九 夢の答え

「ただいま」

 真斗が玄関を開けて言った。いつもなら朱音が出迎えてくれるが、家の中はシーンとしている。

「まだ帰っていないのか?」

 朝、出かける時朱音が

「昼間、優斗と大桟橋から山下公園を散歩してくるわ」

 と言っていた。それにしては遅すぎる。今、午後10時だ。

 不安な気持ちでソファに座っていると、朱音から着信があった。

「朱音、どうしたの?」

 真斗が問うと電話の向こうから

「マリーの店に来い」

 知らない女の声がそう言うと電話は切れた。

「なにがあった。朱音,優斗!」

 家を飛び出し走った。

「マリーはもういないはずだ。何度か前を通ったが閉店と張り紙が貼ってあった。

 今更、マリーが何かするのか?」

 店の前に着いた。やはり店は閉まっている。ただ扉は開いていた。

 中に入るが人の気配はない。

「何処だ?あの部屋か?・・・」

 奥へ行き扉を開けて2階の部屋に行った。

 扉を開けるとベッドの上に朱音と優斗が寝ていた。

「朱音!」

 近づこうとした時、女が出て来て

「待ってたわよ」

 こもった声で真斗に言った。

「お前誰だ。俺に用があるなら直接俺のところに来い」

「あの女ばかりいい思いをして、真斗は私のものだ。あの時のように、お前の前で女を襲わせようか?」

「あの時?」

「お前の横で女が犯されていたことだよ。それとも、あの女の前で私を抱くか?」

「あれは夢だろう?」

「夢であれ現実であれ、どっちも本当だよ」

「朱音に手を出すな!俺が欲しいならやるよ。好きにすればいい」

「じゃあ、そこで裸になって私を抱けよ」

「朱音は大丈夫か?」

「お前にしか興味ない、早く脱げ」

 真斗は仕方なく上半身を裸になり、ズボンに手をかけた時、女が近づき背中に回った。

「この傷痕が見たかった。真斗に抱かれる女しか見られないこの傷痕・・・」

 女が真斗の背中に口をつけようとした時

「私の真斗になにするの!触るな!」

 朱音がベッドの上で叫んだ。

「目が覚めたか?ちょうど良かった。あんたの目の前で真斗に抱かれてやる,いいでしょ」

 女が真斗の唇に触れた。そのまま女の手が真斗の背に回って傷痕を撫でている。

「やめて!真斗!」



 バン!いきなり扉が開いて、

「いい加減に諦めて帰れ!」

 と慶太が飛び込んできた。

「慶太!」

「早く朱音さんと優斗ちゃんのところへ!」

 真斗は朱音のところに走ってふたりを背中に回した。

「邪魔しやがって!いつもいいところで」

「真斗さんは朱音さんと優斗のものだ。お前には絶対に届かない人だ。諦めて帰れ!」

「嫌だ,真斗は私のもの。渡さない!」

 女が慶太に隠し持っていたナイフを向けた。

「慶太!危ない!」

「真斗さん、くるな!」

 女が持っていたナイフで慶太を刺した。慶太は何か唱えながら女の首を絞める。

 重なったまま扉にぶつかったかと思った瞬間,ガチャーンと音がしてふたりとも消えた。

「えっ・・・」

「真斗!」

「ああ・・・朱音大丈夫か?優斗は?」

「私たちは大丈夫よ。さすがあなたの子よ、優斗は全然起きなかったわ」

 優斗の顔を見ると、スヤスヤ眠っている。朱音をしっかり抱きしめると

「ごめん、俺のせいだ」

「なんでもない、さぁ、服を着て帰りましょう」


 三人は家に戻り、真斗が優斗をベッドに寝かせ、朱音が風呂の用意をしている。

「遅くなったけど、お風呂入りましょうか」

 真斗がお風呂に入っていると、朱音も入ってきて

「全く私の真斗になにするのよ」

 と言いながら唇を重ねてきた。

「朱音?」

「たまには私も怒るのよ。大事な家族を守るときには」

 朱音は真斗を後向きにすると、愛おしそうに傷痕の部分を丁寧に洗った。

「このヤンチャな勲章が、いろいろ引き起こしてくれて、もう!」

 ペチッと背中をたたきながら、真斗の背中に顔をうずめて

「本当に良かった。何もなくて」

 と言った。そして

「優斗もあなたに似てヤンチャになりそうね。注意しなきゃ」

 笑いながら真斗の首に腕を回した。


 その後、ゆっくりとふたりは愛を確かめ合った。

 ベッドの上で朱音が話し始めた。


「風見さんが亡くなる少し前、あなたは背中に傷痕がある男性と結ばれるって言ったの。傷痕といってもヤンチャな子で木から落ちてついた傷痕。優しくてあなたを一生大切にしてくれる人よって。それから和歌山の病院に移動してあなたに会った。

 背中に傷痕がある男性。私この人だって確信したわ。目が覚めなくてすごく心配したけど、毎日あなたの顔を撫でて祈ってた、早く起きてって。手も握ったのよ、私の手を握り返してこいって」

「・・・」

「目が覚めたとき、心から喜んだわ。それにこんなにハンサムな人ですごく嬉しかった。優しくて心配症で、可愛くて。一生ついていこうって決めたの」

「でも、なぜ風見さんはそんなこと言ったの?」

「風見さんは占い師で人相を診るのがお仕事だったの。かなり力があったみたいよ。芸能人も風見さんのファンがたくさんいたみたい」

「すごいね。それでも俺のこと助けてくれたのがなぜなのか今でもわからない。だって、亡くなった後だよね」

「それは不思議よね。あなたと一緒に写っている写真,私、疑いもしなかった」

「占いは当たって、俺はこんなにいい妻を得ることが出来たけど、朱音は?こんなはずじゃなかったって思ってる?」

「そうねぇ、思っていた以上に最高の旦那様だった」

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」



 次の日から、慶太のことが気になっていたが連絡ができずにいた。

 朱音も気になっているようだが,やはり連絡できずにいた。

 それから少し経って、慶太が真斗の家にやって来た。

 大喜びで迎える二人に,慶太から告げられた話の内容は

「あの女は既に亡くなっています。真斗さんにずっと片想いしていて執念が残っちゃったみたい。つれなくされたからって怒ってましたよ」

「はあ?いつ頃の話?」

「えっと、約十年くらい前」

「そんなに昔?」

「真斗さん,その頃今と違ってつれなかったのでしょう?ストレートに言ってたんじゃ無いですか?」

「覚えてない」

「でしょうね。でも、連れて帰ったからもう大丈夫ですよ」

「慶太は現世の子?」

 朱音が聞く。

「朱音さんと同じで,違う次元の人間ですよ」

「ちょっと、私は現実です、こっちの世界の人間!真斗が困ってるわよ」

「冗談です。でもね、この世界では違う次元の人間もいくらでもいます。

 例えばマリーさん」

「やっぱりマリーもか」

「気づきましたか?あとは小山さん」

「まさか慶太このまま消えたりしないよね」

「はい、あの女を連れて行った功績でこっちにいることになりました。智さんやジュンさんには内緒ですよ」

「わかった」

「それからもう一つ,風見さんのことです。彼女は真斗さんの母親です」

「えっ?」

「真斗さんが木から落ちて大怪我したときに、一緒にいたのにけがをさせてしまった、母親失格だと言って出ていきました。お父さんは別れるつもりはなかったようですが、周囲がいろいろと」

「そうだったんだ・・」

「彼女は現世の人ですよ。実際に亡くなっています、朱音さんが証人です。占い師も事実ですよ。朱音さんと結ばれるのもわかってました。でも、真斗さんとの接点が見つからなかった。だからといって,真斗さんを病気になんかしていないですよ。高野山であったのは本当に偶然です。あの夢の世界は執念を抱いた女の妄想に手を加えたものです」


「ありがとう慶太、気になっていたことが全て解決したよ。風見さんのことも、親父が何故、再婚しなかったのか、話さなかったのかも」

「お役に立てて良かった。明日から高輪店で真斗さんに負けないように頑張りますよ」

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