、かな。安らかに………安心して眠ってもらう為に、お墓の前でうるさくしちゃダメなんだよ。みんなも寝てる時にうるさかったら起きちゃうでしょ?それと一緒」


「それじゃそれじゃ、肝試しはその森でやっていいのね?」


「えー、まぁいいけどさ。いつやるの?夜?」


「夜がいいよな!怖そうだし」


「うーん………みんな、お父さんお母さんに良いよって言われたらね。危険だから」


瑠璃は割と侮っていた。小学生なんて子供が夜間行動の権利を取ってくることは無理だろうと。ついでに言うなら、この肝試しの主催が自分のようなスコップ持ってる変なねーちゃん、大人視点で見るなら常日頃からスコップを携帯している変人という時点で無理だろうと、客観的に判断していた。


しかし、瑠璃は侮っていたのだ。


──瑠璃自身の評判というものを。

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