三の四 愛しき人 優 香織 そして みさき

 三か月後、退院出来ることになった。家でリハビリをすることにしていたが、急にまさるが実家に帰りたいと言い出した。

 入院した時、優の母親からも実家に連れて帰りたいと言われていた。

 本人もそうしたいのであればと退院した翌日、優の実家がある静岡へ連れて行った。

 両親も怪我をして少し変わってしまった息子を、そばに置いておく方が安心だ。

 店の方も雄一や従業員が優が戻るまでしっかり守っていくことになっている。

 歩くことは普通に出来る様になったので、時に一人で散歩に行くこともあるが、実家で柴犬を飼っているので,リハビリがてらの散歩が優の日課になった。


 いつものように愛犬ちょびと一緒に散歩に出かけた優が、足を止めて怪訝な顔をして女性を見ていた。目の前に立っていたのは風見と波川だった。

 直ぐに風見はその場から離れたが、波川はじっと優を見ている。

 愛犬ちょびがその場を離れようと動き出したので、優もそれに合わせて歩き出した。歩調を合わすように波川も一緒に歩き出した。

 ふたりとも何も話さない。

 優は右手でリードを持っている。その手を波川は左手で握りしめた。

 びっくりした顔を見せたが、ちょびはズンズン歩いて行くのでそのままの姿勢でしばらく歩いている。

 いつもの場所でちょびのトイレを済ますと、家に帰るためまた歩き出した。

 今度は隣りを黙って歩いている。優の家のそばに来た時

「明日また待ってるから」

 波川はそう言ってきた道を戻って行った。

 次の日もまた次の日も散歩に出る時間はまちまちなのに波川は待っていた。やはり何も言わずに散歩に付き合っている。


 一週間ほど続いたが、突然、優は家から出なくなった。というより、体調を崩して寝込んでしまった。

 熱がなかなか下がらず朦朧としている時間が多くなった。往診の医師が入院する事を薦めたが、優は家にいたいと入院を拒否していた。


 ある晩,みさきがやってきてこのままだと連れて行くことになるから入院してほしいと言ったが、

(嫌だ)

(どうして?死んじゃうよ)

(・・・)

(折角あの人が迎えにきてくれたのに、おいて行っちゃうんだ)

(・・・)

「優、もうそろそろ許してあげなよ。あの人は優のところに来てくれるよ)

 眠いよ・・・ほっといてよ


 人の話し声がする。親父か?いや,母さんか?女の声がする

 とにかく眠い,このままずっと寝ていたいほど眠い


 おでこに冷たい感触があった。そして、冷たい手が頬にあたった。

 唇にも感触がある。なんかよくわからないけど眠るよ。

(起きて、おいていかないで・・・優・・起きて)

 みさき、また悪戯しているのか?風見さんに叱られるぞ


 ストンと記憶がなくなった。


 カーテン空いているのか?眩しいな

 目をゆっくり開けると人の影が見えた。

「目が覚めた?優」

 誰だ?母さんじゃない。

 おでこに手をあてて

「熱、下がったわ,良かった」

 そう言うと、お母様、お父様、熱がさがりましたよと大声で奥に声をかけた。

 バタバタと何人かの足音が頭の辺りに聞こえてきた。

「あゝ良かった。波川さんが寝ずに看病してくれたからですよ」

「本当に、どうなることかと思ったわ。波川さん,ありがとうございます」

 両親が口々に礼を言っている。

 波川が看病?寝ずに?何故だ?


 床上げをした優は,また、愛犬ちょびとの散歩を再開した。

 隣には波川が付き添ってくれている。

 相変わらず何も会話はしない,ただ一緒に散歩に付き合っているだけだ。


 ある日,散歩をして家に帰ってから改めて波川に連れ出された。

 どこに行くとも言わずに。

 連れて行かれた場所は、小さなアパートだった。

 鍵を開けて波川は入って行くと、入り口に立っている優の手をとり中に招き入れた。

 荷物などほとんど無い。ベッドとテーブルが家具と呼べるものだ。

 珈琲を入れてテーブルに置くと

「あなたの入れる本格的な珈琲には程遠いけどどうぞ」

 久しぶりに会話らしい言葉を発した。

 波川と離れて座った優は珈琲を一口飲んで

「美味しい」

 とだけ言った。

 その言葉を聞いた波川は嬉しそうな顔をして優を見た。

 しばらくして

「聞きたくなかったら帰ってもいいわ。でも、どうしても言いたかった」

 優の態度を確認するため一旦話すのをやめた。


 帰るそぶりを見せない事を確認して

「確かに以前は婚約していた。あなたに初めて会った時点で既に婚約は解消していたの。私だって婚約者がいたらノコノコ他の男の人に会いに行くわけ無いわよ。

 海外取材に同行したのは本当。でも、泊まった部屋も別々だった。解消したのは価値観も何もかも違っていたから。その人は仕事を辞めて家に入れと言う。その時点で冷めていたのよ」

 そこまで一気に話した後、優の顔を見た。優はじっと波川の顔を見ているが何も言わない。

 波川は優の側に座り直して話を続けた。

「あなたに会ったあの日は本当に楽しくて、もっと一緒にいたいと思ったわ。でも、最後の仕事が残っていたから、帰国したら一番に会いに行こうと思っていた。

 だけど、婚約のことがあなたに伝わってしまい、訂正することも出来なかった。事故のことを聞いた時いても立ってもいられず病院に行ったけど、あなたは話せる状態じゃなかった」

 黙って聞いていた優が初めて口を開き、波川の左手の薬指を触ると

「信用しろと?」

 言った。


「嘘じゃ無い,あの日、指輪はたしかにしていた。でも自分で買ったリングよ。

 もらったリングは既に返している」

 また,しばらく黙っていた優は

「今日は疲れた。帰っていい?」

 と立ち上がり玄関へと歩き出した。


 帰ろうとする後ろ姿を見た波川は、そのまま後ろから優に抱きつき

「どんなに時間がかかってもいい。あなたのそばにいられるなら今のままでもいい。あなたが好きなのよ」

 と背中に顔をつけて言った。

 黙って聞いていた優は靴を履きながら

「また、明日」

 と言って家を後にした。


 次の日もちょびとの散歩に付き合う波川がいた。ちょびも毎日付き合う波川を家族と認めているのか、顔をみると嬉しそうに尾っぽをふる。

 そして、ちょびを連れて家に帰ってから、波川の部屋に行くということが何日か続いた。

 会話と言っても波川が一方的にしゃべるだけで、優は黙って聞いているだけだ。


 何日か目 優が

「何故俺に毎日付き合うの?慰め?哀れみ?そんなの要らないよ。もう仕事に戻ったら?」

 と顔も見ないで波川に言った。

「慰めや哀れみなんかじゃない。本当にあなたが必要だからよ」

「たった一日会っただけでわかるの?俺のことが」

「会う前に何度も連絡をくれたわね。最初は戸惑ったけど、でも、あなたの連絡が無いと寂しくて私からもかけたわね。たくさん話したわね。そして、あの日、浅草を案内してくれていろいろなことを教えてくれた。全てが新鮮で、楽しくて、うれしかった。それで十分でしょう?あなたを知るのに」

「君が思っているほど、いい奴じゃないよ俺は。女をひっかけては遊んできた」

「知ってる。でも、人妻と子ども、そして従業員には手を出さないんでしょう?

 ちゃんと一線は引いてるじゃない」


 しばらく優は黙っていたが

「俺の何が必要なの?」

 と聞いてきた。

 波川も暫く黙っていたが

「すべて」

 そう答えた。

「すべて・・・?つまらない回答」

「つまらない?どんな回答求めてるの?」


「俺、人から必要と言われても、今まで身体だったらいくらでもあげてたよ。それ以外は無理だ」


「それはあなたのことを本当に知らない人に対してでしょう?それに、あなたもその相手を知ろうともしなかったでしょう?あとくされの無い身体だけの関係だったからよね。私は違う。あなたの性格もあなたの身体も全部必要」


「俺が君のこと知りたくないって言ったら諦める?」

「無理、諦めない。そうじゃなきゃここにいない」

「頼んでない」

「どうしてそんなに自分の殻にこもってしまうの?私に全部出してよ」

「知りたくないし知られたくない、信じられない」


 優の声が波川に冷たく突き刺さる。だが、言葉の裏腹に助けを求めているのはわかった。

 時間がかかる・・それだけ。私が離れてしまったら優は・・・


「帰る・・」


 優が出て行った。波川は追いかけて行かない、行けなかった。


 次の日も、その次の日もちょびの散歩に波川は付き合った。

 無表情だが、優が拒否をしないからだ。ちょびは楽しそうにあっちこっちと自由に歩いている。それに優は付き合っている。だが、波川の部屋にはあれから来ることはない。


 ちょびを家に連れて帰ったその日も、やはり優は出てこなかった。

 そのまま、波川は部屋に戻ろうとした、その時、雄一が向こうから歩いてくるのが分かった。咄嗟に角に隠れたが、雄一に声をかけられた。


「少しはまあちゃん、心開いてくれた?」

 優しい言葉をかけられ、驚いた波川が下を向きながら

「まだ・・・」

 波川の目に涙が溢れてきた。そのまま、涙を拭くこともせずただ泣いていた。


「まあちゃん、本気だったから、もう少し時間かかるよ。波川がそれを待っていられるならまあちゃん、きっと振り向いてくれるよ。波川がまあちゃんを諦めるなら、もう帰りなね」

「待ってる・・」

「そうか。ただ、そろそろ東京へ連れて帰るよ」


 雄一はそう言うと高原家へ入って行った。


 その日の夕方、優の父親が波川の部屋へやってきた。

 テーブルをはさんで父親から言われた言葉は、

「そろそろ優を東京に帰すことにした。ただ、こんなに心配してくれているあなたをそのままにして帰すことは出来ない。でも、どうしてあなたがこんなに優の事を思ってくれるのか。自分のせいで優がああなったと思っているなら、それは違うと思う。どうだろうか」

 優しい問いかけだった。

 波川は

「純粋に優さんが好きだからです。いい年をしてって思われるかもしれませんが、初めてこんなに人を好きになって、優さんが自分にどれだけ必要な人なのかもわかりました。誤解を解こうとただ付きまとったこともありましたが、今は違います。一緒に歩いていきたいんです」

 そう父親に訴えた。


「わかった。こんなこと頼める義理じゃないんだが、東京へ帰るまで優と一緒にいてくれないか?あいつは意地を張ってるだけなんだよ。昔から素直じゃないところがあって、照れくさいのもあるんだろう。

 自分の気持ちにちゃんと向き合えず、イラついているのかもしれない。子どものころはワガママでな、そのうちあなたの手におえないくらいワガママ坊主になるかもしれないが頼むよ」

 だった。

 波川はただ黙って頭を下げた。

 そして最後に優の父親は

「君のお父さんにも許可取らないといけないな。大事な娘を息子の面倒に巻き込んでしまった事を」

 そう言って帰って行った。


 次の日、いつものようにちょびの散歩に行き家に一旦戻った優は、小さなボストンバックをもって波川の家に一緒に向かった。

 黙って歩く優に波川は

「手つなごうか?」

 顔を見て聞いた。

 優から答えはないが波川は優の左手をしっかりと握った。優の左手の骨折はほとんど完治しており、余程重いものを持たない限り不自由なく使うことが出来るようになっている。


 部屋に入ってもとくにすることが無い優は、持ってきた本を読み始めた。

 波川は珈琲を優に渡すと、自分はノートパソコンを開いてメールのチェックを始めた。

 優に掛かりっきりになっていても、食べていくには収入を得なければならないので、知り合いの仕事を手伝うようになっていた。全てパソコンで完了するので出かける必要はない。


「優、お腹すかない?」

 その呼びかけに優は波川を見て、にっこり笑って

「すいた」

 とだけ答える。

 ありあわせのもので作るには少し材料が足りない。

「買い物行ってくるから、待ってて」

 財布をもって出ようとすると、優も一緒に行く気なのか靴を履き出した。


「何食べようか?カフェオーナーだとなんでも作れるんだよね。私苦手なんだよね料理」

 苦笑いしながら優に訴えるが、ニコニコするだけで答えてはこなかった。


 小さなスーパーで買い物をして戻る途中、優の母親にばったり出会った。

「そうだ、言うこと忘れてた」

「何でしょうか?」

「あなたのところお風呂ないのよね」

「ええ、小さなアパートですから」

「お風呂は家に入りに来なさいよ。食事もいいわよ、家で食べれば」

「それだと、優さんを預かっている意味がないですから、しばらく優さんには銭湯に付き合ってもらおうかと思っています」

「ああ、そうね。そんな経験もいいわね。じゃあ、香織さん優をよろしくね」

 息子の背中を笑顔で叩きながらすれ違っていった。



 食事が終わり片付けをしようとしたら、優が先に台所で洗いものを始めた。

「私がするのに」

 とシンクに並ぼうとしたが、小さなシンクに大きな優と並んで使うことが出来なかった。

「じゃあ、今日はお願いしますね」

 テーブルに残っているものを持って行きながら声をかけた。


 夜、銭湯までは歩いて5分くらいなので、どっちが早く戻ってもいいように優に合いカギを渡した。それぞれ入口から入って行くと、番台に座っている女性から

「あら、今日はまあちゃんと一緒なんだ」

 と言われた。よく考えると優の地元なんだから隠し事は出来ない。みんなバレバレだ。


 いつもより早めに出ようとすると、やはり番台から

「まあちゃん、今ちょうど出るところよ」

 と実況中継が聞こえた。

「ありがとうございます」

 照れ笑いをしながら外に出ると、ちょうど洗い髪の優が出てきた。

「ちゃんと乾かしたの?風邪ひくよ」

 アパートと違う方向に行こうとする優に

「どこか行きたいの?」

 聞くと、

「ビール」

 簡単に答える。

 酒屋の玄関を入るとやはり中から

「おー、まあちゃん。どうだ調子は?」

 と声がかかった。

「まあまあかなぁ」

「そりゃ,あんだけ綺麗な奥さんがいるんだから早く良くならなくちゃ。今日はビールか?家に届けるか?」

「6缶持って行くよ」

「そうか、じゃ冷えてるの出すから待ってて」

 波川が優の代わりに受け取ってアパートに向かって歩き出した。


 部屋に戻るとビールをテーブルに置き、優の髪を乾かし始めた。免疫や体力が落ちているから気をつけないと直ぐに体調を崩してしまう。特に風邪などは注意が必要だ。

 優は大人しくドライヤーを当ててもらっている。

「もう大丈夫かな」

 ドライヤーをしまいながら優を見ると、ビールを美味しそうに飲んで満足げな顔している。


「少し仕事するから眠くなったらベッドで寝てね。おやすみ」

 波川の部屋は一DKなのでいるところはテーブルの前か、ベッドの上しかない。

 自分のパジャマに着替えて二本目のビールを飲み始めた頃,優はとろんとしてきた。病み上がりで酔いも早くきたのだろう。

 そのうち

「おやすみ」

 と言ってベッドに横になった。

 すぐに寝息が聞こえてきた。波川は静かに優の寝息を聞いていた。


 それから二時間ほど経って、仕事の目処が付いたのでパジャマに着替えベッドに向かった。シングルベッドなので大きな身体の優と一緒に寝るのは少し窮屈だ。

 波川は毛布をとってベッドの下に横になった。ウトウトし始めた時、優に起こされてベッドに寝るように言われた。

「優がベッドで寝てくれた方がいいから」

 そう言った時、優がベッドから起き上がって波川の腕をとりベッドに引っ張り上げた。

 そのまま優も一緒に横になる。

 右手を波川の頭の下に入れ左手は波川の腰辺りに置き自分に引き寄せた。波川はドキドキしながらも優の胸から顔の辺りに顔を埋めた。波川の額あたりに優の唇がある。しばらくそのままの姿勢でいたが,睡魔が襲ってきて眠りについた。


 ふと目が覚めると、そのままの姿勢で眠っていた。少し顔をあげて優をみると眠っているようだ。

 自由になる右手の親指を優の唇に当てると、優が目をあけた。


 しばらく優と見つめあっていたが

 二人の唇が初めて重なった。

 すれ違っていた心がひとつになった瞬間だ。

 初めて優と結ばれたその夜


「香織、ありがとう」


 波川は初めて優に名前を呼んでもらい、感涙が止まらなかった。

 ごく普通の生活をふたりで始めてからもうすぐひと月が立とうとした。

 優が食事を作ったり、ふたりで仲良く話をしながら歩く姿を良く見かけるようになった。


 いつもの散歩をしていた時に優が

「一緒に東京帰ろう」

 と言った。

「もう大丈夫?」

「香織がいれば大丈夫」

 だいぶ以前の優に戻ってきた。ちょびがその言葉がわかったのか、クンクンと鳴いていた。


 優は先に東京に戻り、香織と一緒に暮らす部屋を探すことにした。

 そしてそのあと香織が静岡に借りた部屋と東京の部屋を引き払う予定だ。


 しばらく香織は静岡に残って、ちょびの散歩を引き継いだ。ちょびも嬉しそうに散歩をしている。


 優が東京に戻ってからすぐに連絡があり、自分が今住んでいるマンションに空きが出たのでそこにするといった内容だった。


 東京に戻り新しい生活が始まってまもなく、香織の妊娠がわかった。


「順番が違った!」


 優は慌てて両親に連絡をして、香織の父と東京で顔合わせをすることになった。

 浅草の老舗料亭で初顔合わせをした時、優の父親が既に香織の父親に連絡をとっていることを知った。

「当たり前だろう、あの状態のお前を香織ちゃんに面倒見てもらうんだから、何かあったら申し訳ないと連絡したんだ。案の定、大事な娘さんに手をつけてこんな形での挨拶だ」

 香織の父親も

「娘の軽はずみな態度で迷惑かけたのだから、面倒を見るのは当たり前ですよ」

 と言ってくれた。

 香織の母親は既に他界している。優の母親が香織に手助けをしてくれるので助かっている。


 そこで香織からほおずき市で一緒に歩いていたのは父親だと知らされた。さらに、古参の従業員山下は当日二人に会っていた。見回りをしていた時、香織は優を訪ねてきていたのだ。

 そのことを言えずにあの事故が起きてしまった。


 風見が勘違いと言ったのはこのことか・・・


 やがて香織は女の子を出産した。

 優は

「みさきって名前をつけたいんだけどどう?」

 香織は

「高原みさき?可愛い名前ね。もちろん賛成」


 新生児用ベッドの脇でみさきは嬉しそうにもう一人のみさきを見ていた。

 頬にふれたり,頭を撫でたりしている。

(優、ありがとう)

(いつでもみさきの名前を呼ぶし、思い出すよ)


「ねぇ、みさきの横に女の子が見えたの。気のせいかしら?」


 香織が言ったので優とみさきは顔を見合わせて

「いるわけない、気のせい」

 声を揃えて言った。



 十五年後

「パパ、早く!雄一おじちゃんが写真撮ってくれるって!」

 高校生になったみさきの入学記念に、家族写真を撮ることになった。

 浅草神社の前で優、香織、みさき、弟優哉の四人が並んで記念写真を撮っている。

 周辺の人たちも家族同然でその風景を見ていた。

「どうせだからみんな一緒に撮ろう」

 優のひと言で知り合いじゃない人も含め、三十人くらいの大家族写真が撮れた。

 優は制服姿の娘のみさきを見ながら、思い出に浸っていた。

「パパ、何考えてるの?」

 みさきに声をかけられ

「昔、みさきによく似た子を知っていてな、生意気だったけど随分助けられた」

「え〜、パパったら高校生まで手をつけてたの?」

「はぁ?何言ってんだ」

「そうよね、パパ昔めちゃくちゃモテてたものね!範囲は随分広かったのね」

「香織まで何言ってんだよ!」

「赤くなった!やあだ」

「優哉、何とか言ってくれ」

「俺もパパみたいに両手に花がいいな」

 みさきと香織のそれぞれに腕を掴まれ店に戻ろうとした時、みさきの姿を見た。

(何してた?)

(変わらないよ)

(そうか)

(優,ありがとう。しあわせにね)

(どこかで、またな)


 ニコニコしながらみさきは嬉しそうに姿を消した。

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夢まぼろし愛と背中合わせ @cloth-pigeon

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