第2話
外に飛び出した白髪少女な瑠璃はビルの狭い階段を二つ分降りて、3階にある自分が借りている事務所から一気に飛び出──したい気持ちを抑え、普通に歩いて道へ出る。
飛び出したら危険なのは小学生でも知っている事だからだ。いくら瑠璃が比較的世間知らずで高校に通っておらずとも、それくらいの分別はつくのである。
「うーん、宣伝かぁ。どうしよ。うちの墓場で張り紙とかだす?確かチラシ配りはなんかの許可が必要だったような気がするし………うーん、特に思いつかないからパトロールみたいな事しよう!それで困ってそうなら依頼受けるって言ってみよう!」
思い立ったが吉日。瑠璃は即座に走り出し、自分の住う街を探索する事にした。
瑠璃の住んでいる街は都心から近いが、山や森林のような自然にもある程度近く、多くの人々が行き交うビル街と人の数が少なめな住宅街に分かれているような街である。
困った人を探すのにはどちらも関係はないが、人混みは歩くのが面倒なので瑠璃は住宅街にまで足を伸ばした。
まぁ、しかし。
「困ってる人………何処にもいないなぁ………」
そう都合良く困り事のある人間がいる訳もなく、自分のパトロールが若干ただの散歩になりつつある事にほんの少しの焦燥を覚えながら歩く瑠璃。
しかし、どれだけ焦ろうと依頼が必要なほど困り事に悩まされている人は居ないし、よく考えればむしろそんな人居ない方が世界は平和かもしれないという思考になってくる。
「でもなぁ、私もお金ほしいなぁ」
これでも瑠璃は18歳の少女。欲しいものは割とある。その内容が服や化粧品などではなくゲームやお菓子、ついでにシャベルやスコップなどの趣味品や嗜好品の類なのはご愛嬌である。
そも、基本的に瑠璃の一月の収入の8割程度は事務所の維持費と両親から引き継いだ墓場の管理費と当面の生活費などが主で、残り2割のうち80%近くが真由美への賃金に溶ける為、残りの金額は割と少ないのだ。
まぁ、依頼そのものが月に1、2件しか来ないのも原因ではあるが。
「これはもう看板でも担いだ方が早いかなぁ。それか依頼受けます!みたいな紙でも背中に貼っとく?ちょっと目立ちはするけど、元々割と目立つしなぁ、私」
瑠璃は白髪である。アルビノ症という訳ではなく、いつの間にか白髪になっていたのだ。大体3年前とかその辺り………そう、両親と共に事故にあった辺りからかもしれない。
瑠璃本人はいまいち自分がいつから白髪なのかは覚えていないのだが、少なくとも幼少の頃から中学卒業前までは黒髪ポニテが基本だったのだ。そして16歳辺りになったら唐突に白髪になっていた記憶がある為、恐らくは中学卒業後から16歳になるまでの数ヶ月以内なのだろう。
まぁとにかく、瑠璃は目立つ。白髪である事で目立ち、瑠璃本人が見目麗しいのも相まって更に目立つ。身長154cmで体重46kg、胸のサイズはC。若干の垂れ目であり、長い白髪を一つに纏めてポニテにし、その眼は真紅に染まっている。
現在の服装が白ワンピースの上に黒パーカーに白いスニーカーというモノクロコーデ。黙っていればほんわか美少女、喋っていたら元気美少女、ここまで揃っていて目立たない訳がないのである。ポーカーならロイヤルストレートフラッシュ、麻雀なら役満みたいな属性の盛り方である。
「でも今日はそんなの持ってきてないしなぁ。でも便利そうだし後でつーくろ。ついでに真由美ちゃんの背中にもこっそり付けといたら良い宣伝になりそう………後で怒られそうだからやめよう。私は危機感知能力の高い女!車で言うならかもしれない運転をする女!」
持ち前の勘でもなんでもなく、ただこれまでの経験からそんな事をしたら真由美ちゃんにぶっ殺されるからやめようと言う思考へと至る瑠璃。
………そこに至るまでどれだけの瑠璃の命が失われた事か。多分軽く2桁は行くかもしれない。2桁になるまで悪戯をやめなかった瑠璃も瑠璃である意味凄いが。
『きゃあああああ………』
「………ん?」
今日の瑠璃はある意味で運が良いらしい。耳に聞こえてきたのは甲高い女性の悲鳴。何かしらの事件かもしれないし、何かの困り事かもしれない。そんな思考へと即座に到達した瑠璃は、悲鳴のした方向へと走りだす。
『きゃあああああぁ!』
「む!」
悲鳴の音源、即ち悲鳴を上げている女性の位置が近い。今の悲鳴の方向にあるものは、既に人もおらず管理も疎かになっている筈の廃工場。瑠璃は駆け出して、そのまま廃工場の中へと飛び込む。
廃工場の中はかなり暗い。現在時刻が昼過ぎちょっとであるのにも関わらず、お天道様は廃工場の中に差し込んでいない。本来は電灯によって照らされていたのだろう廊下が暗いので、瑠璃は手探りで暗闇の中を進んで行く。
「何処に居るんだろ………」
女性の悲鳴は途切れて久しい。廃工場に入って僅か数分しか経っていないが、日中から甲高く聞こえ響いていた悲鳴がもう聞こえてこない。聞こえてこないから位置の把握が出来ない。暗いので目視確認も出来ない。
「くそぅ………真由美ちゃん連れてくるんだった………スマホ事務所に忘れた………」
真由美ちゃんなら暗視くらいできるのにと落ち込みつつ、せめてスマホくらい持ってくるんだったと後悔する。だってスマホの使い方とか未だによく分かんないし………と、愚かな自分に呆れていると。
『いやぁ………やめてぇ………』
「!」
悲鳴ではなく嗚咽に近い声が聞こえてくる。そして、肉体同士がぶつかり合う音と同時に聞こえてくる水音。
「これ………エロ同人で見たことある………!」
明らかに何者かにエッチな目に遭わされているお姉さんの声と音が聞こえてくる!エッチだ!なんて思考と同時に強姦は立派な犯罪だぞ死に晒せゴミ野郎が!という言葉が出できそうになるが、流石にここで見つかったらヤバいので出てきそうになる言葉を抑える。
『いやぁ………だめぇ………あぐぅ………!」
突如、聞こえてくる音が反響音から、直接耳に届くような音に変化した。即ち、悲鳴と嗚咽を上げている女の人の声が壁越しなどではなく、直接届く範囲に来たという事だ。ここまで来たらやる事は一つだけ!肉同士がぶつかる音と水音、そして女の人の悲鳴と嗚咽の声の聞こえてくる方向を向いて!
「誰だぁ!そこで何をしているぅ!」
その言葉を言い放った!とりあえず大きく声をかける!人違いで何かの間違いだったらめっちゃ恥ずかしいから!
「こんな廃工場の中で一体何をしているのかぁ!私にも教えてもらおうかぁ!」
──突如、室内に光が灯る。当然の光に瑠璃は反射的に目を閉じてしまい、室内空間の把握に時間がかかってしまう。
「まぶしっ!」
そして、眩しさを感じた瞬間、腹に鈍い一撃が入ったのを認識する。
「がはっ………!」
眩しさを我慢しながら目を開くと、そこには大柄で全裸な男が1人。腹の痛みに崩れ落ちる瑠璃の両腕を乱雑に掴み、無理矢理に立たせ、男はニヤリと笑う。
「おいおい、良い魚が釣れたなぁ?」
「ぐぅ………が………誰………?」
「んー、かなりの上玉だ。こいつの方がそそるなぁ、あれよりこっちの方が長持ちしそうだ」
男が視線を動かした先に、瑠璃も痛みに耐えながら視線を向ける。そうして見えるのは、服を剥かれて肌が露出し、股座から白濁とした液体と血を流して、何より素手で首を絞められたような後の残る、それは既に命の灯火の消えた死体。
瑠璃だからこそ分かる。あの女性は既に死んでいる。生命の灯火は消え、生物の終わりは告げられている。最果てに座して、もう既に次の世に旅立ってしまっている。彼女は、己の死の記憶に耐えられなかったのだろう。
瑠璃は1人の墓守である。失った両親から継いだ墓場の管理人として、墓守の仕事をしている。だからこそ瑠璃は死をよく知っている。
決してそれだけが理由ではないが、瑠璃は死に最も近き者として、既に死した彼女への憐憫を思わずにはいられない。そんな状況ではないのに、どうしても同情してしまう。その苦しみを知っているから。
が、状況がそんな事を許さない。
「んー、こいつはバラしてから売りつけた方が金になるか?なるな。そうしよう」
「あぐっ」
乱雑に掴まれていた両手を離され、地面に崩れ落ちる瑠璃。男は背後でガサガサと何かを漁って余裕綽々だが、瑠璃は痛みに慣れているから既に行動可能な為、とりあえず逃げる事にした。
………あの彼女を連れていけないのが本当に心苦しいが、彼女は既に死んでいる。どれだけ憐憫を抱こうと、瑠璃は決して馬鹿ではない。瑠璃は常に冷静であり、選択を間違える事は殆どない。
「とりあえず真由美ちゃんに連絡………!」
とにかく、全力で逃げる。先程とは打って変わって廃工場内は電気が付いており、室内の電灯も光を灯している為、非常に明るい。そのおかげで全力疾走しながら逃げられる事に感謝しつつ、それならば何故さっきまでは完全な暗闇だったのかという疑問が湧いてくる。
しかしとりあえず走る。文武両道天才少女な真由美ちゃんならまだしも、瑠璃に大の大人をどうにかする術は無い。当たり前だ。
瑠璃はとにかく全力で走り続ける。全身に走る痛みは、限界すら超えて走っているから発生している筋繊維の断裂や血管が裂けている証拠であるが、瑠璃は一切気にせず走り続ける。
そして、そのまま廃工場から出たら、今度は事務所へ向かって走り続ける。ここでスマホを忘れた事がかなり響いてくるが、仕方ないのでとにかく走る。
時刻は未だに昼から夕方の間であり、まだ日中。あの全裸男が追ってくるとするならば、普通に考えて、服を着て走り出したとして、今の瑠璃には追いつけないだろう。
瑠璃は今、人体の限界を超えながら走っている。本来出せない、本来ならばセーフティのかかっている力を発揮して、ただ走っている。全力で身体を壊しながら疾走する瑠璃に身体能力のみで追いつける人類など、瑠璃は真由美ちゃんしか知らないくらいだ。少なくとも、普通の人類ではあり得ない。
逆に言うなら。
今の瑠璃に追いつけるとすれば、それは──
「おいおい、商品が逃げるなよ」
──普通の人類ではない、と言う事になる。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
男が曲がり角の先から現れたのを認識すると、瑠璃は急ブレーキをかけながら身体を壊して立ち止まる。それと同時に、先程まで無駄なのでしていなかった呼吸を再開する。
それと同時に、全身に広がる苦しさが即座に消え去る。止まりかけていた心臓が鼓動を再開する。そして、瑠璃はその呼吸を整える。
「にしても、凄い脚の速さだ。となると脚の肉は売れるか?」
脚の肉を売る、という単語を書いて瑠璃は即座に判断し、自らの肉体に制限をかけた。
瑠璃には、目の前のこいつが油断しきっている様が良く見えている。何故油断しているのか?何故昼間からこのような所業を成せるのか?そんなもの、瑠璃の知る中では一つだけ。あの男の力が身体機能の延長では到底考えられない超自然なら、考えられる答えはひとつだけ。
「ふー………貴方、超能力でも使ってるの?」
その言葉を聞いて、男は初めて瑠璃を見た。先程までこちらの話や言葉など届いていなかったのに、初めて瑠璃を見た。瑠璃の瞳を見た。そして、こちらに向けて問いかけてきた。
「………お前、知ってるのか」
「えぇ、知ってるよ。だって、私の助手が使えるもん、超能力。貴方もなんでしょ?」
文字通りの全力で走る瑠璃に追いつくなんて普通なら不可能だ。であるならば、あの男は超能力の使い手、そして超能力を使用して犯罪を行う犯罪者だ。そうでもしなければ、あんな事は出来ない。
超能力とは通常の人間にはできないことを実現できる特殊能力のことであり、科学では合理的に説明できない超自然な能力のこと。目の前の男はその、超自然の力、科学の埒外に存在する能力を有している。
「………なるほど。バラして遊んでから売ろうと思ってたが………
「何?殺す?」
「当たり前だ。お前みたいなのが俺らの邪魔になる。そんなら、殺す。それだけだ」
「そう?まぁ──」
瑠璃は手に持ったシャベルを肩に担ぎ、男に向けて威勢良く言葉を放つ。
「──やれるもんならやってみろ!」
「──上等だ」
そして。
瑠璃の影が蠢いて。
「──あっ」
瑠璃の身体は引き裂かれた。
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