第三話 優とみさきの出会い

 高原優たかはらまさるは、自分の携帯の着信で目が覚めた。

 仕事場の喫茶店を開く時間が遅い時は、緊急以外ならないようにセットしてあった。


「携帯の着信音が鳴っているということは、何かが起きたということか」


 ベッドの中でそう呟きながら仕方なく起き上がり電話に出た。相手は叔母の入院先からだった。

「わかりました、すぐに伺います」

 隣に寝ていた同居人の雄一も目を覚まして

「何かあったの?」

 と聞いてきた。

「うん,叔母さんが危篤なんだって、親父達がくる前に行ってあげなきゃ」

「そうか、じゃあ,車出してあげるよ」

「本当に?助かる」


 病院までは車で30分ほどだ。病院の駐車場で降りた優は

「ありがとう,助かった」

 と雄一に告げると病院の入り口から入って行った。

 病室に入るとカーテンが引かれ、少し薄い感じがする。ベッドの周りには

 酸素ボンベ、点滴、人工呼吸器などが所狭しと置かれ器械音だけが聞こえている。


「叔母の親族はもう時期来ます」


 立ち会っていた看護師にそう告げて、叔母の顔を見た。

 一週間前に見舞いに来たばかりだった。こんな急に容態が変わるなんて思ってもみなかった。

 邪魔にならないところに椅子を置き座る。看護師が部屋を出ていくと今まで聞こえていた器械音が消えたように静かになった。

 ふと部屋の奥を見ると女の子が立っている。高校生くらいか。

「きみ,そこで何してるの?」

 何も答えず視線はじっと叔母を見ている。もう一度声をかけると

「連れていく時間」

 と言った。

「連れていく時間?誰を?どこに?」

「叔母さんを連れていく時間」

「何言ってるの?あの世にってこと?」


 優は恐怖はなかったが、不思議な感じがした。

「死神ならさ、若すぎない?」

「いけない?」

「いけなくはないけど・・・」

 彼女が暗がりから出てくると顔がよく見えた。なかなか整った顔立ちをしている。

「どうしますか?連れて行ってもいいですか?」

「せめて親父たちが来るまで待ってくれないか」

 すると

「優、もういいよ。行かなくちゃならないんだから」

「えっ・・・」

 寝ているはずの叔母が、ベッドの脇に立って優に声をかけてきた。

「叔母さん?どういうこと?」

 その時、優の家族が病室に入ってきた。叔母に向かって、

「姉ちゃん、わかるか?俺だよ」

 父親が声をかけている。

 そんな姿を見て叔母は、

「今までありがとうね、元気でね」

 と言った。そして、彼女に向かって

「さっ、行きますか。この場所に残ると別れが辛くなるよ」

 そう言って病室を出て行った。病室では医師と看護師が慌ただしく動いている。叔母が病室を出た途端、医師の口から

「ご臨終です」

 そう伝えられた。

 彼女も部屋を出ようとしたが、

「優、会いたかった。またね」

 と言って叔母の後を追うように病室を出て行った。


「会いたかった?俺に?」

 ふたりが出て行った扉を見ていると、

「優、最後看取ってくれてありがとうな」

 父親が声をかけてきた。

「あ,ああ 苦しまなかったようだよ」

「そうか、もう一度話したかった」

 優はあのふたりを追いかけて行きたかった,が,動けなかった。


 葬儀の日、優はまた、彼女に会った。

「優、会いたかった」

 同じ言葉を彼女は言った。

「俺、どこかで会ったことある?」

 そう尋ねると、彼女はぼろぼろ涙を流し始めた。

「ちょっと、泣かないでよ。俺、泣かせることしたか?周りの人に誤解されるから」

「私のことは,優にしか見えない」

「えっ?」

「確かめる?あそこに鏡があるでしょ,並んでみたらわかる」

 彼女は優の手をとって鏡の前に立った。

 確かに鏡には優しか映っていない。

「だけどなぜ、きみは俺に触ることができるの?」

「それは、優だから」

 意味のわからないことだらけだ。さらに彼女は言った。

「優の心の声が聞こえるから、声に出さなくても会話が出来る」

(まじで?コイツ頭大丈夫か?)

 わざと心の中で意地悪風に言ってみた。案の定

「頭悪いって思う?昔からそう言って私をいじめたわね」

「・・・」

「仕返しに来たわけじゃないわよ、私、ずっとあなたが好きで探してたの。やっと会えた」

「あのさ、解るように話してくれる?」

「わかった。明日、あなたの店に行くわ。閉店後」

「そうか、じゃあ、明日な」


 いつのまにか葬儀も終わり、みんな帰り始めていた。両親のところへ行こうとした時

まさる

 振り返ると叔母が立っていた。目を丸くする優に

「あんたには見えるんだよ。違う世界のことが。怖がらずに普通に暮らしていけばいいよ」

「叔母さん、この時点で普通じゃないんだから、戸惑ってるよ」

「あはは、そうだね。じゃ、おとうとのこと頼んだよ」

 父親のことを最後まで心配している。

「わかった,じゃ、さよなら」


 翌日、店を開くと優を目当てに女性客でいっぱいになった。優の喫茶店は浅草にある。1階が店舗で上のマンションが住居だ。

 さすがに、店の客には住居のことは言っていない。訪ねて来られても困る。

「マスター、ご不幸があったんだってね。気を落とさないでね」

 常連客のママが声をかけてきた。

「ありがとう、ちょっと思ってたより早くお迎えがきたので,両親は落ち込んでたけどね」

「マスターが店を開いてくれないと、この辺りは静まり返っちゃうよ」

「まだまだ自分は頑張りますよ」


 閉店の時間

(あの子は本当に来るのか?昨夜、考えたけど思い当たらないんだよな)

(本当にきました。やっぱり思い出してくれないんだ)

 心の声に彼女は答えたかと思ったら、後ろから抱きついてきた。

「ちょっと!何してんだよ」

「昔は,よくこうして抱いてくれたのに!」

「だから覚えてないし、それを今日教えてくれるんでしょ」

「そうか」

 体を離して優の目の前に立つと

「珈琲ください」

 と言った。

 優が彼女に珈琲を出したあと、自分は冷蔵庫からビールを出してきた。

「あーずるい,私もビール飲みたい」

「きみ、未成年でしょ」

「現世に現れる姿はね。失敗したな、もっと年上の姿を選べば良かった」

「どういうこと?誰にも見られないのに何故学生なの?それに俺を知っているって最初から説明して」

「最初からは面倒臭い。優とは前世で婚約者だったの。以上!」

「前世?婚約者?」

「そう,わかった?思い出した?」

「全然わかんない」

「ねぇ、エッチしようよ」

 いきなり彼女が言い出したものだから、優は飲みはじめたビールを吹き出した。

「きみ!何言ってんの?・・」

「未成年なんでしょって続く?昔はたくさんしたのに、冷たいのね」

「・・・」

 優は何も言葉が出ない,心の中でも言葉が出ない。

 しばらくしてから聞いた。

「名前は?」

「以前の名前は忘れたけど,今はみさき」

「みさき・・・」

「だから以前の名前じゃないのよ。こっちに降りてくる時につけてもらった名前だから」

「いや、みさきには聞き覚えがある。それこそ遠い昔」

「えっ本当?」

「いや,わかんないな。俺,こう見えてもモテるんだよ。女の子好きだし、その中の子かも知れない」

「・・・」

 みさきは悲しそうな顔をして店を出て行った。

「あれ、おい。みさきちゃん!おーい」

 優は何度か呼んだがみさきは戻って来なかった。


 朝、人の手が触れた気がして目を覚ますと,横にみさきが寝ていた。

「おい、何してんだよ。どうやって入ってきた?」

「どこでも自由だもん。一緒に寝たかっただけ」

 そう言って優に抱きついてきた。優はそのままベッドに仰向けになってため息をついた。同居人の雄一が知ったらなんて言われるか?

「雄一って?一緒に住んでる人?大丈夫だよ。私のことは優以外見えないし、私食事もしないから」

「いや,そういうことじゃなくて、やっぱりダメでしょ。女の子がここにいたら」

「見えないのに?じゃあこうする。雄一って人がいない時だけ一緒に暮らそ」

「きみ、何しに現世に居るの?」

「私の仕事は亡くなった人を迎えに来て連れていくこと。毎日あればしばらくない日もある」

「俺も連れて行かれるのか?」

「あはは、優はまだ先だよ。多分綺麗なお姉さんが迎えにくるよ」

「そうか、それは楽しみだ」

「ねぇ、試しにしようよ」

「まだ言ってる。試さなくても触れられることはわかったよ」

「死神とするのは嫌か」

「死神ねぇ、イメージが違いすぎてピンと来ないね」

「イメージって,黒いマント着て大きなカマ持ってガイコツってこと?」

「そうだね」

「そのカッコで出てみようか?そしたらしてくれる?」

「いや、それは結構です。それよりそんなに欲求不満なの?」

「心と身体に欲求ってないよ。どうなるのかなって興味があるだけ」

「感じないのにしたいの?変なの」

 このふたりは目が覚めてからずっと同じ会話をしている。やっとそれに気がついた優は、ベッドから起き上がり

「シャワー浴びて支度するよ」

 風呂場に歩き出した。

「私も一緒に入る」

「はあ?死神さんも風呂入るの?」

「ちょっと死神さんって呼ぶのやめて、みさきって呼んでよ」

「はいはい、じゃあ好きにしなさい。死神さん,じゃないみさきちゃん」


 優がパジャマを脱ぎながら

「ところで裸になれるの?」

「わかんない、服脱いだことない」

「どれ、きてみな。脱がしてみよう」

 冗談半分に服を脱がそうとしたが・・・残念ながら脱がすことはできなかった。


 今日も店を開くとたちまち常連客でいっぱいになった。みさきはカウンターに座って楽しそうに眺めている。

「邪魔するなよ」

(優、声出さなくても会話できるよ。変に声を出した方が怪しまれる。他の人には私のこと見えないし)

「あゝそうですね」

 カウンターに女性がやってきて

「マスター、この間の貸しいつ返してくれるの?」

 と聞いてきた。

「貸し?」

「うっそ。忘れちゃった?」

「ん〜、なんだった?覚えてない」

 あっけらかんとして優が言うと

「やっぱり引っかからないか。冗談よ,貸し借りなんかないわ。上手く引っかかったらマスターと朝まで一緒に居られるチャンスがあるかなと思ったのよ」

 笑いながら女は自分の席に戻って行った。

(何なのあの女!私の優にあんなこと言って!)

(ほっとけ、あの手は欲求不満なの。男を探して歩いてるのさ)

(頭に来ないの?)

(客だからな。ほとんど話した内容なんて覚えてない)

(へぇ、昔の優とはまるで別じゃん)

(そう言えば俺の名前も今と同じ優なのか?)

(多分違うと思う。覚えてない)

(なのに相手は俺だってわかるのか?)

(疑ってるんだ)

(そうだね、普通の人間だからな、昔はどうのって言われてもわかんないよ)

(わかったわよ)

 そう言ってみさきは店を出て行った。


 久しぶりに雄一が帰ってきた。北海道まで撮影に行ってきたらしい。

「まあちゃん、お土産」

「おっ、サンキュー。これ酒のつまみに最高なんだよね。早速飲もうよ」

「そうだね。じゃあ俺シャワー浴びてくる」

 あれ以来、みさきが姿を現さない。ホッとしている気持ちと寂しい気持ちが半々になってる自分がおかしかった。

 ビールと日本酒をテーブルに置くと、貰ったつまみをさらに切り分けた。

 ちょうど、雄一が出てきたので

「俺も簡単に浴びてこよっと」

 優が風呂場に入って行く。


「ちょっと!みさき、何してるんだよ」

 みさきがニヤニヤしながら浴室に座っていた。

「おじさんふたりのラブシーンを見にきたの」

「バカ、何言ってんだ。さっさと帰れ」

「ふ〜ん、見えてるのは優だけだってば。邪魔しないよ」

「それが邪魔なの」

 優が服を脱いでシャワーを浴び始めると、みさきも隣に立って

「私も浴びる」

 と言い出した。優は知らん顔してそのまま浴びていると

「ねぇ,見て。全然濡れないの」

 みさきが言うので振り向いた。

 彼女の姿は見えているが、水はそのままの勢いで下に落ちていく。

「本当にみさきはこの世の人じゃないんだ・・」

「やっと信じたか」

「怖い」

「えっ?」

「冗談だよ。じゃあ,邪魔しないでね」

 みさきを置いて優はさっさと部屋に戻ってしまった。


 一週間後、雄一の仕事の手伝いで優はホテルの一室にいた。普段は風景がメインなのだが、今日は女優のカレンダー撮影を依頼されやってきた。

 優が一緒なのは、彼女のファンという理由だけだ。

「いゃ〜直に見ると本当に綺麗だなぁ」

「まあちゃん、ちゃんと仕事してよ」

「わかってるよ」

 レフ板を持って彼女のそばに行くと

「あなた、初めて見る人ね」

 声をかけられた。

「はい、今日一日よろしくお願いします」

「よく見るといい男ね」

「よく言われます。いつでもお相手しますよ」

 女優はケラケラ笑い出した。


 午前中の撮影が終わったので、一度解散になった。雄一と優は食事に出ようとエレベーターホールにいた。すると、スタッフが優を呼びに来た。

「すみませんが、控室まで来ていただけませんか?」

「僕?」

「はい,すみません」

 雄一はエレベーターに乗って、さっさと降りて行ってしまった。

 スタッフに連れられて控室になっている部屋に行くと彼女が待っていた。

「御用ですか?」

「そう,入って」

 その言葉を聞くと案内していたスタッフが離れて行った。


「さっき相手してくれるって言ったわよね」

「言いましたよ。相手募集ですか?」

「そうなの、ちょっと相手してよ」

「ここでですか?」

「だめ?今がいいのよね」

「シャワー浴びますか?」

「そんな時間ないわよね。どうする?相手する?」

(こんなチャンス一生に一度あるかないかだよな。いただいちゃうか?)


 みさきの声がどこからかして

(その人、間もなく迎えがくる)

 と、意味深なことを言った。

(どう言うことだよ)

 答えはない。

「どうするの?時間無くなっちゃう」

「は、はい。いただきます」


 慌ただしい中でことを済ますと、

「今度はゆっくりね」

 女優は素知らぬ顔して控室を出て行った。

(なんだ、ファンだったから喜んだのに、こんな人だったのか)


 控室から出ようとした時

(良かったね。願いが叶って)

 みさきが姿を見せず声をかけてきた。

「さっきのどういう意味だよ」

「なに?」

「迎えがとか言ってただろう」

「あゝそのうちわかる。それより楽しかった?」

「んー?よくわからない」

「ファンだったんでしょ」

「熱冷めた」

「あらら」


 午後の撮影も終わり片付けを始めた時雄一が言った。

「まあちゃん、相変わらずモテるね。まぁ,あの女優は誰でも手を出すから」

「イメージと全然違ってた」

 優の言葉に雄一が笑い出した。


 地下の駐車場から車を出そうとした時、出口周辺が騒がしい。

「何だろう?ちょっと見てくる」

 雄一が走って見に行った。すると、みさきが後部座席に座って

「お迎えがきたの」

 と言う。優は一瞬寒気がして

「まさか?」

 みさきの顔を見る。

「誰のせいでもないよ。あの人の寿命」

「マジで」

 雄一が戻ってきて

「彼女が倒れたらしい。今、救急車呼んでる」


 その日の夜、あの女優が亡くなったという報道があちこちの放送局で流れていた。

 雄一は今日の仕事内容を事務所に報告に行って留守だった。

 みさきと優は並んでテレビを見ている。

「みさき、あまりいい気分じゃないな」

「やる前に教えたから?」

「そういう事じゃなくて、人の生き死に携わりたくない」

「そうだね。普通は知りたくないよね。ゴメン、気がつかなくて」

 そう言ってみさきの気配が消えた。

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