第二話 久美子 出会い

 榊原久美子は会社の図書室にいた。

 久美子は本を読んでいる時間がとにかく好きで、飲み会など参加することはほとんどなかった。

「くっきー、ここにいたか。今日飲みにいくよって言ったのに時間になっても来ないからさ,忘れてたんでしょ」

「ああ、ごめん。もうそんな時間だった?覚えているけど、探し物をしてたから」

「明日でもいいでしょ。行くわよ」

 由子ゆうこは久美子のバッグを持つと、腕を引っ張ってエレベーターホールへ向かう。

「やあ、由子ちゃん。飲み行かない?」

「あら残念。今日は先約があるの,また今度ね」

 軽くいなしてエレベーターに乗り込む。

「あの人と飲み行くんだ。かなりモテるって噂のひとだよね」

「ああ,一回だけ付き合ったらさ、しつこいの。好みじゃないしもうゴメンだわ。

 福士蒼汰みたいにカッコよかったら行くけどさ」

 久美子は返す言葉がない。由子はいつもこんな感じだ。誘われて一度は行くが二度目はほとんどない。だから今の彼氏との付き合いが、一年も続いていることにはびっくりした。


 待ち合わせの店は繁華街の片隅にあり,隠れ家的な所だ。

 由子の彼氏中谷精也なかやせいやともう一人の男性は先に来ていた。

「遅くなってごめんね」

「いや,少し前に来たばかりだから飲み物も頼んでないよ」

「そうなんだ,じゃ,とりあえずビール頼もう」

 テーブルの上にあるボタンを押して,店員さんを呼び飲み物とつまみを頼んだ。

 この部屋は頼んだ商品を持ってきてくれる以外,ボタンを押さないと店員さんは来ないので,ゆっくりできるから由子たちは好んで使っている。


「さて ビールも来たし,かんぱ〜い」


「で、精也お友達紹介してよ」

「あ、そうだね,米原浩二よねはらこうじくん。大学の後輩,酒屋の次男坊」

「よろしく」

「私は高岡由子 こっちは榊原久美子 同期」

「よろしく」

 一通り挨拶が終わり同年代の四人が盛り上がって時間が過ぎて行った。


「じゃあさ,くっきー私たち消えるから,あとはご自由にどうぞ」

「えっ?」

 さっさと由子と精也が街の中に消えていった。

「じゃあ,俺らも行きますか」

「えっ,行くって・・・」

「あっちが駅ですよね。榊原さん自宅はどこですか?」

「ああ,自宅は吉祥寺です。米原さんは?」

「うちの店は小岩です。全く反対ですね」

「そうですね」

 なんとなく二人で並んで駅の方へ歩き出した時,占いの看板に気がついた。

 3人ほど間隔をあけてテーブルと椅子,「占い」と小さな看板を置いていた。

 手相占い,タロット占い,人相占いで3人とも女性だった。

 その中の人相占いと書いてある女性と目が合った。

 にこりと笑っていた女性に親近感を覚えたが,会釈をして通り過ぎた。

 駅に着いた時,米原が小さな紙に携帯番号を書いて久美子に渡した。

「気が向いたら連絡ください。じゃあ,今日は楽しかったです」

 と言いながらさっさと改札に入って行ってしまった。

「私の番号は知らなくていいんだ・・・」


 次の朝

「おはよう!くっきー,昨日はどうだった?」

「どうって,駅でわかれたよ」

「はあ〜、まじで,何もなく?」

「何もって,私、由子と違うから」

「なんだ,米原くん,結構お似合いだと思ったけどね」

「そう?」


 夕方,昨日の占いの女性が気になった久美子は,もう一度その場所に行ってみることにした。普段,真っすぐ家に帰る久美子にとっては大きな変化だ。

「今日はいないんだ・・・」

 昨日占いの3人が出ていた場所には,誰もいなかった。久美子は気になりながらもそれから何日か過ぎてしまった。


 週末に買い物に出かけた久美子は,偶然にあの占い師を見かけた。

 先日の場所とは違う所だ。その占い師の所には先客があり,楽しそうに話をしていた。10分ほど待っていると見てもらっていた女性が

「ありがとうございました。ちょっと勇気もらいました」

 と言って場所を離れていった。

 その様子を少し離れたところで見ていた久美子を、その女性が目にとめてにこりと微笑んだ。躊躇なくその占いと書かれている場所にすすむと

「こんにちは」

 と久美子に向かって女性が話しかけてくれた。

「あの・・・」

「どうぞ,座って」

「はい・・」

「そんなに硬くならなくて大丈夫よ。結果が気に入らなかったらお代はいらないし,忘れてしまって構わないから」

「あの,占ってもらう内容も決めてないんです。この間お見かけして気になったので・・・」

「気にしてくれてありがとう。私もあなたが気になったわ」

「えっ,そんな雰囲気出てました?」

「そうね,誰かに話を聞いてほしいって雰囲気かしら。あなたは相談内容が浮かばないって言うけどちゃんとあるわよ」

「え・・・?」

「浮かばない?」

「はい,忘れているんですよね,きっと」

「今日は一つだけお伝えするわね」

「はい」

「お父さまのこと」

「お父さん・・・」

「あなたは一人娘で婿を取らなくてはならない,でも,あなたにはその気がない。でも,父親が一人で私を育ててくれた。恩を返さなくてはならない。こんなところかしら」

「うそ・・・どうしてそんなことわかるんですか?誰にも言ってないし,まさか・・・」

「私ね,人相占い師なの。顔を見ればほとんどがわかるわ。探偵じゃないわよ」

「すごい・・・言葉が出ないです・・・」

「あなたが思っているほど,お父さまはあなたに婿を取らせて跡をつがそうなんて考えてないわよ。あなたに自由に生きてほしいと思ってる。今までもそうでしょう?今の仕事場は関連会社だけど,自分で試験を受けて入社したはず。父親の手なんか借りてないでしょう?」

「はい,父のことは大好きです。でも,跡を継ぐなんて無理です。母が生きていたら相談できたのにって思っていました。会社でも隠しています」

「そうね,お母さまも心配してるわね。でも,大丈夫,相談相手が近いうちにできるわよ」

「近いうちに?」

「そう,一人は私」

「よかった,ほかは知っているひとですか?」

「ここで答えを言ってしまうと,あなたの性格だから遠慮するわね。今日はやめておきましょう。すぐにわかるわよ」

「わかりました。ですが,何か変えたほうがいいですか?」

「変えることなど何もないわ,今のあなたのままで大丈夫よ」

「はい,じゃあ,今日は帰りますね。今度はいつ会えますか?それと代金は?」

「いつでも会える。それと今日は代金はいいわ,今度会った時、珈琲でも奢ってくれる?」

「本当に?いつでも会えますか?それに珈琲代だけでいいんですか?」

「いいわよ,榊原久美子さん」

「えっ,名前を言わなかったのに・・・そうか全てわかるんでしたね。でも,私はわからないので名前だけ教えてもらえませんか?」

「風見と言います」

「風見さん,じゃあ,また」



 昼休み,久美子はいつものように食事の後,会社の図書室にいた。

「ブ・・・・  ブ・・・・」

 携帯電話がなっている。いや,音が出ていないのでバイブレーションでテーブルの上で踊っている。

 図書室を出て,携帯電話に出てみると

「久美子お嬢様,旦那さまが今しがた病院に運ばれまして,これから戻っていただけませんか?自宅のすぐそばの病院です」

 家政婦のからだった。

「わかりました。すぐ,行きます。さえ、大丈夫なの?父もだけどあなたも」

「お嬢様,私は大丈夫です。私もすぐに向かいます。旦那さまの様子は今はわかりません」

「わかった,じゃあ,後で病院で会いましょう」


 久美子は上司に父が倒れたことを伝え,急ぎ病院に行くことにした。久美子の会社は新宿で,父が住んでいる実家は横浜だ。新宿ライナーに乗って病院へ向かった。


 病院に着くとすぐにさえが迎えに出てきた。

「何が合ったの?」

「今日は,朝から調子が悪いと,お休みになっておられました。昼食のお時間に,お部屋に伺いましたら,苦しそうにしておられたので,救急車を呼んで,こちらに運んでいただきました」

「分かったわ,お医者さまに会えるかしら」

「今,治療中ですので,もう少しかかるかと・・・」

 さえと一緒に治療室の前に座って待っていると,看護師が

「ご家族の方ですか?」

 と声をかけてきた。

「はい,娘です」

「病室にお入りください。先生からお話があります」


 二人で病室に入ると,眠っている父の顔が見えた。

「お父さんは過労ですね。ただ,少し心拍に異常があったので検査入院が必要です。これから入院の手続きをしてください」

「わかりました,ありがとうございます」

 医師が出て行った後,看護師から

「受付で入院の書類記入お願いします」

 と言われ一緒に向かった。それと同時に

「さえ,悪いけどパジャマとか必要なもの、ここに書いてあるので用意してくれる?」

「わかりました。お嬢様,すぐ用意して参ります」

「さえ、悪いわね。これからも父のことよろしくね」

「かしこまりました」

 家政婦のさえは久美子が小さい頃から世話になっている。母親が亡くなった時もずっとそばにいてくれた。

「この間の相談できる人って一人はさえかな?違うか,これから会うって言ったものね」


 手続きを終え病室に戻ると父が目を覚ましていた。

「お父さん。目が覚めた?」

「ああ、久美子か。悪いな心配かけて」

「過労だって?そんなに忙しいの?」

「来年新しい支社を海外に出す準備でな、もう若くないのに頑張ってしまったか」

「そうね。若くないわね」

「最近どうだ?」

「どうって?」

「変わりはないのか」

「変わりって何を期待しているか、わからないけどさっぱりね」

「そうか」

「お父さん疲れてるんでしょう。休みなさいよ。私、さえが戻ったら帰るね。明後日週末で休みだから、そうしたら来るわね」

「わかった」

 父は大人しく目を閉じた。

「少し痩せたね」

 父の顔が滲んで見えた。

 さえが戻ってきたので、あとを頼んで病室を出た。


「確か病院から駅までのバスがあったはず」

 と久美子が駐車場を通り抜けようとした時、角からバイクが飛び出してきた。

「危ない!」

 声がした途端,急に手を引っ張られ歩道側に倒れ込んだ。バイクが急停車して

「大丈夫ですか?すみません」

 と女性が走ってきた。

「ああ,びっくりした。大丈夫です」

 すると今度は男性の声で

「強く引っ張ってしまったね、大丈夫?」

 手がスッと出てきて起こしてくれた。

「ありがとうございます」

 バイクを運転をしていた女性に

「大丈夫ですから気にしないでください」

 と言い,助けてくれた男性にも

「ありがとうございました」

 と頭を下げた。

 バイク運転していた女性がまだ困った顔をして立っていたが、男性が

「大丈夫なようなので行かれてもいいですよ」

 と言ってくれた。

 久美子も

「本当に大丈夫ですから」

 女性はバイクに乗ると頭を下げながら走っていった。

「さて、あそこのコンビニでストッキング売っていると思うから、履き替えたほうがいいよ」

 と言う。

「えっ?あー破れちゃったんだ」

「ごめんね。引っ張る力強過ぎた」

「いいえ,これくらいで済んだんですからよかったです」

「じゃあ大丈夫だね,僕行くから」

 と歩道を渡って行ってしまった。

「めっちゃかっこよかった。由子がいなくて良かったわ」

 などと思いながらコンビニへ向かった


 週末,実家に荷物を置いて病室へ急いだ。

 さえと楽しそうに話をしている父の顔色は良くなっていた。

「良かったわ。元気そうで」

「おう、久美子、飯はまずいがゆっくり出来て元気になったよ」

「本当だ。いつものお父さんに戻ったわ」

 時々看護師が点滴を変えにくるが、それ以外はゆっくりしているだけで良かった。

「久美子,この間顔色が悪そうだったが何かあったか?」

 父が娘に聞く。

 思わずさえと久美子が吹き出した。

「お父さんここどこかわかる?あの日緊急で運ばれたんだよね。そんな時ニコニコしている娘がいると思う?」

「あゝそうか そうだな」

「ついでに認知検査してもらったら?」


 面会時間が終わるのでさえと一緒に病院を出た。自宅には歩いていける距離だ。

「さえ、何か食べていこうか?」

「お嬢様、お食事の支度なら出来てありますよ」

「いいじゃない、たまには。でも、この辺洒落た店なんか無いね。あっ、くる途中にイタリアンレストランがあったわ。そこにいこう」

「お嬢様,私は・・・」

「いいから私に付き合え」

 さえの手を繋ぎながら店に入って行った。

「いらっしゃいませ」

「ふたりですがいいですか?」

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 奥へ案内されていくと洞窟のような部屋が並んでた。イタリアの青の洞窟をイメージしているようだ。

「何食べる?」

 緊張が解けないさえに聞いてみたが、陸に上がった金魚みたいに口をぱくぱくしてる。

「じゃあ私,頼んじゃうよ」

 店員さんにふたり分のスパゲッティのセットを頼んでグラスワインも一緒にお願いした。

「さえ、いつもありがとうね」

「お嬢様・・・」

「ちょっと待った,泣かないでよ。さえ,最近涙脆いよ」

 泣き笑い顔のさえを労いながら食事を始めた。


 食事が終わり,

「化粧室に行ってくるから待ってて」

 と立ち上がってさらに奥へ行った時

「あら、榊原さん」

「わあ、本田さん、びっくり、仕事終わりですか?」

 看護師の本田朱音にばったりあった。

「そう、日勤だったから、お見舞い?」

「ええ、でも元気そうなのでさえと一緒に食事です」

「さえさん、いい方ね」

「はい、母代わりです。じゃあ父をよろしくおねがいします」

「はい、じゃあね」

 彼女とすれ違いに化粧室に向かった。

 それから支払いを済ませ、店を出たところでまた朱音にあった。そばにこの間助けてくれた男性が子供を抱いて立っていた。

「あ、この間の。この間はありがとうございました」

「やあ、こんにちは。足は大丈夫?」

「はい、え〜朱音さんのご主人だったんですか?」

「あら、この間の女性って榊原さんのことだったの?」

「そう、知り合い?」

「担当の患者さんの娘さん」

「そうか、軽く怪我させちゃった」

「そうだってね、大丈夫だった?」

「全然、ストッキングが擦れただけです」

 そばで聞いているさえの顔が青くなっていたので、

「さえ、なんでも無いから」

「でも、お嬢様、怪我って」

「じゃあ、ここで失礼します」

 さえの手を引っ張りながらその場を離れた。

 しばらくして振り返ってみる。

 子供を挟んで楽しそうに話をしている二人が見えた。

「いい感じの夫婦だなぁ。旦那様はかっこいいし,朱音さんは美人だし優しいし,

 いいなぁ」

 さえの青い顔で現実に戻った。

「なんでも無いからね」


 父の退院が決まったので,久美子は有給休暇を取って実家に戻った。

 父は退院後直ぐに仕事に戻るという。

「大丈夫なの?過労のほかに、心臓も良くないって言われたんだよ。もう若くないんだから、気をつけてよ」

「はいはい、そんなに心配なら早く孫の顔でも見せてくれ。そしたら、好々爺になるよ」

「はあ~、そっちへいくか。じゃあ、バージンロード一緒に歩けるように身体には気を付けてよ」

「おっ、そんな奴がいるなら早くつれてこい」

 久しぶりに親子の他愛ない会話をしてリフレッシュできた久美子は三日後自分のマンションに戻った。

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