第3話

「………あれだけ威勢のいい事言っておきながら即死か………つまらん女だったな」


男は全身がバラバラになった少女の死体を一瞥し、もう用はないと言うが如く、


男の超能力は『操影そうえい』。光が無ければ生まれぬ影を操る力である。影内部に空間を作り出して持ち物を収納する事で服を着たり、影の中に潜航して車よりも速く移動して曲がり角の先から出て行ったり、影そのものに物理的干渉力を持たせる事で先程のように全身をバラバラに切り刻んだり、影を盾にする事で外部からの物理的干渉を防いだり、かなり応用力の高い超能力だ。


特にこれと言った弱点もなく、生物相手ならその生物の足元に発生する影を操作して攻撃するだけでいい。影の中を潜航していても特にこれと言った揺らぎのようなものすらなく、完全な暗闇空間なら暗闇内部の全てを把握することすら可能である。


また、周囲が明るいとしても、そもそも影とは光の反対側にできるもの。即ち、光のある時間帯や光の存在する場所の方が影の効果は強くなるのだ。完全な暗闇の中だと人1人すら殺せないが、日中の屋外ならば数十人を同時に殺害するほどの物理的干渉を行えるのである。


例え殺傷力の落ちる闇夜に紛れて殺されそうになっても、影の中に潜ればあらゆる攻撃を無効化出来る。影は物理的な影響を受けないからだ。


それに、どこかに光さえあれば人1人くらい殺せるようになるので、現代社会という常に光の灯っている社会は、男にとって非常に都合が良かった。何せ、常に明るいのだ。その分、淀んだ空気のように濃い影が生まれるのは当然の事であった。


「しかし、かなりの上玉なのに刻んじまったな………勿体無いが、これを売るのは無理だな。刻み過ぎた。俺も少しばかり冷静じゃなかったな………くそ、とりあえず今日手に入れたあれを売っぱらってさっさとこの街から逃げるか………」


男が完全に影に沈むと、その場所に残ったのは無残な白髪の少女の微塵切りになった死体………死体と呼べるものでもない。周囲一体に広がる悍ましい血痕と、人1人分はあるであろう肉片だけだ。死体なんてご丁寧なものはどこにも無かった。


………


……



しかし、ここで話は終わらない。男がその場から居なくなってから5分が経過した辺りで、周囲に広がる血痕と肉片が消滅する。まるで灰のようにサラサラとなり、そして大気中に溶けるように消えていく。


そして、つい数瞬前まで血の華が咲いていた住宅街のT字路には、1人の少女の姿が現れる。長い白髪を下ろして、真紅の瞳は決して死んでいない、先程殺され、肉片となるまで切り刻まれた少女。


その少女は、まるで何事も無かったかのように蘇った。


「あ゛ー………あー、うん、よし、生き返った」


瑠璃は仰向けになっていた身体を起こし、全身に異常が無いことを本能的に知覚する。


「あっ!?予備の服持ってない?!やばっ!」


瑠璃は肉体が再生した所で服は再生しない事を忘れていた。瑠璃は即座に近場の植物の中に隠れる。かろうじて手に持っていただけのスコップは残っているものの、服は瑠璃を切り刻む時に一緒に切り裂かれていたのでどうにもならない。


日中、住宅街、全裸。人が少ない道を選んで逃げていた事が幸いして人には見られなかったが、ここから家に帰る手段が無い。


瑠璃の服がある場所は2箇所。街中に存在する事務所と、住宅街の端に存在する墓場の管理所。向かうならば墓場の方だが、こんな時間に外を全裸で歩いていたら移動途中で見つかって終わりだ。


先程のように死んでもケロッとしている瑠璃だが、流石に全裸で人前に出ても恥ずかしくないような無敵の精神性を有しているわけではなかった。


「うぇ………助けてぇ、真由美ちゃーん………」


瑠璃は決して露出狂ではない。ではないが、今のこの状況を他人に見られたらそう見られてもおかしくない。むしろ見られない方がおかしい。比較的世間知らずとは言え、瑠璃は普通の女の子であった。


「どうしよう………どうすればいいかな………」


ただ、瑠璃の思考は非常に冷静であった。自分が全裸である事を認識した瞬間は焦ったものの、物陰に隠れて落ち着いてからはその冷静さを取り戻している。


一番楽なのは、。側から聞いたら何言ってんだとか言われそうだが、死んだふりとかではなく本当に死んで死体になる事で死体を偽装するとか言い出すのだからマジでやべーやつである。


でも実際、それが1番楽なのだ。もう既に分かっているだろうが、瑠璃は紛れもなく不死である。吸血鬼という訳ではなく、仙人という訳でもなく、不老不死の秘薬を飲んだ訳でもない。不死の超能力も持っていないし、不死の異能も有していない。別にアンデットみたいに生ける屍という事でもなく。


ただ純粋に、永墓ながつか瑠璃るりは不死身なのである。


「でも………うーん………」


さっきは死体になれば早いなーと思ったが、それはそれで不味い気がしてきた。だって、今の瑠璃が死ぬには首を絞めて死ぬしかない。それかシャベルで死ぬしかない。どちらにせよ自殺でしかない。


そうなると、瑠璃は全裸になって自殺して死んだやべーやつになる。それは流石に嫌だ。誰かに見つかって警察に通報されて死体安置所とかに連れられてったら帰るのが更に面倒にもなる。他殺という事にしようにも、外傷とかもう全部治ってるので無意味だ。そもそも特に制限しなければ怪我とか病気とか全部瞬時に治るので。


というか、あれだけ長く死に続ける事も珍しいのだ。普段の蘇生速度は0.0000001秒とかそんなくらいだ。死んだら即座にリスポーンするのだ。5分も死に続ける事なんて滅多に無い。


それに合わせるように肉体の怪我の再生スピードは異常な程で、四肢を切り落としてもすぐ生えてくる。側から見てると生えるというか出現してるくらいだ。そんな瑠璃に外傷が残っている訳もない。


そもそも瑠璃は死なないだけで痛みは普通にある。ただ、五感の感覚の遮断が出来るので、触覚を遮断すれば痛覚も感じなくはなる。けれど、瑠璃は滅多なことでは痛覚の遮断をしない。それは瑠璃が殺されて快楽を覚えるとか怪我をして気持ち良くなる変態という訳ではなく、ただ単純に、死の痛みを忘れない為である。


別にそんなもの無くてもなんら生活にも蘇生にも支障はきたさないのだが、瑠璃は痛みを忘れるのがなんとなく嫌なのでそうしているだけだ。


「うーん………やっぱり真由美ちゃん待ちかなぁ………スマホ持ってきてないのが裏目に出まくってるなぁ………」


まぁ、今回の殺され方を見るに、スマホも一緒に破壊される可能性は全く否めないが。むしろ念入りに破壊されるだろう。いや、その前に真由美ちゃんに通報出来たからスマホ持って来ればよかったかも………なんて後悔していても、現実は変わらない。現実を改変する超能力が無いのだから当たり前だ。


仕方なく、そして大人しく、瑠璃は全裸で物陰に隠れて真由美ちゃんを待つのだった。

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